表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
愛が深い竜騎士は、穢れた聖女を離さない。  作者: 葉月ライ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

6/7

王都への帰還


 

 王都に着いたのは、途中で泊まった宿を出てから二日目の夜だった。

 早駆けでも三日はかかると言われていたが、馬車に乗っていたイリアの体感としては、かなりの速さで進んでいたように思う。そのためか、予定より少し早く王都に着いたのだろう。

 今の正確な時間はわからなかったが、ほとんどの人が寝入ってる頃合いだ。

 賑やかな街も深夜となっては人通りも少なく、騎士団一行や、王都では見慣れない簡素な馬車が通っても、気に留める人はほぼいない。それを見計らっていたのだろうか。

 見覚えのある景色に干渉に浸る間もなく、イリアはフローガー邸に到着した。

 

 一国を背負うほどの強さを誇る騎士団率いるフローガー家は、王家の血を引く公爵の家柄でもある。

 加えてドラゴンの血を引くフローガーは、遥か昔から、国王により特別に目を掛けられてきた。

 

 リヴァルティア王国はその昔、魔物の襲撃により一度滅ぼされ、のちに再建された国である。

 その際、国の再建に密接に関わったのが初代フローガーであり、数百年を経た今でも、その恩は王家に受け継がれている。

 王都にある宮殿に近い場所に広大な敷地を与えられたが、私利私欲を振るうことはせず、そこに大きな屋敷を構えたフローガーは、国を護る騎士を育成するべく、騎士専用の宿舎や訓練施設を設けた。

 宮殿も構えている王都は、フローガー騎士団に所属する団員たちが主に護りを固めている。それは七年前の聖女狩りによって、より一層、強固なものとなった。

 イリアが連れて来られたのは、国内で最も警護が厳重な場所だった。

 

 身構えていたとはいえ、イリアには不安が常に付き纏っていた。王都へ着いた後の処遇を何より心配していたからだ。

 イリアは着の身着のままここまで連れてこられたのだから、当然、一銭も持ってない。身寄りもなければ、泊まれる場所も頼れる者もいない。

 ティールから離れられる手段があるならなんでもするつもりでいたが、ここへ来て、その気持ちは一気に挫かれた。

 

 

「馬車は僕が片付けておきますから、彼女を先に……」

 

「一晩くらい、ここに置いても構わない。キーリも今夜は休んでくれ」

 

 フローガー邸の敷地内の一角で止められた馬車の外から、話し声が聞こえてくる。

 どうやら団員たちはここで解散らしい。

 明かりが漏れる屋敷の玄関からは、使用人らしき老齢の男が一人出てきた。彼らの近くに控え、屋敷の主人であるティールの指示を待っている。


 団員たちが各自別れた後、イリアは馬車からひっそりと降りた。それに気付いたティールがイリアに視線を向けながら、先ほどの使用人と何か話している。彼らから離れていて話の内容は分からないが、イリアに関わることを話しているのは、火を見るより明らかだった。

 なんとなく気まずくなったイリアは、辺りを見渡す。ティールとよく遊んでいた庭が視界に入り、目頭が熱くなった。

 暫くして使用人が先に屋敷へ戻ると、ティールが庭を眺めている彼女の名を呼んだ。

 

「イリア」

 

 細い肩がびくりと跳ねた。

 過剰反応しないよう意識しているつもりでも、唐突に本当の名を呼ばれると、その努力が打ち砕かれる瞬間がある。

 イリアはわざと、ティールの方を見なかった。

 

「中に入ろう」

  

「私のような平民に、このような場所……相応しくありません」


 本来なら、イリアのような立場の者がいられる場所ではない。だからといって、行く当てもない。

 明かりから逃げるように馬車の影にいるイリアは、近くにきたティールを避けるように、更に奥へ下がった。その様子を見たティールは、僅かに眉を顰める。

 

「では、もし君を自由の身にさせたとして……どこへ行くつもりなんだ」

 

「家へ帰ります」

 

 イリアはきっぱりと言い切った。

 嘘でもそう言うしかなかった。それがどんなに非現実的なことだとしても。

 

「君の頼みでも、今は自由の身にさせられない」

 

「私を……放っておいてはいただけないのですか」

 

「それはできない。拐われて、生死も不明のままだった者が見つかった。国に仕える騎士として、詳細を調べる義務がある」

 

