シーン13/ゴールデンウィークの過ごしかた
俺は静岡県下田の生まれだ。伊豆、下田。ペリーさんが黒船で上陸したことが自慢の長閑な町だ。土日は観光客がのんびりと街を散策している。小さめではあるが、水族館もある。
俺はゴールデンウィークは下田に帰ることにしていた。それは予定通りだ。予定と違うのは、どういうわけか琳さんと月輝雨と陽太とアリス、おまけにカインとグエンまでついてきている、ということだ。
「合宿だよ」
なんで合宿を下田で、それも俺の家でやるんですか。
「せっかくのゴールデンウィークだしさ。田舎に行ってみたいじゃない」
田舎じゃない!長閑とは言ったが田舎とは言って無いぞ!
「合宿ということなら少し芝居のワークでも…」
「章生、無粋なこと言わないでよ。みんな静岡観光すごく楽しみにしてるんだから」
じゃあ合宿とか言うな最初から。
「いやー、暑い。さすが南国だな」
月輝雨、静岡は南国じゃない。
「シャボテン公園まで歩ける?」
グエン、それは伊豆高原だ。おなじ県内だが移動に小一時間かかる。あ、電車で、だぞ。
「章生、ダチョウはどこだ?」
カイン、下田にダチョウはいない。お前が見てんのは掛川花鳥園のパンフだ。ついでにいえばそれはダチョウじゃなくエミューだ。
「俺、ダチョウをハグしたい」
ダメ。お前がハグしたらエミュー圧死するかもしれないじゃないか。
「そっとやる」
「俺も俺も」
陽太、カインがやるなら俺もとか言うのは止めなさい、子供じゃないんだから。
「章生、ダチョウ、危険?」
「アリス怖がるなよ、ダチョウは大人しいぞ」
「だからダチョウはいない!」
ほんとにまったくもう。
とりあえず俺はこの一団を水族館に連れてくことにした。なぜ貴重なゴールデンウィークを下田観光案内(バイト料無し)でつぶすことになってしまったんだろう。
「へぇー、イルカに触れるらしいぞ」
月輝雨が言った。おまえ、イルカに興味あったの。
「ないよ」
興味無いなら触らなくていいだろ。
「章生、わたし、イルカ触りたい!」
グエン、俺にいちいち許可を求めなくていいと思う。
「でもほら、現地の人の許可が必要かなと思って」
俺は大地の怒りを恐れる原住民か?触りたいなら自由に申し込んできなさい。…なんで全員分申し込んでくるんだ。
「わたし、魚は触れない」
アリスが顔面蒼白になっている。アリス、イルカは哺乳類だ。
「え」
「イルカは魚じゃない。哺乳類なんだよ、アリス」
琳さんがもういちど優しく繰り返した。
「ちなみにクジラもそうだよ。びっくりするよね」
アリスは本気でびっくりしているようだった。いくら文系でもそれはどうかと思うなぁ。
「琳は物知りね」
グエンが感心したように言った。それくらい俺だって知ってる。つか俺が言ったんじゃないか。なんで琳さんが持ってくんだ。しかしグエンもイルカとクジラが魚だと思ってたとは驚きだ。俺の周りには常識を知らない人間が多い気がしてならない(いろんな意味で)。
ちょっと離れたあたりで、わぁっ!と歓声(というか、悲鳴)が上がった。
「やられた~」
「びしょびしょだ~」
カインと陽太が頭からびっしょり濡れて走ってくる。なにやったんだお前ら。
「アシカに水、かけられた」
「あいつ絶対わかっててやってるぜ。こっち見てにやっとしたもん」
するわけないだろ。だが、ここの水族館のアシカが檻の前を通る客に水をかけるのは事実だ。こっち見てにやっとはしない(と思う)が、確実にわざとやっている。
「すこし日光に当たってなさい」
「章生さみ~よ~」
「うるさい!俺は引率の先生じゃないんだからね!」
ほんとにもう。
下田水族館は規模はあまり大きくない。イルカやアシカのショーが目玉だ。グエンは全てのショーの時間を把握しているらしく、みなを誘導して座席を確保している。ちなみにアシカも哺乳類だけど、それは知ってるよね?グエン。
俺はわりと水族館が好きなほうだが、さすがに地元の水族館に何度も行くほどの熱意は無い。最後に来たのは高校のときでデートで、だったような気がする。
