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7/8

7:アイナコ

 猫神ナーコの配信頻度は週4回。

 火曜・木曜・土曜・日曜。

 いずれも夜19時〜23時。


 遥さんは週のうち2回はゲーム配信、1回はコラボ、もう一回を雑談で回すことが多かった。

 週に一度、ネオンリーフの事務所に出かけていって、コラボや打ち合わせを行なって、夜に配信をしてという生活を送り始めて3ヶ月。


 すっかり季節は夏になっていた。



「あっづぅいぃぃぃ……」



 冷たい飲み物は喉に優しくないと言って、常温のペットボトルに口をつけてグビグビ。

 カップ付きのタンクトップに、裸足に短パン。

 短パンならまだいい。丈の長いTシャツに下はパンツだけの日もあって、久しぶりにラップ音を鳴らしてしまった。


 最初はなんて格好でって慌てていたものの、遥さんの薄着というより、だらしなさの方が勝ってしまい、そういう姿を見慣れてしまっていた。


 床の方が冷たいからか、床で寝転びながら、スマホでSNSチェック。

 ネコは暑いと伸びるんだねぇって実感してしまうね……



『床でお腹出して寝っ転がってたりしませんか?エアコンの効いた部屋の床は冷えますよ。

 そのまま寝るとお腹壊しますよ。

 明日は事務所におでかけでしょ?早く歯磨きして、お風呂に入って寝ようよ』


「寝っ転がってなんかいるわけないじゃな〜い!

 あ〜でも、床の方が気持ちいいんだよねぇ。

 っていうか、私、めっちゃちゃんと正座してるよ〜」



『……正座?』


「してるしてる〜」


『正座してるんですか?』


「して……ん〜……アイラー君見えてる〜?」


『俺にカメラはついてないよ』


「……だよねぇ〜」


『お風呂の追い焚き押すね』


「は〜い、ママ〜」


『誰がママですか。あなたのママさんは、今日もお絵描きしてたよ』


「うわぁ、ネコママの神絵がまた投下されちゃうのか〜」



 ーーー



 世の中には、カップリング厨(カプ厨)と呼ばれる属性のオタクがいる。

 要するに、なんでもカップルの組み合わせで楽しむ人たちのことである。

 そして、カプ厨と呼ばれる人たちの多くは、組み合わせによって名称を省略してしまうものである。

 そして、VTuberのリスナーは妄想力が高めのファンも結構多い。



「早速、匿名質問箱からのお便りにゃ。」



【アイナコてぇてぇ】



 ててーん♪

 軽いサウンドと共に、画面いっぱいに「アイナコてぇてぇ」の文字が映る。



<そこはナコアイだろ>

<俺はアイナコ派>

<ナコが左であるべきだろ>

<古の時代から左右違いは戦の材料なり……>



「あいなこ?にゃんのこと?」



 雑談配信が始まり、匿名質問箱に寄せられたお便りを読みながら雑談していた中で、わっと、コメントの速度が上がった。

 猫神ナーコが首が取れそうなほど、わからないぞ?と体でアピールをしたのちに、「ぐぐる先生に聞いてみるにゃ」と検索を始めた。



<アイラー君に聞くんじゃないのか?>

<今日はアイラー君はおやすみ?>



「実は、アイラー君と配信しすぎって、マネージャーにストップかかったのにゃ。

 にゃので、アイラー君の定位置はナーコのお布団のお隣にゃので、お布団の横で待機中にゃ〜。

 またほとぼり冷ましてから配信すりゅにょで、もうちょっとお待ちくださいにゃぁ〜」



 まぁ、AIスピーカーが近くにないから話せないだけで、俺本体は配信部屋にいるんだけどね。

 だってコメントを見守る仕事中だし。



<ま、まさか、すでに同衾の仲だとは……>



「ナーコの早起きは全てアイラー君の目覚ましにかかっているにゃ。

 お布団の横にいてくれないと、起きれにゃいもん。」



<そりゃぁそう>



「にゃるほど、カップリング名ってやつにゃのね。

 ナーコとアイラー君がカップルにゃの?

