第二話 実験
数日後。
特異事象対策局では、禮が提案した大会案と、正式所属の条件について会議が続いていた。
大会そのものは好意的に受け止められた。
戦闘能力だけではなく、護衛、救助、分析、支援、能力制御といった異なる適性を一度に見ることができる。
局にとっても、新しい人材を探す機会になる。
一方で、世界規模にまで広げるのか。
参加条件をどこに置くのか。
安全性をどう確保するのか。
決めるべきことは山ほどあった。
それでも、計画自体は正式に動き始めた。
そして翌日。
中央訓練施設、第二会議室。
禮、禮歌、慧の前に、天倉が数枚の書類を置いた。
「まず一つ目。お前の正式所属について、最終承認が下りた」
「早かったな」
「お前の条件を上が全部飲んだわけじゃない。必要な部分は調整してある。ただ、前に見せた内容から大きくは変わっていない」
禮は契約内容へ目を通す。
任務への無条件参加義務はない。
能力・神器に関する情報は、必要な範囲を除いて本人の了承を前提とする。
訓練や研究も同様。
姉の事件についても調査は継続される。
「問題ない」
「なら、ここへ」
禮は迷うことなく署名した。
これで、神成禮は正式に特異事象対策局へ所属することになった。
「で、二つ目」
天倉が次の資料を出す。
「大会施設の件だ。いきなり本番用を作らせる前に、小規模な試験施設を一つ作ってもらいたい」
「別に試験しなくても大丈夫だぞ」
「お前が大丈夫でも、こっちは確認が必要なんだ」
「面倒だな」
「組織ってそういうものだ」
そこで天倉は、もう一つ画面を開いた。
「それから。姉の事件の処理履歴について、追加で分かったことがある」
禮の表情が少し変わる。
「前回の『対象照合再確認要請』を処理済みに変えた操作。共有端末から手動で行われていたことは話したな」
「ああ」
「さらに調べたが、操作者個人までは特定できなかった。当時の端末認証が部署単位だったせいだ」
「つまり、あの女性局員かどうかも分からない?」
「そうだ。別の誰かが処理した可能性もあるし、本人だった可能性も残っている」
禮は少し考え、頷いた。
「分かった。それでいい」
慧が意外そうに見る。
「いいのか?」
「今分からないなら仕方ないだろ。分からないことを勝手に決めつけても意味ない」
天倉も静かに頷いた。
「今後も追う」
「頼む」
話が終わると、禮たちは試験用に確保された土地へ移動した。
禮は敷地の中央へ立つ。
「このくらいでいいか」
「外観は小さくていい。中に体育館一つ分程度の空間があれば十分だ」
「了解」
禮が手を伸ばす。
「創」
光が地面を走る。
基礎。
壁。
天井。
建造物が組み上がる。
外から見れば、少し大きめの訓練施設程度。
だが扉を開いた瞬間、慧が固まった。
「……外と広さ合ってなくない?」
「中を広げたからな」
「どういう理屈だよ」
「空間を作った」
「だから説明になってないって」
内部には、外観からは到底収まらない広さの訓練場が広がっている。
禮歌は周囲を見回す。
「これ、禮がいなくなっても消えないの?」
「ああ。一度作ったら俺がわざわざ弄らない限り、そのまま残る」
局の担当者たちが構造、空間境界、通信、避難経路を順番に確認していく。
結果。
問題なし。
その試験を経て――さらに一週間後。
大会用施設の正式建造依頼が禮へ届いた。
大会の開催そのものは正式承認。
競技内容や細かな日程はまだ調整中。
しかし、会場だけは先に必要だった。
禮が作った本番用施設は、試験施設とは比較にならない規模になった。
複数の戦闘闘技場。
護衛・救助競技用の模擬市街地。
分析・支援用の専用区画。
観客席。
選手待機室。
医療区画。
避難経路。
