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戦うのは好きだけど面倒事は嫌いなので、最強なのは秘密です。  作者: 檸堂礼音
第三章

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第五話 変化する日常

第三章 第四話 大会のあとで


大会が終了してから、しばらく。

参加者たちが帰路につき始め、あれほど賑やかだった会場も、少しずつ静かになっていた。

関係者用の通路。

禮(らい)は荷物を手に、出口へ向かって歩いていた。


「……ようやく帰れるな」


隣を歩く禮歌(れいか)が、小さく笑う。


「お疲れさま。最後まで楽しそうだったね」

「まぁな」

「でも、天倉(あまくら)さんはしばらく休めなさそう」

「……知らん」


二人が出口に差しかかった、その時。


「あっ!」


背後から声がした。


「神成(しんじょう)さん! 待ってください!」


振り返ると、こちらへ駆けてくる少女が一人。

最後の対戦相手、月城詩音(つきしろしおん)だった。


「はぁ……間に合った……」


詩音は膝に手をつき、少しだけ息を整える。


「もう帰っちゃったかと思いました」

「どうした?」

「あ、えっと……」


詩音は顔を上げたものの、禮と目が合うと、なぜか言葉に詰まった。

先ほどまで、あれほど激しく戦っていた相手。

なのに今は、普通に話しかけるだけで妙に緊張してしまう。


「……さっきは、本当にありがとうございました」

「ん?」

「腕、治してくれたこともですけど……その、戦ってくれたことも」


詩音は少し照れたように笑った。


「すごく楽しかったです。あんなに強い人、初めてだったので」

「そりゃよかった」

「……はい」


そこで会話が途切れる。

詩音は何か言いたそうに禮を見つめ、それから禮歌へちらりと視線を向けた。

禮歌は首を傾げる。


「……何か、まだ用事があるの?」

「えっ!? あ、あります!」


慌てて答えた詩音は、ポケットから端末を取り出した。


「その……さっき、また戦ってくれるって言ってましたよね?」

「ん? ああ」

「でも、連絡する方法がないと、次に誘えないじゃないですか」


もっともらしい理由を口にする。

けれど、その頬(ほお)はほんのり赤い。


「だから……」


詩音は端末を両手で持ち直した。

一度、深呼吸する。

そして、禮をまっすぐ見上げた。


「神成さん。よかったら……」


少しだけ声が小さくなる。


「連絡先、交換してもらえませんか?」


隣で、禮歌が何かに気づいたように、詩音の顔を見た。


「……ふふ」

「な、何ですか!?」

「ううん。何でもないよ」


詩音はますます顔を赤くしながら、禮の返事を待った。


「連絡先くらい別にいいけど」


禮は何でもないことのように答えた。


「……えっ」


詩音が固まる。


「い、いいんですか!?」

「お前から聞いてきたんだろ?」

「あっ、そうでした!」


詩音は慌てて端末を操作する。

その指が、妙にもたついていた。


「えっと、交換画面は……あれ? 違う……」


禮歌が横から覗き込む。


「詩音ちゃん、さっきまであんなに器用に選択(せんたく)を使ってたのに」

「そ、それとこれとは別です!」

「ふふっ。そうだね」


ようやく交換画面を開いた詩音が、端末を差し出した。

二人の端末が接続される。

ピロンッ。


『連絡先を登録しました』

「……!」


詩音は画面に表示された名前を見つめた。

神成 禮

ただそれだけなのに、口元が緩んでしまう。


「……えへへ」

「嬉しそうだね」


禮歌に言われ、詩音は慌てて顔を上げた。


「えっ!? あ、はい! だって、これでまた戦えますし!」

「うん。そうだね」


禮歌はにこにこしている。

詩音はその笑顔を見て、何となく居心地が悪くなった。


「……な、何ですか。その顔」

「別に?」

「絶対、何か考えてますよね!?」

「ううん。詩音ちゃんって、かわいいなって」

「かっ……!?」


詩音の頬が、一気に赤くなる。


「も、もう! からかわないでください!」


禮歌は楽しそうに笑った。

その後ろで、詩音はもう一度だけ禮の連絡先を確認する。

そして、端末を胸元に抱えた。


「あ、あの、神成さん」


詩音は少し迷ってから、禮を見上げる。


「……連絡って、練習のお誘い以外でも、していいですか?」


言い終えた途端、自分でも恥ずかしくなったのか、視線が泳ぐ。


「その……大会の話とか! 普通のお話とか、そういうのです!」


隣で禮歌が、また小さく笑った。

詩音は禮の返事を待っている。


「そういうことしてくるやつ、今まで……」


禮は言いかけて、ふと考え込んだ。

頻繁に連絡を寄越してくる相手。

どうでもいい話から、学校のこと、時には心配するような内容まで――一人だけいたな。

相良慧(さがらけい)。

あいつは、用事がなくても平気で連絡してくる。


「……そういえば」


禮は隣の禮歌へ顔を向けた。


「レイカ、大会中、慧はどこ行ってたんだ?」

「慧くん?」


禮歌は少し考える。


「途中までは見かけたよ。でも、私も審査室にいたから、ずっとは見てないな」

「そうなのか」

「気になるなら連絡してみたら?」


禮歌はそう答えてから、ふと詩音へ目を向けた。


「……あ」


詩音は端末を両手で握り締めたまま、二人を交互に見ていた。


「あの……」


遠慮がちに声をかける。


「慧さん、って……?」

「禮の幼馴染だよ」


禮歌が答える。


「昔から仲がいいんだよね」

「そ、そうなんですね」


詩音はほっとしたように笑った。

しかし、すぐに何か思い出したように禮を見る。


「……あっ、神成さん!」

「ん?」

「その……」


詩音は頬を赤くしながら、端末を少し持ち上げた。


「さっきの質問、まだお返事もらってないです……!」


禮歌が小さく吹き出す。


「ふふっ。禮、話を逸らしちゃったね」


詩音は恥ずかしそうに俯きながらも、ちらちらと禮の顔を窺っていた。


「あ、ごめん。いいよ、全然」


禮は何でもないことのように答えた。


「連絡には早めに返す主義だから。残すと面倒だし」

「……!」


詩音の顔がぱっと明るくなった。


「ほ、本当ですか!?」

「ああ」

「じゃあ……普通に『おはようございます』とか送っても?」

「別にいいぞ」

「今日何してるんですか、とかも?」

「いいけど」

「……そ、それじゃあ……」


詩音はそこまで言って、はたと口を閉じた。

(……私、何を聞いてるんだろう!?)

