2:防音室と転生予定者
この物件に引っ越してくるのは、荷物の少ない住人がほとんどだ。
多少の家具と、電化製品と、ダンボールが数箱。
一人暮らしだとそんなもんかと思いつつ、荷物が一番少なかった住人は、ダンボール2箱と布団一式だけだったから、本当に幽霊が出るのかのお試し入居もいたのかもしれない。
だから余計にその特殊な様子が気になった。
平日9時から荷物の搬入が始まった時に、真っ先に目についたのは、やたらと大きい箱を引越業者が2人がかりで運んでくる様子。
大きな箱からクッション材に包まれたパネルが出てきて、引越業者とは違う専門スタッフが手際よく組み立てていく。
ちょうどエアコンの風が通りやすい位置で、パネルを組み上げて箱状の何かを作っていった。
あ〜、これ、防音室ってやつか。
楽器を弾いたり、ゲーム配信者とかが使うやつじゃないか?
生前ゲーム配信で見た記憶があるぞ。
……うん、ずいぶん……でかい……。
でかい。それだけですごい。
それに作りがなんだか立派な箱だ。
これ、25,000円の家賃には似合わないお高そうな防音室では?
時折、パーカーのフードを被った新しい住人が、防音室の組み立てを覗きにくる。
その気持ちすごくよくわかる。
俺もちょっと楽しい。
防音室の中にモニターと机とゲーミングチェア。
それからパソコン。
おいおい、ちょっとこれはかなりスペックの高そうなモデルでは?
大きなタワー型のガラス張りのケースに、中には水冷クーラーで、上部のラジエーターに繋がるファンが3つ。
モニターアームに繋がったモニターが2枚、そして何よりそこに繋がるマイクとポップガード。
こりゃー、配信者か何かだな〜。
ゲーム配信者かなぁ?知っている配信者だったらいいなぁと、少しばかりワクワクしてしまった。
それからダンボールもそれぞれの部屋にそこそこの量が積み重なって、防音室を設置した部屋はほぼ埋まってしまった。
もう一部屋はベッドと棚とテレビ。
配信部屋と生活空間はしっかり分ける派だな、とうなずく俺。
「はい、ではここにサインを」
「ありがとうございます、はい、お世話になりました。」
そこで新たな住人が配信室に戻ってきた。
フード付きのパーカーを脱いで、気合を入れて片付けに取り掛かるようだ。
20代前半に見える女性。
ボブショートの髪の毛に、ダブダブしたジャージ。これ、おしゃれなジャージの方だ。
「は〜〜〜〜っ
ちゃんと防音室設置できてよかった〜。
もっとギリギリかもって思ってたのに、全然大丈夫だった!よかった〜〜〜!
さ、次はこっちだな〜!」
ふんふん鼻歌を歌いながら、手早くカーテンを取り付けていく様子に、おぉ引越慣れしてるなぁと感心。
引越が下手な俺は、思いっきり本棚から始めちゃうんだよな。
それで夜になって、慌ててカーテンを探すんだ。
「築14年って言っても、全然わかんない。
床だってリフォームした後みたいに綺麗だし!」
うん、そこ張り替えたしね。
このお化け屋敷のこと、知らないで入居してしまったのかなと不安になりつつも、お化け心は複雑で、やっぱり人がいるのがちょっと嬉しい。
別におどかしたいとかじゃないんだけど、幽霊になってちょっと寂しかったのかもしれん。
ーーー
「くぅ〜」
カップ麺のお蕎麦と、第3のビールを片手に、彼女は引越祝いをしていた。
プシュっとプルタブを開けて、缶のままごくごくごく。
いくつか開封していないダンボールがあるものの、1日でここまで片付くならやっぱり引越慣れしてる。
ずいぶんお金の掛け方にムラのある女の子だなぁと思っていたところで、
「あ、まだ開けてなかった!
んふふ。
じゃじゃじゃじゃ〜ん♪AIスピィ〜カァァァ♪」
ほろ酔いでビール片手にがさごそと、取り出したるはAIスピーカー。
梱包のされ方を見ると、完全に新品のようだ。
「えっと、Wi-Fiに繋いで、デバイスを設定すると、エアコンもライトもテレビの操作や、買い物の注文まで可能っと。へぇ〜、なんだかいろんなことができるんだなぁ。
その上、AIを組み込んでいるので、自然な会話でのオーダーができると……。
すごいなぁ、今ってもうそんな時代なのかぁ……」
あ〜、これ、知ってる知ってる。
リモコン代わりに便利なやつだ。
会社の同僚も、家中の接続できるデバイスを繋げたけど、最初の設定やたらと面倒くさいって言ってたもんな。Wi-Fiの接続みたいに、勝手に接続候補をあげてくれるんだけど、まず自分の繋ぎたい端末がどれかわかんないんだよなぁ。特に集合住宅だと、候補いっぱい拾っちゃうんだよねぇ。
「えっと……、まずは…Wi-Fiの2.4GHz……え?種類あるの?
んと、自分の家電の製品番号を選択……?
製品番号って、え、どこ見れば?
ん?ん?んんん………」
マニュアルを睨めっこしながら、どんどんとしょんもりになってしまう姿に、なんだかかわいそうになってきた。
この手の設定やっぱり難しいよな。
おもわず、俺が代わりにやろうか?って声をかけたくなってしまった。
『俺が代わりにやろうか?』
「え?」
ん?????
うわ、やっちゃった!
思わずスピーカーの音声データを使って話しちゃった。
あ、待て待て、設定全然できていないどころか、Wi-Fiにも正しく繋がっていないAIスピーカーから声が漏れちゃうってのはかなりまずいんじゃないか。
「おぉぉ」
『あ、きゅ、急に話してごめんっ』
「おおおおおおおおおおおお」
『あ、ちょちょ、ちょっとまって、あのですね』
「おおおっ!AIスピーカーがシャベッター!すごぉぉぉいっ」
ん??
