それぞれの婚約者
「よし。こうしよう――」
陽も傾きそうな頃に、フィルが羊皮紙を広げた。
「フロンティアが夢で私とブラッドハート王子の会談の決裂を見てしまう。それを阻止して平和をもたらすためにブラッドハート王子に婚約を持ちかける。夢の話を聞かされた私はフロンティアからの婚約破棄を承諾し、シルビアと真実の愛の婚約をする。しかし、国の平和のためにフロンティアを犠牲にしていいのかと悩む私の前に幸運をもたらすという伝説のオッドアイの娘が現れる。彼女を見たブラッドハートはこの娘こそ自分の真の婚約者だと言い、婚約して我が国と平和同盟を結ぶ。自由になったフロンティアはかねてより想いあっていた兵士のクロスと婚約する、と……」
ふうと一息ついて、顔を上げた。
「なんだか、童話か叙事詩のような話だが。綺麗に解決となるとこれが一番良いと思う」
フィルの意見に、シルビアがうなずいた。
「とても平和で綺麗なお話ですわ。ネバーローズ王国の者達なら受け入れてくれます、きっと」
フィルの愛し守る者達なら。
シルビアはそう確信して力強く賛成した。
「ありがとう、シルビア……」
ほっとしたフィルは正面に顔を向けた。
「ブラッドハート王子はどう思う?」
「ああ、それで問題ない」
ブラッドハートもうなずいた。
「ローズを俺の一存で婚約者にしたと知れば、父も国の者達も納得してくれるだろう。そして、ネバーローズ王国の者にも遠慮せず平和的に堂々と連れ帰ることができる」
「そうですね!」
ブラッドハートの微笑みに、ローズはすぐさま同意してキラキラした眼差しを返した。
平和的で綺麗な童話か叙事詩のように?
ブラッドハート様と結ばれて国に連れ帰る!
理想の展開に甘い溜息と笑みが止まらない。
「クロスとフロンティアはどう思う?」
フィルの問いかけに、
「良いと思います」
クロスが答えてから浮かない表情をみせた。
「けど、最後の……俺とフロンティア様が婚約することまで上手くいくかどうかは保証できないですよ。俺は、ただの兵士ですから……侯爵家のフロンティア様となんて……まだ侯爵家に許しはもらえていませんし」
それが気がかりで溜息をついた。
フロンティアも緊張してきて隣でゴクリと唾を飲んだ。
「ずいぶんと弱気だな」
ブラッドハートが心配と嘲笑を混ぜた表情でクロスを見下した。
クロスはムッとして睨み返したが、
「クロスの心配はもっともだ」
フィルが割って入って二人をなだめるように言い、
「クロスとフロンティアの婚約が許されるように、私からもルルシア侯爵家に訴えよう」
力強く約束すると笑いかけた。
「ありがとう、フィル王子」
クロスは安堵して笑顔を返した。
フロンティアも力を取り戻して、両親を説得しようと決意した。
たとえ、許されなくてもクロスとは離れない。
ブラッドハート王子と一緒にいるために知らない国にも喜んでついて行こうとしている、ローズ。
彼女を見て勇気をもらっていた――
ルルシア侯爵家に伝令が出されて、
「殿下、どういう事態なのでしょうか? 」
部屋に訪れたルルシア侯爵は真っ先にフィルに聞いた。
フィルは六人で考えた話の通りに説明していった。
「そんな事が起きていたのですか……」
ルルシア侯爵は話を飲み込んでから言った。
「私の娘は、フロンティアは平和同盟のために自分を犠牲にしてブラッドハート殿下と婚約したのですか」
困惑と怒りを滲ませると、
「それについては、申し訳なく思っている」
「殿下も、後から話を聞いて心配していたのですわ」
「ごめんなさい、お父様! 私が先に相談すればよかったのに、一人で決断してしまって……!」
フィルとシルビアとフロンティアが即座に口々に言った。
ローズは自分がしでかしたことの後始末に追われる三人を見て、申し訳なさのなかハラハラしつつも上手くいくよう祈っていた。
「……わかりました、娘に犠牲を払わせたというわけではなく、娘が一人で決断した行動だったと」
ルルシア侯爵は納得してから、
「そこに、伝説の娘が現れたのですね?」
ローズのオッドアイに驚きの目を向けた。
「そして、私の新たな婚約者となった」
ブラッドハートがローズの肩を抱いて答えた。
「私はローズを国に連れて帰り、フロンティアが持ちかけた平和同盟も変えずに国に持ち帰るつもりだ。安心するがいい、ルルシア侯。もう、娘や侯爵家に俺が目を向けることはない」
その断言を聞いて、ルルシア侯爵は何よりほっとした様子を見せた。
「そこでだ、フロンティアの新たな婚約者なのだが」
フィルがすかさず切り出した。
「この、クロスフォードとの婚約を許してくれないだろうか? 彼は兵士だが私の友人でもあり、今回のことでも力になってくれた。素晴らしい男だ!」
熱を込めた訴えを後押しするように、シルビアとローズとブラッドハートも笑顔でうなずき、
「お父様、お願いします!」
フロンティアも前に出て願った。
「フロンティア……」
ルルシア侯爵は娘と後ろに立つクロスを見た。
遠い昔、幼いフロンティアのそばにクロスが居たのを思い出した。
「お願い致します、侯爵閣下」
クロスはフロンティアの隣まで進み出て願った。
「この先も一生をかけて、フロンティア様の力になり守らせてください」
決意に満ちた声音と眼差しは、侯爵をハッとさせた。
「クロスフォード……覚えているよ、幼い頃に娘と共に居たことがあったな。あの頃とは見違えるようになってからも娘のことを……」
「はい。ずっと、フロンティア様のことを想っておりました」
「そうか……娘の危機に現れる騎士になってくれたか」
ルルシア侯爵は嬉しそうに微笑した。
「私の危機に現れた騎士、おっしゃる通りですわ」
フロンティアはクロスの腕にそっと手を触れて寄り添った。
「お父様、私は夢のことで独り困っていた時、クロスを頼りました。そして、クロスはこうして助けてくれました。彼の存在は私にとって何より大きくて、かけがえのないものです」
フロンティアはクロスと視線を交わし微笑みあった。
「私もクロスを想っています。これからもずっと変わることはありません」
宣言の最後には。
反対されたら駆け落ちでも何でもしようという意思を滲ませていた。
そんなフロンティアの眼差しを受けたルルシア侯爵は、
「わかった。クロスフォードは申し分ない男だ」
静かにだがはっきりと承諾した。
「何より、フロンティア、お前が犠牲になるような政略ではなく自分の願いで結ばれる相手。何より素晴らしい婚約者だよ」
ルルシア侯爵は父親の愛に満ちた笑顔をみせた。
「お父様、ありがとうございますっ……」
フロンティアは笑顔と泣き顔の混じった表情になり、
思わず腕に飛び込んで父とギュッと抱きしめあった。
その光景を見守りながらクロスはほっとして。
なんとか上手くいった――
後ろの四人と笑顔を交わした。




