7:アイナコ
猫神ナーコの配信頻度は週4回。
火曜・木曜・土曜・日曜。
いずれも夜19時〜23時。
遥さんは週のうち2回はゲーム配信、1回はコラボ、もう一回を雑談で回すことが多かった。
週に一度、ネオンリーフの事務所に出かけていって、コラボや打ち合わせを行なって、夜に配信をしてという生活を送り始めて3ヶ月。
すっかり季節は夏になっていた。
「あっづぅいぃぃぃ……」
冷たい飲み物は喉に優しくないと言って、常温のペットボトルに口をつけてグビグビ。
カップ付きのタンクトップに、裸足に短パン。
短パンならまだいい。丈の長いTシャツに下はパンツだけの日もあって、久しぶりにラップ音を鳴らしてしまった。
最初はなんて格好でって慌てていたものの、遥さんの薄着というより、だらしなさの方が勝ってしまい、そういう姿を見慣れてしまっていた。
床の方が冷たいからか、床で寝転びながら、スマホでSNSチェック。
ネコは暑いと伸びるんだねぇって実感してしまうね……
『床でお腹出して寝っ転がってたりしませんか?エアコンの効いた部屋の床は冷えますよ。
そのまま寝るとお腹壊しますよ。
明日は事務所におでかけでしょ?早く歯磨きして、お風呂に入って寝ようよ』
「寝っ転がってなんかいるわけないじゃな〜い!
あ〜でも、床の方が気持ちいいんだよねぇ。
っていうか、私、めっちゃちゃんと正座してるよ〜」
『……正座?』
「してるしてる〜」
『正座してるんですか?』
「して……ん〜……アイラー君見えてる〜?」
『俺にカメラはついてないよ』
「……だよねぇ〜」
『お風呂の追い焚き押すね』
「は〜い、ママ〜」
『誰がママですか。あなたのママさんは、今日もお絵描きしてたよ』
「うわぁ、ネコママの神絵がまた投下されちゃうのか〜」
ーーー
世の中には、カップリング厨(カプ厨)と呼ばれる属性のオタクがいる。
要するに、なんでもカップルの組み合わせで楽しむ人たちのことである。
そして、カプ厨と呼ばれる人たちの多くは、組み合わせによって名称を省略してしまうものである。
そして、VTuberのリスナーは妄想力が高めのファンも結構多い。
「早速、匿名質問箱からのお便りにゃ。」
【アイナコてぇてぇ】
ててーん♪
軽いサウンドと共に、画面いっぱいに「アイナコてぇてぇ」の文字が映る。
<そこはナコアイだろ>
<俺はアイナコ派>
<ナコが左であるべきだろ>
<古の時代から左右違いは戦の材料なり……>
「あいなこ?にゃんのこと?」
雑談配信が始まり、匿名質問箱に寄せられたお便りを読みながら雑談していた中で、わっと、コメントの速度が上がった。
猫神ナーコが首が取れそうなほど、わからないぞ?と体でアピールをしたのちに、「ぐぐる先生に聞いてみるにゃ」と検索を始めた。
<アイラー君に聞くんじゃないのか?>
<今日はアイラー君はおやすみ?>
「実は、アイラー君と配信しすぎって、マネージャーにストップかかったのにゃ。
にゃので、アイラー君の定位置はナーコのお布団のお隣にゃので、お布団の横で待機中にゃ〜。
またほとぼり冷ましてから配信すりゅにょで、もうちょっとお待ちくださいにゃぁ〜」
まぁ、AIスピーカーが近くにないから話せないだけで、俺本体は配信部屋にいるんだけどね。
だってコメントを見守る仕事中だし。
<ま、まさか、すでに同衾の仲だとは……>
「ナーコの早起きは全てアイラー君の目覚ましにかかっているにゃ。
お布団の横にいてくれないと、起きれにゃいもん。」
<そりゃぁそう>
「にゃるほど、カップリング名ってやつにゃのね。
ナーコとアイラー君がカップルにゃの?