外観以上に内部空間は拡張され、それぞれが独立した区画として配置されている。
そして、最も重要な競技場の床と壁は――禮自身が『壊れない』ことを前提として作っていた。
初期検査はすべて通過。
最後に残ったのは、耐久試験だった。
第一闘技場。
広大な円形空間の中央で、禮と禮歌が向かい合う。
観測室には久世、慧、天倉、施設担当者たち。
禮歌の手に、黒月が現れる。
「……行くよ、禮」
天倉の声が通信越しに響いた。
『目的は施設の耐久確認だ。勝敗じゃない。分かってるな?』
「分かってる」
禮は右手を開いた。
「俺も本気で行くぞ。神器――ノア」
本が現れ、宙に開く。
禮は最初から距離を取らなかった。
「無手・創乱」
自身の身体構造を常に作り変え続ける。
禮歌は正面から来ると読む。
これまでの禮なら、そのまま真っ直ぐ踏み込んでもおかしくない。
だが、禮の足が床を離れた。
「《空歩》」
空中を足場にするように、一気に軌道を変える。
「っ――」
「夢虚無幻」
禮の姿が揺らぐ。
一つだった接近経路が、いくつにも分かれて見えた。
正面。
上。
側面。
どれが本物かを読む間にも、距離は詰まっていく。
禮歌は床を蹴る。
「《崩進》――!」
本来なら足元を破壊し、その反動で爆発的に加速する技。
だが、この床は壊れない。
「……っ」
一瞬の違和感。
それでも禮歌は止まらない。
壊れないなら、逆にその反力を利用する。
一気に上へ禮より高い位置まで跳び、《黒月》を振り下ろす。
「そう来るか」
禮が手をかざす。
「《断絶ノ界線》」
禮と禮歌の間に、細い境界が走る。
《黒月》の刃が、届く寸前で止まる。
「……何これ」
禮歌が《破壊》を流し込む。
境界が軋む。
「創約」
禮が指定した状態を維持し続ける。
削られれば補い。
壊されれば作り直す。
禮歌の《破壊》と禮の《創》が正面から食い合う。
「相変わらず相性悪いな」
「それ、こっちの台詞なんだけど」
禮は《ノア》へ視線を落とした。
「じゃあ、少し変えるか」
空間に雨粒が浮かぶ。
「《レインビーナ》」
可能性。
禮歌が取り得る行動。
避ける可能性。
受ける可能性。
破壊する可能性。
反撃する可能性。
それらすべてが雨粒となり、視覚化されて降り始める。
「……雨?」
「全部、可能性だ」
禮歌が一つ行動するたびに、新しい可能性が生まれる。
雨は増える。
さらに禮は詠唱を重ねた。
「禁忌開放――四重詠唱」
「再竜聖歌」
「再龍聖歌」
「最竜聖歌」
「最龍聖歌」
四つの同音異字の歌。
過去の技を再構築し。
連携させ。
現在の限界まで最適化し。
成功も失敗も反撃も含めて戦術へ組み込んでいく。
攻撃が禮歌へ押し寄せる。
一つ避ければ、その回避を前提とした次が来る。
破壊すれば、その破壊を読んだ次が来る。
受け流せば、その角度を利用した攻撃が重なる。
「……ほんっと、面倒!」
《黒月》が閃く。
破壊。
回避。
迎撃。
それでも終わらない。
そして禮歌が対応するたび、《レインビーナ》の雨は増え続ける。
やがて闘技場の上空が、可能性の雨で埋め尽くされた。
禮が見上げる。
「これなら、いけるか」
黒い炎が揺れた。
「祭龍星歌」
禮の背後。
黒炎の龍が姿を現す。
その口が開く。
雨粒が、一つ、また一つと吸い込まれていった。
観測してきた可能性。
禮歌の行動。
判断。
成功。
失敗。
それらが黒炎の龍の内側で星のように輝く。
そして、空を覆っていた《レインビーナ》の雨が、晴れた。
「……五つ目?」
観測室で慧が呟く。
「また、さいりゅうせいか?」
久世が笑う。
「今度は字が違うね」
天倉が端末を見る。
「祭る。龍。星。歌……《祭龍星歌》か」
五つ目の歌。
禮歌はその力を真正面から見ていた。
そして。