耳まで赤くなる。

禮歌は隣で口元を押さえていた。


「……ふふっ」

「レイカさん! 笑わないでください!」

「ごめんごめん。でも、そんなに嬉しいんだ?」

「そ、それは……!」


詩音は言葉に詰まり、禮をちらりと見る。


「……嬉しい、ですけど」


最後の方は、ほとんど聞き取れないほど小さな声だった。

その時、ピロンッ。

禮の端末が鳴った。

画面には、見慣れた名前相良 慧


『大会終わったんだろ? お疲れ。お前、また変なことしてないだろうな?』


禮歌が画面を覗き込む。


「あ、慧くんだ」

「噂をすれば、だな」


その直後、もう一通。


『いや、最後の試合は見た。やっぱり変なことしてたな』


禮歌が吹き出した。


「ふふっ。ちゃんと見てたみたいだね」


詩音は、禮の端末を見てから自分の端末へ視線を落とす。

そして、少し迷った末に、こっそりメッセージを打ち始めた。

ピロンッ。

今度は、詩音からだった。


『今日はありがとうございました! これからよろしくお願いします!』


禮が顔を上げると、目の前の詩音が端末を両手で握っている。


「……えへへ」

「目の前にいるのに送るのか?」

「だ、だって! 最初の一通ですし!」


禮歌が楽しそうに笑った。


「禮、返してあげたら? 早めに返す主義なんでしょ?」


詩音は期待に満ちた目で、禮の返事を待っていた。


「まずは慧か……」


禮は端末を操作した。


『黙れ』


送信。


「……よし」

「よし、じゃないでしょ」


隣で禮歌が呆れたように笑う。


「心配してくれてるのに」

「いつものことだろ」


間もなく、端末が震えた。

相良 慧


『おい』

『心配してやってんだぞ』

『せめて無事だったくらい言え』


禮歌が画面を見て、くすくす笑う。


「ほら、怒ってる」

「元気そうで何よりだな」


禮はそのまま詩音とのメッセージ画面を開いた。


『またヨロ』


送信。


「……!」


目の前の詩音の端末が鳴る。

彼女は画面を見て、ぱっと笑顔になった。


「……はい! またよろしくお願いします!」

「今ここで返事するなら、送った意味なくない?」


禮歌が首を傾げる。


「い、いいんです!」


詩音は端末を胸元へ引き寄せた。


「……あとで見返せますし」

「へえ?」

「レイカさん、その顔やめてください!」


禮歌は楽しそうに笑った。

その時、禮の端末が再び震える。

相良 慧


『既読つけたなら返せ』

『お前、まだ会場か?』

『俺もまだいるんだけど』


禮歌が画面を覗き込んだ。


「あれ、慧くん、まだ帰ってなかったんだ」

「そうみたいだな」


すると詩音が、思いついたように顔を上げる。


「あの、よかったら……」


禮と禮歌を交互に見る。


「慧さんにも、ご挨拶してみたいです」


言ってから、慌てて付け足した。


「その! 神成さんの幼馴染なら、きっと大会のお話もできますし!」


禮歌は少し考えてから、にこりと笑った。


「いいんじゃない? 慧くんも、詩音ちゃんの試合を見てたみたいだし」


詩音は期待するように禮を見上げた。


「……会えますかね?」

「あ、もうここに呼ぶわ」


禮は端末をしまい、軽く指を動かした。


「創(そう)――空間変更」


その瞬間、通路の一角で、空間の位置関係が書き換わる。

ふっ、と空気が揺れた。


「……は?」


そこに現れたのは、端末を片手に持った相良慧だった。

さっきまで別の場所にいたはずの彼は、目の前の禮を見て固まる。

一秒。

二秒。


「…………おい」

「よっ」

「『よっ』じゃねえよ!!」


慧の声が、静かな通路に響いた。


「俺、今、出口の方にいたんだけど!? なんで急にお前の顔が目の前にあるんだよ!」

「呼んだ」

「連絡しろよ! 端末持ってんだろ!」


禮歌がくすくす笑う。


「慧くん、さっきから連絡してたもんね」

「そうだよ! 俺がしてたんだよ!」


そこで慧は、ようやく禮の隣にいる少女に気づいた。


「……ん?」


詩音と目が合う。

詩音も、突然現れた慧をぽかんと見つめていた。


「あ……えっと」


彼女は慌てて姿勢を正した。


「月城詩音です! 大会の最後に、神成さんと戦わせてもらいました!」

「……ああ!」


慧の表情が変わる。


「最後の試合の! 見てたよ、すごかったな」

「ほ、本当ですか? ありがとうございます!」


詩音は嬉しそうに笑う。

慧は彼女の顔を見てから、禮を見る。

そして、二人の距離を見た。


「……で?」

「ん?」

「なんで一緒にいるんだ?」


禮歌が横から答えた。


「詩音ちゃんが、禮と連絡先を交換したいって」

「へえ」


慧が詩音を見る。

詩音は、ぴくりと肩を揺らした。


「そ、その! また戦ってもらう約束をしたので!」

「なるほどな」


慧は頷(うなず)いた。

それから禮に向き直り、妙に真面目な顔をする。


「……お前、ちゃんと返信してやれよ?」


禮歌が吹き出した。


「ふふっ。慧くんが言うと説得力あるね」

「俺には『黙れ』しか返してこないからな、こいつ!」


詩音が思わず笑う。


「ふふっ……仲がいいんですね」

「どこを見てそう思った!?」


慧はそう言い返してから、ふと首を傾げた。


「……ところで神成」

「ん?」

「俺、まだお前に聞いてないことがあるんだけど」


慧は端末を掲げた。


「最後の試合で、会場の警報を鳴らした件。あれ、何だったんだ?」


禮歌の笑みが、少しだけ引きつった。

詩音も「あっ」という顔になる。

慧は、じっと禮の返事を待った。


「なにそれ?」


禮は、不思議そうに首を傾げた。


「…………」


慧が固まる。


「……は?」

「いや、だから。なにそれ?」

「お前が知らないわけないだろ!?」


慧は端末を突き出した。

画面には、大会中に記録された警告が表示されている。


『空間境界に異常反応』

『防護結界、最大出力』

『高密度能力反応を検出』

「これ! 最後の試合で出たやつ!」

「ああ……」


禮歌が小さく声を漏らす。

慧はそちらへ顔を向けた。


「レイカ、知ってるのか?」

「うん。まあ……」

「何があったんだ?」


禮歌は少し考えてから、禮を見た。


「……説明、任せてもいい?」

「なんでそこで俺を見るんだよ」

「だって、使ったのは禮でしょ?」


慧の視線が、ゆっくり禮へ戻る。


「…………使った?」


その横で、詩音がおずおずと手を上げた。


「あ、あの……たぶん、私にも関係あります」

「月城さんも?」

「はい。神成さんの技を避けようとして、私が真正面から突っ込んじゃって……」

「…………」


慧は一度、詩音を見る。

次に禮を見る。

そして、もう一度詩音を見た。


「……ちょっと待って。真正面から?」

「はい……」

「何に?」


詩音は困ったように笑う。


「えっと……空間が、こう、ぐにゃってなるような……」

「ぐにゃ?」

「はい。すごく危ない技だったみたいで、神成さんが途中で消してくれました」


慧は口を開いたまま、数秒黙った。

それから。


「……お前ら二人とも、何やってんだよ!!」


通路に声が響き渡った。

詩音がびくっと肩を跳ねさせる。

禮歌は口元を押さえて笑っていた。


「ふふっ……慧くん、禮と同じこと言ってる」

「同じ?」

「禮も詩音ちゃんに『馬鹿野郎』って怒ってたから」


慧が禮を見る。


「……お前、人のこと怒れる立場か?」


その言葉に、禮歌がとうとう吹き出した。


「ふふっ、今日それ二回目!」


詩音もつられて笑ってしまう。

慧だけが、笑っていなかった。


「……で、神成」


彼は改めて禮へ向き直った。


「その『空間がぐにゃってなる技』、結局何だったんだよ?」


今度こそ説明してもらうつもりらしい。


「俺の技だろう、どう考えても。少しは考えろ」


禮は呆れたように答えた。


「…………」


慧は無言で禮を見つめた。


「……いや、そうだろうな!?」

「分かってるじゃねぇか」

「そこを聞いてるんじゃねえよ!」


慧は端末の画面を指さす。


「どんな技を使ったら、会場の空間境界に異常が出るんだって聞いてんの!」


禮歌がくすくす笑う。


「禮、さすがに今の答えじゃ説明になってないよ」

「そうか?」

「そうだよ!」


慧と禮歌の声が重なった。

詩音は二人のやり取りを見て、思わず吹き出す。


「……ふふっ。本当に仲がいいんですね」

「だから、どこが!?」


慧が振り向く。

すると詩音は、少し考えてから口を開いた。


「でも、あの技は私もよく分からなかったです」

「月城さんも?」

「はい。逃げる方法を探しても、どうしても避けられなくて……」


そこで、詩音は禮をちらりと見た。


「……それで神成さんのところへ突っ込んだら、怒られました」


慧は目を閉じた。


「……なるほど」


そして禮に向き直る。


「つまり、お前がとんでもない技を使って、月城さんがとんでもない避け方をしようとしたわけだな?」

「そういうことになるね」


禮歌が頷く。


「……お前ら、似た者同士かよ」


その一言に、詩音の肩がぴくりと揺れた。


「に、似た者同士……」


なぜか少し嬉しそうに、その言葉を繰り返す。

禮歌は聞き逃さなかった。


「……詩音ちゃん?」

「な、何でもないです!」


詩音は慌てて首を振る。

一方、慧はまだ納得していない。


「……で、結局その技、何て名前なんだ?」


端末をしまい、禮を見た。


「名前くらいは教えてくれるだろ?」

「終龍葬歌(しゅうりゅうそうか)だっけ? 使ったのって」


禮は少し考えてから、肩をすくめた。


「技使いすぎて、いちいち覚えてないわ」

「…………」


慧が固まった。


「……お前さぁ」

「なんだよ」

「会場の警報鳴らすような技、忘れるなよ!!」


禮歌が隣で笑い出す。


「ふふっ。しかも、あれ完成版だったよね」

「ああ、そうだったな」

「そうだったな、じゃねえよ!」


慧は額を押さえた。


「《終龍葬歌》って、前に御影(みかげ)さんと戦った時にも使ったやつだろ?」

「そうそう」

「確か、あの時は未完成だったよな?」


禮歌が頷く。


「うん。今回は完成版。五つの歌を全部使って成立させたんだよ」

「……五つ?」

「再竜聖歌(さいりゅうせいか)再龍聖歌(さいりゅうせいか)最竜聖歌(さいりゅうせいか)最龍聖歌(さいりゅうせいか)、それから祭龍星歌」

「待て待て待て」


慧が手を上げた。


「途中まで全部同じ名前に聞こえるんだけど!?」

「漢字も効果も違うよ」

「名前を覚える側のことも考えてくれ……」


その横で、詩音が小さく呟いた。


「……五つも使って、あの技になるんですね」


詩音は禮を見た。


「それで、私が突っ込んだら消してくれた、と……」


改めて思い返したのか、顔が少し青くなる。


「……本当に、ありがとうございました」

「いや、お前も無茶しすぎなんだよ」


慧が思わず口を挟む。

すると禮歌が、にっこり笑った。


「ちなみに慧くん。そのあと詩音ちゃんが対処したのは双極葬界(そうきょくそうかい)だよ」

「……まだ別の技あったの?」

「うん」

「そっちは?」

「前に久世(くせ)さんと私で止めようとして、結局、私が別の技で破壊(はかい)したやつ」

「…………」


慧はゆっくりと禮を見た。


「……お前、大会の最後に何してんの?」


詩音が慌てて手を振る。


「あっ、でも! 最後のはちゃんと避けましたから!」

「月城さんも、そこ胸張るところじゃないからね!?」


詩音はしゅんと肩を落とした。


「……はい」


その様子を見て、禮歌は楽しそうに笑う。


「ふふっ。慧くん、今日は大変だね」

「誰のせいだと思ってんだ……」


慧は深いため息をついた。

そして、禮へ向き直る。


「もういい。帰ろうぜ。これ以上ここにいたら、また何かやりそうだし」


すると詩音が、少しだけ寂しそうに禮を見上げた。


「……あ、もう帰っちゃうんですね」


端末を両手で持ち直す。


「私もそろそろ帰るんですけど……その」


少し迷ってから、控えめに笑った。


「途中まで、一緒に帰ってもいいですか?」

「まだ話すなら、家に上がるか?」


禮は詩音へ、何でもないことのように尋ねた。


「レイカと二人で暮らしてるし、全然広いぞ?」

「…………え?」


詩音の動きが止まった。

一秒。

二秒。


「……ふ、二人?」


彼女の視線が、ゆっくり禮歌へ向く。

そして、禮へ戻る。


「えっ!? レイカさんと、二人で暮らしてるんですか!?」

「ああ」

「お、お二人だけで!?」

「そうだけど?」


詩音の頬が、みるみる赤くなった。


「そ、そうなんですね……!」


禮歌はその反応を見て、何かに気づいたように瞬きをした。


「ああ、そっか」

「え?」

「詩音ちゃん、何か勘違いしてない?」

「か、勘違い!?」


詩音は慌てて首を振った。


「し、してません! ただ、その……同じ年くらいの男女が二人で暮らしてるって聞いたら、普通ちょっと驚くというか……!」

「ふふっ」

「レイカさん!?」


禮歌は楽しそうに笑った。


「大丈夫。私たち、そういう関係じゃないよ」

「……えっ」


詩音が顔を上げる。


「そ、そうなんですか?」

「うん。一緒に暮らしてるのは本当だけどね」


詩音はほっと息を吐いた。


「……そ、そうだったんですね」


そこへ、慧が口を挟む。


「というか月城さん。今の禮の誘い方、深く考えなくていいぞ」

「え?」

「こいつ、家が広いからって、ほんと気軽に人を呼ぶんだよ」

「おい、何だその言い方」

「事実だろ」


慧は肩をすくめる。


「俺だって何度も行ってるし」


詩音は、禮と禮歌を交互に見た。


「……じゃあ、本当に遊びに行ってもいいんですか?」

「禮がいいって言ってるなら、私は歓迎だよ」


禮歌が答えると、詩音の表情がぱっと明るくなった。


「……行きたいです!」


勢いよく答えてから、はっとする。


「あっ、でも……!」


詩音は急いで端末を取り出した。


「家に、帰りが遅くなるって連絡しないと……!」


慧が思わず笑う。


「そこはちゃんとしてるんだな」

「当たり前です!」


詩音は頬を膨らませながらメッセージを打ち始めた。

その横で、禮歌が禮へ顔を寄せる。


『……禮』


《双魂共鳴》。

声に出さない、小さな会話。


『何だ?』

『詩音ちゃん、分かりやすいね』


禮歌はくすりと笑った。

詩音はまだ、真剣な顔で端末を操作している。

