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夜明けが世界を染めるころ、 悪意の見える伯爵令嬢は王子の執着から逃れられない  作者: 舞響
第二部

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一緒に歩く人2

翌朝、私は会いに行った。

銀髪の彼――


私の護衛騎士。

強くて、かっこいい。

剣を振る彼の姿がみえ安心する。


「セナ」

私の呼び声に振り向く。


「お嬢様」


「少し散歩しながら話さない?」


彼の口元が、優しく緩む。

思わず私も微笑む。


「ええ、喜んで」


ガーデンに足を踏み入れる。

周囲に誰もいないことを確認して、静かに歩く。


「実は、セナにお願いがあって……」


「何でしょう?」


少し躊躇しながらも、私は口を開く。


「あと、嫌だったら断って……」


じっとセナを見つめる。

セナなら、断らない。

でも、もしものことを考えれば――嫌なら断ってほしい。


「お嬢様、俺からも一つ」


「なに?」


「その選択肢は、この先俺にはありません。

貴女が望むのなら、何でもする」


「そういうと思ったから、先に断ってもいいって言ったのに」


胸の奥が、じんわり熱くなる。

セナは絶対に断らない――けれど、少しでも自分の身を案じてほしかった。


私は深く息を吸い、覚悟を固める。

そして、ゆっくり話し始めた。


母の死の謎。

蝶の会の存在。

魔女の雫や、魔女の紅血。

そして私のこと。


セナは黙って私の目を見つめ、ただ静かに聞いてくれた。

「話してくれてありがとうございます」


「もう色々ありすぎて、頭がパンクしそう」


冗談めかして言ったつもりだったけれど、

声の奥に本音が滲んでしまったのかもしれない。



「何でも協力します。

それが俺の役目ですから」


その言い方が、頼もしくて――

でも同時に、胸の奥がちくりと痛んだ。


セナは、いつもそうだ。

自分のことは後回しで、私のために動く。


頼りになる。

本当に、心から。


それなのに、

もっと自分を大事にしてほしい、なんて思ってしまう。


――頼み事をしておいて、私はなんてわがままなんだろう。


「……ありがとう」


小さくそう言うと、

セナが一歩、距離を詰めてきた。


「なんでそんな、申し訳なさそうな顔するんですか。

あの時は俺のことを6人がかりで容赦なく倒しに来たのに」


イタズラに笑う。


「あれは…」


私が口籠っていると困ったように、でも優しく笑って。


「もっと頼ってください。

一緒に、何とかしましょう」


どうやら、私はうまく笑えていなかったらしい。

次の瞬間、ほっぺをむにっとつままれる。


「……あのぉ」


抗議しようとした声は、弱々しくて、

自分でも情けなくなる。


「大丈夫です」


セナは、断言するように言った。


「何とかなります」


「……うん」


不思議だ。

セナにそう言われると、本当に大丈夫な気がしてくる。


胸の奥にあった不安が、少しだけ形を失っていく。



「あ、そうだ、これ」


セナが手を差し出した。


「ん?」


私は無意識に手を伸ばす。

そこには、小さな小箱があった。

中を開けると、タンザナイトのピアスが揺れている。

蒼く淡く光る宝石が、一粒ずつ静かに輝いていた。


「……くれるの?」


「お嬢様に似合うと思って」


柔らかい声。

でも、どこか強さも混じっている。


私は小さく笑い、でもどこかぎこちなく、

「ありがとう」とだけ言った。


「つけてみますか?」


「うん、お願い」


そういうとセナの手が、そっと私の髪に触れる。

耳にかかっていた一房を、丁寧に後ろへ流す。


――近い。


耳元に、微かな違和感。

触れられているのは一瞬なのに、

まるで時間がゆっくり流れているみたいだった。


壊れ物を扱うような、優しい手の感触。


息をするのも、忘れてしまいそうになる。


「……じっとしててください」


低く、落ち着いた声。


胸の鼓動が、やけに大きく響く。


この距離、この空気。

騎士と主。

それだけじゃ説明できない何かが、確かにそこにあった。


それでも私は、何も言わない。


言ってしまったら、

この均衡が崩れてしまう気がして。


「できました」


セナが私から一歩離れる。

その距離が、少しだけ名残惜しいと感じてしまった。


「どう? 似合ってる?」


明るい声を意識して尋ねる。


「とても、お綺麗です」


その言葉に満足し、思わず微笑む。

少し照れたように視線を逸らすセナの表情が、どこか懐かしい。


「普段お召しになっているものに比べれば、見劣りするかもしれませんが……」


「そんなことないよ。

どんな豪華な宝石より、ずっと嬉しい」


そう告げると、セナは小さく目を瞬かせた。


「実は……ラルクル商会に頼んで作ってもらったんです」


――ラルクル商会。


以前、仕事で一緒に訪れた場所。

職人の説明を真剣に聞いていた、横顔が脳裏に浮かぶ。


「……ありがとう」


自然と、頬が緩んだ。


「すごく、嬉しい」


「昔のお礼も兼ねて、ですから」


「昔?」


首を傾げると、セナは少し困ったように笑う。


「ずいぶん前に、お嬢様からいただいたブレスレットです。

さすがにチェーンが傷んでしまって……最近、ピアスに直してもらいました」


そう言って、セナは髪をかき上げた。


耳元で、淡く光を反射する水色の宝石。

アクアマリン。


一瞬で、記憶が蘇る。


「……懐かしい」


声が、自然と柔らぐ。


「まだ、持っててくれてたんだ」


あれは出会って間もない頃。

幼くて無鉄砲で、それでも真っ直ぐに「騎士になりたい」と言った少年に渡したものだった。


「はい」


セナは、迷いなく頷く。


「俺にとっては――剣より大事な宝物です」


「それ、騎士として言っちゃだめじゃない?」


「……そうですね」


ふふ、と小さく笑い合う。

何気ないその時間が、ひどく愛おしかった。


「ティアナ」


久しぶりに名前を呼ばれ、思わず瞬きをする。


顔を上げると、セナは真っ直ぐにこちらを見つめていた。


「もう、昔の弱い俺ではありません」


静かで、揺るぎない声。


「俺は騎士です。

必ず、貴女の未来が明るいものであるよう――守り抜きます」


――本当に、ずるい。


やっと想いを断ち切ったはずなのに、

こんなふうに簡単に心を揺らがせる。


やんちゃで無鉄砲だった少年は、今や立派な騎士になっていた。

優しさも、誠実さも、何一つ変わらないまま。


だからこそ――

この気持ちは、悟られないようにすると決めた。

そして、きちんと胸の奥へ仕舞う。


「昔からセナはかっこいいよ。

でもね、守るんじゃなくて――一緒に立ち向かうの」


「……そうでしたね」


セナは柔らかく笑う。

私も、できるだけ自然に微笑み返した。


「でも、頼りにしてるよ。

私のナイト」


その言葉に、セナは一瞬だけ目を見開き――

やがて、穏やかな微笑みを浮かべた。


この先に待つのは、きっと過酷な運命。

それでも今だけは…


淡い青から、角度によって紫へと変わる――

夜と朝の境目を閉じ込めたような宝石、

優しい風が、2人の間を通り抜ける。


タンザナイトが、静かに揺れていた。


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