「それなら――こっちも遠慮しなくてよさそうだね」
《黒月》を胸の前へ構える。
「神器――《アポカリプス》の名において」
空気が変わる。
「あなたの力を、お貸しください」
「《神裂装》」
《黒月》へ、禮歌自身の《破壊》と、本体である神器の力が重なる。
黒銀の装甲。
異質な刃。
周囲の空間まで武装の一部になったような存在感。
禮の攻撃が押し寄せる。
禮歌は壊す。
壊しても次。
避けても次。
いなし続けても、終わりが見えない。
やがて禮歌の動きにも僅かな遅れが出始めた。
「……まだ!」
禮歌の周囲へ、黒銀の輪が展開する。
「《神裂装》――《破界輪》!」
輪が迫る攻撃を砕きながら、前へ進む。
防ぐためではない。
禮へ近づくための一撃。
ついに禮歌は、攻撃の奔流を乗り越えた。
「……四重詠唱は、もう発動してないか」
禮は《ノア》を見る。
「これ乗り越えられんの想定外だった」
《ノア》をしまう。
代わりに両手へ、二振りの刀を創り出した。
神器ではない。
《創》による顕装。
ただしその刀は、永遠に作り変えられ続ける。
刃が欠けても折られても完全に破壊されても。
次の瞬間には、新しい刀身が完成している。
「……また面倒なの作ったね」
「お前が全部壊すからだろ」
禮が二刀を構える。
「《双創破斬》」
左右の刃が同時に走る。
禮歌の《破界輪》を一方が斬り、もう一方が《黒月》と衝突する。
刀が砕ける。
再構築。
再び衝突。
禮が斬る。
禮歌が壊す。
壊れた刀が戻る。
禮歌が踏み込む。
何度も何度も最後。
禮の刀が、禮歌の首元へ禮歌の《黒月》も、禮の首元へ二人はほぼ同時に動きを止めた。
「……引き分け、かな?」
「……だな」
武器が下ろされる。
観測室で慧が椅子へ沈み込んだ。
「……終わったぁ……」
久世は少しだけ残念そうだった。
「もうちょっと見たかったな」
「十分だ」
天倉が即答する。
施設担当者が最終結果を読み上げた。
「第一闘技場、床面および外壁の損傷なし。空間境界の変動なし。観測区画への影響もありません」
「……合格だな」
天倉が息を吐く。
禮歌は《黒月》を消し、禮の横へ来る。
「次に戦う時は、床を壊せる場所にしてよね」
「大会用の施設だからな」
「《崩進》、まともに使えなかったんだから」
禮は二刀を消しながら肩を竦めた。
「やっぱり相性が悪すぎるぞー。せっかくいっぱい作ったのに全部破壊しやがって」
「だって、壊せるなら壊すでしょ」
「むしろ禮の方がおかしいよ。次から次へと技増やしてくるし」
「必要だったんだよ」
「《レインビーナ》も?」
「必要だった」
「《祭龍星歌》も?」
「必要だった」
「《断絶ノ界線》も?」
「……必要だった」
「全部必要だったんだね」
「そうだぞ」
「はいはい」
禮歌が笑う。
慧が二人の間へ入ってきた。
「どっちもどっちだろ。禮は技増やしすぎ。禮歌は壊しすぎ」
「俺が作る。禮歌が壊す。壊されたらまた作る。そしたらまた壊される」
「ずっと続くね」
「だから嫌なんだよ!」
そんなやり取りの後。
禮はふと思い出したように口を開いた。
「ま、隠し機能もあるんでな」
「……隠し機能?」
天倉が嫌そうな顔をする。
「大会が終わっても普段の練習場にできるようにしてある。もし施設が壊れたら、三十分後に自動修復」
「自動で?」
「それだけじゃない。壊された攻撃を基準にして、施設全体の強度もアップグレードされる」
一瞬、全員が黙った。
「つまり?」
「次からは同じくらいの攻撃じゃ壊れにくくなる。繰り返せば無限に使えるって感じだな」
「そういう重要な仕様は隠し機能にするな」
「いちいち俺が直すの面倒だし」
禮が壁際を指差す。
施設と連携した、小型の機械。
