6:臨機応変と裏側対応
<早速の男バレ、RTAやばい>
<さすがに企業でこれはない>
<アカン>
<マネージャーさんじゃないの?流石に>
<男のマネとは害悪がすぎる>
<さすがにそれはない>
<いや、きついのはお前だって>
少しの間、遥さんが食い入るように画面のコメントをスクロールして読み込んでいって、状況を理解するのに20秒。
後を追うように自分も理解して、やらかしてしまったことに気がついた。
やってしまった。
配信に男の声がのってしまった!
コメントがすごい勢いで流れていく。
もう、カメラの接続が復活してフェイストラッキングが正しく反映できるように戻ったのに、動かない猫神ナーコ。
前世、逃げてしまったと後悔をしていた遥さん。
今度は逃げたくないと言った遥さん。
そんな遥さんの表情が浮かんで、それから、自分がさっき何をしていたかを慌てて思い出す。
ミュートになっていることを確認しないで、遥さんに音声で返事をしてしまったのは、俺の落ち度だ。
まずいまずいまずい。
幽霊なのに、心臓がバクバクいって血圧が上がってしまうような、そんな状況になって、狼狽えてしまった。
それからふと遥さんをフォローせねば、と彼女に振り返ると、ふぅ〜と息を吐いて、彼女はマウスを動かした。
一度大きく目を開いてから、猫目を強調するようににっこり目を瞑り、口角を上げて、してやったぞという顔を作る遥さん。
あざといというより、これはかなり太々しいという表情になる。
「あれれ〜? もしかして……もしかしてだけど……」
<え>
<は?>
<なに?>
ふっふっふ。
オーバーリアクションとわかりやすい間をとってキャラクターを動かしていく。
「みんにゃびっくりしちゃったかにゃぁ〜?」
画面には、エフェクトで『ドッキリ成功〜!』の文字。
まるでその時のナーコの表情は、棚からガラスのコップをわざと落として遊ぶ猫のように見えたんじゃないか?
遥さんは楽しそうに見えるように演じていたけど、マウスを持つ右手は震えていた。
「ふっふっふ。実はナーコには頼もしい執事さんがついているのにゃ〜。
AIスピーカーのアイラー君!
は〜い!アイラー君、ご挨拶してくださいにゃぁ〜。」
『ふえ?』
「はいはい、恥ずかしがらずに挨拶するにゃぁ〜」
『え、ええっと。は、初めまして、えっと、俺はアイラーです。』
<声が?ん?>
<確かに人間じゃない?>
『あ、はい、人じゃないです。
先週から、猫神ナーコさんのところで、AIスピーカーしてます』
<これ、バトラー社のAIスピーカーじゃね?うちのと声が一緒だ>
<あ、ちょっと話題になった、声優を変えられるやつ?>
<うちこれでショタボイスに変更したわ>
『あ、よくご存知で』
「そうそう、ナーコは最近AIスピーカーのアイラー君をお迎えしたんですにゃ〜。
アイラー君ってすごくて、質問したらなんでも教えてくれるのにゃ〜。」
『なんでもじゃないです、知ってることだけだよ』
「朝も起こしてくれるし」
『え、何回起こしても、全然起きないのに』
「お酒の飲み過ぎも注意してくれるし」
『毎晩飲み過ぎですよ、休肝日つくらないと』
いつもの会話のような掛け合いに、ふっと気が抜ける。
コメント欄に戸惑う様子もみられ始めた頃、遥さんはもう一度息を吐いてから話し始めた。
「さっきはね〜、ちょっとトラブっちゃったのを、アイラー君に質問したんだにゃ〜」
『そうですね、すぐに解決できてよかった』
<え、本当にAI?>
<会話がスムーズすぎる>
<人間じゃね?>
<だけど、声は製品のデフォルトの音声のやつ>
<というかカスタマイズがやばい、どんだけ話し方カスタム加えてるんだ!>
配信を始めて10分が経過。
このままでは自己紹介が予定時間に収まらないということで、遥さんも予定通りの流れに戻して行った。
ーーー
自己紹介、自分の配信でやること、得意なこと、好き嫌い。
フリップにして画面に映しながら、コメントを拾いつつスムーズに会話を進める遥さん。
流石配信経験者。話が上手い。
最近作ったご飯「AIスピーカーアイラー君おすすめのたまご丼」
最近始めたこと「AIスピーカーアイラー君と話すこと」
表示させているフリップに、時々AIスピーカーのネタが含まれていたので、流れとして最初から仕込んでいたネタだったという方向にもって行ったように感じる。
ネコママ<アイラー君とコンビ組んで配信する時はサムネ描かせて>
キャラデザインをしたイラストレーター「ネコママ」さんのコメントに遥さんはまたテンションを上げてしまった。
「え、アイラー君と配信かぁ!それもいいにゃぁ〜!