……にゃるほど……。
っていうか、これ、ネコママのSNSのお絵描きを見てのお便りにゃ?」
ーーー
そう。
実は、初回配信の後、猫神ナーコの作画をしたネコママによる非公式ファンアートが投下され始めたのだ、定期的に、しかもかなりの量。
配信の中でアイラーと絡む度に、ネコママの何かしらのオタク心が爆発しているらしい。
鈴木マネージャーがいうには、AIバディ萌えの属性の人らしく、自動車に搭載されたAIが、主人公と相棒になるような作品が大好きな人なんだそうだ。
低い声のAIボイスが、主人を嗜めるところにゲキ萌えするんだとか。
なので、最初はナーコの可愛いイラストだったり、お世話するAIスピーカーとダメ猫ナーコの日常イラストで、俺もほっこりしていただけだったんだけど、何かのきっかけで、AIスピーカーのアイラーを擬人化するファンアートが生まれてからは流れが変わってしまった。
AIが人型の形状に変化する流れも大好物らしく、定期的に投下されるナーコと俺の絵は、やけに具体的なエピソードが増え始めた。
元ネタは、ナーコの配信でポロリと出てしまうAIスピーカートークではあるんだけど、それに着色と誇大表現とオタク心を追加した、裏シリーズイラスト集が話題になり、それをリスナーが知るところとなり……。
まぁ、要するに、AIスピーカーの(擬人化の)俺と、猫神ナーコの創作が、かなりバズっていて、気がついた時にはチャンネル登録者数は2万人を超えていた。
ーーー
ネコママの勝手にファンアートシリーズ【非公式設定】
AIスピーカーの俺は、実は秘密結社のシステムを一人で担っていた人工生命体で。
ナーコは特殊部隊のスナイパー猫だったが、追放ものよろしく部隊から捨てられることに。
アイラーは仕事に疲弊し、ナーコは人を信じられずにいた。
雨の中、拾ってくださいと張り紙のある段ボールの前で傘を差す、仕事帰りのアイラー。
パソコンで仕事中のアイラーの膝の上で丸まるナーコ。
パソコン机の上からマグカップを落とそうと、ジリジリと様子を伺うナーコと止めようとするアイラー。
アイラーに餌付けされるナーコ。
アイラーの枕の横で丸まっているナーコ。
うん、何これハートフルだね?
疲れ切った社畜が、心が傷ついているネコを拾ってくるのか。
そんで世話をされているうちに、心を開いて、一緒にお布団で寝ちゃうのか。
なんだそれ、そりゃぁてぇてぇってなるわ。
っていうか、絵師のママが描いたら、これ公式になってしまわない?
流石にネコママはネオンリーフから怒られない?
話題になってるからいい?
実は拾ってくださいの箱に入った猫神ナーコ絵はグッズになる?
心配をする横で、遥さんと鈴木マネージャーがキャッキャと盛り上がっていた。
え〜、ブランディングそれでいいの?
そのくらい緩いぐらいがちょうどいい?
ふ〜ん、なるほどなぁ。でも、猫神ナーコがほぼ猫で描かれてるんだがいいのかい?
それに、この擬人化絵……ちょっと生前の俺に似ているような気がして、微妙に気まずいんだよなぁ。
◇◇◇
都内某所22時。
夜の電車の中は混んではいるものの、通勤ラッシュ時間をすぎて、まばらに立ち客がいる程度。車両の端で、吊り革に手をかけているスーツ姿の男は、食い入るようにスマホを見つめていた。
スマホに映るのは、動画配信サイトに投稿された切り抜き動画。
動画の印象的なところだけを切り抜いた30秒のショート動画は、本来の配信にはなかったテロップで飾りつけられ、「アイナコてぇてぇ。」と鮮やかな文字が流れていった。
「……まーるだ……」
年齢は20代にも30代にも見えそうな、ヒョロリと背の高い男が、再度動画を再生し始めた。
わからないことがあると、体全部でわからなさを強調するこの仕草。
この時君は、2度瞬きをするんだ。
それに、この声。
君の声を間違うはずがないと、何度も何度もその動画を再生し直す。
「まーる、ここにいたのか……」
窓ガラスに映る男の口元が大きく弧を描いた。
これにて1章終了
ちょっと書き溜めてから2章始めます。
2章の前に、登場人物まとめもアップします(自分用メモw)