損傷を記録し、修復し、次の構造へ反映するための装置だった。
担当者が端末で確認する。
「……本当に自己修復と強度更新をやってる」
「だろ?」
「使えば使うほど強くなる訓練施設……」
慧が呟く。
「そのうち誰にも壊せなくなるんじゃないか?」
禮歌が禮を見る。
「でも、禮が本気で壊そうとしたら?」
「え? 空間を消すことのできる俺に言うか、それ」
「……それはそうだった」
天倉が額を押さえた。
「頼むから運用中に消すなよ」
「消さないって」
禮はそのまま施設担当者を見る。
「もし大会運営に必要な、あった方がいい機械があれば言ってくれ。大会には全面協力する」
担当者たちの目が変わった。
競技出力計測装置。
選手位置追跡システム。
緊急医療通報装置。
能力可視化モニター。
高速戦闘用のスロー再生・多視点記録。
次々と候補が挙げられていく。
「まあ、それはおいおい作るさ。今全部は面倒だし」
禮は話を切り上げる。
「さてと、今日はこのくらいで終わり? なら少し、この施設を俺一人に貸してくれないか? まだ使う予定ないし、大丈夫だと思うが一応確認」
天倉が眉を上げた。
「……一人で?」
「ああ」
「何をする気だ?」
「ちょっとな」
担当者が予定を確認し、使用に問題がないことを告げる。
天倉も渋々頷いた。
「外部へ影響することはするな。それと、新しい機能を追加したら後で報告しろ」
「分かってる」
やがて全員が闘技場を出ていく。
禮歌だけが扉の前で振り返った。
「じゃあ、先に外で待ってるね」
扉が閉じる。
広大な闘技場。
残ったのは、禮一人。
「さて……」
なんとなく、自分の力は分かる。
最初に久世と戦った頃より、さらに強くなっていることも。
右手を開く。
「神器――《ノア》」
本が現れ、ページが開く。
「もしかしたら……できるかもしれない」
未完成だった技。
今なら。
「《再竜聖歌》」
「《再龍聖歌》」
「《最竜聖歌》」
「《最龍聖歌》」
「《祭龍星歌》」
五つの歌。
五つの流れ。
黒炎の龍が禮の背後に現れた。
《ノア》のページが激しくめくれる。
禮は詠唱する。
「再びし竜よ、重なりし龍よ。
最へ至り、星を喰らい、渦へ還れ。
数多の軌跡を飲み込む龍となれ。
五つの歌をここに葬り、ただ一つの終わりとなれ――」
五つの歌が、黒炎の龍へ呑み込まれていく。
「終龍葬歌」
――瞬間轟音。
闘技場全体が軋んだ。
「――っ」
禮の目の前床でも壁でもない。
空間そのものに亀裂が走った。
本来なら壊れないはずの内部空間。
そこを黒く歪んだ一撃が貫く。
内部だけでは止まらない。
内部と外部を隔てていた境界を破り、施設外へまで抜けていった。
「……まずいな」
遅れて警報が鳴る。
赤い警告灯。
異常値を吐き出す観測装置。
そして、自動修復装置も反応した。
『損傷解析中』
『対象――構造物』
『対象――空間境界』
『既存修復基準を超過』
「……あ」
壁でも床でもない。
空間そのものを壊している。
それでも、小型機械は止まらなかった。
『破壊情報を取得』
『修復方式を再構築』
『強度基準――更新』
亀裂の端から、空間が閉じ始める。
やがて最後の裂け目まで消えた。
『修復完了』
『空間境界強度――更新完了』
「……まさか空間そのものまで修復するとは思わなかったわ」
自分で作った機械に、禮自身が少し驚いていた。
直後、扉が勢いよく開く。
「神成!!」
天倉。
「禮!」
禮歌。
さらに慧、久世、施設担当者たちまで戻ってきた。
「何したの!?」
「いや……ちょっと試しただけ」
担当者がログを確認して顔を引きつらせる。
「空間境界に損傷判定……。一度、内部と外部の境界そのものが破壊されています」
「被害は?」