「章生、ここ、よく来るの?」
琳さんが話しかけてきた。
「よくは来ませんよ。琳さんは水族館好きなんですか?」
「いやそうでもなかったんだけどさ。みんなで来ると楽しいね」
「まあ、そうですね」
琳さんは俺を見て、にっこりした。ショー用のプールの前ではカインと陽太がぴょんぴょん跳ねてる。濡れた服を乾かそうとしているのだ。バカだ。グエンとアリスはこれからショーを行う生物について熱心に語り合っている。月輝雨は売店でアイスを買ってる。両手いっぱいにアイス。全員分買ってるんだ。琳さんはみんなを眺めながら、嬉しそうに笑った。
「下田来てよかったなぁ。章生、ありがとう。」
月輝雨も言ってたけど、琳さんてひとはホントみかけよりウエットな人だ。でもそういうの、実は俺も嫌いじゃない。
この一団を俺の家に泊めるのはスペース上難しいので、民宿を手配した。学生の合宿に対応してくれる宿があるのだ。民宿とはいえ伊豆下田の地の利で刺身や魚料理はけっこうなレベルだし、うちの親の知り合いでもある。出来たら後でうちの親が怒られない程度に大人しくして欲しいなぁ。
夕食が終わり風呂を貰うあたりまでは比較的おとなしかったが、やはり布団を敷いてからは修学旅行ノリになった。高校生じゃないからお酒もOKだけど、堂々と飲めると案外飲まない。いや、この一団が飲まないでガキみたいにハシャいでいるだけか。
トランプ、まくら投げ、バカみたいに盛り上がってる。ほんとにこれであと一年かそこらで大学を卒業するトシか。俺たち、ちゃんと社会人になれるんだろうか。この先、俺たちはどうなるんだろう。大学を出て、社会に出て、働いて。いつかこんなふうに馬鹿騒ぎをすることもなくなり、分別のついた口調で一杯飲んでだりするのだろうか。
「章生、腹筋勝負やんない?」
陽太が屈託なく笑いながら言った。
「やだよ、お前らとやって勝てるわけ無いじゃん」
「チャレンジしろよ、章生」
そういうお前がしろ、月輝雨。
「俺はやるぜ。腹筋勝負!カインには負けねぇ!」
無理だろ。
「琳さんはやらないの?」
陽太がにこにこしながら琳さんに声をかけた。琳さんは無理無理無理、と言った。そんなんで大丈夫なのか、バトルデモのプレイヤー。緒戦で消えるのは間違いないな。
「レイディー・・・ゴー!」
けっきょくやる羽目になった。カインと陽太、月輝雨のペースはめちゃ早い。数えるグエンが苦労している。俺はマイペースで行かせてもらいます。どうせ敵わないんだし。
腹筋勝負は予想どおりカインと陽太の一騎打ちになった。月輝雨は健闘したが、やはり絶対的な筋肉量が違う。俺?俺は一般人ですから。しかし驚くよね、五百回越えてるよ。
七百回を超えたあたりで、さすがに陽太の速度が落ちてきた。カインは毎日のように筋トレをしているようだが、陽太は現場で機材を持ちあげるくらいだ。まぁ、その機材の重量が並の肉体労働じゃないわけだけど。
「陽太!がんばれ!」
「カイン、まだまだ余裕よねっ?」
陽太、かなりきつそうだ。顔がマジになってる。陽太の苦しそうな顔なんて初めて見たかも。対するカインはまだ無表情。余力を残している様子だ。
「あ。限界っぽい…」
琳さんが陽太を見て、小さくそう言った。陽太、ぷるぷる震えながら上体を起こそうとするが…上がりきらない。
「だめだぁ!」
陽太が声を上げ、ダウンした。九百八十七回。カインはさらに数をこなし、千回めでストップした。腹筋千回。おまえはオリンピック強化選手か。
「すげぇ…」
「つか、おかしいだろ、陽太も。なんでお前文系なんだよ?」
「月輝雨、笑わせないで…。おなかいたい…」
陽太は床に伸びたままだ。汗びっしょり。もういちど風呂入らせてもらえるかなぁ。おばさん、もう寝ちゃったかもしれない。
「俺の勝ち。陽太より、俺が強い」
「カイン、強いよ~」
「くっそーーー!陽太、バトルデモではもっと良いとこ見せてやれよ!」
月輝雨は我がことのように悔しがっていた。まぁ、コイツはトランプでも負けるとこうだけど。