やがて送信を終えると、顔を上げた。


「連絡できました!」


そして、少し照れながら禮を見つめる。


「……お邪魔しても、いいですか?」

「誘ったのこっちだから、全然いいよ」


禮は気軽に答えた。


「……!」


詩音の表情が、ぱっと明るくなる。


「ありがとうございます!」

「じゃ、帰るか」

「はいっ!」


詩音は嬉しそうに禮の隣へ並んだ。

その様子を、禮歌が微笑ましく眺めている。


『……禮』

『ん?』

『本当に、何も気づいてないんだね』

『何が?』

『ううん。何でもない』


禮歌は小さく笑った。

一方、慧は三人を見比べていた。


「……あれ? 俺は?」


禮が振り向く。


「じゃ、慧はさいならー」

「はぁ!?」


禮はひらひらと手を振る。

慧が思わず一歩踏み出した。


「おい待て! 俺をここに呼び出したの、お前だろ!?」

「そうだな」

「そうだな、じゃねえよ! 用が済んだら解散って、ひどくない!?」


禮歌が笑いを堪えながら口を開く。


「慧くんも一緒に来ればいいんじゃない?」

「いや、俺は別に家まで行く用事はないけどさ……!」


言いかけて、慧は詩音を見る。

彼女は禮の隣で、どこかそわそわしていた。


「……あー」


何かを察したように、慧が頷く。


「なるほどね」


詩音が首を傾げた。


「……何がですか?」

「いや、何でもない」


慧はにやりと笑った。


「月城さん、頑張ってな」

「えっ!? な、何をですか!?」

「いろいろ」

「いろいろって何ですか!?」


詩音の頬が赤くなる。

禮歌はついに吹き出した。


「ふふっ……慧くんまで」

「いやぁ、さすがに分かりやすいだろ」


二人は顔を見合わせる。

当の禮だけが、不思議そうに眉を寄せていた。


「……何の話してんだ、お前ら」

「「何でもない」」


二人の声が綺麗に重なった。


「……?」


詩音はますます顔を赤くして俯く。

そんな彼女を横目に、慧は苦笑しながら手を振った。


「じゃあな、禮。月城さんも、またな」

「はい! 慧さんも、お疲れさまでした!」

「レイカも、また学校で」

「うん。またね」


慧は歩き出し――数歩進んだところで振り返った。


「あと禮!」

「ん?」

「人を呼び出す時は、次から先に連絡しろよ!」


その声を最後に、慧は通路の向こうへ消えていった。


◇


残された三人。

禮歌が禮の隣に並び、詩音は少し緊張した様子で二人を見ていた。


「……あの、神成さん」

「ん?」

「お家って、ここから遠いんですか?」


禮歌が答えるより早く、詩音は続けた。


「私、歩くのは平気なので! 途中で何か買っていくなら、お手伝いもできますし……!」


それから、はっとしたように口元を押さえる。


「……あっ。初めてお邪魔するのに、ちょっと張り切りすぎですよね」


禮歌は優しく笑った。


「そんなことないよ。楽しみにしてくれてるなら、私も嬉しい」

「……えへへ。ありがとうございます」


詩音は照れくさそうに笑う。

そして、ちらりと禮を見る。

家に招かれたことが、まだ少し信じられないらしい。


その頬には、先ほどからずっと薄い赤みが残っていた。

三人が出口へ向かって歩き始めた、その時。

禮はふと思い出したように、禮歌へ顔を向けた。


「そういえば、さっきの『そういう関係じゃない』って何?」

「……え?」


禮歌が足を止める。


「さっき詩音に言ってただろ。どういう意味だ?」

「…………」


禮歌は数秒、禮の顔を見つめた。

それから、ゆっくり詩音へ視線を移す。

詩音は、ぴたりと固まっていた。


「……えっ」


禮歌が小さく呟く。


「禮、本当に分かってなかったの?」

「だから何が?」

「……そっかぁ」


禮歌は片手で口元を覆った。

笑いを堪えているらしい。

詩音は慌てて二人の間へ割って入った。


「あ、あの! その話はもういいんじゃないですか!?」

「でも禮が聞いてきたんだよ?」

「そ、それはそうですけど!」


禮歌は少しだけ考えてから、禮へ向き直った。


「男女が二人で暮らしてるって聞いたら、恋人同士なのかなって思う人もいるでしょ?」

「……ああ」

「そういう関係じゃない、っていうのはそういう意味」


禮歌はあっさり説明した。


「私と禮は、恋人じゃないよってこと」

「…………」


詩音が、ちらりと禮を見る。

何でもない話を聞いているふりをしているが、その耳は真っ赤だった。

禮歌はそんな詩音を横目に、続ける。


「ね、詩音ちゃん?」

「な、なんで私に振るんですか!?」

「さっき、すごく驚いてたから」

「そ、それは……!」


詩音は視線を泳がせた。


「……だって、仲がよさそうでしたし」

「うん。仲はいいよ」


禮歌はにこりと笑う。


「でも、そういう仲のよさじゃないんだ」

「……そう、なんですね」


詩音は小さく頷いた。

その口元が、ほんの少し緩む。

禮歌はそれを見逃さなかった。


「……ふふ」

「レイカさん、また笑ってる!」

「ごめんね。つい」


禮は二人のやり取りを見ながら、首を傾げた。


「……なんか今日、お前らよく笑うな」

「誰のせいだと思ってるの?」


禮歌が返す。

詩音はとうとう顔を両手で覆った。


「……もう、勘弁してください……」


そんな二人をよそに、禮は再び出口へ向かって歩き出した。

詩音は慌てて、その後を追う。

禮歌は少し後ろから二人を眺め、楽しそうに微笑んだ。


「確かに俺ら、恋人関係じゃないか」


禮は納得したように頷いた。

そして、何でもないことのように続ける。


「俺を好きになる女の子なんていないだろ」

「…………」


禮歌が足を止めた。

詩音も止まった。


「……え?」


詩音が、思わず声を漏らす。

禮は振り返る。


「ん?」

「い、いや……その……」


詩音は口を開きかけて、閉じた。

そして、禮歌を見る。

禮歌も詩音を見ていた。

数秒の沈黙。


「……禮」


禮歌が口を開く。


「それ、本気で言ってる?」

「ん? 何が?」

「……そっか」


禮歌は額に手を当てた。


「これは大変だね……」

「何がだよ」

「ううん。こっちの話」


その隣で、詩音は俯いていた。

(……いないって)

(いないって、思ってるんだ……)


ちらりと禮を見る。

大会で見せた圧倒的な強さ。

戦っている時の、楽しそうな笑顔。

危険な技へ突っ込んだ自分を本気で怒ってくれたことそして、傷ついた腕を当たり前のように治してくれたこと思い出すたび、胸の奥が落ち着かなくなる。


「……あの」


詩音が、小さく声を出した。

禮が顔を向ける。


「ん?」

「その……神成さんを好きになる女の子、いると思いますよ」

「へえ?」

「だ、だって! 強いですし、優しいですし……!」


言葉が出るにつれ、頬が赤くなっていく。


「それに、一緒にいると楽しいですし……」


禮歌が、そっと視線を逸らした。

笑ってしまわないように、唇を結んでいる。

詩音は禮の顔を見上げた。


「……だから、いないなんて決めつけなくても、いいと思います」


言い終えると、また俯いてしまった。

禮歌が小さく呟く。


「……頑張ったね、詩音ちゃん」

「き、聞こえてます!」

「ごめんごめん」


禮歌は笑いながら、禮へ視線を向けた。


「ほら。どうやら、禮が思ってるほど望みがないわけじゃないみたいだよ?」


詩音は真っ赤な顔のまま、禮の反応を待っていた。


「そうか?」


禮は少し考えてから、隣の禮歌へ顔を向けた。


「じゃあレイカは俺のこと好きなの?」

「…………え?」


禮歌が瞬きをした。

詩音も、ぴたりと動きを止める。


「……禮。急に何を聞くの?」

「いや、さっきの話の流れで」

「……もう」


禮歌は呆れたように笑った。

けれど、嫌そうではない。

むしろ少し嬉しそうに、禮の顔を見つめる。


「好きだよ」


あまりにも自然な返事だった。


「……えっ」


詩音の口から、小さな声が漏れる。

禮歌は続けた。


「ずっと一緒にいるんだから、好きに決まってるでしょ」

「そ、そうですよね!」


詩音が慌てて頷く。


「一緒に暮らしてるくらいですもんね! 仲がいいのは当然ですよね!」

「うん」


禮歌は笑顔で答えた。

そこで終わるかと思いきや、彼女は少しだけ考え込む。


「……でも」

「でも?」


詩音が聞き返す。

禮歌は禮をちらりと見た。


「改めて聞かれると、ちょっと照れるね」


その頬が、ほんのり赤い。

詩音は固まった。

(……あれ?)


(さっき、恋人じゃないって言ってたよね?)

(でも……今の反応、何……?)

禮歌はそんな詩音の様子に気づくと、くすっと笑った。


「詩音ちゃん、どうしたの?」

「な、何でもないです!」

「本当?」

「本当ですっ!」


禮歌は楽しそうに目を細めた。

それから、禮へ向き直る。


「……ただね、禮」


いつもより少し柔らかな声。


「私が禮を好きなのと、禮を好きになる女の子がほかにいるかどうかは、別の話だよ?」

「……!」


詩音の肩が跳ねた。

禮歌は、そんな彼女を横目に微笑んでいた。


「……よくわからん」


禮は首を傾げた。


「レイカが好きでいてくれるなら、いいや」


そして、少し考え込む。


「……俺に恋人ができるとしたら、レイカになるのかな?」


独り言のつもりだった。

だが、その声は隣を歩く二人に、しっかり届いていた。


「…………」

「…………」


禮歌と詩音が、同時に足を止める。

先に反応したのは、詩音だった。


「……えっ?」


思わず禮歌を見る。

禮歌も、珍しく目を丸くしていた。


「……禮?」


しかし禮は、まだ何やら一人で考えている。

禮歌は少し頬を赤くしながら、詩音へ顔を寄せた。


「……ねえ、詩音ちゃん」

「は、はい」

「今の、聞こえたよね?」

「……聞こえました」


二人は声を潜める。

禮歌は困ったように笑った。


「……あの子、本当に何も考えずに言ってるんだろうなぁ」

「そ、そうなんですか?」

「うん。たぶん」


禮歌は禮の背中を見る。


「でも……ちょっと嬉しかったかも」

「…………っ」


詩音の胸が、ちくりとした。


「……レイカさんは」

「うん?」

「神成さんのこと……その、恋人としても好きなんですか?」


聞いてから、詩音は自分の質問に驚いた。


「ご、ごめんなさい! 変なこと聞いて!」


禮歌はすぐには答えなかった。

少し考えてから、口を開く。


「……どうなんだろうね」

「え?」

「禮のことは大切だよ。誰よりも近くにいたいって思うこともある」


禮歌は自分の言葉に少し照れたように笑う。


「でも、ずっと一緒にいるのが当たり前だったから。恋人って言われると……急に意識しちゃうね」

「……そう、なんですね」


詩音は端末を握り直した。

禮歌が、今度は詩音を見る。


「詩音ちゃんは?」

「……えっ!?」

「禮のこと」

「わ、私は……!」


詩音の顔が、一瞬で赤くなった。


「きょ、今日会ったばっかりですし!」

「うん」

「強くて、優しくて……一緒にいると楽しいですけど!」

「うんうん」

「だから、その……」


言葉が続かない。

禮歌は笑わずに、詩音の返事を待った。

やがて、詩音は小さく呟く。


「……もっと、知りたいなって思ってます」

「そっか」

「……はい」


少しの沈黙。

詩音が、おずおずと尋ねた。


「……レイカさんは、嫌じゃないですか?」

「何が?」

「私が、神成さんと仲よくなろうとするの」


禮歌は驚いたように瞬きした。


「……嫌じゃないよ」

「本当ですか?」

「うん。ただ……」

「ただ?」


禮歌は少しだけ視線を泳がせる。


「さっき、禮が『恋人になるならレイカ』って言った時は……」


そこで口をつぐんだ。


「……?」


詩音が首を傾げる。

禮歌は頬を赤くして、そっぽを向いた。


「……何でもない」

「ええっ!? そこまで言って!?」

「詩音ちゃんだって、さっき途中で止めたでしょ」

「そ、それは……!」


二人は顔を見合わせる。

そして、どちらからともなく小さく笑った。

その時。


「……おーい」


前を歩いていた禮が振り返る。


「何してんだ? 帰るぞー」

「……あっ」

「うん、今行く!」


禮歌が答える。

詩音も慌てて歩き出した。

だが、二人とも先ほどより少しだけ、禮の顔を見づらくなっていた。


「……ねえ、詩音ちゃん」

「はい?」

「禮、たぶん今の独り言も忘れてるよ」

「……ですよね」


二人は再び顔を見合わせた。


「「……はぁ」」


ため息まで、綺麗に重なった。

禮の後ろを歩きながら、禮歌はふと思いついたように顔を上げた。


「……ま、昔だったらダメだったけど」

「え?」


詩音が振り向く。

禮歌は、にこっと笑った。


「今の日本は何人嫁さんいても大丈夫だしね!」

「…………」


詩音が足を止めた。


「……え?」

「だから、別に一人だけじゃなくてもいいでしょ?」

「えっ、えっ!?」


詩音の顔が、みるみる赤くなっていく。


「ちょ、ちょっと待ってください!」

「ん?」

「それって、つまり……!」


詩音は禮歌と、少し前を歩く禮を交互に見る。


「レイカさんも神成さんのお嫁さんになって、私も……ってことですか!?」


言い終わった瞬間、自分が何を口走ったのか理解した。


「~~~~っ!!」


詩音は両手で顔を覆った。


「わ、私、何言ってるんだろ……!」


禮歌も一瞬きょとんとして、それから吹き出した。


「ふふっ! 詩音ちゃん、そこまで言ってなかったのに!」

「だって! 今の言い方はそういう意味じゃないですか!」

「まあ、そういう可能性もあるよね」

「あるよね、って……!」


詩音は指の隙間から禮歌を見た。


「……レイカさんは、それでもいいんですか?」


禮歌の笑みが、少しだけ柔らかくなる。


「禮がどう思うかは、まだ分からないけどね」

「……はい」

「でも、詩音ちゃんと仲よくなるのは、私は嬉しいよ」

「…………」


詩音はゆっくり顔から手を下ろした。


「……私も、です」


小さく答える。

禮歌は嬉しそうに笑い、詩音の手を取った。


「じゃあ、まずはお友達からだね」

「は、はい!」


二人は顔を見合わせて笑った。

――その時禮歌が、ふと前方へ目を向ける。

少し先で、禮がこちらを振り返っていた。


「……あ」


詩音も気づく。

(も、もしかして……)

(今の話、聞こえてた!?)

