シーン15/クラッキング・デモンストレーション3
グエンは唇を噛んだ。今日も『踏み台』が、ネットワークにつながっていない。
グエンはハオランのモバイルノートパソコンにバックドアを仕込んだ。このノートパソコンはハオランが外出時にだけ使うものだ。WIMAX等でインターネットに接続されていることが多く、侵入しやすい。ただ、朱家のネットワークに常時つながっているわけではないので、いつでも踏み台に出来るというわけではない。
グエンはそろそろ侵入デモを行う予定になっている。だが、ここ数日『踏み台』はどこにも接続されず、行方不明だ。ハオランは外出せず、朱家のオフィスで仕事をしているのだろう。
「踏み台が使えないなら、なにか別の手を考えなくちゃならないわね…」
「さて『踏み台』が使えない場合、グエンはどうするかな?」
「Webサービスをダウンさせるかもしれませんね」
「そういう計画だったっけ?」
「サービスのダウンはITセキュリティの脅威のひとつですから。計画は特設Webサイトを脅威で脅かす、というものです。ダウンさせるのは全然ありでしょう」
特設Webサイトは採用試験のため立ち上げたテンポラリーサイトだ。本来の朱家Webサイトからは物理的に独立しており、攻撃されても朱家のビジネスには影響しない。
採用試験では攻撃目標を特設Webサイトに絞っている。
「計画書ではDNSは狙わないと言うことだが、もし攻撃されたらシステム部は対応できるかい?」
「あのね、ジゥ・ハオラン。そこでゴタゴタしたらビジネスに影響でます。グエンにそんなことけしかけたらあなたを社内ネットから締め出しますからね」
ハオランは声を立てず笑った。
「で、システム部の対策は?」
「単純なDoS攻撃※なら攻撃元を特定すればすぐに封じられます。だが、グエンはDDoS※2で攻撃元を分散させてくるでしょう。ツールをばらまいて不特定多数から攻撃させるはずだ。攻撃パターンは解析しますが、割出すまでにタイムラグが発生する。そこであらかじめ正常形のアクセスパターンを雛型として登録します。通信を監視して、雛型から大きく外れたアクセスは不正とみなして排除します」
「なるほど、地道な対応が必要なんだね」
「ええ、残念ながらスパイ映画みたいに派手な展開にはなりません。地味な作業を地道にやる、それがシステム部の仕事です」
「その仕事は高く評価しているよ。さて、グエンのお手並み拝見といこうか」
※ DoS攻撃…大量アクセスやサーバへのリクエストを発生させサーバ(サービス)を機能不全に陥らせるサービス妨害攻撃。
※2 DDoS攻撃…分散型サービス妨害攻撃。複数の攻撃元から分散攻撃を仕掛ける。
「”お友達”にツールをばらまいたわ。三割動けば特設Webサイトは落ちる。すぐにパターン解析されて封じられるだろうけど。10分ダウンさせられたら勝利宣言してもいいかな」
「10分?たったの?」
「最近システム部ったら本気出してきてるのよ」
「姉ちゃんが本気出させたってことだろ?」
「そのくらいは誰にでも出来る。朱家の重要なデータでも盗めたらいいんだけど」
「できるだろ、姉ちゃんなら」
「だと良いけど」
「俺はバトルデモで優勝したい」
グエンはカインの顔をちら、と見た。
「じゃ、陽太と遊ばないで勝ちに行かないとね」
「俺は陽太とやりたい」
「でも優勝したいんでしょ?」
「うん」
「勝ちに行かなくちゃ」
「うん」
「カイン?」
「うん、わかってる」
「ジゥ・ハオラン!」
「うん、見ている」
「やられました、グエンは正常形を上手に装って攻撃してきた。よく考えた攻撃パターンだ。やりますね、グエン」
「ああ、頭のいい子だ。特設サイトがダウンしていた時間は?」
「9分2秒」
「ふーん。まぁ、痛み分け、というところかな」
「痛み分け?」
「グエンの懸命な努力にも、システム部の地道な仕事にも敬意を払う、という意味さ」
「ハニーポットの用意は出来ました。第六の壁を仕掛けますか?」
「そうだな、ちょっと時間をくれ。ここからはスキルのテストじゃない。良識テストになる」
「不特定多数に攻撃用のツールをばらまいた時点で良識は無いですよ」
「不特定多数はどうでもいいんだ。朱家に対する良識だよ」
システム部のチーフは首をすくめた。ハオランはその肩を叩き、人の悪そうな笑顔を浮かべた。
「グエンが良い仲間になることを期待しよう」




