フロンティアとクロスの想い
「どうしたの? クロス」
息を切らすクロスにお母様は驚いている。
「ちょっとね」
クロスは何でもなさそうに笑って、
「こっちへ」
私の手を取った。
「ちょっと、二人で部屋に居るから」
お母様に断ると、私の手を引いて階段に向かった。
二階につき、通された部屋。
ベッドや机や本棚がある、初めて入るクロスの部屋……
意識してしまうところだけど。
今は気を取られてる暇はないと思い直して、
「なにが、あったのですか?」
ただならぬ様子のクロスにすぐに聞いた。
「落ち着いて、聞いてくれ」
クロス自身も肩で息をして、気を落ち着かせた。
「少し時間がかかったが、フィル王子に会うことができた。それで、俺が話す前に王子が切り出したんだ」
クロスは一瞬、息を詰まらせた。
「……“私はシルビアと結婚する”と」
「シルビアと?」
幼馴染のシルビア。
フィル様と婚約が決まってから、会えなくなっていたけれど――
「そうだ。俺は、シルビア様のことはフィル王子からフロンティアの話と同じくらい、よく聞いてきた。だから、シルビア様と結婚すること自体は不思議に思わないが、どうして、そんなことになったかは不思議で聞いた」
私も知りたい。
固唾をのんで、続きを待った。
「フィル王子は今日の会談中、突然やって来たフロンティア、屋敷にいるほうのフロンティアに、いきなり、婚約破棄を告げられたんだそうだ」
「婚約、破棄?」
「そうだ。フロンティア様が、なぜそんなことを言い出したのかと聞くと、会談相手のバルダンディア王国の王子、ブラッドハート様が好きだからだと言ったそうだ!」
好き――!?
「フィル王子の目の前でブラッドハート王子に、そう告白したそうだ……」
次々襲う驚きで息ができなくなりそう――
私に、フロンティアになっている者は一体誰……?
「それで二人は結ばれて、さっき一緒に屋敷に居たんだ。俺達が屋敷を出た後で、フィル王子が二人を城に呼んで聞いたところ、二人は以前、会ったことがあるんだと言ったそうだ」
「私、ブラッドハート王子に会った記憶など、ありません」
冷酷と噂に聞くブラッドハート王子に会ったら、恐怖を感じて絶対忘れないはず……
「そうなのか? おかしいな。昔、ブラッドハート王子がお忍びでこの国を視察した時に、フロンティア様にだけは気づかれて、それがきっかけで二人は今回婚約に至ったように言っていたが」
「そんな……」
私になっている者はブラッドハート王子に恐怖など感じていないということ?
婚約するくらいだから好意がある、それとも……
政略的な何か……?
クロスも悩み顔で戸惑ってる。
「そのことは後で、なんとかして、向こうのフロンティアに聞こう。とにかくそれで、ブラッドハート王子とフロンティアのなりすましは結ばれて、フィル王子はシルビア様と結婚すると決めたそうだ」
「そう、ですか……」
落ち着いて返事はしたものの、頭はまだ混乱している。
ただ、フィル様とシルビアが結婚することに心はざわめかなかった。
「フィル王子とシルビア様のこと、いいのか?」
クロスもそのことを気にして顔を伺ってる。
私の気持ち真っ直ぐ目を見て答えておきたい――
「はい。お二人のこと、祝福します」
「そんなに簡単にいいのか? フィル王子は、いくら、フロンティアのほうから婚約破棄してきたとはいえ、すぐにシルビア様に走ったんだぞ?」
「お二人はずっと仲がよかったんです。二人だけの絆があるのが、わかっていました。それに……」
言葉を切って、息をのんだ。
「それに?」
「まだ、言っていませんでしたね」
とても長い間、想い続けて。
やっと再会できて、こんなに一緒にいるのに。
自然と笑っていた。
「私は、貴方が好きです。クロス」
「え……?」
「幼い頃に遊んだだけの仲で、信じられないかもしれませんが、本当です。ずっと好きでした」
胸に両手を当てて、一心に告白できた。
クロスはただ見つめてくる――
「ですが、フィル様に婚約を申し込まれて、その理由が“幼い頃、結婚しようと約束したね”というもので」
「えっ、俺を好きと言いながら、フィル王子とそんな約束したのか?」
腰に手を当てて、ちょっと睨らまれて、
「貴方と出会う前! もっと幼い頃です!」
急いで手と首を振った。
「私も忘れていたような約束を、フィル様は覚えていてくださって」
「全く、律儀な王子だな」
「そんな純粋な約束を、私も破ることはできませんでした。だけど……心は貴方にあって、フィル様に寄り添うことができていませんでした。そんな空っぽの私は、簡単にフィル様に去られても仕方ありません」
それでも、辛い気持ちは確かにあって。
視線を下にそらしてしまっていた。
「わかった、フロンティアの気持ちは」
穏やかな声が聞こえた。
顔を上げると、クロスは微笑んでくれていた。
「クロス……私はもう」
想いは溢れて止まらない。
もう抑え込んだり後回しにしたりもしない。
「フロンティアに戻れなくても構いません。身分差であなたに会えなくなるような体など、いりません」
「身分差か、俺もそれで早々に諦めたからな」
クロスの顔が曇って微笑みが弱々しくなって……
「フィル王子と婚約した時、諦めておいてよかったと思ったのにな」
「クロス」
見つめられて、想いはまた止めどなく溢れ出していく――
「私はクロスと一緒にいられる、この体のままでいたいですっ……私はローズになります」
決意に強張る肩、クロスの手が優しく掴んだ。
「フロンティア、俺は元の体に戻ってほしい。正体不明の奴に、フロンティアの体を好きにさせたくないし」
優しい声のなかに確かな意志を感じる。
向けられる真っ直ぐな瞳から目が離せない……
「身分で絶対勝てない相手がいなくなったんだ。何年かかっても迎えに行きたい。フロンティアを」
迎えに来きてくれる――クロスのその姿を、はっきりと想像できる。
うっとりしたままに笑って頷いた唇に。
クロスは優しくキスをしてくれた。
「誓いの口づけ」
真剣で少し照れくさそうな囁き。
二人でふふふと笑顔を交わしあった。
どちらともなく抱きあっていて、やっと、求めていた幸せを噛み締めることができた――!
「もしも、元の体に戻れなかったら?」
温かい胸に体を預けた安心感からか。
不安なことも自然と聞けていた。
「その時は、意地を張らずにこのまま結婚しよう」
潔く笑いかけるクロスに、笑い返した。
こんな風に前向きになれるのは、クロスとだから。
この気持ちはどんな身分や姿になろうと失わない。
もう一度抱きあって体でも実感した。
「ここまで長くかかったな」
「はい……」
「残りの問題も解決したいけど、もう日が暮れてしまったな」
「窓の外はもう暗いし静かですね」
「夜に行動するのは危険だ。明日の朝一で城に行こう」
「はい」
覚悟を決めて、力強くクロスの手を握った。




