幸せのための後始末
フィルは話をつけるためにシルビアの父、ウィグネス侯爵の執務室に入った。
「ウィグネス侯、シルビアから話は全て聞いた」
そう告げたフィルに向かい合い。
ウィグネス侯爵は執務用の机の前に立っていた。
フィルが屋敷に来た時から覚悟をして。
顔色は悪く、表情には戸惑いと恐れがあり、フィルを見つめる瞳は震えるように揺れていた。
「……シルビアの話は真実です。罪は全て私にあります」
静かに認めると、苦悶するように眉を寄せた。
「娘はどうなるのですか?」
シルビアだけが気がかりだった。
「心配はいらない」
フィルはウィグネス侯爵の心を察して。
穏やかな表情と口調で答えた。
「私は、あなた達の計画を知って罰を与えに来たのではないんだ」
「どういうことです?」
「ブラッドハート王子との会談の場に、フロンティアが現れて……彼女に私は婚約破棄を告げられた」
「え?」
「それで、フロンティアはブラッドハート王子を選んだ」
「は!?」
「信じられないだろう? しかし、本当なんだ」
立場を忘れて驚きのままに自分を見つめてくる。
ウィグネス侯爵の視線を受け止めて、フィルは告げた。
「そんな彼女の行動を目の当たりにして、私も自分のシルビアへの気持ちに気づいたんだ。それで、ここには彼女に会うためだけに来た。会って自分の後悔を伝えて謝罪し、婚約を申し込んだ」
「婚約を……!」
ウィグネス侯爵の瞳はさらなる驚きに見開かれた。
この目の前にいるフィル王子がシルビアを婚約者に選ばなかったことで反乱まで企んだのに――
手を組むためにシルビアを差し出そうとしていたブラッドハート王子ではなく、フィル王子が来たことにも驚かされていたのに。
まさか、こんなことになるとは。
「シルビアは受け入れてくれた」
ウィグネス侯爵の口から安堵の溜息が出た。
「……娘が、あなた様と婚約するなら私には何も言うことはありません」
ほっと肩の力も抜けていきながら言った。
「シルビアが、あなたの婚約者になれなかったことが全ての発端なのですから、私達一族が反乱を企む理由もなくなりました」
「ならば、私とシルビアの婚約を認め、一族と共にこれからもネバーローズ王国のために生きてくれるか?」
フィルの真っ直ぐな眼差しと問いかけを。
ウィグネス侯爵は正面から受け止めた。
「はい、フィル王子。私共一族はネバーローズ王国で生きながら、あなたに生涯仕えると誓います。私も国王陛下の家臣として、ネバーローズ王国の平和を愛してきた人間です……それが、一時の怒りと絶望から反乱を企み……取り返しのつかない絶望を味わうところでした」
後悔の吐息と共に涙が目元にあった。
「シルビアを巻き込むところでした。お許しください……」
頭を下げるウィグネス侯爵に、
「もういいんだ」
フィルは優しさと力強さを込めて告げた。
「この事は私が責任を持って後始末をする。シルビアのためにも、私とウィグネス侯爵家だけの秘密としたい。協力してくれ」
「はい、殿下」
ウィグネス侯爵は家臣として礼をした。
顔を上げた時、やっと穏やかな空気が流れた。
そこに、
「シルビアは私が幸せにすると誓う。父上としても、見守っていただきたい」
フィルの温かい声が響き微笑みが加わった。
別室では、喜ぶデイジー達メイドに手伝ってもらい、シルビアは暗いドレスを脱ぎ捨てていた。
ネバーローズ王国の王子の隣に立つのに相応しい、金地に白い薔薇が刺繍された輝くドレスに着替えて階段を降りた。
玄関ホールでは既に話を終えて待ち構えていたフィルが、シルビアに手を伸ばした。
フィルの手をとって笑顔を交わしたシルビアを、父のウィグネス侯爵と母の侯爵婦人が抱き締めた。
「シルビア、お前は幸せになると信じていたよ。殿下自ら来てくださるとは……お前に相応しい結末だ」
「あなたには、その輝くドレスが一番似合うわ」
「お父様……お母様っ……」
シルビアは涙に言葉を詰まらせた。
「お前を敵国の王子にやろうとした私を、許してくれ」
父の弱々しい囁きに、シルビアはしがみつくように抱きしめ返した。
そうならずに済んだ喜びを親子は交わした。
「これからはフィル殿下に、私達一族は生涯お仕えする。もう何も心配せず、自分の幸せだけを考えなさい」
「はいっ……」
シルビアはウィグネス侯爵からフィル王子に委ねられた。
フィルは優しくシルビアの涙を指で拭って抱きしめた。
それを穏やかな微笑みで見守ったウィグネス侯爵も妻と自分の涙を拭い、
「ブラッドハート王子に、すぐにでも計画を白紙にしたいと伝えなければ」
深刻な表情になると切り出した。
フィルも悩み顔で頷いた。
「それから、フロンティアにも会って話したい。私は城に戻り、二人を追った兵の報告を待つ。ウィグネス侯も城に来てくれ」
「わかりました」
すぐにフィル王子の馬車が侯爵の馬車を引き連れて屋敷を出た。
二人きりの馬車の中で、フィルはシルビアの手を離さなかった。
「フロンティアと婚約してから、なぜか、ずっと不安が消えなかった。もうじき父から国を任される、そうなれば一人で国を背負っていく。そんな想像しかできなかった」
フィルはシルビアに体を寄せた。
寄り添い合う二人は、欠けたもの同士がぴったり合わさるようで、それをお互いが心の中でも感じていた。
「君を失ったからだと、はっきりわかった。君の芯の強さに私はいつも、支えられていたんだ」
シルビアはただ優しく微笑んだ。
芯の強さが間違った方に進まなくて、本当によかったと思った。
二人が城に着いてまもなく、ブラッドハートとフロンティアを追っていた兵の報告が入った。
「二人は今、フロンティア様の屋敷に居ます」
鎧に身を包んだ無骨な兵が、肩で息をしながら言った。
「ブラッドハート王子とフロンティア様に会って話しました。お二人のご様子はなんというか、恋人か夫婦を見ているようで幸せそうでした。殿下、自分は耳を疑いましたが、聞いたままお伝えします。お二人はご結婚なさるそうです」
「け、結婚。もうそこまで話が進んで……」
フィルとシルビアは絶句した。
「ブラッドハート王子が、殿下にお会いして、そのことについて話したいと」
「すぐに、城に呼んでくれ」
皆まで聞かずに、フィルは命じた。
兵が下がり、二人は顔を見合わせた。
「私も、一緒に会わせてください」
「わかった。四人で話そう。その方がいいだろう。個人的なことが絡み合っているようだからな。国同士の話をする前に、まずは、そこをなんとかしなければ」
ブラッドハートとフロンティアはすぐにやって来た。
それと同時に、ウィグネス侯爵からブラッドハートに寝返りは止める旨を書いた密書が渡り、ブラッドハートはそれを了承したと聞かされた。
シルビアはほっとして、これから、ブラッドハート王子になにを言われても、甘んじて受け入れようと覚悟した。




