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夜明けが世界を染めるころ、 悪意の見える伯爵令嬢は王子の執着から逃れられない  作者: 舞響
第一部

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蝶の会潜入2

蝶の会の会場は、甘ったるい香りと低いざわめきに満ちていた。仮面をつけた人達で溢れており、天井から垂れるシャンデリアの光が、怪しげに光っている。


「この香りあまりよくない、嗅がないように」


セナが耳元でささやく。


「ええ」



会場内を一通り見て回り、オークション会場に人々が集まってくる。

すると猫の仮面をつけた男性がでてきた。



「皆様、お集まりいただきまして誠にありがとうございます。

真夜中のオークション 蝶の会を始めさせていただきます。」


猫の仮面をつけた司会者が進行していく、オークションの内容は、珍しい絵画や、珍しい宝石をたくさん使ったドレスやネックレス。

確かに貴重なものばかりだが、特別興味をそそるものはない。





やがて、会場の照明が一段と落とされ、司会の猫仮面がゆっくりと手を上げた。


「――さて。皆様お待ちかね、本日の最後にして最大の目玉商品をご紹介いたします」


空気が変わる。

先ほどまで余裕を見せていた客たちの背筋が、目に見えて強張った。


「その名も――魔女の雫」


再びワゴンが運ばれてくる。

透明なケースの中で、あの黒いダイヤが静かに光を放っていた。光というより、闇が凝縮されているような、不自然な輝きだ。


見つめた瞬間、胸の奥がひやりと冷える。

視界の端が歪み、床がわずかに揺れた気がした。



「魔女の雫は、300年前に存在した“黒の魔女セイレーン″の遺した結晶とされています。所有者の願いを一つ叶える代わりに、相応の代償を求める――そう伝えられております」


ざわめきが、今度は期待と渇望に満ちた音へと変わる。


「代償、だと?」

「それでも構わない……」


囁き声が、まるで祈りのように重なっていく。


おかしい。

誰も“本当に願いが叶った例”を聞こうとしない。

誰も“代償の内容”を確認しない。


それなのに――



「皆様そう慌てず、本日皆様が手に入れることができますのは、この魔女の雫ではなく…こちらです」


そう言った司会者が指す先にはガラス製で精巧な作りをしているボトル。そして中身は真っ黒の液体の中にキラキラした金の粉のようなものが浮かんでいる。



「こちらは今お見せしました、魔女の雫を一部粉末状にしこのワインに入れたものになります。

このワインは魔女の秘薬と名付けております。

その名の通り、このワインは飲むと気分が良くなり、最大限に力を引き出せるような効果や寿命が伸びるなどと言われているものになります」



なんて怪しい飲み物なのよ。それなのに周囲にいる人、全く怪しがるどころか歓喜している。

どういうこと?


「それでは100万ルビーから開始です」


猫仮面の声が落ちた瞬間、札が一斉に上がった。


異様な熱気の中で、黒いダイヤが一瞬、こちらを見た気がした。

いや、正確には――こちらの心の奥を覗き込んできた。


――欲しいだろう?



耳元で囁かれたような気がして、思わず息を呑む。


次の瞬間、競りの声が遠のき、頭の中に別の光景が浮かび上がった。

失ったもの、後悔、叶わなかった願い。


「……まずい」


このオークションは、ただの闇市じゃない。

願いを餌に、人の心を喰らう場所だ。


そして魔女の雫は、その中心にある――。



グワングワンと、頭が回る。


ここに来てからずっと漂っている、

さくらんぼのようなフルーティーで甘い香り。


それに加えて、魔女の雫から放たれる光が、

さらに気分の悪さを増幅させていた。


黒いモヤが、魔女の雫から溢れ出す。


それはまるで、生きているかのように蠢き、

人々を取り込もうとしているように見える。


おぞましいほどの悪意。


こちらに囁きかけてくるようで、

視界がチカチカし始めた。


思わず、ぎゅっと目を閉じる。


――その瞬間、ある光景が浮かび上がった。


「だめよ!これは危険なものよ!」


「うるさい!」


「……なら、私が引き受ける」


「アイリス!!」


男の人と、女の人。


言い争う声。


暴走する黒いダイヤ――

魔女の雫。


痛い。

苦しい。


胸の奥が、締め付けられる。


「……ルナ、ルナ!」


その声が、遠くから響いた。


「ティアナ」


現実に引き戻される。


頬に触れる温もり。

真っ直ぐに、私の瞳を覗き込む視線。


焦りを隠しきれない、私の騎士。


「セ、セナ……」


ぽつりと、名前を呼ぶ。


周囲はオークションの熱気に包まれており、

私たちの会話に注意を向ける者はいない。


それだけが、唯一の救いだった。


「はい。そうです。大丈夫ですか?」


セナは、少しだけ安堵した表情を見せる。


「ご、ごめん……大丈夫」


私はそう答え、オークション会場へ視線を戻した。


背中に、心配そうな視線を感じる。

けれど、それに気づかないふりをした。


「1000万ルビー!」


「1500万ルビー!」


「2200万ルビー!」


ワイン一本の値段とは思えない。

男爵や子爵の年収に匹敵する金額が、

次々と叫ばれていく。


それでも、値は止まらない。


「5000万ルビー!」


突然、金額が跳ね上がった。


誰がそんな額を――と思った瞬間、

二階席に座る人物が目に入る。


距離があって顔までは見えないが、

金と黒で装飾された仮面をつけている。


しかし、それに対抗する声があった。


「なら、5200万ルビーだ!」


会場がざわめく。


そして――


「1億ルビー」


空気が、一瞬で凍りついた。


息を呑む音と、金額を告げる声が重なる。


やがて、小槌が高く振り上げられ――

乾いた音とともに、振り下ろされた。


「では、蝶番号32番の方が、

1億ルビーで落札です!」


異様な高額に、誰もが目を見張る。


それでも、誰一人として異を唱えなかった。


納得したように頷きながら、

オークションは、静かに幕を下ろした。




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