再び会談
会見の間にブラッドハートとフロンティアが現れた。
フィルとブラッドハート、シルビアとフロンティアが向かい合って、四人はお互いの姿に視線を巡らせた。
シルビアはブラッドハートと目が合ってドキリとした。
ブラッドハートはわずかにニヤリとしたが、なにも言わずに視線をそらせた。
覚悟しているとはいえ、心臓に悪いですわ……
一旦ほっとしたシルビアはフロンティアとブラッドハートを見比べた。
フロンティアは、か弱そうな身に淡い桃色のドレスを着た、絵に描いたようなお姫様のようで。
ブラッドハートは、長い銀髪から作り物のように整った顔立ちに銀の瞳、漆黒の軍服に包んだしなやかな体まで、冷酷と噂されるに相応しく冷たく研ぎ澄まされたような王子。
彼の隣にフロンティアが立つ姿は不安を掻き立てた。
僅かに眉を寄せるシルビアとは反対に。
フロンティアは輝いた笑顔で身を乗り出した。
「お二人は、まさか!?」
フロンティアは確認するように、フィルとシルビアの姿を交互に見た。
フィル王子の青い軍服とシルビアの青地に濃紺の薔薇模様のあるドレスはまるでセットのようで、並んだ姿はお似合いで距離も近い。
「結ばれたのですか?」
そうとしか見えず、いきなりの質問に。
動揺しつつも二人がうなずくと、
「よかった!」
フロンティアは笑顔を弾けさせると両手に顔を埋めて肩を震わせた。
「そうか、そちらも結ばれたのか」
フロンティアの肩を抱きブラッドハートが二人に笑いかけた。
「君達の、おかげだ」
泣き出したフロンティアを気にしながらフィルが答えた。
「特に、フロンティア、君の行動を見て私もシルビアへの想いに気づけた」
「私の行動がっ……!」
婚約破棄したことで。
フィル王子とシルビア嬢の運命も変えることができた!
幸せなほうに、よかった――!
フロンティアの中の転生者はさらに号泣した。
「しかし、君があんな行動にでたことには、まだ困惑もしている」
フィルの言葉にシルビアもうなずいた。
「フロンティアが会談に乗り込んだ経緯か」
フロンティアの頬や肩を撫でてなだめながらブラッドハートが代わりに答えた。
「会談を自分がどうにかしなければ、俺達全員に悲劇が起きる夢を見たそうだ」
「はい……! そうなんです! 夢とは思えなくて、とにかく会談を止めたんです……」
前世の本で展開を読んだとは言えず、転生者フロンティアは予知夢ということにして馬車でブラッドハートに言って、今この場でも必死に言った。
おかげで三人は信じてくれたようだが、
「夢? まさか、その悲劇を阻止するために、ブラッドハート様と結婚するの?」
シルビアはそれは納得できなかった。
フィルも同じようで、顔に険しさが表れた。
「違います! それもありますが、その前から、私はブラッドハート様が好きでした!」
「す、好き……」
あまりにストレートな告白に、シルビアは面食らった。
「好き」など子供の使う言葉だと思っていた。
もう大人といっていい者が、こんなに真剣に口にするとは衝撃だった。
「そういうことだ」
ブラッドハートが満足そうに言って、真剣な顔つきになると一歩前に出た。
「もう、これ以上責めないでやってくれ。責めるなら、俺が変わりに応えよう」
フロンティアを庇う毅然とした態度に。
シルビアは胸を打たれた。
フィルの顔を伺い、視線と気持ちを交わした。
「安心してくれ。私達は、これ以上責める気はない。君達のことを祝福しよう」
はっきりと答えたフィルの顔を、ブラッドハートがじっと見つめた。
「本当か? あのような形で婚約破棄されて、かなり屈辱だと思うが」
「それはっ、そうだが……」
フィルは思わず足元に視線を落とした。
そんな彼の腕に両手を触れ、シルビアは力強く体を寄せた。励まされたフィルは、フロンティアを見据えた。
「できれは、会談前に言ってほしかった」
悲しげな笑顔を見て、フロンティアは苦しげな顔になった。
「夢を見たのは会談の間際で、白昼夢というか、どうしても間に合わなかったんです。許してください」
フロンティアは崩れるように両膝をつき、頭を垂れた。
「わかった。もう気にしないでくれ、フロンティア、気にしないで」
手を差し伸べるフィルの優しい声と笑顔に。
顔を上げたフロンティアは、感謝と喜びの笑顔を返して涙を拭った。
「私も、婚約破棄されたショックで、酷い態度をとってしまった。許してほしい」
フロンティアは泣きながらうなずいた。
ブラッドハートに涙を優しく拭われて、ほっとした空気が流れてから、
「ひとつ、気になることがあるのですが」
シルビアは聞いた。