ネコママ、アイラー君も描いてくれると嬉しいにゃ〜!」
『商標権とか意匠権とかの侵害の可能性あるから、ちゃんと許可取らないと』
「え、そうにゃの?そっか、じゃぁ、AIスピーカーは描くのダメかもにゃ」
<AIスピーカーにダメ出しされる主人>
<権利わかっててえらい>
<ロゴやデザイン出さなきゃOKやで>
「あ、そっか。じゃぁ、アイラー君の擬人化で!
擬人化だったら問題にゃいよね?
海外メーカーだけど、多分中身は純日本人って感じだと思うんだよね〜。
おじさんってよりもお兄さん?
にゃんだか執事ってより、エンジニアっぽい感じで、首から名札をぶら下げてる方が似合うかも?あと、絶対黒髪日本人顔で〜!アイラー君はおかん属性だと思うんだよねぇ〜」
<高速詠唱www>
ネコママ<ナーコちゃん、めっちゃ早口になるじゃん>
<ワイら、好きなもの話すとそうなるやつ……>
っていうか、遥さん、アイラーの話題になるとすぐ脱線するね?
ちょっと落ち着こうよ。あと、ネコ語尾忘れ気味だから気をつけて。
ほら、ご紹介の時間なくなっちゃうよ。
まぁ、そんな感じで、配信が盛り上がっていた中、実は俺はひと働きしていた。
配信20分がすぎた頃には、コメント欄もかなり落ち着いて、ワイワイと楽しい配信になっていたけど、その裏ではかなりのアンチコメが届いてた。
コメント欄にちょくちょく「彼氏と同居している」とか、「騙している」とか、人格否定どころか前世を推測するコメントも大量に送信されていて。俺は、コメントをひたすら非表示にして、ガードするだけのお仕事をしてた。
昨日のうちに、遥さんのアカウントを操作して、自分用に作ったアカウントに、モデレーター権限を付与しておいたんだよね。
モデレーター権限を付与されると、不快なコメントを書くユーザーを非表示にしたり、削除したりチャットの見守りができるようになるんだ。
これがないと、俺、アンチコメに対して何にもできないしね。
霊現象で、デジタル操作できるようになれててよかった。
いくつかはすでに削除されてたから、鈴木マネージャーも裏で動いていそうだけど、この数の対応は一人じゃ難しそうだったし。
途中から、遥さんも俺が何かやっていることに気がついていそうだったけど、配信中の彼女は一旦そこには触れず、終始話題を盛り上げるようにしていたね。
「は〜、30分あっという間だったにゃ〜〜。
みんな、このあとのゲーム配信もみて行ってね〜!
明日は19時から雑談も予定しているにょで、そっちもよろしくにゃ〜!」
<おつかれ>
<おつかれ>
<おつかれ>
<次の配信も見るよ>
ネコママ<アイラー君も雑談一緒にしてほしい>
「そ〜だにゃぁ。うん、アイラー君と雑談配信したいにゃぁ!
あ。コラボはマネージャーOKでないとだめだから、また報告するにゃぁ!」
ーーー
配信が切れて、カメラもマイクもオフになっているのを確認したところで、遥さんは机の上に崩れ落ちた。
画面には、ありがとうございましたのメッセージと、次のゲーム配信の案内メッセージが表示されていた。
「猛烈にやばかった。」
『お疲れ様、遥さん』
「いや、ほんと、ミュート事故怖い」
『でも、本当に上手に乗り切ったね。
やっぱり、遥さんは配信の才能があるんだなって思ったよ』
「あはは。いや、もうギリギリ」
『音声出してしまってすみませんでした』
「いや、それはこっちの責任だし」
『だけど、それは……』
何か気の利いたことを返せばいいのに、こういう時は自分の語彙力のなさをAIに頼りたくなってしまうな。
言葉を探している間に、遥さんがAIスピーカーをぽんぽんと撫でて、
「アイラー君、ありがとうね」
と笑った。
彼女にとっては、AIスピーカーってどういう存在なんだろう。
まだ彼女と出会ってから1週間しかたっていないけど、なんだかもっと彼女を助けたいと思ってしまった。