禮歌は詩音の手を握ったまま、何食わぬ顔で首を傾げる。


「どうしたの、禮?」


詩音は真っ赤になりながら、禮の反応を窺った。


「いいんじゃない?」


禮は二人を見て、穏やかに笑った。


「そばにいたい人がいるのは、いいことだと思うよ」

「…………」


詩音が固まった。

禮歌も一瞬、言葉を失う。


「……うん」


先に口を開いたのは禮歌だった。


「そうだね。私もそう思う」


その声は、いつもより少し柔らかかった。

詩音は胸元の端末をぎゅっと握る。

(……そばにいたい人がいるのは、いいこと)

(じゃあ、私が神成さんのそばにいたいって思うのも……)

そこまで考えて、頬が熱くなった。


「……あ、ありがとうございます」

「ん? 何が?」

「い、いえ! 何でもありません!」


詩音は慌てて首を振った。

禮歌はその様子を横目に見て、くすっと笑う。


「ねえ、詩音ちゃん」

「……はい?」

「禮って、こういうところあるでしょ?」

「……ありますね」

「悪気はまったくないんだけどね」

「それが、余計に困ります……」


詩音が小声で答える。

禮歌は思わず吹き出した。


「ふふっ。もう分かってきたんだ?」

「だって、さっきからずっとですもん……!」


二人は顔を見合わせる。

そして、今度は同時に笑った。

禮はそんな二人を不思議そうに眺めている。


「……なんか仲よくなったな、お前ら」

「うん。ね、詩音ちゃん?」

「はい!」


詩音は元気よく頷いた。

それから少し照れたように、禮へ笑いかける。


「……これから、もっと仲よくなれたら嬉しいです」


禮歌も頷く。


「私も。せっかく家に来るんだし、今日はゆっくり話そうね」

「はい! 楽しみです!」


三人は再び歩き始めた。

詩音は禮の隣へ並びかけ、一瞬ためらう。

けれど、禮歌が後ろからそっと背中を押した。


「……わっ」

「ほら。行こ?」


禮歌が小さく笑う。

詩音は真っ赤な顔で頷き、禮の隣に並んだ。

その距離は、会場で声をかけた時よりも、ほんの少しだけ近くなっていた。


◇


それから、しばらくして、三人は神成家へ到着した。


「……え?」


門の前で、詩音が足を止める。

目の前に広がっていたのは、想像していたよりも遥かに大きな家だった。


「……ここ、ですか?」


禮歌が頷く。


「うん。私たちの家だよ」

「えっ、ちょっと待ってください!」


詩音は家を見上げる。


「神成さん、広いとは言ってましたけど……こんなに大きいんですか!?」


禮歌はくすくす笑った。


「禮が《創》で作ったんだよ」

「……ああ、なるほど」


詩音は納得しかけた。

しかし、すぐに首を振る。


「いや、なるほどじゃないですよね!?」


大会で見た《創》の使い方を思い出す。

斬撃。

防壁。


空間への干渉。

そして、恐ろしいほどの出力を持つ技の数々。

その能力を使って、家まで作ってしまう。


「……神成さんって、本当に何でもありですね」


詩音は呆れたように笑った。

けれど、その視線はすぐに禮へ戻る。

強いことは、もう知っている。


だが、大会が終わってからの彼は、戦っていた時とは随分違って見えた。

気軽に連絡先を交換してくれて、家にも誘ってくれて、今だって、自分が驚いている理由をあまり分かっていなさそうで(……なんだろう)

詩音は小さく笑う。

(戦ってる時も、普段も……目が離せないな)


「詩音ちゃん?」


禮歌に呼ばれ、はっと顔を上げた。


「は、はい!」

「入ろっか」

「あっ、はい! お邪魔します!」


◇


玄関を抜ける。

広々とした廊下。

整えられた室内。

その先に見える、開放的なリビング。

詩音は靴を揃えながら、きょろきょろと周囲を見渡した。


「……すごい」


禮歌がスリッパを差し出す。


「はい、これ使ってね」

「ありがとうございます!」

「そんなに緊張しなくていいよ。今日はお客さんなんだから」

「そ、そう言われても……」


詩音はリビングへ足を踏み入れた。

そして、また固まる。


「……本当に、ここに二人で住んでるんですか?」

「そうだよ」

「広すぎません……?」

「それは私も思う」


禮歌があっさり頷いた。


「でも、禮が作っちゃったからね」

「ふふっ……そうなんですね」


詩音はようやく肩の力を抜いた。

禮歌がソファを指さす。


「好きなところに座ってね。飲み物、持ってくるから」

「あっ、私も手伝います!」

「大丈夫だよ。初めて来たんだし、ゆっくりしてて」

「……じゃあ、お言葉に甘えて」


詩音はソファの端に、ちょこんと腰を下ろした。

ふかふかの座面に身体が少し沈む。


「……わ」


思わず笑ってしまう。

その時、ふと気づいた。

ここは、禮が普段暮らしている場所だ。

学校から帰って、食事をして、くつろいで眠る。


そんな当たり前の時間を、禮歌と一緒に過ごしている場所。

(……私、ここに来ちゃったんだ)

じわじわと頬が熱くなる。

そこへ、禮歌がキッチンから声をかけた。


「詩音ちゃん、何飲む? お茶とジュースがあるけど」

「あっ、じゃあ、お茶をお願いします!」

「はーい」


詩音は返事をしてから、禮の方へ視線を向けた。

大会では、あれほど堂々と向き合えたのに今は、何を話しかければいいのか少し迷ってしまう。


「……あの、神成さん」


詩音は膝の上で手を揃えた。


「今日は、招待してくれてありがとうございます」


少し照れたように笑う。


「……なんだか、まだ夢みたいです。大会が終わったばかりなのに、こうして神成さんのお家にいるなんて」


キッチンでは、禮歌が二つのコップを用意しながら、こっそり二人の様子を窺っていた。

詩音はそんなことには気づかず、禮を見上げる。


「……神成さんって、家では普段、何して過ごしてるんですか?」

「グーたらして寝てる」


禮は、ソファに身体を預けながら答えた。


「…………え?」


詩音が瞬きをする。


「……寝てるんですか?」

「ああ」

「いつも?」

「だいたいな」


詩音はしばらく禮を見つめた。

大会で見せた、あの圧倒的な強さ。

数々の技を使いこなし、世界中の能力者を相手に戦っていた姿。

それが、普段は家で寝ている。


「……ふふっ」


詩音が笑い出した。


「なんか、意外です」


キッチンから禮歌が戻ってくる。


「本当だよ。禮、放っておくとずっと寝てるから」

「禮歌さんまで!」

「でも、強い人って普段からずっと訓練してるイメージがあったので……」


詩音は禮を見る。


「ちょっと安心しました。神成さんにも普通のところ、あるんですね」

「普通のところって何だよ」

「ふふっ。褒めてるんですよ?」


禮歌がお茶を置き、禮の隣に腰を下ろした。


「そういえば禮、今日は大会でいっぱい動いたし、帰ったらすぐ寝ると思ってた」

「……あ」


詩音が小さく声を漏らす。


「もしかして、私が来ちゃったせいで休めてないですか?」


禮歌が首を傾げた。


「そんなこと気にしなくていいよ。禮が自分で誘ったんだし」

「でも……」


詩音は少し考えてから、禮の顔を覗き込んだ。


「……あの、神成さん」

「ん?」

「眠かったら、遠慮なく言ってくださいね」


そう言ってから、少しだけ頬を赤くする。


「私、今日はもう少しお話ししたいですけど……無理させたいわけじゃないので」


禮歌はお茶を一口飲みながら、二人を眺めていた。


「ふふっ。詩音ちゃん、優しいね」

「そ、そんなことないです!」

「禮のこと、よく気にかけてくれてるなって」

「~~っ! 禮歌さん!」


詩音は赤くなった顔を隠すように、慌ててお茶へ手を伸ばした。


「ん、なら少し寝るかな」


禮はソファの背もたれに身体を預けた。


「ソファだと詩音の邪魔になりそうだし……」

「えっ?」


詩音が顔を上げる。


「い、いえ! 全然邪魔じゃないですよ!」

「でも、お前もくつろぎたいだろ?」

「私はここで十分くつろいでますから!」


詩音は慌てて答えた。

禮歌がその様子を見て、くすっと笑う。


「詩音ちゃん、そんなに慌てなくても大丈夫だよ」

「だ、だって……!」


詩音は禮をちらりと見た。


「せっかく遊びに来たのに、神成さんが別の部屋に行っちゃうのは……ちょっと寂しいというか……」


言ってから、はっと口を押さえた。


「……あっ」


禮歌が目を細める。


「ふふっ。そっかぁ」

「禮歌さん! 今のは、その……!」

「うんうん。分かるよ」

「絶対分かってないですよね!?」


禮歌は笑いながら、禮の方へ向き直った。


「でも禮、眠いなら無理しなくていいよ。自分の部屋で休んできたら?」


そして、少し考える。


「……あ、そうだ」


禮歌は詩音へ顔を向けた。


「詩音ちゃん、禮が寝てる間は私とお話ししよっか?」

「えっ、いいんですか?」

「もちろん。私も詩音ちゃんともっと話してみたいし」

「……嬉しいです!」


詩音は笑顔になった。

しかし、すぐに禮の方を見た。


「……でも」

「ん?」

「神成さんが起きたら、また一緒にお話しできたら嬉しいです」


禮歌は、その言葉に優しく微笑んだ。


「ふふっ。だって、禮」


詩音は少し照れながら、禮の返事を待っていた。


「部屋に行くのは面倒だな……」


禮はソファにもたれたまま、眠そうに呟いた。


「……ふふっ。禮らしいね」


禮歌が笑う。


「でも、ここで寝たら詩音ちゃんの邪魔になるんじゃなかったの?」

「んー……」


そのやり取りを聞いていた詩音が、ふと自分の膝へ視線を落とした。

そして、何かを思いついたように顔を上げる。


「あ、あの……!」

「ん?」

「それなら……」


詩音は少しだけソファの中央へ移動した。

膝の上に置いていた手をどけ、姿勢を正す。


「……私の膝、使いますか?」

「…………」


言った直後、詩音の顔が赤くなった。


「ね、寝るだけなら! その、枕代わりになるかなって……!」


禮歌が目を丸くする。


「……詩音ちゃん、積極的だね」

「ち、違うんです! 神成さん、疲れてそうですし!」

「うんうん」

「その顔、絶対からかってますよね!?」


禮歌はくすくす笑いながら、ソファの端へ移動した。


「じゃあ、私はこっちに座ろうかな」

「えっ、禮歌さん!?」

「だって、膝を貸してあげるんでしょ?」

「そ、そうですけど……!」


詩音は禮をちらりと見る。

大会では、あれほど堂々と向き合えていたのに今は、膝を貸すと言っただけで心臓がうるさい。

(……自分から言っちゃった)

