町娘になった令嬢
城から離れた森の中では一人の娘が立ち尽くしていた。
「どうして……ここに……」
娘は立ち尽くすしかなかった。
さっきまでは――
広大な庭を見渡す屋敷の窓辺の椅子に座っていたはず。
フィル王子様とブラッドハート王子様の会談。
それが無事終わるのを祈りながら待っていたら。
急に気を失って、気がついたら森の中に――!?
まさか、何者かに拐われた?
縋すがるように大きな木に手をついて、恐る恐る辺りを見回してみた。誰も居ない……木々の間を木漏れ日が差して、鳥のさえずりが聞こえてくる、美しくも雄大な森。
何度か馬車に乗って通ったことがあるけれど……
遠くにその道も見えた。
どうやら人の居るところに行けそう?
そのことにほっとして、視線が下を向いた時。
自分の姿に気づいて、また愕然とした。
白いブラウスの上に茶色い革のコルセットワンピースに革のブーツ。
どう見ても町娘の格好をしてる――!?
違う、私は貴族の娘。フロンティアのはずです!
これは夢かと、両手で頬をつねってみる。
変わらぬ景色と自分の姿に、軽い痛みが加わっただけ。
「どうして、どうして?」
泣きそうになって呟きながら。
とにかく、道を目指して一目散に駆け出した。
なんとか一息に道に辿りついて、次は悪い男や獣に怯えながら身を縮めて歩いて。
誰か知っている人に出会えたらと期待しても、そんなことはなく。
幸い、悪い男や獣にも出会わずに町に出ることができた。
私の屋敷がある町――!
「よかった。とにかく、帰りましょう……」
その前にと、人家の窓に自分の姿を映してみた。
やっぱり、恐れていた通り、服装だけでなく見た目まで別人になっている……
長く艶のある黒髪に透き通る白い肌、美しくも可愛くも見える顔、なにより目を惹くのは、右は青、左は緑と、左右別々の色の瞳。
「幸運を呼ぶという伝説のオッドアイだわ。これは一体?」
自分の変化を、只々不思議に思うばかり。
独りで考えてもわからない、早く誰かに相談したい――
早く早くと再び屋敷の方に歩きだす。
見慣れた賑やかな町、お店の店員には知った人もいるけれど、誰も気づいてくれない。
この姿で私はフロンティアと言っても、信じてもらえるかしら?
それと、私の元の体はどうなったのでしょう?
再び不安が出てくると、足が止まってしまった。
道の端に寄って、誰か一人でも信じてもらわなければと考えてみる。
信じてくれそうな人々が浮かぶ中。
助けを求めたい人が浮かんでいることに気づいた。
クロスのところに行こう――
そう決心した。
兵士のクロスフォード。彼とは幼い頃、よく遊んでいた。歳は変わらないのに、引っ込み思案だった私を引っ張って行ってくれた。
その頼もしさを思い出していた。
恋心も……
いつしか会えなくなったのは、身分が違うからだと諦めていたけれど。
正体不明でも、身分はどう見ても町娘の今の自分なら会えるのでは?
こんな時に、好きな人に会いに行くなんて。
気恥ずかしさと自分を叱る気持ちもある、けれど。
足はもう決めたことだからと言うように動いている。
もう覚悟を決めて、頭も彼に会う方法を考えながら歩いていく。
花屋に目が止まって足も止まった。
クロスは兵の宿舎で暮らしている。いつか、屋敷のメイドが差し入れを持って行けば、お目当ての兵士に会いやすいと言っていたっけ。それなら……
差し入れにと軒先に並んだ花の中から、赤い薔薇に手を伸ばし――お金がいる! ことに気づいてポケットを探った。
お金がないわ。森で花を摘んでおけばよかった……
戻るのは恐ろしく、しゅんと肩を落としてしおれかけた。
そこへ、店のおかみさんが近づいて来て、顔をマジマジと見てきた。
「あれ、綺麗な娘さん! それに幸運のオッドアイだね!? 見ない顔だねぇ?」
興奮していたおかみさんは、最後は首をかしげた。
「はい、たった今……この町に来ました」
そう言うしかなかった。
「よく来てくれたわねぇ。記念にこれをあげるわ!」
自分に幸運が訪れると決まったように、おかみさんはキラキラした笑顔で赤い薔薇を一本差し出してくれた。
「ありがとうございます!」
私にも幸運が来たみたい――!
負けないくらい、笑顔を返して薔薇を受け取ると。
元気も出てきて、宿舎を目指して歩きだした。
宿舎は城の敷地内にある。メイド達の話を頼りに、城門の裏にある兵士用の小さい門を探し当てた。
黒い鉄城門の向こう、軽鎧姿の兵士が二人、暇そうに話をしてる……
「あのっ」
思い切って声をかけると二人揃ってすぐに近づいてきた。
「誰だ、あんた」
「綺麗だなぁ。それに、オッドアイだ」
門にへばりついて、じろじろ見てくる……
恐ろしさと恥ずかしさになんとか耐えて、
「私は……私は、ローズといいます。クロスフォードさんに、お会いしたいのですが」
咄嗟に浮かんだ名前を伝えると。
必死に向ける瞳、両手に持った赤い薔薇、兵士達は交互に見て笑いだした。
「クロスの恋人か?」
「それとも片思い? 愛の告白か!?」
ち、違います! と否定したいのに……!
まるで図星を突かれたように胸がドクンと高鳴ってる!
声が出なくなってしまった。
これ以上見られないように顔を下に向けて、門の端に無意識に移動して身を縮めて、もう何もできなくなったけれど。
からかいながら建物に入っていく兵士達を見ていると一人の兵士を連れて出てきてくれた。
あっ、クロス……!
何年振りに見ても、心に居る彼と変わってない。
無造作にカットされた黒髪に金色の瞳、休息中だったのか白い襟つきシャツのボタンを適当に開けて、黒いズボンにブーツを履いて、歩いてくる姿。
ちょっと目つきが悪くなっているような、雰囲気も兵士の無骨さが現れてる。だけど、今まで何度か密かに想像したような、凛々しくて精悍な、素敵な青年になってる……
胸がまたドキンって、鎮め方もわからない――!
ただ、体はまた無意識に彼のほうに向かっていた。
「あっ」
こちらに向かってクロスも兵士に突き飛ばされてきた。




