転生者とブラッドハート
ブラッドハートも? どこか、悩ましげな顔をしてる。
悩ましげな目と目があった。
「どう、なさったのですか?」
「そなたこそ、どうしたのだ? 顔色が優れぬようだぞ?」
ブラッドハート様は鋭い目つきに戻ったけど、心配した顔で近寄ってきてくれて、黒い軍服の膝をついて私の手をとった。
「あの、私」
温かい手を思わず握り返して感触を確かめつつ。
ゴクリと息を呑んだ。
「話さなければならないことがあります。衝撃的なことです」
「なんだ? 衝撃的とは?」
ブラッドハート様は笑いをこぼした。
笑ってくれるのは、これで最後かもしれない。
けど、言わないと。ブラッドハート様に隠し事はできない!
「……実は、私はフロンティアではないのです」
「……なに? フロンティアではない?」
ブラッドハート様は美しい人形のように機械的に首を傾げた。
「はい」
「では、誰だというのだ?」
まだどこか機械的なブラッドハート様に慎重に言葉を選びながらゆっくりと答えた。
「私は、ここではない町で生まれた者です」
「……そんな者が、どうしてフロンティアの体に居るんだ? 魔術かなにかか?」
「いいえ、私は死んで、フロンティア様の体に入り込んだのです」
「死んだ?」
ブラッドハート様の目が見開いて、手に力が入った。
私の死にリアクションしてもらえて嬉しいやら、驚かせてしまって不覚やらで複雑な気持ち。
「はい。仕事の帰りに事故に遭って、確かに死にました。それから、目が覚めるような感じで気がついたら、フロンティア様になっていたんです」
「事故で死んだ……それは、いつのことだ?」
「昨日の会談が始まる、少し前です。私はフロンティア様に生まれ変わった、この自分は前世の記憶が蘇っているだけだと思って行動していましたが、違ったんです。フロンティア様とは別人なのです」
ブラッドハート様の反応を待つために、そこで黙った。
長い沈黙が過ぎ去っていく――
「お前は、フロンティアではない。では、フロンティアはどこに行ったのだ?」
当然だけど……
それを気にするブラッドハート様に、胸が痛い。
「わかりません……体の中で、眠っているのかも」
同時にフロンティアの胸に目を向けた。
彼女に体を返さないと。
「私は、この体から出て行きます。出て行かなくてはいけませんから」
ブラッドハート様の戦死を回避できて、それだけで――
悔いはないから。
一点を見つめているとブラッドハート様が鋭く冷徹な目で見つめてきた。
「出て行くとは、どうやってだ? どこに?」
「さっき、夢を見ました。私の本来転生するはずの体が森の中に倒れている夢です。あの体を探しに行きます。それまではフロンティア様の体はお借りしないと。それから、出て行く方法はわかりません……」
最後は力なく答えると、ブラッドハート様は片手で額を押さえた。
訳がわからないこどはかり言ってごめんなさい。
謝ろうとしたら、ブラッドハート様は小さく笑って顔を上げた。
「独りで、思い詰めるな」
頼もしい笑顔と真っ直ぐな瞳に見据えられて。
ドキリと胸が高鳴った。
ブラッドハート様はフロンティアの中にいる私を見ている。
それがわかったから。
「お前は、俺に惚れていて、俺やフィル王子達に降りかかる悲劇を止めるために行動したのだろう?」
「はい……てっきり、フロンティア様に転生、生まれ変わったと思っていて、こうするしかないと、後先考えずに行動しましたっ」
「フロンティアに生まれ変わったと思ったか。それなら、俺でも好き勝手するだろうな。あれほど大胆な事ができるのは驚きだが」
会談に乗り込んできた姿を回想してるのか、ブラッドハート様は可笑しそうに笑ってる。
「あそこまでやって、俺の心を手に入れておきながら、そんな顔で出て行くなど、どういうつもりだ?」
ブラッドハート様の顔がまた真剣になった。
指が、優しく頬を撫でてくる……
優しい、変わらずに……そばに居てくれている……!
しっかり瞳を見つめると、ブラッドハート様は微笑んでくれた。
「元の体に戻るのはいい。だが、俺のそばに居るんだ。いいな?」
「っ……! ブラッドハート様ッ!」
胸に飛び込んでくる転生者を抱き締めながら、ブラッドハートは天井に目を向けた。
フロンティアだけを想い続けると思っていたが……
まさか、町娘に、フロンティアの中にいる別の女。
二人に惹かれてしまうとは。
「心配するな。そなたに一番惹かれている」
ブラッドハートは目を閉じて耳をすませ。
ドクドクと血の通うフロンティアの体の奥に居る女に告げた。
死んでこの体に入った、魂というものにだろうか。
俺の魂が求めて、求め合っているのがわかる――
彼女の魂はもっと熱く強く大きく包みこんでくれるようだ。
抱きしめる力を弱めて、彼女の頬を流れている涙を指で拭い、もう一度お互いの顔を確認すると。
一緒にほっと笑いあって、しばし、見つめあった。
「死ぬ前のそなたは、どんなだった?」
「えっと……ただの、町娘です」
「ほう、名前は?」
「名前は、忘れました……!」
視線をそらせてから答えて、目を合わせて続けた。
「今は、フロンティアと呼んでください。そして、本当の体に戻ったら、新しい名前をつけます。その名前で呼んでください!」
「わかった」
ブラッドハート様は既にこの状況を楽しんでいる笑みを浮かべてる。なんて、頼もしい笑み!
「体を探しにいかないとな」
「はい」
「悪い男に拐われたり、獣に喰われたりしてなければいいがな」
ブラッドハート様の結構真面目そうな心配に、思わず泣きそうになりゾッと体を震わせた。
「急いで森に兵士を向かわせる、それから」
力強い声と手が私を包んで立ち上がらせてくれた。
「フィル王子の力を借りよう。そなたが今した話も話さねばならぬことだ」
「はいっ」
私の本当の体、無事で居て!
できれば傷一つなく五体満足でハッピーエンドになりたいから!