(でも、嫌がられたらどうしよう……)

詩音は緊張した面持ちで、膝を軽くぽんぽんと叩いた。


「……あの、神成さん」


小さく微笑む。


「よかったら、どうぞ。起きるまで貸しますから」


禮歌は隣で、二人の様子を楽しそうに見守っていた。


「助かる」


禮はそう言うと、迷うことなく詩音の膝へ頭を預けた。


「……っ!」


詩音の身体が、ぴんと固まる。


「お、おやすみなさい……!」


返事はなかった。

すぅ……。


「…………え?」


詩音が恐る恐る顔を覗き込む。

禮は既に、規則正しい寝息を立てていた。


「……寝た?」

「寝たね」


禮歌があっさり答える。


「は、早くないですか!?」

「禮、寝つきいいから」

「そ、そういう問題なんでしょうか……」


詩音は膝の上を見下ろした。

ついさっきまで、闘技場であれほどの力を振るっていた少年が、今は自分の膝の上で無防備に眠っている。

(……本当に寝ちゃった)

そっと手を伸ばしかける。

けれど、髪に触れる直前で止まった。


「……禮歌さん」

「ん?」

「こういう時って……頭、撫でてもいいんでしょうか」


禮歌は少し驚いた顔をしてから、微笑んだ。


「嫌がるかどうかは、起きてから聞いてみないと分からないかな」

「……ですよね」


詩音は手を引っ込めた。


「じゃあ、今はこのままで」

「うん」


少しの間、二人は静かに禮の寝顔を見つめていた。

やがて禮歌が、小声で話しかける。


「……詩音ちゃん、足しびれたら言ってね?」

「はい。でも、まだ全然大丈夫です」

「無理しなくていいからね」

「……ありがとうございます」


詩音は頷き、それから少し恥ずかしそうに笑った。


「それにしても……」

「うん?」

「神成さん、警戒心なさすぎませんか?」


禮歌は膝の上で眠る禮を見て、くすっと笑う。


「詩音ちゃんのこと、安心できる相手だと思ってるんじゃない?」

「…………!」


詩音の頬が赤くなる。


「……そ、そうだったら、嬉しいです」


今度は、禮歌もからかわなかった。

ただ、柔らかく微笑んだ。


「そっか」


詩音はもう一度、禮の寝顔へ目を向ける。

そして、起こさないように小さな声で呟いた。


「……おやすみなさい、神成さん」


リビングには、穏やかな寝息だけが響いていた。


◇


禮が眠ってから、十分ほどリビングには、穏やかな時間が流れていた。

詩音は膝の上の禮を見下ろし、小さく息を吐く。


「……本当に、起きませんね」

「うん。しばらくは起きないと思うよ」


禮歌はお茶を一口飲んだ。


「足、大丈夫?」

「はい。まだ平気です」

「そう? 無理はしないでね」

「ありがとうございます」


詩音は微笑む。

それから、少し迷って口を開いた。


「……禮歌さん」

「ん?」

「神成さんって、いつもこんな感じなんですか?」

「こんな感じ?」

「その……女の子の膝で、あっさり寝ちゃうというか」


禮歌は少し考えた。


「誰にでもこうするわけじゃないと思うけど……」

「……!」


詩音の背筋がぴんと伸びる。


「そ、そうなんですか?」

「うん。でも、禮ってあんまり深く考えないところがあるから」

「……ああ」


詩音は妙に納得した。


「それは、今日だけでも分かりました」

「でしょ?」


二人は顔を見合わせ、小さく笑った。


◇


しばらくして、禮歌が、何気ない調子で尋ねた。


「ねえ、詩音ちゃん」

「はい?」

「禮のこと、いつから気になってたの?」

「…………っ!」


詩音の肩が跳ねた。


「き、気になってるって……!」

「違った?」

「ち、違わないですけど……!」


そこまで言って、詩音は口を押さえる。

禮歌が目を丸くした。


「あ」

「……あ」


二人とも黙る。

やがて、禮歌がくすっと笑った。


「ごめん。そんなに素直に答えてくれると思わなかった」

「……もう」


詩音は真っ赤になって俯いた。


「禮歌さん、意地悪です」

「うん。今のはちょっと意地悪だったね」


素直に認められて、詩音は余計に言い返せなくなった。

禮歌は少し声を落とす。


「……聞いてもいい?」


詩音は膝の上の禮を見た。


「……大会の時、です」

「うん」

「最初は、ただ強い人だなって思ってました」


詩音はゆっくりと言葉を探す。


「私の《選択》って、今まであんまり本気で使う機会がなくて。相手がどう動くか見て、選べばよかったので」

「……そっか」

「でも、神成さんは違いました」


詩音の目が、少しだけ輝く。


「選んでも選んでも、次が来るんです。こっちが必死なのに、神成さんは楽しそうで」

「ふふ。想像できる」

「悔しくて。絶対、一回くらい驚かせてやろうって思って」


詩音はそこで笑った。


「……そしたら、あの人、私が新しいことをするたびに嬉しそうなんですよ」

「うん」

「負けたくなかったのに……気づいたら、私も楽しくなってました」


禮歌は黙って聞いていた。


「それで、最後に……」


詩音の視線が、禮の寝顔へ落ちる。


「私が危ないことしたら、本気で怒ってくれて」

「……うん」

「勝負が終わったら、腕を治してくれて。また戦ってくれるって言ってくれて」


詩音は少し恥ずかしそうに笑った。


「……あれ。こうして話すと、私、今日一日で随分いろんなこと考えてますね」

「そうだね」


禮歌も微笑む。


「でも、まだ今日会ったばかりなんだよね」

「……はい」


詩音はゆっくり頷いた。


「だから、好きって言っていいのかも、正直まだ分からないです」

「うん」

「でも……もっと知りたいです」


膝の上で眠る禮の髪が、呼吸に合わせて僅(わず)かに揺れた。

詩音はそれを見つめながら、小さく続ける。


「戦ってる時だけじゃなくて。こういう、何でもない時間の神成さんも」


禮歌はしばらく詩音を見ていた。


「……そっか」


その声は、さっきまでより少し柔らかい。

詩音はふと顔を上げた。


「……あの、禮歌さん」

「なに?」

「今度は、私が聞いてもいいですか?」

「うん?」


詩音は少し迷う。

それから、思い切って尋ねた。


「禮歌さんは……神成さんの、どういうところが好きなんですか?」


禮歌が瞬きをした。


「……私?」

「はい」


詩音は頷く。


「さっき、ずっと一緒にいるのが当たり前だったって言ってましたよね」

「……うん」

「だから、知りたいなって」


禮歌は手元のお茶へ目を落とした。

少しの沈黙。


「……それ、意外と難しい質問だね」


照れくさそうに笑う。


「ずっと一緒にいたから、改めて考えたことなかったかも」


そして、眠っている禮へ視線を向けた。


「……でも、一つだけ」


詩音が身を乗り出しかけ、慌てて止まる。

膝の上には禮がいる。


「……はい」


禮歌は、その様子に小さく笑ってから続けた。


「禮ってね。自分では、誰かに好かれるような人間じゃないって思ってるみたいだけど」

「……はい」

「私は、そう思わないんだ」


禮歌は穏やかに微笑んだ。


「少なくとも、私が一緒にいたいと思う理由は、ちゃんとあるよ」


詩音はその横顔を見つめた。

さっきまで、少しだけ恋の話をしていたはずなのに禮歌の声を聞いていると、もっと長い時間の中で育った、大切な気持ちがあるのだと感じた。


「……聞きたいです」


詩音が囁(ささや)く。


「その理由」


禮歌は少し困ったように笑った。


「……ふふ。どこから話そうかな」

「……どこから話そうかな」


禮歌は、膝の上で眠る禮を見つめた。

詩音もつられて、その寝顔を見る。


「……昔から、こんなに寝る人だったんですか?」

「ふふっ。そうだね」


禮歌は笑った。


「でも、最初に会った頃は、こんなふうに安心して眠ってるところなんて、なかなか見られなかったな」

「……え?」


禮歌の声が、少しだけ変わった。

懐かしそうでそれでいて、どこか寂しそうだった。


「私たちが出会った頃、禮はね……すごくつらいことがあったばかりだったんだ」

「……そうだったんですか」

「うん」


禮歌はお茶を置く。

そして、静かに目を閉じた。


◇


数年前禮歌が、まだ今のような日常を知らなかった頃。

彼女の最初の記憶は、ひどく不鮮明だった。

地面。

空気。


空間。

そのすべてが、異常な力によって歪(ゆが)んでいた。

《創》。

本来なら、何かを生み出すための力。


けれど、その時の《創》は、何を生み出せばいいのかさえ定まっていなかった。

怒り。

悲しみ。

喪失。


行き場を失った感情が、制御されないまま溢れていた。

その中心に、一人の少年がいた。

神成禮(しんじょうらい)。

彼は、大切な姉を失ったばかりだった。


帰宅途中。

姉と夕飯の話をしていた、何でもない時間。

その日常が、突然途切れた。

姉は逃げていなかった。


抵抗もしていなかった。

それでも、特異事象対策局《とくいじしょうたいさくきょく》の女局員に犯罪者と誤認され、命を奪われた。

禮歌は、その出来事を自分の目で見たわけではない。

彼女が生まれたのは、その後だったからだ。


それでも、自分が何から生まれたのかは、忘れようがなかった。

暴走する《創》の極点。

通常の禮では到達できないほどの出力と精度。

その中で、一つの存在が生まれた。


神器《アポカリプス》。

そして――神成禮歌(しんじょうれいか)。

彼女は、最初から人間として生まれたわけではない。

一振りの神器に宿った、意思ある存在だった。


けれど、その意思が最初に捉えたのは、自分の力でも、その特異な身体でもなかった。

目の前にいる少年だった。

彼が何を失ったのか。

なぜ、こんなにも苦しそうなのか。


当時の禮歌には、分からないことだらけだった。

ただ一つ。

この少年を、一人にしてはいけない。

そう思ったことだけは、今も覚えている。


◇


「……禮歌さん?」


詩音の声に、禮歌は目を開けた。


「あ、ごめん。ちょっと思い出してた」

「いえ……」


詩音は少し迷ってから尋ねる。


「神成さん、昔は……あんまり笑わなかったんですか?」

「笑わないわけじゃなかったよ」


禮歌は首を横に振る。


「慧くんと話してる時なんか、今と同じように軽口も言ってたし」

「……あ、なんとなく想像できます」

「でしょ?」


二人は小さく笑った。

けれど禮歌は、すぐに表情を戻した。


「ただね。笑ってるからって、平気とは限らないでしょ?」

「……はい」

「禮は、そういうところがあったんだ」


◇


あの頃の禮は、何もかも自分で片づけようとしていた。

苦しいことも腹が立つこともどうにもならないことも。

他人に預けるより、自分で何とかしようとする。

禮歌が何かを尋ねても、話を逸らされることがあった。


逆に、何でもない話には妙にあっさり答える。

初めのうちは、彼女にもその違いが分からなかった。

一緒に暮らし始めてからも、そうだった。

禮は、禮歌が日常生活を送れるようにした。


