フロンティアとクロス
「あら、クロス。お帰りなさい」
「ただいま、母さん」
お母様――!
佇まいを美しくしないと。息子さんの後ろに気づいて目を見開いて、見つめてきてるっ
「まぁっ、美しいお嬢さん!」
「初めまして……!」
緊張しつつ言って、町娘を意識してお辞儀。
お母様への初めての挨拶と突然の訪問、なにかもっとと思い、薔薇を差し出してみた。
「まぁっ、美しい薔薇! ありがとうございます……」
お母様は受け取った薔薇と、緊張する顔と、クロスの顔を交互に見てる。
「まさか!?」
兵士達みたいに、勘違いをしてる?
「違うよ」
即座に否定したクロスに、胸がツンって痛んだ。
「違う? 違うの? な、なんですか、人を驚かせて」
「ごめん。謝るから、俺達にお茶を飲ませて」
「お茶ね。いいですよ」
訳がわからない様子が、お母様の顔に出てる。
「本当に、急にびっくりしたわ」
「ごめん、本当に急にこの人が宿舎を訪ねてきてさ、俺にも、この人の言っていることがよくわからないんだ」
クロスまで同じ顔になった。
「だからとりあえず、お茶を飲んで落ち着こうって話になって」
「失礼なことを言うんじゃありませんよ。年頃の娘さんが訪ねてきて言うことをよくわからないなんて、鈍いことを」
叱りながら、お母様はキッチンに消えて行った。
「ふぅ、どうぞ、とりあえず座ろう……」
クロスは一息つくと、ぎこちなく片手で来い来いと呼ぶように誘ってくれた。
おずおずと近づいて――二人で小さなソファに並んで座った。
クロスがまたふうと息を吐いて……何も話せずもじもじしているところへ、お母様がお茶とお菓子を運んで来た。一輪挿しに飾られた薔薇も。
「とっても、綺麗ね」
お母様はもう一度、笑顔をみせてくれて。
本当に幸運をくれる薔薇に思えてくる……
「それじゃ、お母さんは、夕飯の材料を買いに行ってきますからね」
お母様は澄ました顔になると、すぐに玄関から出て行ってしまった。
二人きりにしてくれた――それを、お互いに察してる……ぎこちなく体を少し離すように座り直してしまった。
「近所の人達に、言わなきゃいいけど」
半分諦めたような顔でクロスが呟いた。
近所の人達に知られたら――
私、フロンティアはいいけど、今は、ローズの姿。
ローズとクロスの噂が広まってしまうことになるのですね?
それは困るような……
「大丈夫か?」
クロスの気遣う声。
これも、ローズに向けられてる? 早くフロンティアにならなきゃ。
胸が焦りでざわめきだした、なんとかしなきゃ。
「お茶をどうぞ、お菓子も」
「あ、ありがとうございますっ」
急ぐ気持ちを押さえて。
まずは、クロスとお母様の好意を頂こう。
「――美味しいですっ」
「よかった」
二人でお菓子を子供のように無心に食べて、紅茶を飲んで気持ちを落ち着けてから。
クロスが座り直して顔を向けてきた。
「本題に入ろう。あんたは、貴族のお嬢様のフロンティアなんだったな?」
「はい」
探るような目。
信じてもらうために真剣な目で見返すしかできない。
「なら証拠を見せてくれ。いや……聴かせてくれるか? 俺は子供の頃、フロンティア様と何度か遊んだことがある。その時いつもフロンティア様が歌っていた歌がある。あんたがフロンティア様なら、歌えるはずだ」
「歌えます!」
その歌は大好きな童謡。クロスを思い出すからずっと歌わずにいたけれど。
何度か深呼吸して気持ちを整えてから――
初めて聴く声で、久しぶりに歌ったけれど、中々上手に歌うことができたみたい。
「その歌だ。本当にフロンティア様?」
「はい」
クロスの驚く顔に、私のほうはほっとして笑顔を向けた。
見つめてくる彼の瞳がキラキラして揺れてる――
でも、それは次の瞬間にはそらされた。
「えーと……」
クロスは上半身をのけぞるようにして、改めて姿を上から下まで見直してきた。
「誰の体ですか?」
聞かれて、自分でも体を改めて見下ろしてみる。
「わかりません」
「……わかりました。じゃあ、その体のことは後にして、こうなるまでの出来事をもう一度話してください」
「はい。あの、昔みたいに、自然に話してください」
敬語だと距離を感じるから。
切実な願いを込めてクロスを見つめていた。
「……わかった。そんなに見るな」
クロスは、ぎこちなく視線をそらしてる。
そのまま、ちょっと時々視線を合わせながら、聞かれるまま、今の体になるまでの出来事を話した。
「自分の部屋の窓辺で急に気を失い、それから、森で気がついた、か――誰か異変に気づいた人がいるかもしれない。まずは屋敷に行ってみよう」
「はいっ」
急いで立ち上がる彼に遅れないように体が反応して、心は安心していて、冷静に行動できそうだった。
やっぱり、クロスとなら。
クロスは助けてくれた、頼もしくて――
ずっと、ついて行きたくなる、そばに居てほしくなる。




