新人騎士団アレンの日常4
騎士団員として過ごす日々も、早くも数ヶ月が経った。仕事に訓練にと忙しい毎日だが、ティアナお嬢様が手合わせしてくれるおかげで、自分の剣術も格段に上達しているのがわかる。
「おい、アレン。夕飯いくぞ」
「はい!」
訓練を終え、ロベルト先輩に誘われていつもの食事処へ向かう。
席につくと、ふと疑問が頭をよぎる。
「そういえば…最近セナ副団長、なんだかピリピリしている気がするんですけど…気のせいですか?」
ロベルト先輩は苦笑しながらうなずく。
「あー、気のせいじゃないな。たぶん、お嬢様の結婚話が出てるからだろう」
「え!?結婚…ですか?」
思わず声が大きくなる。最近、お嬢様が訓練に来ないことには理由があったのか。
「第2騎士団の団長オリバーとお見合いしたって話だぜ」
「えっ!け、結婚しないですよね?」
アレンの頭は混乱する。第2騎士団の団長と…? そんな話、聞いていない。
「そこは安心しろ。お嬢様が本気で結婚するつもりはない。あくまで形式的なもの、政治的な体裁だと思え」
ロベルト先輩の表情は穏やかだが、どこか心配そうでもある。
「そ、そうなんですね…でもお嬢様にその気がなくても…オリバー団長がお嬢様に求婚しませんよね?」
「いやオリバー団長は自分の筋肉が好きなだけで、多分女性には興味ないだろう」
「へぇ、そうなんですね」
変わっている人もいるんだなぁ。胸の奥で、ほっと安堵の息をつく。ティアナお嬢様が誰かと本気で結婚するなんて、まだ想像できない。
「でもな、セナ副団長がピリついているのは事実だ。お嬢様を守りたい気持ちが強すぎて、普段より厳しく見えているんだろう」
「ああ、だから訓練中も少し神経質だったんですね」
アレンは思い返す。手合わせの時、セナ副団長がいつもよりぎこちなく感じたのも、気のせいではなかった。
「お前も訓練の時は気を抜くなよ。お嬢様を守るつもりなら、まず自分が強くならないと」
ロベルト先輩の目が真剣になり、アレンの胸に熱い決意が湧き上がる。
「は、はい!もっと強くなります!」
拳を握りしめ、心の中で覚悟を固める。
「よし、それでこそ第3騎士団の一員だ」
ロベルト先輩はにっこり笑い、アレンの肩を軽く叩いた。
「ちなみに、お嬢様のお見合い話は形式だけとはいえ、騎士団内の雰囲気も少し変わるかもしれない。気をつけろよ」
「はい!」
アレンは力強く返事をした。
「それより、セナ副団長よりも心配なのは……テオの方だな」
ロベルト先輩が、ぽつりとそう言った。
「テオさんですか?
そういえば、最近は訓練に出ていませんね」
やはり、お嬢様に懐いているからだろうか。
少し、寂しさを感じているのかもしれない。
「見回りや警備の仕事には出ているみたいだが……」
ロベルト先輩は腕を組み、渋い顔をする。
「あいつは、俺たちがどうこうできるタイプじゃない。
もしお嬢様が、他の誰かと親しくなったりしたら……」
少し間を置いて、続けた。
「狼みたいに牙をむくかもしれん。
正直、何か起きるのは時間の問題だと思ってる」
「……それは、ちょっと怖いですね」
ロベルト先輩は頭を抱える。
嫌な予感が漂う中、
俺は話題を変えようと、先日のボランティアのことを思い出した。
◇
孤児院でのボランティアを終えた、その帰り。
静けさを破ったのは、
お嬢様が無意識に使ってしまった――“共鳴”の力だった。
一瞬だけ、空気が震え、
感情が重なり合うような感覚が広がる。
すぐに収まったが――
それを、第2.第3騎士団の数名が目撃してしまった。
孤児院の一室。
重苦しい沈黙の中で、
誰よりも場違いな人物が、一歩前へ出た。
テオだった。
普段は誰にも頭を下げず、
必要以上に他人と関わらない男。
そのテオが、深く一礼した。
「……本日の件ですが」
低く、しかし驚くほど丁寧な声。
「お嬢様の力については、公にすべきではないと判断しました」
「どうか……ここにいる皆さんの胸に留めていただきたい」
隣にいたアレンは、思わず目を見開いた。
――テオが、頼んでいる?
命令でも威圧でもなく、
ただの“お願い”として。
ざわりと空気が揺れる中、
ゆっくりと前に出たのは、第2騎士団副団長・エリックだった。
「……これは驚いたな」
冷ややかな視線を向ける。
「黒狼と恐れられた野蛮人じゃないか」
貴族主義を貫く堅物。
第3騎士団を見下している張本人だ。
「確かに、その力は軽々しく語られるべきものではない」
そして、きっぱりと言った。
「だが安心しろ。私は騎士だ。
主人の秘密をばらすなど――美しくない」
その言葉に、張り詰めていた空気が、わずかに緩む。
「それに」
エリックは肩をすくめた。
「ティアナお嬢様には、我々も随分世話になっている。
孤児院の件しかり、マルク様の尻拭いもな」
すると第3騎士団の一人が笑う。
「今さら言われなくても、ですよ」
「お嬢様がどんな方か、俺たちは知ってます」
「恩を仇で返すほど、落ちぶれちゃいません」
「言いふらす? 冗談じゃない」
「誰かが口を滑らせたら、止めますよ」
次々とうなずく団員たち。
その光景を前に、テオはもう一度、深く頭を下げた。
「……感謝します」
その背中を見ながら、アレンは胸の奥がじんと熱くなるのを感じていた。
――力ではなく、人が守られている。
それが、ティアナお嬢様なのだと。
◇
ロベルト先輩も、あの光景を思い出しているのだろうか。
俺は、あえて明るい声を出した。
「そういえば最近、第2騎士団との交流、増えましたよね!」
孤児院のボランティア以降、
挨拶を交わしたり、見回りが重なることも多くなった。
「ああ。ボランティアのときにな―」
ロベルト先輩は、少し目を細める。
「お嬢様は、誰に対しても平等だった。
第2騎士団の連中も、それを感じたんだろう」
「なるほど……だから自然に打ち解けられたんですね」
「お嬢様の影響力って、すごいな……」
「ほんとだよ」
ロベルト先輩は頷いた。
「あの人が笑顔で団員を見てくれるだけで、士気が変わる」
孤児院では確かに問題も起きた。
だが、それを口に出す者はいない。
――うまくいけば、第2騎士団と第3騎士団の間にある壁も、
いつかなくなるかもしれない。
そうなればいい。
心から、そう思った。




