表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
愛が深い竜騎士は、穢れた聖女を離さない。  作者: 葉月ライ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

7/7

禁術の呪い


 

 イリアのために用意した部屋へ彼女をひとり残したまま、ティールは廊下へ出た。

 逃亡を図る可能性を考えて、部屋の扉には人の出入りを知らせる魔術を施した。彼女が部屋を出たら気付くよう対策はしたが、バルコニーに繋がる窓は自由に開けられる。

 そこから飛び降りて怪我でもされてはと心配で堪らなかったが、再会から暫くともに過ごした彼女は思慮深く、そこまで後先考えない行動を取るとは思えない。

 

(……いや、馬車に乗せた時に、今にも飛び降りそうな勢いだったな)

 

 宮殿を構える王都には、昼夜問わずあちこちに護衛の騎士が配置されている。

 もし仮にここから逃げられたとしても、イリアの容姿は目立つ。赤毛自体は珍しくないが、彼女の髪色は人目を引くほどの鮮烈な赤だ。おそらく、すぐに見つかるだろう。

 なにより、ティールの足の速さに敵う者はいない。


 ティールは踵を返し、同じフロアにある執務室へと向かった。

 イリアが住んでいた村に残してきた団員たちのためにも、夜明けには追加支援の派遣を指示しておきたい。

 他にも、魔獣討伐の報告や国内への侵入経路の調査など、しなければならないことがいくつもあるというのに、イリアのことで頭がいっぱいで、いつまでも心が騒ついたまま落ち着かない。

 特に、魔獣の侵入経路は念入りに調査しておきたかった。

 

 国境付近には魔物避けの魔法や魔術が仕掛けられてはいるが、それが広範囲ともなると、脆弱な場所が多少なりとも出てくる。その抜け穴を塞ぎ、魔物の侵入を最小限にとどめ、王都や民を護るのがフローガー騎士団の勤めだ。

 魔獣は人を襲う習性がある。加えて嗅覚も鋭い魔獣が、人の多い村ではなく、村外れにあるイリアが住んでいた場所を襲撃したのは、偶然とはとても思えない。

 魔獣の不自然な行動について考えながら執務室に入り、報告書の作成に取りかかろうとした時、扉をノックする音が響く。

 それが誰かは確かめるまでもなく、先程イリアの部屋を用意してもらっていた使用人の男だった。

 

「失礼致します。ティール様、軽食をお持ちしました」

 

「ありがとうセリム、遅くまですまない。色々と用意をしてもらえて、本当に助かった」

  

 セリムはティールの祖父の代から、ここで使用人として働いている。

 他にも何人か使用人はいるが、ここでは彼がいちばん歴が長く、最も気心が知れている。

 フローガー邸に着いた時、セリムにはこれまでの経緯とイリアの様子については、おおよその説明をしていた。彼女が拐われる以前の、幼い頃の姿も見知っている。

 仕事柄、セリムは物覚えがとても良い。髪と目の色は違うが、彼女がティールの最愛の人だというのは、まだ僅かに見て取れる幼少の頃の面影で気付いていた。

 

「お気になさることはありません。ティール様こそ、お休みになられた方が……長旅からお帰りになったばかりでしょう」

 

「いや、俺は大丈夫だ」


 正直なところ、暫くはまともに寝付ける気がしない。

 今すぐにでもイリアのそばに寄り添い、いつまでも見ていたい。

 こうなった今でも、生きていることが時折信じられなくなる。だからこそ近くにいて、触れて、生きている証として彼女のぬくもりを感じたかった。

 その気持ちを強引に抑え込んで、ティールは話を続ける。

 

「それより、もうひとつ頼みがある」

 

「なんなりと仰ってください」

 

「口の固い侍女を二人ほど、用立ててもらいたい」

 

 拐われた聖女の生き残りであるイリアを発見したことは、然るべきところに報告はするつもりでいる。しかし、誰彼構わず知られるのは避けたかった。

 何も話そうとしないことを鑑みるに、存在そのものを大勢に認められることをイリアが嫌がるのは、目に見えている。

 今夜からイリアの部屋があるフロアは、ティールに近しい者以外、人払いするようセリムに頼んでいた。しかし、念には念を入れておきたかった。

 

「できれば、怪我も診られる者がいい」

 

「怪我をされているのですか? でしたら早急に……」

 

「いや、すぐに手当が必要ということではないんだ」

 

 自力で歩行しているし、どこかを痛めている様子もない。

 少し痩せ気味だとは思うが、栄養状態は良さそうに見えた。きっと、彼女を助けてくれた老夫婦のおかげだろう。

 ただ、安心材料を増やしておきたかった。体調に異変があれば、イリアが気兼ねなく言い出せるように。

 

「ここは男ばかりで、女性ひとりではなにかと不便だろう。きっと、俺では気が回らないこともある」

 

 フローガー家の一人息子であるティールは、彼が幼いうちに、母親を病で亡くしている。

 ティールの母に当時ついていた侍女は、出産や加齢によって今は仕事から離れてしまっており、新たに手配しなければならなかった。

 

「彼女も今夜は眠るだけだろうし、手配は明日にでも整い次第で構わない。今日はとにかく、ゆっくり休ませたい」

 

「かしこまりました。では、そのように致します」

 

 セリムにも今夜は休むよう伝えると、部屋を去り際に、心から安堵したように話す。

 