東京へ戻る日、俺たちは熱海で途中下車して新幹線に乗り換えた。カインの強い要望により掛川までエミューと対面しに行くのだ。掛川は同じ県内だが意外と行きづらい。下田から掛川までは特急と新幹線を利用しても二時間半かかる。
掛川花鳥園は動物とのふれあいが売りの、鳥をメインにした動物園みたいなものだ。動物と触れ合えてエミューのいる施設は伊豆高原にもある。シャボテン公園だ。交通の便は伊豆高原のほうがずっと楽だが、カインが熱望するエミューのハグが出来ない。で、俺たちはわざわざ新幹線こだまに乗り換えて掛川へ向かってるわけだ。まったくもう。
エミューはダチョウの小さい版みたいな鳥で、顔が恐竜に似ている。恐竜似だということでアリスはエミューを恐がってる。
顔は怖いけどエミューは意外と大人しいし、手から餌をやったり、個体によっては撫でたりハグしたりできる。慣れると可愛いような気がしてきた。
「これが、ダチョウ」
カイン、ダチョウじゃない。エミューだ。
「俺、いちどダチョウの卵食べてみたかったんだ」
そういうこと大声で言うのはやめなさい。飼育係さんに聞こえたらどうするんだ。
「くれないかなぁ、卵」
くれないよ。鶏の卵ひとパック買ってやるから、もう言うな。
カインがそっとハグすると、エミューは大人しくじっとしていた。優しい鳥だ。
「可愛いなぁ」
カインは目を細めた。
「食べようとして悪かったなぁ」
だからその発言は止せ。
グエンはエミューの雛の写真を取ったりコノハミミズクと触れ合ったり忙しそうだったが、何かエキサイティングな発見をしたらしい。興奮した様子で俺に近づいてきてこう言った。
「章生!ここでフォト婚が出来るんだって!」
「フォト婚?」
「ほら、結婚式の写真だけ撮るサービスのこと!」
・・・。
「ウエディングドレスを着て、記念写真が撮れるんだって!」
・・・。
「ペンギンやフクロウと撮影できるんだって!」
・・・。
「しかも鳥のごはんは無料だって!」
「いちおう聞くけど、いくらかかるの?」
「七万円」
「ななまんえん?」
「今回の芝居の役作りとして、皆でやってみたほうが良くない?」
やらなくていいと思います。
花嫁と言えばアリスからの宿題だ。終末世界の花嫁。アリスとグエンの花嫁姿。悪くない。
問題は新郎だ。琳さんはともかくカインは新郎ってガラじゃない。いや新郎も色々タイプはあるだろうけど。ストリートギャング型シンロウ?うーん。やっぱり世界を修復する工事担当(肉体派アクション担当)か、それを邪魔する悪役(同上)だよな。
修復する者と邪魔する者のアクション、新郎と花嫁のボーイミールガール。うーん…。もうひとつなんか欲しい。せっかく廃墟を使うんだ。なんかこう、幻想的な…。幻想…。
…幻想?
月輝雨。舞台の神様の巫女。
このまえ教会で踊ってくれた、あれ。廃墟に幻のように浮かぶ巫女。そうだ、再生の巫女だ。いいじゃん。うん、絶対いい!俺は月輝雨を探した。
「月輝雨~」
「なんだよ」
「おまえ、舞台なら女の役できるよね?」
「あ?踊りの話?」
「いや、芝居」
「…スカートはけとか言うなら殺す」
「…スカートは俺も考えてない」
「じゃ何だよ」
「芝居に踊りを入れようかと思ってさ。お前の」
「踊りなら、まぁ、やってもいいけど。女の踊りを男がやるのはチャレンジだから」
「チャレンジ?」
「そ、チャレンジ。男が女の踊りをやるなんて、無理があんじゃん?それをどれくらい自然に綺麗にやって、客を納得させるかっつー」
「ハンデあるほど燃えるって感じ?」
「まぁね。でもそれだけじゃねぇよ。女の踊りを本当に綺麗にやろうと思ったら、男の筋肉のほうが有利なんだよ。やっぱ、筋肉に無理させたほうが綺麗なポーズになるじゃん。無理すりゃするだけ、当たり前の表現を越えられるんじゃね?」
「月輝雨、ほんとに踊り好きなんだね」
「悪りぃかよ」
「いや、悪くないよ全然」