「フロンティア、ブラッドハート様のことをいつからお慕いしていらしたの? 会談の前に、お会いしたことがあって?」
首をかしげると、フロンティアは動揺した様子を見せて、ブラッドハートと顔を見合わせた。
「ずっと前に、一度だけ」
「俺がこの国を人知れず視察した時に、フロンティアだけには気づかれていたのだ」
「よく、気づいたね」
「よく、気づきましたわね」
「う、噂に聞いていましたから! そのお姿とそっくりで! 間違いないと……」
必死なフロンティアに、三人はフムと納得した。
「それにしても、俺は冷酷と噂されていたはず、お前は、冷酷な男が好きなのか?」
ブラッドハートが意地悪く笑った。
それは、シルビアも聞きたいところだった。
「冷酷さではなくて! 気高さとかストイックさとかそういうところで! 一人でも……ま、町中を視察する姿に目が離せなくなって」
フロンティアは慌てて必死に答えながら、両手を祈るように絡めた。
「それにきっと、冷酷なだけじゃないんだろうなと思ったら、勝手にどんどん惹かれていきました……」
フロンティアが冷酷さに惹かれたわけではない。
シルビアはそれがわかって安堵して微笑んだ。
ブラッドハートの笑顔も嬉しそうに見え、きっと、フロンティアの期待通りの人なのだろうと直感した。
「本当か? 冷酷なだけではないというのは?」
フィルがまだ慎重に確認するように、冷酷に見えるブラッドハートに聞いた。
「……冷酷、そうなるように、教育は受けた。しかし、そう仕向けた父も病の床だ。亡くなる前に手柄を立てたところを見せてやるつもりだったが」
ブラッドハートは淡々とした表情と口調のなかに、僅かな情を覗かせていた。
それから考えるように腕を組んで言った。
「喜ぶとは思えないが、別の手柄を見せてやることはできそうだ」
「別の手柄?」
「ああ、俺が国を受け継ぐ時に、こうなったのはよかった」
ブラッドハートは視線と笑みをフロンティアに向けた。
フロンティアも笑顔を返した。
ブラッドハート様が国を受け継ぐタイミングで私は良いことをした!?
自分がもたらした展開に改めてドキドキするなか。
ブラッドハートがフィルに向かい告げた。
「バルダンディア王国は、ネバーローズ王国と同盟を結びたいと思う」
ブラッドハートはフィルに笑いかけた。
「平和的に」
「本当か!?」
フィルは喜びと感動に満ちた笑顔で、ブラッドハートの手をとった。
「それとも、両国で手を組んで、他国を狙うか?」
「な!?」
手を握り返しながら、真剣な顔で問いかけるブラッドハートに、フロンティアはギクリとして、フィルは後ろに後ずさり、シルビアは彼の腕にしがみついた。
「冗談だ」
ブラッドハートはそんな三人の様子に、可笑しそうに笑った。
「冗談でも、そんな誤解を招くことを言わないでくれっ」
フィルは必死な顔で講義した。
「わかった」
冗談が通じない相手にブラッドハートは苦笑すると。
シルビアに笑みを向けた。
「お互い、愛する者を手に入れて、思いとどまることができたな」
愛という言葉にシルビアの心臓は飛び跳ねたが、意外な温かい口調に笑みを返してうなずいた。
フロンティアの中の転生者は "愛" の衝撃に棒立ちになって半分気絶しかけていた。
「よかった」
フィルがほっとして微笑んだ。
「フィル王子、シルビア、二人の結婚を同盟国の王子として祝福する」
ブラッドハートが二人に笑いかけて、
「俺とフロンティアの結婚も祝福して、無事にフロンティアが俺の国に行けるように協力してくれ」
ここぞとばかりに交渉を持ちかけた。
「そうしてくれないなら、邪魔立てする者は斬り倒して無理矢理にでも連れて行くことにするが?」
「なっ」
「いけません、そんなこと!」
驚くフィルとシルビアを尻目に、フロンティアが嬉しそうにブラッドハートを見上げた。
「やっぱり、悪役っ」
「悪役?」
目を丸くして首をかしげる三人に、フロンティアは慌てて両手を振った。
「あく、悪役のようなことは、してはいけません。本当に、お騒がせしまして申し訳ございませんでした」
フロンティアは深々と頭を下げた。
「フロンティア、もう謝るな。これからは二度とお前に謝罪させたりはしない」
ブラッドハートが決意するように言い聞かせ、
「そのためには、俺の強引さも弱めなければな。頼む、二人共。どうか協力してくれ」
フロンティアのために己の性質を曲げて願った。
そんなブラッドハートの優しさと力強さに、フィルとシルビアは心を打たれて微笑み協力を約束した。
「ブラッドハート様っ……!」
転生者は再び号泣して会談は終わった。