学校へ通うための情報。

能力者としての登録。

社会の中で、普通の少女として生きていくためのものそれらを《創》によって成立させた。

世間には、神成禮歌という少女が、最初から当たり前に存在していたことになった。


けれど、禮歌は知っている。

その「当たり前」は、最初から彼女に与えられていたものではない。

禮が、彼女のために用意したものだった。

禮歌は、あの日々を思い返す。


初めて自分の名前で呼ばれた時初めて、学校へ行く支度をした時。

初めて、帰ってきた家に誰かがいることを、自然に感じた時。

特別なことばかりではない。

むしろ、何でもない日の方が多かった。


食卓での他愛ない会話。

禮がソファで寝てしまうこと何度言っても、面倒なことを後回しにすること本を読んでいたら、いつの間にか隣に座っていることそんな時間が積み重なっていった。

そして、禮歌は少しずつ気づいていった。

禮は、自分のために多くのことをしてくれた。


けれど、彼自身がつらい時、誰かを頼ることには、ひどく不器用だった。

守ることは考える。

守られることは、なかなか考えない。

そこが、禮歌には時々、腹立たしかった。

――自分だって、そばにいるのに。


◇


「……最初はね」


禮歌が、ぽつりと言った。


「私、禮に助けられてばっかりだったと思う」


詩音は黙って聞いていた。


「知らないことも多かったし、生活だって、禮がいろいろ考えてくれたから」

「……優しいんですね」

「うん。でも、それだけじゃないよ」


禮歌は少し笑った。


「自分のことは、結構雑なんだ」

「……ああ」


詩音は膝の上を見下ろした。


「それは、今日だけでも分かる気がします」

「ふふっ。でしょ?」

「危ない技を使った後に、こんなにすぐ寝ちゃうんですもんね」

「そうそう」


二人は声を潜めて笑った。

禮は起きない。

禮歌は、その寝顔を見てから続けた。


「だからね。途中から思ったんだ」

「……何をですか?」

「助けてもらうばっかりじゃ、嫌だなって」


その言葉に、詩音が顔を上げる。


「私だって禮を守りたいし、間違ったことをしたら止めたい。何かを一人で背負おうとするなら、ちゃんと怒りたい」


禮歌は、少し困ったように笑った。


「……実際、怒ったこともあるしね」

「そうなんですか?」

「あるよ。全然言うこと聞いてくれない時もある」

「意外です……」

「そう?」

「禮歌さんの言うことなら、何でも聞いてくれそうなのに」

「それは買いかぶりすぎ」


禮歌は即答した。

詩音が吹き出す。


「ふふっ!」

「本当に頑固なんだから。特に、自分だけで何とかできると思った時はね」


少し間を置いて、禮歌は続けた。


「でも、最近は前より話してくれるようになったかな」

「……そうなんですね」

「うん。まだまだだけど」


禮歌は穏やかに微笑んだ。


◇


詩音はしばらく考え込んでいた。

やがて、控えめに尋ねる。


「……あの、禮歌さん」

「ん?」

「神成さんが昔つらかったことって……私が聞いてもいいお話なんでしょうか」


禮歌は、すぐには答えなかった。

膝の上で眠る禮へ、視線を落とす。


「……ごめんね」

「い、いえ!」


詩音は慌てて首を振った。


「無理に聞きたいわけじゃないです!」

「ううん。詩音ちゃんが悪いんじゃないよ」


禮歌は柔らかく微笑んだ。


「ただ、禮自身の話だから。私が勝手に全部話すのは、違うと思うんだ」

「……はい」

「いつか禮が話したくなったら、その時に聞いてあげて」


詩音は少しだけ考えてから、頷いた。


「分かりました」


それから、膝の上の禮を見る。


「……じゃあ、その時まで待ちます」

「うん」

「それに……」

「うん?」


詩音は照れたように笑った。


「今の神成さんのことだって、まだ全然知らないですから」


禮歌も笑った。


「そうだね」

「まずは、好きな食べ物とか、好きなこととか。そういうところから知っていきたいです」

「好きなことは、もう知ってるんじゃない?」

「……戦うこと?」

「正解」


二人は顔を見合わせ、また笑った。

そして詩音は、ふと気づいたように尋ねた。


「……でも、禮歌さん」

「なに?」

「さっき、神成さんを好きな理由を聞いたんでしたよね」

「……あ」


禮歌が瞬きをする。

詩音は少しだけ身を乗り出した。


「昔から一緒にいたことは分かりました。でも……それが、好きって気持ちに変わった瞬間とか、なかったんですか?」

「…………」


今度は禮歌が、言葉に詰まった。

詩音が慌てる。


「あっ、すみません! 聞きすぎました?」

「……ううん」


禮歌はゆっくり首を振る。

それから、眠っている禮の顔を見た。


「……変わった瞬間、か」


禮を大切に思うことは、ずっと当たり前だった。

けれど、恋人という言葉を向けられた時、なぜあんなに嬉しかったのか。

今まで、深く考えたことはなかった。


「……あるのかもしれないね」


禮歌が小さく呟く。


「え?」

「私も、ちゃんと考えてみたことなかったから」


詩音は少し驚いた後、微笑んだ。


「……じゃあ、これから分かるかもしれませんね」

「ふふっ。そうだね」


禮歌は笑った。

そして、膝の上で眠る禮を見つめる。

あの日、暴走する《創》の中で生まれた自分が今は、こうして誰かと恋の話をしている。

思えば、随分遠くまで来たものだ。


「……禮」


眠る少年には聞こえないほど、小さな声で禮歌は呟いた。


「私、ちゃんと幸せに暮らしてるよ」


詩音には、その言葉の本当の意味までは分からなかった。

けれど、禮歌の表情を見て。

今は何も聞かずに、そっと微笑んだ。


◇


しばらくして、詩音は、膝の上で眠る禮を見つめながら、ふと疑問を口にした。


「そういえば……禮歌さん」

「ん?」

「神成さんって、どうしてあんなに技が多いんですか?」


禮歌が首を傾げる。


「技?」

「はい。大会でも、次から次へと違う技を使ってましたよね」


詩音は、闘技場での戦いを思い出す。


「私は《選択》の使い方を工夫することはありますけど、神成さんみたいに、一つ一つ別の技として成立させることはあまりなくて」

「……ああ、なるほど」


禮歌が頷いた、その時。


「……ん」


膝の上で、禮が小さく身じろぎした。


「わっ」


詩音が驚いて顔を覗き込む。


「神成さん、起きました?」


禮はまだ眠そうな目を開ける。

詩音が少し慌てた。


「あ、ごめんなさい! 起こしちゃいましたか?」

「いや……」


禮は欠伸を一つ。

そして、先ほどの話を聞いていたらしく、不思議そうに尋ねた。


「なんで逆に、みんな技を使わないの?」

「…………え?」


詩音が固まった。

禮歌も、一瞬きょとんとする。


「……禮、それ本気で言ってる?」

「ん?」

「いや、だから……」


禮歌は説明しようとして、詩音へ視線を向けた。


「詩音ちゃんの方が、説明しやすいかも」

「えっ、私ですか?」

「うん。禮、私が言っても『そうなの?』で終わりそうだから」

「……ああ」


詩音は妙に納得した。

そして禮へ向き直る。


「神成さん。まず、みんな技を使わないわけじゃないんです」

「そうなのか?」

「はい。というか……」


詩音は少し考え、言葉を選んだ。


「能力の使い方を、一つの独立した技として成立させるのが、すごく難しいんです。」


禮は瞬きをした。


「……難しい?」

「難しいです!」


詩音は思わず声を大きくし、慌てて口を押さえる。


「……あ、すみません」


禮歌が小さく笑った。


「いいよ。もう起きてるし」


詩音は咳払いをして続けた。


「例えば私の《選択》なら、戦っている最中に可能性を見て、その場で選ぶことはできます」

「うん」

「でも、それを毎回同じように使える技として完成させるとなると、話が違うんです」


詩音は指を一本立てた。


「何を条件に発動するのか。どこまで能力を使うのか。どういう結果を成立させるのか。それを自分で理解して、安定して再現できるようにしないといけません」

「……ふむ」

「相手が変われば状況も変わりますし、そもそも思いついた使い方が、実際にできるとは限らないですから」


禮歌も頷く。


「そうだね。能力そのものが強くても、技にするのが上手いとは限らないよ」

「そうなんです!」


詩音は禮歌へ勢いよく頷いた。


「戦闘が強い能力者でも、能力をその場で応用するのが中心で、明確な技をいくつも持っている人はなかなかいません」


そこで詩音は、禮を見た。


「……なのに、神成さんは」


大会で見た技の数々が、頭に浮かぶ。

一つの技を見せたかと思えば、次にはまったく違う現象を成立させる。

それどころか、既存の技を組み替え、さらに別の技へ発展させていた。


「神成さん、戦いながら新しい技まで作ってましたよね?」


禮歌がくすっと笑う。


「作るね。しかも、相手の技を見て思いつくこともあるし」

「それです!」


詩音が身を乗り出す。


「そこが一番おかしいんです!」

「……おかしい?」

「普通は、そんなに簡単にできないんですよ!」


詩音は興奮したまま続ける。


「一つの技を安定させるだけでも、何度も試して、失敗して、調整して……ようやく使えるようになる人だっているんです!」

「うんうん」

「なのに神成さんは、戦ってる途中で『こうしたら面白そう』って思いついて、そのまま形にしちゃうじゃないですか!」


禮歌が、楽しそうに禮を見る。


「……だって、禮」


詩音も禮を見下ろす。


「だから私、ずっと不思議だったんです」


そして、改めて尋ねた。


「神成さんは、どうやってあんなにたくさんの技を作ってるんですか?」

「楽しいから?」


禮は、詩音の膝に頭を預けたまま答えた。


「ゲームとかアニメとか、技あった方が面白いじゃん」

「…………」


詩音が瞬きをする。


「……ゲームとアニメ?」

「それに、技を一つに決めることで次の戦いでも生かせる。みんな技を作ることを難しく考えすぎなんだよ」


禮は天井を見上げながら続けた。


「局で技の作り方でも教えた方がいいのかな」

「…………」


今度は禮歌まで黙った。

先に口を開いたのは詩音だった。


「……神成さん」

「ん?」

「今、ものすごいことを、ものすごく普通に言いませんでした?」

「そう?」

「そうです!」


詩音は思わず身を乗り出しかけ、膝の上に禮がいることを思い出して姿勢を戻した。


「まず、ゲームとかアニメが理由なんですか!?」

「面白いだろ?」

「面白いですけど!」


禮歌が笑いを堪えながら口を挟む。


「詩音ちゃん。禮、昔からそういうところあるよ」

「昔から!?」

「うん。技を考えてる時、すごく楽しそうなんだ」

「……なんとなく想像できます」


詩音は大会での禮を思い出した。

新しい攻撃を試す時相手が予想外の対応をした時。

難しい局面を突破する方法を思いついた時。

そのたびに、禮は楽しそうに笑っていた。