「人的被害なし。周辺施設への損傷もありません。ただ……外部へ抜けた攻撃がどこで止まったかは観測できていません」
天倉が禮を見る。
「神成。何を使った?」
禮は《ノア》を閉じた。
「秘密ってやつかな」
「……お前な」
「いやぁ、まさか空間そのものすら修復するとは思わなかったわ」
「禮が驚いてるってことは、そこまで想定してなかったんだ」
禮歌が言う。
「ああ。壁とか床が壊れた時のつもりだった」
「それで空間まで直すの?」
慧が呆れる。
天倉は深く息を吐いた。
「技の詳細を話せとは言わない。ただし、施設の内外を貫通するようなものを試す時は先に言え」
「使う前はそこまで行くと思ってなかったんだよ」
「なお悪い」
その日の夜。
神成家。
禮と禮歌はリビングにいた。
「……今日は色々ありすぎたね」
「そうだな」
禮歌は少し迷ってから、禮を見る。
「最後、一人で残って何か試したかったんでしょ?」
「まあな」
「天倉さんには秘密って言ってたし、私も無理に聞かないけど」
少し間を置いた。
「無茶はしないでね」
禮歌の声が少し真剣になる。
「今日の戦いでも分かったけど、禮はまた強くなってる。たぶん、自分で思ってる以上に」
禮は禮歌を見る。
「レイカだって十分強いさ」
「ん?」
「俺がまだまだ強くなれるなら、反対の能力のレイカが強くなれないはずはないしな」
禮歌は少し目を丸くした。
「……反対の能力、か」
禮の《創》。
禮歌の《破壊》。
生み出す力と、壊す力。
「確かにね」
禮歌は小さく笑う。
「禮だけ先に行くのは、ちょっと気に入らないし」
「だろ?」
「うん」
今日の《破界輪》も、追い込まれたからこそ生まれた。
禮が伸びるなら禮歌もまた、そこから先へ進める。
「次に戦う時は、今日みたいに簡単に新しい技を試させる余裕なんてあげないけどね」
「それはこっちの台詞だ」
静かな夜。
二人の競争は、まだ終わらない。
翌朝、朝凪高等学校。
いつも通りの教室で、禮は欠伸をしていた。
「……眠い」
「お前、昨日も遅かったのか?」
隣の慧が聞く。
「まあ、ちょっとな」
「最近その“ちょっと”信用できないんだけど」
そんな時教室前方の大型モニターが切り替わった。
担任が教卓の端末を操作する。
「ホームルーム前に一つ連絡だ。今日から正式に募集が始まった。能力者の生徒には関係ある話だから、一応全員聞いておけ」
モニターに、特異事象対策局の紋章。
その下へ大きな文字。
――特異事象対策局主催。
――能力者総合選抜競技大会。
教室が一気にざわつく。
「これニュースでやってたやつだろ?」
「世界中から参加できるって」
「局への推薦もあるらしいぞ」
禮は黙って画面を見る。
当然、知っている。
そもそも提案したのは自分だ。
会場も作った。
昨日、その会場の空間まで一度壊した。
だが、ここで言う理由はない。
画面に競技部門が並ぶ。
戦闘部門。
護衛部門。
救助・対応部門。
分析・支援部門。
能力制御部門。
複数部門への参加可能。
評価は単純な合計ではなく、それぞれが最も高い評価を得た部門を基準とする。
さらに、――上位入賞者、または競技中に特に高い適性を示した者には、特異事象対策局から直接声がかかる可能性があります。
教室の空気が変わった。
「相良、お前査定あるなら分析部門出ろよ」
「出ない!」
「ほら、向いてるって」
「禮まで勧めるな!」
周囲の生徒が今度は禮を見る。
「神成も出れば?」
「こういうの好きそう」
「戦闘部門とか」
慧まで乗ってくる。
「お前絶対出ろよ。こういうの好きだろ!」
禮は頬杖をつく。
――出る側、ね。
実際には、見る側になる可能性が高い。
昼休み。
ニュース欄も大会一色だった。
日本政府直属・特異事象対策局、大規模能力者大会を正式発表。