「本当によかったです。イリア様が見つかって……御父上のフォティア様も、喜んでくださるでしょう」

 

「そうだな。本当に……」

 

 とある事情により、王都より北方にある地に就いているティールの父は、暫くフローガー邸に戻る予定はない。

 イリアが見つかったことを知らせたいが、本人がそうだと認めていないうちに、果たして知らせていいものか。

 複雑な気持ちでセリムを見送ったティールは、椅子に深く腰掛けて目を閉じた。

 

 彼女がどう思っていようと、真相を突き止める必要はある。

 何故なら、七年前の聖女狩りで攫われた者たちは——皆、殺されたからだ。

 生きて戻った者は、イリア以外に一人もいない。

 

(イリアは知っているのだろうか)

 

 彼女が話す内容によっては、犯人を突き止める手掛かりが掴めるかもしれない。

 それはきっとイリアも解っているだろう。それでも口を閉ざすのは、きっとそうするしかない訳があるからだ。

 無理に聞き出すことはしたくない。だが、彼女との大切な時間を奪われたことは許せない。

 相反する思いを抱えながら、ティールは報告書に取り掛かった。

 

 

 

 結局、寝付けないまま夜通し起きていたティールは報告書を仕上げ、地図を広げて魔獣の侵入経路を推測し、外が明るくなった頃には、イリアの住んでいた村へ追加支援の派遣指示を、待機中の団員たちに出した。

 その後、イリアの様子を伺いに戻るため、部屋の扉に掛けた術を一時的に解いた。

 彼女が部屋を出た形跡はない。今はまだ早朝のため、眠っているのだろう。

 休めているなら、それでいい。気を張ってばかりだったから、きちんと眠れているなら、それだけでティールの安心材料も増える。

 念のため、彼女を驚かせてしまわないようノックをしてから慎重に声をかける。しかし、返答はない。

 眠っているのが確認できたらすぐに部屋を出ようと決めて扉を開くと、ちょうど正面にあるバルコニーが最初に目に入った。

 開いたままの窓を見た瞬間、あらゆる可能性を瞬時に考えて総毛立つ。脇目も振らず部屋に駆け込んだティールは、バルコニーに倒れている人影を目にして思わず叫んだ。

 

「イリア!」

 

「……っ、ぅ……」

 

 慌ててそばに駆け寄り、華奢な身体を抱き起こす。微かな呻き声を聞いて、イリアが生きていることにティールはひとまず安堵した。

 体調が悪かったのだろうか。異変に気付けなかったことに内心で酷く責めたが、イリアを抱き上げてベッドへ寝かせた時、不意にあるものがティールの目を引いた。

 

(これは、なんだ……!?)

 

 

 

 ◇

 

 

 

「イリア……起こすぞ」

 

 ベッドでぐったりしたまま目を覚まさないイリアを、ティールがそっと抱き起こした。彼女の体を自分の身に預けたまま、長い髪を掻き上げてうなじを晒す。

 

「この印が何か解るか」

 

「これは、酷い……」

 

 イリアの首の後ろには、赤い印が刻まれていた。

 三センチほどの丸い円の中に複雑な紋様が刻まれているそれは、まるでついさっき焼きごてを押し当てられたばかりのように真っ赤に爛れている。

 普段あまり表情に変化のないキーリが、珍しく顔を歪めた。

 あまりにも痛々しく、拷問痕のようにも見えたからだ。

 

「この印が何かは分かりませんが、呪いであることは間違いないでしょう」


「やはりそうか……」

 

「あなたもお気付きだと思いますが、これはかなり強力な呪いです。相当な魔力の持ち主でもなければ、掛けられないほどの……正直、僕には手の施しようがありません」

 

 倒れていたイリアを見つけたあと、ティールはすぐにキーリを呼んだ。

 近しい者たちの中でも信頼に足る者であり、なにより、魔術全般の知識に長けているからだ。

 主に魔力探知を得意とはしているが、ティールの知る誰より勤勉で、様々な魔術に詳しい。

 

 この世界では、魔法や魔術は珍しいものではない。

 魔術師の中には道具を使用する代わりに、その代償として、身体の一部に印を刻む者もいる。

 息はしているものの、体温は異常なまでに低く、声をかけても揺すっても、イリアは一向に目を覚ます気配がない。そんな彼女の状態を解析するため、冷えた額に当てたキーリの手の甲には、魔術使用の代償に刻まれた印がある。

 彼はフローガー騎士団の副団長だが、有能な魔術師でもあった。

 

 ただし呪いともなると、それは通常の魔術ではない。

 呪いに関するものは、総じて黒魔術と呼ばれている。それらは使用はおろか、この国では調べること自体、禁じられている。

 キーリが専門外であることも無理はなかった。

 

「目覚めないのは、明らかに呪いの影響でしょう。呪いは彼女の力を阻害しているようですし」

 

「イリアの力? 聖女としての力か」

 

「あらゆるものに対抗するための力です。怪我の回復であったり、精神の損傷であったり……聖女としての力も、あるいは……」

 

 ティールに力なくもたれかかるイリアの魔力の流れに違和感を覚えながら、キーリは何かを言い切る前に二人から離れる。

 自分の手には負えないこと認め、すぐに別の策をティールに提案した。


「魔法医を呼びましょう。彼なら、何か手を施してくれるかもしれません」

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