「……でも」


詩音は考え込んだ。


「技を決めておけば、次の戦いでも使えるっていうのは……確かにそうですね」


禮歌が頷く。


「うん。毎回ゼロから考え直すより、一度成立させたものを使った方が早いこともあるからね」

「それに、技としてまとまっていれば、改善もしやすそうです」


そこまで言って、詩音は顔を上げた。


「あれ? これ、私の《選択》でもできるんじゃ……」


禮歌が微笑む。


「何か思いついた?」

「まだ、ちゃんとは……」


詩音は自分の手を見つめた。


「でも、今までは選び方をその場で考えてました。よく使う組み合わせを、技として決めておくことは考えてなかったかもしれません」

「ふふっ。いいんじゃない?」

「はい!」


詩音は嬉しそうに頷いた。

しかし、すぐに何かに気づいたように禮を見る。


「……って、待ってください」

「ん?」

「神成さん、今、局で教えるって言いましたよね?」

「ああ」

「それ、すごいことになるんじゃないですか?」


禮歌が首を傾げる。


「どうして?」

「だって、神成さんから直接、技の作り方を教わるんですよ!?」


詩音は指を折りながら話し始めた。


「今までは能力の基礎訓練とか、模擬戦とか、そういうのが中心だったと思うんです。でも、技を作ること自体を練習するなら……」

「新しい訓練になるかもしれないね」

「そうです!」


詩音は勢いよく頷く。


「もちろん、誰でも神成さんみたいに作れるとは思いませんけど……一つでも自分の技を作れたら、それだけで戦い方が変わる人はいると思います」

「……うん」


禮歌も少し真剣な顔になる。


「禮の教え方が、ちゃんと他の人に伝わればね」

「……そこですよね」


詩音が苦笑した。


「神成さん、『楽しいから作ればいい』で説明終わっちゃいそうですし」

「ふふっ。ありそう」


二人が笑う。

けれど詩音は、すぐに禮へ視線を戻した。


「……でも、私、聞いてみたいです」

「何を?」

「技の作り方です」


詩音の瞳が、先ほどの大会と同じように輝いた。


「私、自分の《選択》で、ちゃんと技を作ってみたいです」


少し身を乗り出し、禮の顔を覗き込む。


「神成さん。局で教える前に……私で試してみませんか?」


禮歌が、隣から楽しそうに笑った。


「お。第一号だね」

「そ、そういうことになりますね……!」


詩音は照れながらも、期待に満ちた顔で禮を見つめていた。


「え、今?」


禮は詩音を見上げた。


「たぶんだけど、詩音は局に入れるようになるよ?」

「……え?」

「俺の最終審査を突破したやつは、ほぼ確実に正式な加入手続きを受けられる権利が手に入ると思うけど」

「…………」


詩音は数秒間、動かなかった。


「……ええっ!?」


突然の大声に、禮歌が肩を跳ねさせる。


「わっ。詩音ちゃん?」

「あっ、ご、ごめんなさい!」


詩音は慌てて口元を押さえた。

しかし、興奮は収まらない。


「で、でも! それって本当ですか!?」

「たぶんな」

「たぶん!?」


禮歌がくすくす笑った。


「まだ正式な手続きの話までは聞いてないからね」

「そ、そうですよね……」


詩音は胸元に手を当てる。


「私、最終審査に挑戦できただけでも嬉しかったのに……」


大会の終わりに、ようやく実感したことがある。

自分の《選択》は、思っていた以上に多くの可能性を持っている。

そして、その可能性を試せる場所が、今よりもっと広がるかもしれない。


「……すごい」


詩音は小さく呟いた。

禮歌が微笑む。


「よかったね、詩音ちゃん」

「はい!」


詩音は満面の笑みで頷いた。


「……あ、でも」


禮は眠そうに目を細めた。


「局で教える前に教えるのはいいけど、今日は疲れたもん」

「…………」


詩音が、ゆっくり膝の上へ視線を落とす。

そこには、今にも再び眠りそうな禮がいる。


「あっ……」


ようやく、自分が何をお願いしていたのか思い出したらしい。


「そ、そうですよね! ごめんなさい!」

「ふふっ。詩音ちゃん、すっかり訓練の話に夢中だったね」

「だって……!」


詩音は赤くなって言い返しかけ、途中で笑った。


「……はい。夢中になってました」


そして禮を見下ろす。


「でも、今日はもういいです。神成さん、いっぱい戦ってましたもんね」


禮歌も頷いた。


「うん。訓練の話は、また今度にしよっか」

「はい!」


詩音は膝の上で手を動かしかけ、慌てて止めた。


「……あの、神成さん」

「ん?」

「私、局の加入手続きの話も、技の作り方の話も……すごく楽しみです」


少しだけ、声が柔らかくなる。


「でも今日は、こうしてお話しできただけでも十分嬉しかったので」


禮歌が横から微笑む。


「それに、まだ帰る時間って決めてないもんね」

「……そうですね」


詩音はちらりと禮の寝顔を見た。


「じゃあ、神成さんがもう一回寝るなら……」


少し照れながら、自分の膝を指さす。


「……このまま、貸しておきます」

「ふふっ。すっかりお気に入りだね」

「ひ、膝枕の話ですよね!?」

「うん。膝枕の話だよ?」

「……禮歌さん、絶対わざとです!」


詩音の抗議に、禮歌は楽しそうに笑った。

その声を聞きながら、禮は再び目を閉じようとしていた。


「もう夜の十時だぞー」


禮は詩音の膝に頭を預けたまま、壁の時計を見た。


「親、心配しちゃうぞ?」

「……え?」


詩音も時計を見る。


「えっ!? もうこんな時間ですか!?」


慌てて端末を取り出すと、画面に通知がいくつか並んでいた。


「あ……お母さんから連絡来てる……」


禮歌が隣から覗き込む。


「大丈夫?」

「はい! 大会が終わったことは連絡してたんですけど、帰る時間までは……」


詩音が急いで返信しようとした、その時。


「それとも、帰るの面倒で泊まるとか?」

「…………」


詩音の指が止まった。


「……はい?」


禮歌も禮を見る。


「……禮?」

「ん?」

「今、泊まっていくって話した?」

「ああ」

「…………」


禮歌は一瞬、詩音の顔を見た。

案の定、真っ赤だった。


「とっ……泊まる!?」

「ふふっ。詩音ちゃん、声大きいよ」

「だ、だって禮歌さん! 神成さんが!」


詩音は言いかけて、膝の上へ目を落とした。

禮は相変わらず、眠そうな顔をしている。

(……そんな普通に誘うことあります!?)


今日、初めて会ったばかり。

連絡先を交換したのも、ほんの数時間前。

家へ遊びに来られただけでも驚いていたのにまさか泊まる話まで出るとは思っていなかった。


「……えっと」


詩音は端末を握り直す。


「お、お泊まりって……本当に、いいんですか?」


禮歌が小さく笑った。


「私はいいよ。でも、親御さんの許可はちゃんともらってね」

「は、はい!」


詩音は勢いよく頷いた。

それから、ふと禮歌を見た。


「……禮歌さんは、嫌じゃないんですか?」

「ん?」

「その……私が、急に泊まることになっても」


禮歌は少し驚いてから、微笑んだ。


「嫌だったら、ちゃんと言うよ」

「……!」

「それに、詩音ちゃんとはもっとお話ししたいしね」

「……ありがとうございます」


詩音は嬉しそうに笑った。

そして端末を操作し始める。


『大会終わったよ! 今、友達の家にいるんだけど、泊まってもいい?』


送信。

数秒後。

着信音が鳴った。


「……あ」


画面には『お母さん』。

詩音は禮と禮歌を交互に見た。


「ちょ、ちょっと電話してきます!」

「うん。いってらっしゃい」


禮歌が頷く。

詩音は禮の頭を見下ろして、困ったように笑った。


「……あの、神成さん。電話の間だけ、膝をお返ししてもいいですか?」


禮歌はその言い方に、思わず吹き出した。


「ふふっ。膝をお返しって」

「だ、だって今、貸してる状態なので……!」


詩音は真っ赤になりながら、着信の続く端末を握りしめていた。


◇


二階の一室。


「詩音ちゃん、これなんかどう?」


禮歌がクローゼットから部屋着を取り出した。


「あっ、かわいいです!」

「サイズも合いそうだね」

「はい! じゃあ、お借りします!」


詩音は借りた服を受け取り、着替え始める。

禮歌も自分の部屋着を用意し、着替えの途中だった。

その時、――ガチャ。


「…………」


ドアが開いた。


「……ん」


入ってきたのは、禮だった。

まだ半分眠っているような顔で、ふらふらと部屋に入ってくる。


「…………」


禮歌が固まる。

詩音も固まる。

そして、三人の間に数秒の沈黙が落ちた。


「…………え?」


最初に声を漏らしたのは詩音だった。

禮はぼんやりと部屋を見渡す。

見慣れた家具。

見慣れた禮歌。

そして、借りた服を胸元に抱えた詩音。


「……っ!」


詩音が真っ赤になる。


「きゃあああっ!?」

「わっ!?」


禮歌も驚いて、慌てて手近な上着を掴んだ。


「禮!? 何してるの!?」

「…………」


詩音は禮に背中を向け、借りた服をぎゅっと抱きしめる。


「み、見ないでくださいっ!」


禮歌は禮の方へ歩み寄ると、その肩を掴んでくるりと出口へ向けた。


「はい、出る!」


そのまま背中を押す。


「部屋に入る時はノック!」


――バタン!

ドアが閉まった。


◇


廊下。

禮は閉じられた扉の前に立っていた。

まだ少し眠そうだ。

部屋の中から、詩音の慌てた声が聞こえてくる。


「れ、禮歌さん! 今、神成さん、入ってきましたよね!?」

「うん。入ってきたね……」

「ど、どうしましょう!?」

「とりあえず着替えよう? 禮は外に出したから」

「そ、それはそうですけどっ!」


少し間が空いた。

そして、禮歌のため息。


「……まったく。寝ぼけてたとはいえ、後でちゃんと言わなきゃ」


その声には呆れが混じっていたが、すぐに小さな笑い声へ変わった。


「……ふふっ」

「禮歌さん!? 笑い事じゃないですよ!」

「ごめんごめん。でも、あんなにぼんやりした顔で入ってくるんだもん」

「もうっ……!」


詩音の声は、まだ真っ赤になっているのが分かるほど上ずっていた。

やがて、扉の向こうから、禮歌が声をかけた。


「禮ー。まだそこにいる?」


少し間を置いた。


「着替え終わるまで、絶対に開けちゃだめだからね!」


その後ろから、詩音の声も重なった。


「ぜ、絶対ですよ!?」


◇


廊下。

閉じられた扉を前に、禮はようやく目を瞬かせた。


「…………」


少しずつ、意識がはっきりしてくる。

ここは二階。

目の前にあるのは、禮歌の部屋。

そして、ついさっき見えた光景。


「…………あ」


禮は片手で顔を覆った。

(……着替えてたのか)

寝ぼけていたとはいえ、部屋を間違えたのは自分だ。

異性の着替えに興味があるわけではない。


普段なら、そういう話をされても適当に聞き流すだろう。

それでも、(……いや、普通にまずいだろ)