 ……にゃるほど……。

 っていうか、これ、ネコママのSNSのお絵描きを見てのお便りにゃ?」



 ーーー



 そう。

 実は、初回配信の後、猫神ナーコの作画をしたネコママによる非公式ファンアートが投下され始めたのだ、定期的に、しかもかなりの量。

 配信の中でアイラーと絡む度に、ネコママの何かしらのオタク心が爆発しているらしい。

 鈴木マネージャーがいうには、AIバディ萌えの属性の人らしく、自動車に搭載されたAIが、主人公と相棒になるような作品が大好きな人なんだそうだ。


 低い声のAIボイスが、主人を嗜めるところにゲキ萌えするんだとか。


 なので、最初はナーコの可愛いイラストだったり、お世話するAIスピーカーとダメ猫ナーコの日常イラストで、俺もほっこりしていただけだったんだけど、何かのきっかけで、AIスピーカーのアイラーを擬人化するファンアートが生まれてからは流れが変わってしまった。


 AIが人型の形状に変化する流れも大好物らしく、定期的に投下されるナーコと俺の絵は、やけに具体的なエピソードが増え始めた。


 元ネタは、ナーコの配信でポロリと出てしまうAIスピーカートークではあるんだけど、それに着色と誇大表現とオタク心を追加した、裏シリーズイラスト集が話題になり、それをリスナーが知るところとなり……。


 まぁ、要するに、AIスピーカーの(擬人化の)俺と、猫神ナーコの創作が、かなりバズっていて、気がついた時にはチャンネル登録者数は2万人を超えていた。



 ーーー




 ネコママの勝手にファンアートシリーズ【非公式設定】



 AIスピーカーの俺は、実は秘密結社のシステムを一人で担っていた人工生命体で。

 ナーコは特殊部隊のスナイパー猫だったが、追放ものよろしく部隊から捨てられることに。



 アイラーは仕事に疲弊し、ナーコは人を信じられずにいた。


 雨の中、拾ってくださいと張り紙のある段ボールの前で傘を差す、仕事帰りのアイラー。


 パソコンで仕事中のアイラーの膝の上で丸まるナーコ。


 パソコン机の上からマグカップを落とそうと、ジリジリと様子を伺うナーコと止めようとするアイラー。


 アイラーに餌付けされるナーコ。


 アイラーの枕の横で丸まっているナーコ。



 うん、何これハートフルだね?

 疲れ切った社畜が、心が傷ついているネコを拾ってくるのか。

 そんで世話をされているうちに、心を開いて、一緒にお布団で寝ちゃうのか。

 なんだそれ、そりゃぁてぇてぇってなるわ。


 っていうか、絵師のママが描いたら、これ公式になってしまわない?

 流石にネコママはネオンリーフから怒られない?

 話題になってるからいい?

 実は拾ってくださいの箱に入った猫神ナーコ絵はグッズになる?

 心配をする横で、遥さんと鈴木マネージャーがキャッキャと盛り上がっていた。


 え〜、ブランディングそれでいいの?

 そのくらい緩いぐらいがちょうどいい?

 ふ〜ん、なるほどなぁ。でも、猫神ナーコがほぼ猫で描かれてるんだがいいのかい?


 それに、この擬人化絵……ちょっと生前の俺に似ているような気がして、微妙に気まずいんだよなぁ。




 ◇◇◇




 都内某所22時。



 夜の電車の中は混んではいるものの、通勤ラッシュ時間をすぎて、まばらに立ち客がいる程度。車両の端で、吊り革に手をかけているスーツ姿の男は、食い入るようにスマホを見つめていた。


 スマホに映るのは、動画配信サイトに投稿された切り抜き動画。


 動画の印象的なところだけを切り抜いた30秒のショート動画は、本来の配信にはなかったテロップで飾りつけられ、「アイナコてぇてぇ。」と鮮やかな文字が流れていった。



「……まーるだ……」



 年齢は20代にも30代にも見えそうな、ヒョロリと背の高い男が、再度動画を再生し始めた。

 わからないことがあると、体全部でわからなさを強調するこの仕草。

 この時君は、2度瞬きをするんだ。

 それに、この声。

 君の声を間違うはずがないと、何度も何度もその動画を再生し直す。



「まーる、ここにいたのか……」



 窓ガラスに映る男の口元が大きく弧を描いた。


これにて1章終了

ちょっと書き溜めてから2章始めます。


2章の前に、登場人物まとめもアップします(自分用メモw)


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