第11話・ホオヅキ___迫り行く影
タイトルの花言葉ですが、
純架の事を物語っているのかも知れないです。
______循環器科、医局。
物憂げな瞳で、
淡々とカチカチとマウスをクリックする。
パソコンの画面に現れたのは
御影純架の正常値のバイタル、最高値、最低値。
クリックを繰り返していくと日常の数値が毎日、現れる。
智恵は几帳面で
人工心肺の状態や病室で過ごしている様子が、刻名に記名していた。
智恵は社交的な性格でお喋り好きだから、
歳が近い事もあって純架とは患者以上友人未満の良好な関係だ。
純架が打ち解けた話を色々と聞いては、
本物の主治医である透架へ口頭とレポートに別けて説明してくれる。
「…………」
”院内学級の教師に師事。
院内学級より、現在は大学院生課程を学習中“
智恵のレポートによると、院内学級時代から担当していた教師に師事し今もその人から個別に授業を受けてきて、今もそうなのだとか。
彼女の体調の関係もあるが、
今は大学院生の課程の勉強を続けているという。
(純架は彼女ペースを生きていけばいい)
彼女に御影家のあの醜態を悟られてはなるまい。
そんな厚意のある人物が妹の傍に一人でもいるのなら、
有難いものだ。
「______御影純架の病室は、何号室ですか?」
そうナースステーションで尋ねてきたのは、青年だった。
見るからに刹那的な雰囲気を纏い、
端正なその顔立ちは大人びて穏やかな印象だった。
「ご親族様ですか?」
「ええ、兄です」
「少しお待ち下さい」
_______病室。
「純架」
「玲緒?」
純架は青年が現れた時、その面持ちがほころんだ。
橋本玲緒は、心療内科医であり
院内学級での、担当教師だった。
小児病棟での患者は純架のみ。たった一人しか居なかったので、彼に勉強を教え続けて貰っている。
転院すると話した時、
”お見舞いの形で面会し、勉強を教える”と言ってくれた。
今日、初めて面会に来てくれたのだった。
純架は、
度々、窓の向こう側を見詰める事が多かった。
でも、今は違う。スライドドアを見詰めている事が
圧倒的に多くなったとすぐに気付いた。
「純架、どうした? 体調、悪い?」
「いいえ? どうして?」
「ドアの方ばかり見てるでしょ?」
「ああ、それね……」
刹那に純架の双眸が、顔付きに翳りが見えた。
「透架が引き取られた御影家……。
母の実家がこの県にあるでしょう?
何かの縁で再会出来ないかな、と思っているのだけれど
………甘い考えよね」
その口調、見せる表情は、複雑として、曇る。
それは、何年経っても姉への焦れ方は尋常ではない。
まるで未練を引き摺る女の如く。
純架は、唇を噛み締めた。
吹っ切れたかの様な素振りを見せて彼女は
スキルテスト用紙の欄を埋めながら、問題用紙を解いていく。
あの小児病棟での患者はたった一人、純架だけだった。
純架は勉強熱心でなんでも興味を持っていた。
彼女はPTSD〈心的外傷後ストレス障害〉の関係で、
男性を苦手としているのだが、玲緒にだけは何故か
心を開いている。それは、不思議な事だった。
「ねえ、俺がいても、君は平気なの?」
「………玲緒なら平気よ。
だって玲緒は、透架の行方を教えてくれたんだもの。
………でも」
ぴたり、と手が止まる。
不意に思ってしまう。
(私は貴方を“材料”として見ているのかも知れない)
____透架の情報を引き出す駒として。
孤独な箱庭で、小鳥は来ない。思い焦れる双子の姉の情報源をこの青年は持っているのかも知れない。
だとしたら。
(透架の為に、この関係も、貴方も手放さない)
そんな中で思った。
自身は御影から隔離され、この心臓を抱えながらも、無事でいる。
ならば御影家に誘拐された双子の姉は?
「透架は今、何してるんだろう」
(どうして、
私と透架を、御影は離れ離れにしたがるのだろう)
理由は解っている。
御影家は、“透架を選んだ”。
自分自身には将来が見えないから、御影家は見切りを着けたのだろう。
けれども部外者にされようとも、
双子の姉の消息を悟っては駄目なものなのだろうか。
玲緒が教えてくれたのは、搬送当時の透架の様子。
記憶喪失になり、神隠しの如く突然、
病院から拐われて以降の透架の消息は掴めない様子だった。
その横顔を見て、玲緒は思う。
(“あの子と違って” この子は、何処までも純粋な子だ)
「この頁から解説するから」
「はい」
______循環器科、医局。
透架が帰り際の支度をしている時に、智恵が現れた。
不意に振り向くと彼女は苦虫を噛んだ様な表情をして俯いている。
「あの、透架……」
「_____お疲れ様。どうしたの?」
「純架ちゃんの面会に、ついて、なんだけど……」
幼馴染の歯に物を詰まった様な物言いと何処か思い詰めた表情に、透架は首を傾けた。
智恵はいつも笑顔を絶やさない事で有名な医者である。
内容は、御影純架の前に現れた面会人について。
引き継ぎが上手く伝わらず、ナースが面会に通してしまったこと。
「………そういう事」
「引き継ぎする様にナースに忠告しておいていたら……。
でも今回は不手際よね。
私も、純架ちゃんの主治医なんだから……」
「いいえ、私のせいよ。引き継ぎが十分でなかった。
だから智恵は思い込まないで、ね?」
透架は、軽く表情筋を緩ませたつもりだ。
御影純架に関しては、面会謝絶に近い状態だ。
問題なのは循環器科のナースが、御影純架の面会を許したこと。
これはまだ話がそれだけでは問題にしない。
だが、それが男性だった、という以外は。
純架は男性に恐怖心を抱いている。
要因は言わずもがな、あの闇夜での、父親の一件だが。
それは引き継ぎの際に新田医師との会話でも明らかになっていた事だ。
純架が混乱を起こさない事、新たな傷を増やさない様にする事がキーパーソンだ。
現に純架を混乱に貶めた一瀬聡太は、
御影純架への接近命令が下され、現在は院長の命令により謹慎期間中だ。
しかし疑問が残る。
(病室から、悲鳴が聞こえない)
純架の病室はナースステーションから近い。
何か緊急事態が起きた時の為だ。
何かあれば駆け付けるのだが、その兆候は見られない。
(もしかしたら、堪え忍んでいる?)
まだ転院して日が浅い。
顔見知りと言えば担当医である智恵くらい。
隠れて誰にも叫びを上げられず、純架は耐えている?
(傷は生まれる前に回避しないと)
双眸を游がせた後に、透架は告げた。
智恵に比較的、智恵に対して純架の傍に居て欲しいと頼んだ。
しかし、自身の目でも観察しなければと思い
病室を素通りして覗こう、帰宅しようとした時。
此方に歩いてきたある青年とすれ違った。
穏やかな面持ち、何処か影を落とした表情と瞳。
青年とすれ違う刹那、その無慈悲な言葉が、心に突き刺さり鼓膜に残響した。
“薫さんは、お元気ですか_____?“
カオル。
それは、忘れられない傷痕。
次回からいよいよ、謎に包まれた
透架の過去へタイムスリップ致します。