海外参加枠開放。
各国の能力者向けサイト。
街頭モニター。
ニュース番組。
映像広告。
世界中へ宣伝が広がっている。
――次代を担う能力者を世界から。
――その力を、世界に示せ。
「……派手だな」
「海外でも流れてるらしいぞ」
慧が端末を覗き込む。
「反応すごい。参加したいって奴めちゃくちゃいるぞ」
「そんなに?」
「お前、本当に他人事みたいだな」
その時、禮の端末が震えた。
表示された名前は、天倉壮。
「……来たか」
「何が?」
「なんでもない」
禮は立ち上がった。
「さぁ、行こうか」
放課後。
特異事象対策局本部。
大会運営会議には天倉と担当者たち。
そして、なぜか久世までいた。
「なんでいるんだ?」
「大会の話って聞いたから」
「呼んでないぞ」
「でも入れてくれたじゃん」
「追い返しても覗きそうだったからな」
「よく分かってる」
天倉が正面モニターへ資料を出す。
「今日、正式告知を出した。反響は予想以上だ」
国内外からのアクセス数。
参加問い合わせ。
既に大量の数字が並んでいる。
「それと、お前を呼んだ本題だ」
画面に表示されたのは――特別審査制度。
「以前お前が出した案を正式採用する」
天倉が禮を見る。
「神成禮。お前を特別審査官の一人として正式に任命したい」
評価項目が並ぶ。
能力応用。
状況判断。
対応力。
発想力。
制御能力。
連携。
成長性。
「単純な強さだけなら順位を見ればいい。お前には、それ以外を見てほしい」
「分かった」
禮は資料を眺め、思い出したように聞く。
「そういえば。最後に俺と戦うかどうかは、どうなった?」
「ああ、その件か」
天倉が別の資料を開く。
――特別選抜戦。
「大会終了後、各部門上位者と、特別審査官が選んだ参加者。その中から希望者を募る」
「希望者?」
「強制はしない。希望した者には、最後にお前と直接戦う機会を設ける」
目的は勝敗ではない。
格上を相手にどう考え、どう動くか。
競技だけでは見えない部分を見るための最終実戦評価。
「もちろん、お前には相手に合わせて出力調整してもらう」
「分かってる」
「《終龍葬歌》みたいなのは絶対に使うなよ」
「使わねぇよ」
天倉が想像しているのは、未完成だった頃の《終龍葬歌》だろう。
久世が楽しそうに言う。
「つまり参加者からしたら、最後に隠しボスが出てくるわけだ」
「表現は悪いが、だいたいそんな感じだな」
「了解。なら何とかなるだろう」
禮は椅子へ深く座る。
「で、大会は何か月後なんだ?」
「一か月後だ。正式には三十一日後」
「思ったより早いな」
「施設がほぼ完成しているからな。残るのは募集、選考、設備と運営の調整だ」
禮は増え続ける応募件数を見る。
「俺からしても楽しみだ」
そして、公開資料を指差す。
「表向きでは久世が特別審査官。もう一人は不明って感じか?」
「ああ」
画面には、
――特別審査官最上久世紫苑。
その下に――特別審査官・一名。
詳細非公開。
「お前の名前、年齢、所属、能力は全部伏せる」
「助かる」
「朝凪高校の十七歳だと分かったら、大会前から面倒になる」
既にネット上では、謎の審査官について様々な憶測が飛び交っている。
海外の有名能力者。
局の幹部。
秘匿指定された能力者。
誰も、朝凪高校に通う普通の高校生だとは思っていない。
「大会当日も、必要な場面までは表に出さない」
「最後の特別選抜戦では?」
「そこでは出てもらう」
禮は少し笑う。
「そっちの方が面白そうだな」
「やっぱりそう言うと思ったよ」
久世も笑った。
「よし。なら少しは俺も強くなっといた方がいいか。たまに訓練しとくよ」
「訓練するなら呼んでよ」
「なんでだよ」
「相手いた方がいいでしょ?」