俺は月輝雨が踊りを真剣に、大切にしてるところを尊敬している。本人には言わないけど。踊りで表現するなら、巫女はやってくれそうだな。でもセリフは厳しい。観客も戸惑うだろう。この巫女はお笑いにはしたくない。この芝居の重要なファクターになるはずだ。どう書こう。どういうふうに書けば、当たり前の表現を超えられるんだろう。
「章生~!」
陽太が腹筋を押さえながら走ってきた。走れるだけ大したもんだな。
「カイン見なかった?」
「さっきまでエミューをハグしてたけど」
「どこ行ったんだろう。せっかく今ペリカンに魚投げられるのに」
「陽太、おまえペリカンに魚投げたいの?」
「俺は別に。カインがやりたいんじゃないかと思って」
「カインがやったらお前もやるの?」
「うん」
結局やりたいんじゃないか。
「みんながこんなに動物好きだとは知らなかったよ」
「いや、俺たちはそんなに動物好きじゃないよ。カインとグエンが皆を引っ張ってるんだ」
たしかにあの姉弟はやたら動物好きだな。しかも皆に伝染するほど強烈に好きらしい。あれ。そういや動物嫌いのアリスはどうした。
「アリスは?」
「アリスはウサギは平気らしいよ。ウサギと遊んでる」
ふーん。俺たちはウサギの檻に移動した。
「あ、琳さん。月輝雨」
檻の前では琳さんと月輝雨がアイスを食べていた。月輝雨アイス好きだよなぁ。でも一人では食べないんだよね。今日も琳さんにつきあわせてるんだろう。
「アリスは?」
「檻の中」
ウサギとふれあいが出来る檻のなかでは、アリス、グエン、カインがウサギと遊んでいた。黒いレザーベストを着てアメフト選手なみに体が大きなカインが必死にウサギをブラッシングしようとしている。ウサギの皮剥いだりするなよ。
「カイン~」
陽太が手を振ると、カインはウサギを持ったまま両手を大きく振った。ウ、ウサギがっ。当然カインは係員さんに怒られ、外に出された。動物好きならもっと優しく接してやれよ。
それに比べるとアリスとグエンはかなり優しい接し方をしていた。やっぱり女の子だなぁ。しかしよくよく見るとグエンは自分のカバンにウサギを詰め込もうとしていた。
「グエン!」
グエンはばれたか、という顔で俺を見た。この姉弟、好きなわりに動物の扱いがひどい。
夕暮れてきた。そろそろ東京へ戻る時間だ。五月初旬、夏というには少し早いが、夕焼空は夏めいて見える。鮮やかなバラ色の雲。水色から藤色のグラデーションのなか、富士山が青く浮かび上がり、一団はさらにテンションを上げていた。
「グエン、富士山富士山!」
「アリス写メ撮ってお願い!」
「うん!」
意外だが、アリスも楽しかったようだ。よかった。ずっと動物に怯えていたんじゃ気の毒だ。琳さんと月輝雨はどうだったんだろう?
「月輝雨、おまえ、動物ってどうなの?」
「俺はふつうに動物好きだよ。カインとグエンほどじゃないけど」
じゃあ、まぁまぁ楽しかったのかな?
「琳さんは?楽しかった?」
「うん、すごく楽しかった。皆と来られてホントよかった。章生、ありがとね」
このひと皆といられて楽しいとかそんなことばかり言ってる。性格悪いくせに寂しがり過ぎる。まったくもう。陽太があの教会で一緒に暮らしてくれてよかったよ。
「章生ー!琳さーん!はやく来いよー!こだま、きちゃうぞ!」
ホームから月輝雨が怒鳴った。陽太やカインたちが手を振っている。夕暮れ、富士山、新幹線。こだまに乗ったら、この旅も終わりだ。琳さんが手を振りかえし、俺を振り返って言う。
「章生、走るよ!」
「えっ走らなくてもっ」
だが結局つられて走る。夕方の光が斜めに差し込むホームに駆け上がった。みんなが笑ってる。俺は立ち止まってしまう。ああ、この時間を切り取って台本に出来ればいいのに。そうしたら何度でも舞台に乗せて、何度でも味わえる。
覚えておこう。この感覚。この気持。覚えておいていつか書こう。この時間を忘れないために俺が出来る唯一の方法。
こうして、俺たちのゴールデンウィークは終わった。
お付き合いくださりありがとうございます。
また少し間を置いて更新させていただきます(⌒‐⌒)。
引き続き素敵なGWをお過ごしください!