 イリアは何も答えることができなかった。

 ティールの立場は理解しているつもりだ。騎士となった今では、彼なりの理由で動かねばならないことがあるのだろう。イリアとしても、誰にも迷惑はかけたくないとは思っている。

 だからといって、身元を偽り、口を閉ざしたままでは、イリアが自由の身になる日は永遠に来ない。

 

「だが……それは騎士としての務めの話だ。本心は、ただ俺の目の届くところにいてほしいと思っている」

 

 それを聞いたイリアは、思わず息を呑んだ。

 他にどうしようもないとはいえ、ティールを幻滅させるような態度ばかりとるイリアを、いまだに想ってくれている。

 その気持ちがどんなに嬉しいことか、彼に伝えてしまいたい衝動に駆られた。

 

「君が何も話せないというのなら、今はそれで構わない。俺が勝手に調べるだけだ。これからのことは、一緒に考えよう」

 

 無意識のうちに暗がりに身を隠したがるイリアを、ティールが優しく声を掛けて明かりの方へ誘う。

 ふと、幼い頃にイリアを遊びに誘う彼の姿が重なった。

 初めて、再会できたことを喜ばしいと思えた。変わらないままでいるティールの存在が、イリアの心の救いになる。

 

「行こう、イリア」

 

 イリアはようやく重い足を踏み出した。

 ティールの無償の優しさを大事に心にしまって、広くなった背中を目に焼き付ける。

 

(私のために人生を犠牲にしてほしくない)

 

 だからこそ、絶対にティールから離れなければ。そう心に決めて。


 

 

 ◇

 

 

 

「君の部屋だ。ここにあるものは好きに使って構わない」

 

 案内されたのは、イリアが想像していた以上に広い部屋だった。

 おそらく、ここへ来る前にティールと話していた使用人が、イリアのために事前に整えてくれたのだろう。テーブルには軽食も用意されていた。

 それはとても有難いことだったが、同時に、イリアの身には有り余るものだと感じてしまう。

 

「ゆっくり休んでくれ」

 

 終始誰かに見張られるのかと思っていたが、イリアを一人残したティールは、すんなり部屋を出て行った。

 鍵を掛ける音もしなかったが、そこから外へ出られたとしても、ティールの目が届くフローガー邸を、簡単に抜け出せるとは到底思えない。

 

 外へ出るのは一旦諦めたイリアは、部屋の中を改めて一通り見渡した。

 隣の部屋へ続いているのかと開けたもう一つの扉の先には、洗面台やバスタブがあった。すぐにでも湯浴みができるよう、温かい湯まで張られている。

 バスタブの縁に腰掛けると、温かい湯に手を浸した。ティールの気遣いに涙が込み上げてくる。

 

「あたたかい……」


 まるで彼の心に触れたように感じられたイリアは、物思いに耽りながら、暫くそこに留まっていた。

 部屋を出入りできるのは、先程ティールと入った扉だけだ。他に部屋を出られる扉はない。

 洗面所を出たイリアは、バルコニーへ出られる大きな窓を見つけた。窓を開いて手すりから身を乗り出したが、ここは三階だ。落ちたら怪我だけでは済まないだろう。

 ティールを撒くためには、まともに動ける体のまま、ここから出る必要がある。


「ここから落ちたら……死ぬのかな」


 バルコニーからじっと地面を見つめていたら、不意に、下へ吸い込まれるような強烈な感覚がイリアを襲った。

 目眩のようなそれに、足元がふらつく。

 

「ぃ、たい……!」

 

 突然、首の後ろに刺すような痛みが走った。長い髪で隠れたうなじの辺りに直接触れると、酷く熱を帯びている。

 まるで肌を焼かれているような感覚に、イリアは呻きながらバルコニーの手摺りに縋った。しかし痛みに耐えきれず、ずるりと膝から崩れ落ちる。

 イリアを苛む、脳裏にはっきりと浮かぶ声。


『貴様が死を選んだら、その亡骸を愛しの騎士の前に献上してやろう』

 

 おぞましい記憶が甦る。

 腐臭、激痛、目に焼きついた血の赤。

 思い出したくないそれは、強制的にイリアの意識を支配し、見るに耐えない凄惨な光景を鮮明によみがえらせる。

 

「たすけ……て……っ」

 

 増していく強烈な痛みとともに、イリアの意識は昏い底に深く沈んだ。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