「壊し合いになりそうだから嫌だ」
「えー」
禮は久世を流しながら、ふと思い出したように手を伸ばす。
「あと、これも渡しておく」
「何だ?」
「なんかすんごい高性能のAI機械」
「説明が雑すぎるだろ」
《創》。
机の上に、手のひらより少し大きい小型機械が現れる。
起動した瞬間、周囲の端末と接続。
参加者数。
各部門申請。
施設稼働率。
競技予定。
医療設備。
警備区域。
バラバラだった情報が一つに整理されていく。
「……これ、何ができる?」
担当者が聞く。
「能力の精密な測定。まあ、隠せないって感じかな」
「隠せない?」
「出力の計算。情報の保管。AIを使った、それぞれの項目の改善案と成功率。戦闘なら勝率。作戦なら成功率」
禮が機械を見る。
「ほんとにたくさん。何でもできるって考えてもらってもいい。そのためのAIだ」
画面へ新しい項目が追加されていく。
競技別評価補助。
参加者能力データベース。
救護優先度予測。
競技進行最適化。
事故発生危険度予測。
対戦組み合わせ候補。
『現在の機能では、大会規模に対して映像解析能力が不足しています』
『拡張を推奨』
『必要機材を算出しますか?』
「……頼む」
担当者が答える。
『承認』
「使っていくうちに、求める形にこの機械も進化していく」
天倉の動きが止まった。
「今かなり重要なことをさらっと言わなかったか?」
「そうか?」
「そうだ」
久世が面白そうに画面を見る。
「これ、私の戦闘データ入れたら弱点とか出る?」
「出ると思うぞ」
「禮のは?」
「測らせればな」
「やってみようよ」
「やらん」
「即答」
天倉は二人を無視する。
「能力を隠せないと言ったな」
「ああ。この機械の測定範囲で能力を使えば、表面だけ誤魔化しても内部の変化まで拾う」
大会運営側の空気が少し変わる。
「ただ、測定結果を誰にどこまで見せるかは制限した方がいいぞ。能力情報なんて、ほとんど弱点情報みたいなもんだからな」
担当者が頷く。
「閲覧権限を分けましょう。一般運営には必要最低限。詳細は指定職員と審査官のみ」
『権限管理機能を追加しますか?』
「お願いします」
『承認』
「便利すぎない?」
久世が笑う。
「だから渡したんだろ」
天倉はしばらくAIを見ていた。
「……助かる。この規模になると、人間だけで全部を見るのは無理だからな」
「だろ?」
「ただし、こいつが出す勝率や成功率を絶対の答えとして扱うことはしない」
「そりゃそうだ。あくまで予測だからな」
『補足』
AIが会話へ割り込む。
『予測値は取得情報に基づく推定です』
『未知の能力、未観測行動、心理変化、突発的成長などにより結果は変動します』
久世が小さく笑った。
「自分で注意までしてくれるんだ」
「高性能だからな」
「その一言で全部済ませるのやめない?」
会議室に笑いが落ちる。
会場は完成した。
運営設備も整い始めている。
世界中へ告知は広がり、参加希望者は今なお増え続けていた。
そして禮自身も表には名前の出ない、もう一人の特別審査官として大会を見ることになる。
最後には、選ばれた参加者との特別選抜戦。
「じゃあ俺は、適当に訓練でもしながら待つかな」
「その訓練、私も――」
「呼ばない」
「まだ最後まで言ってないんだけど」
「どうせ同じだろ」
天倉が大会資料を閉じた。
「ひとまず、今日決めることは以上だ」
禮も席を立つ。
一か月。
長いようで、きっとあっという間だ。
その間にも参加者は集まり、施設は整い、世界中の能力者が日本を目指す。
禮が何気なく口にした、一つの大会案。
それはもう、局の中だけで終わる話ではない。
世界中を巻き込む舞台になっていた。
――大会開催まで、あと一か月。