少しだけ、耳が熱くなった。

禮は扉から一歩離れ、壁に背中を預ける。

今になって目が覚めたことが、妙に間抜けだった。


◇


一方、部屋の中。


「……もう、大丈夫かな」


禮歌が着替えを終え、扉の方を見た。

詩音も借りた部屋着に袖を通している。


「……びっくりしました」

「うん。ごめんね、詩音ちゃん」

「禮歌さんが謝ることじゃないですよ」


詩音は首を振った。

それから、少しだけ声を落とす。


「……神成さん、寝ぼけてたんですよね?」

「多分ね。目、ほとんど開いてなかったし」

「……ですよね」


詩音はほっと息をついた。

けれど、ふと想像してしまう。

もし今、禮が完全に目を覚ましていたら。

もし、さっきのことを覚えていたら。


「…………っ」


また頬が熱くなった。

禮歌がそれに気づく。


「……詩音ちゃん?」

「な、何でもありません!」

「ふふっ。まだ赤いよ?」

「禮歌さんだって、さっき慌ててたじゃないですか!」

「それは慌てるよ。いきなり入ってきたんだから」

「……ですよね!」


二人は顔を見合わせ、苦笑した。


◇


やがて、扉が少しだけ開く。

禮歌が廊下を覗いた。


「……あ、いた」


禮は壁にもたれていた。

さっきより、目がはっきり開いている。


「禮。今はもう起きてる?」

「……ああ」

「そっか」


禮歌は腕を組んだ。


「じゃあ、ちゃんと言っておくね。次からはノックして」

「……悪かった」


素直な返事に、禮歌が一瞬目を丸くした。


「……お?」

「何だよ」

「いや。珍しくすぐ謝ったなって」

「俺が悪いだろ」


禮歌は禮の顔をじっと見た。

そして、気づく。


「……あれ?」

「ん?」

「禮、ちょっと耳赤くない?」

「…………」


禮の視線が、わずかに逸れた。

禮歌は目を細める。


「……ふぅん?」

「何だよ、その顔」

「別に?」


そう答える禮歌の口元には、笑みが浮かんでいた。

そこへ、着替えを終えた詩音が扉の後ろから顔を出す。


「あ、あの……神成さん」


禮が振り向く。

詩音は彼の顔を見て、少し驚いた。


「……あれ?」

「ん?」

「神成さんも、ちょっと恥ずかしそう……?」

「…………」


今度は禮歌が、とうとう吹き出した。


「ふふっ! 詩音ちゃんも気づいた?」

「えっ、やっぱり!?」


禮歌は笑いながら頷く。


「うん。こういう禮、珍しいかも」


詩音は禮を見る。

そして、自分まで照れたように微笑んだ。


「……そっか」

「何が?」

「いえ……神成さんも、こういう時は普通に照れるんだなって」


詩音が小さく笑う。

それを聞いて、禮歌も柔らかく微笑んだ。


「そうだね。禮だって、何でも平気なわけじゃないんだよ」


詩音は頷いた。

さっきまでの気まずさが、ほんの少し和らいでいく。


「……でも、次は本当にノックしてくださいね?」


詩音はまだ赤い顔のまま、禮を見上げた。

禮歌も隣で頷く。


「そうそう。約束だよ、禮」

「すまんすまん。自分の部屋行くわ」


禮は軽く手を上げ、廊下を歩き始めた。

しかし、数歩進んだところで足を止める。


「そういや、詩音。どこで寝る?」

「……え?」

「ベッドがいいなら、俺ソファで寝るよ」

「えっ!? い、いいですよ、そんな!」


詩音は慌てて首を振った。


「お邪魔してるのは私ですし! 神成さんが自分のベッドを使ってください!」

「俺、ソファでも寝られるから」

「でも……」


詩音は困ったように禮歌を見た。

禮歌は少し考えてから、頷いた。


「禮は本当にソファでも寝るからね。さっきも寝てたし」

「そ、それはそうですけど……」

「本人がいいって言ってるなら、甘えてもいいと思うよ?」

「……うぅ」


詩音は申し訳なさそうに禮を見た。


「……じゃあ、お言葉に甘えても、いいですか?」


禮が頷くと、詩音はほっと息をついた。


「ありがとうございます。明日はちゃんと片づけてから帰りますね」

「ふふっ。そんなにかしこまらなくても大丈夫だよ」


禮歌は笑いながら、禮の部屋の方へ視線を向けた。


「じゃあ、寝具だけ替えておこうか」

「あっ、私も手伝います!」

「うん。お願い」


二人が歩き出そうとした、その時。

詩音はふと足を止めた。


「…………」

「詩音ちゃん?」

「……あの」

「うん?」


詩音は、少し赤くなった顔で囁いた。


「よく考えたら、私……神成さんの部屋で寝るんですよね?」


禮歌が瞬きをする。

そして、にっこり笑った。


「そうだね」

「……っ!」

「今さら気づいた?」

「今さら気づきました……!」


詩音は両手で顔を覆う。

禮歌はくすくす笑いながら、その背中を軽く叩いた。


「大丈夫。変なものは置いてないと思うよ」

「そ、そういう心配じゃないです!」

「ふふっ。分かってる」


詩音は顔を上げ、ちらりと禮を見た。


「……神成さん」


少し照れくさそうに微笑む。


「ベッド、ありがとうございます。今度、何かお礼させてくださいね」


禮歌はその横で、楽しそうに二人を見守っていた。


◇


神成家、二階。


「じゃあ、詩音ちゃん。ここが禮の部屋だよ」

「……はい」


禮歌が扉を開ける。

詩音は少し緊張した面持ちで、中へ足を踏み入れた。


「……わぁ」


想像していたより、ずっと普通の部屋だった。

ベッドに机。

普段使っているらしい小物が、いくつか置かれている。

世界中の能力者を相手に、あれほどの戦いを見せた少年。

その私生活が、ここにある。


「……なんだか、不思議です」

「何が?」

「神成さんにも、ちゃんと自分の部屋があるんだなって」

「ふふっ。そりゃあるよ」


禮歌は笑いながら、替えのシーツを取り出した。


「ほら、手伝って?」

「あっ、はい!」


二人で寝具を整える。

作業はすぐに終わった。


「よし。これで大丈夫」

「ありがとうございます!」

「私は隣の部屋にいるから、何かあったら呼んでね」

「はい。おやすみなさい、禮歌さん!」

「おやすみ、詩音ちゃん」


――パタン。

扉が閉まる。


「…………」


一人になった詩音は、改めて部屋を見回した。

そして。


「……神成さんの、部屋」


ぽつりと呟く。

ベッドを見る。


「…………」


近づく。


「……神成さんの、ベッド」


なぜか、もう一度呟いた。

そっと腰を下ろしてみる。


「…………っ」


(いや、待って)

(私、何に緊張してるの!?)

ただのベッドだ。

借りて寝るだけだ。


それなのに、今日ここへ来るまでの出来事が次々と思い浮かぶ。

大会での戦い。

連絡先の交換。


家への招待。

膝枕。

そして、お泊まり。


「……今日一日、濃すぎない?」


詩音は小さく笑った。

その時、枕が目に入る。


「…………」


じっと見つめる。

(……これ)

(神成さんが、いつも使ってる枕……だよね?)


詩音は、恐る恐る枕を手に取った。

そして、ぎゅっ。

胸元に抱きしめた。


「…………」


三秒。

五秒。


「……えへ」


思わず、小さな笑みが漏れる。

(……なんか、すごい)

(神成さんの部屋で、神成さんの枕抱いてる……)

そこで、我に返った。


「……っ!?」


詩音は枕をぱっと離した。


「な、何してるの私!?」


誰もいないのに、慌てて周囲を見回す。


「ち、違う! 今のは、その……!」


言い訳する相手はいない。


「…………」


詩音はもう一度、枕を見た。

そろそろと手を伸ばす。

ぴた、と止まる。


「……一回だけなら、別にいいよね?」


そして再び、ぎゅっと抱きしめた。


「……ふふ」


今度は、ちょっとだけ長かった。


◇


――コンコン。


「詩音ちゃーん?」

「ひゃいっ!?」


枕が跳ねた。

扉の向こうから、禮歌の声がする。


「ごめん、歯ブラシ渡すの忘れてた。入っていい?」

「ま、待ってください!」


詩音は枕を大急ぎで元の位置へ戻す。

向きを整える。

なぜか角度まで確認する。


「……よし!」

「詩音ちゃん?」

「ど、どうぞ!」


扉が開いた。

禮歌は歯ブラシを差し出しながら、詩音を見た。


「はい、これ……って、どうしたの? 顔真っ赤だよ」

「な、何でもありません!」

「……そう?」


禮歌の視線が、ベッドへ向かう。

きっちりと整えられた枕。

その前で、不自然に背筋を伸ばしている詩音。


「…………」

「…………」


禮歌が、にっこり笑った。


「……詩音ちゃん」

「はいっ!」

「禮の枕、気になる?」

「っ!?」


詩音は声にならない声を漏らした。

禮歌は目を丸くする。


「……え。図星?」

「ち、違っ……!」

「私、ちょっとからかっただけなんだけど」

「~~~~っ!」


詩音は両手で顔を覆った。

禮歌は一瞬ぽかんとしてから、吹き出した。


「ふふっ! ごめん、そんなに慌てると思わなかった!」

「禮歌さん、忘れてください……!」

「うんうん。忘れるよ」

「絶対忘れない言い方です!」

「ふふっ」


ひとしきり笑ってから、禮歌は歯ブラシを渡した。


「大丈夫。禮には言わないよ」

「……本当ですか?」

「うん。詩音ちゃんとの秘密ね」


詩音は、ほっと息を吐いた。


「……ありがとうございます」


禮歌は扉へ向かう。

けれど、出る直前。


「……あ、でも」

「……?」

「明日、禮の顔をまともに見られる?」

「…………!」


詩音は再び枕を抱きしめた。


「もうっ! 禮歌さん!!」


廊下に、禮歌の楽しそうな笑い声が響いた。


◇


禮歌が部屋を出ていった後。

詩音は、しばらく扉を見つめていた。


「…………」


静寂。

廊下から聞こえていた足音も、やがて遠ざかる。


「……よし」


詩音は小さく呟いた。

何が「よし」なのか、自分でも分からない。

とりあえず歯磨きを済ませ、部屋へ戻る。

照明を落とすと、ベッドの輪郭が薄暗がりに浮かび上がった。


「……寝よ」


布団をめくり、身体を滑り込ませる。

ふかふかだった。


「……おお」


思わず声が漏れる。

(神成さん、毎日ここで寝てるんだ……)

詩音は仰向けになり、天井を見上げた。

(……つまり)


(神成さんも、こうやって天井を見てるのかな)

少し右を向く。

(こっち向きで寝たり……)


左を向く。

(こっち向きで寝たり……)

うつ伏せになる。

(……こういう時もある?)


「…………」


詩音は、はっとした。


「……私、何を確認してるんだろ」


自分で自分が分からない。

けれど、妙に楽しい。

もう一度仰向けになったところで、枕が目に入った。


「…………」


先ほど、禮歌に見つかった枕だ。

詩音は慎重に手を伸ばす。

そっと持ち上げる。


「……これも、毎日使ってるんだよね」


ぎゅ。

胸元に抱える。


「…………ふふ」


自然と頬が緩んだ。

(今日、膝枕までしちゃったんだよなぁ……)

詩音は思い出す。

自分の膝に、何のためらいもなく頭を預けた禮。

そのまま、あっという間に眠ってしまった姿。


「……警戒心なさすぎ」


小さく呟いてから、枕へ頬を寄せた。


「……でも、嬉しかったな」


しばらく、そのまま。

やがて詩音は、ふと思いついたように顔を上げた。


「……あれ?」


枕を見下ろす。


「これって……神成さんが使ってる方、どっちだろ」


表。

裏。

詩音は枕をくるりと回した。


「…………」


もう一度回す。


「……分かんない」


なぜか、少し悔しい。

そこで、ようやく冷静になった。


「……いや、何を知ろうとしてるの私!?」


詩音は枕を元に戻し、布団を頭まで被った。


「…………」


数秒後。

もぞ。

布団から顔だけ出す。


「……でも」


ちらりと枕を見る。


「神成さんのベッドで寝られるの、今日だけかもしれないし……」


再び、枕を抱きしめた。


「……一晩くらい、いいよね」


誰に許可を求めているのか。

もちろん、返事はない。

詩音は小さく笑って、そのまま横になった。


◇


しばらくして、端末が小さく光った。

友人から届いていたのは、大会の感想を尋ねるメッセージだった。

詩音は返信画面を開く。


『大会、すっごく楽しかった!』


そこまで打って、指が止まる。

(……神成さんの家に泊まってるって言ったら、びっくりするだろうな)

一瞬、書き足そうとする。

けれど。


「……だめだめ」


詩音は首を振った。


「絶対、質問攻めになる……!」


結局、当たり障りのない返信を送って端末を伏せた。

そして、もう一度枕を抱き寄せる。


「……おやすみなさい、神成さん」


その直後。


「…………っ」


詩音は枕へ顔を埋めた。


「本人いないのに、何言ってるの私……!」


しばらく足をばたばたさせる。

けれど、やがて動きが止まった。

今日一日。


全力で戦って、初めて連絡先を交換して、家に招待されて、膝枕をして、そして今、その人のベッドにいる。

(……明日も、会えるんだよね)

そう思うと、自然と笑みが浮かんだ。


「……楽しみ」


詩音は枕を抱いたまま、ゆっくり目を閉じた。

数分後。

穏やかな寝息が、部屋に響き始める。

初めて訪れた神成家での夜。

詩音は少しだけ幸せそうな顔で、眠りについた。


◇


その頃、一階のソファでは禮が既に、ぐっすりと眠っていた。

二階で起きていた小さな騒動など、知る由もなく。

神成家の夜は、静かに更けていった。

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