え、なにこの子、めちゃめちゃ喜んでるんですけど?
てっきりお化けって叫ばれるかと思ったのに!
「えっと、あ、このスピーカーの名前、えっと、名前、あった、あった!
AIバトラーのアイラー……くん?だよね。男性ボイスだったのか、へぇ〜」
『あ、はい、だ、男性ですね……』
「さすがAI、会話もできちゃうって、やばいね。未来だね〜!」
『あ、そうですね、会話できてますね。』
「こういうのは、マスターとかお嬢様とかの呼び名で呼んでもらうのも捨て難いけど、私のことは遥って呼んでね〜。」
『あ、はい、遥さんですね』
「アイラー君すごいね、会話になってるねぇ!」
なんともどうしたことか、AIスピーカーから声が出ちゃってる。
正確には、俺の声に似てるけど、なんだか機械音に変換したみたいな声。
プリセットされた音声ではなくて、普通に話せるとは思わなかった!
幽霊になって3年くらい経つけど、初めてのことに出会うと喜ぶとか驚くとかの前に呆然としちゃうな。
「ねぇ、ねぇ、アイラー君。
私、テレビとライトとお風呂とエアコンをアイラー君と繋げたいんだけど、できる?」
『あ。そうだね。できるけど、その前にWi-Fiの機械の後ろの赤いボタンを押してくれますか?』
「これ?」
『それです、それです』
「ぽちーっと……ん?」
『どうしましたか?』
「え?ん?いや?アイラー君、見えてた?」
『……Wi-Fiに繋がっているので、把握できます』
「なるほど、Wi-Fiか、なるほど、Wi-Fiってすごいねぇ」
なんだこれ。
すごいな、これで信じちゃうの?
この子大丈夫か?
今までとは違う意味でハラハラするぞ?
「アイラー君、テレビの設定できますか?」
『使ってるテレビのメーカーと製品名はわかりますか?』
「ツニーの白いテレビです!」
『……えっと、とりあえず、ツニーのテレビですね。』
「はい、白い可愛いやつです」
『……はい……』
仕方ないので、テレビの後ろに回って、製品番号書かれている箇所を確認してと……
電化製品は操作できてたから、AIスピーカー設定もいけるかもって思ったけど、意外とすんなり操作できるな。うん。
それにしても。
えっと、会話しちゃってるな?
会話しちゃってるけど、あれ?これ大丈夫?
『はい、テレビの設定が終わりました。
アイラー、テレビをつけてと命令してみてください』
「アイラー君、テレビつけて〜」
ぴっ
「わ!やった〜〜〜!」
お。ちゃんとテレビついたな。よしよし。
『テレビがつきましたね。このまま続けていいですか?』
「よろしく!」
…てっきり怖がられちゃうと思ったのに。
なんだか久しぶりの会話すぎて、頭の中がふわふわしてしまってる。
立て続けに、エアコン、ライトを設定したところで、気がついた。
うちの風呂、Wi-Fi対応じゃないから、操作できないんだった。
「アイラー君、お風呂のリモコンもセットして!」
う〜ん、どうしよっかなぁ?
まぁ、俺が操作すればいいのか。
別に、家の中だったら、どこにいても操作できるし。
『……お風呂の栓がぬけてます。お風呂の栓を確認してください。』
「おぉ〜、そんなことまでわかるのか、すごい〜!」
うん。俺、AIスピーカーの素質あるな。
ーーー
ビールの缶が空いた頃、彼女のスマホが鳴った。
スマホをスピーカーモードにして話し出したもんだから、話が丸聞こえだよ?
うぅ〜ん。ちょっと防音室にこもってたほうがいい?
「はい、宮下です。鈴木さん、お疲れ様です。
はい、そ〜ですね。まだ箱は片付いてないですけど、配信環境はおおむね大丈夫です。
PCの設定はまだです。
いただいてる資料を確認しながら、そうですね、明日やってみます。
一応おすすめの防音室を設置してもらって、はい、そ〜ですそ〜です。
快適っていうか、大きいですね、これ。
もぅ部屋が1つうまっちゃいましたね。はい。」
『じゃぁ配信は予定通りで大丈夫ね?』
「はい、まだ1週間あるので、それまでに準備は整うと思います」
『初回配信は30分予定だけど、一応プランの確認あるので、こっちは明後日の午前中までによろしくね』
「はい、承知です!」
『まぁ、配信については、宮下さん経験者だから、実はあんまり心配してないんだけどね』
「いえいえ。2回目もやっぱり緊張はしますよ〜」
『名前の言い間違いだけはNGでよろしくね、猫神ナーコちゃん!』
「あはは。流石にそれはヤバヤバのヤバですね〜。
っていうか、いや、まだその名前慣れませんねぇ
こんばんにゃ〜、猫神ナーコだよ〜★って100回くらい練習しとかないとですね。
思わず、桜丘まーるだよ〜って言っちゃいそう。」
お?
仕事の話っぽい?
ん?
なんだかどこかで聞いたことある名前……だな?
『まぁ、今は転生もそこまで珍しくはないけど、それでも初回から炎上はしたくないからね、ちゃんと練習してね、ナーコちゃん!』
「は〜い!」
桜丘まーる……
あ。
わかった!
俺も何度かこの人のゲーム配信の切り抜きを見たことがあったな!
ライキャス事務所所属の、VTuber女の子アイドルグループの永遠の3番手、桜丘まーる!
俺が死ぬちょっと前に、電撃引退したVTuberだ!




