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夜明けが世界を染めるころ、 悪意の見える伯爵令嬢は王子の執着から逃れられない  作者: 舞響


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はじまり6


トムおじさんにしか聞こえないようにコソッと目的地を伝えると、ニヤっと笑う、察したようだ。


「あいよ」


短く答え、馬車は静かに走り出した。


「お嬢様、どちらへ?」


「んー、すぐそこまで」


曖昧に返すと、それ以上は追及されなかった。

ほどなく馬車が止まり、セナと一緒に降りる。


「お嬢様……」


セナが何か言う前に、


「はいろー」


私はそう言って、先に扉を叩いた。


「はーい」


出てきたのは中年の女性だった。

その背後から、ひょこっと三人ほどの子どもたちが顔を出す。


「お久しぶりです。セナのお母さん」


「ティアナお嬢様!? お久しぶりです。息子がお世話になってます」


驚いた顔のまま、深々と頭を下げられる。


「いえ、こちらこそ。ほら、セナも早く来て」


「え? セナも来てるの?」


その声に反応して、のんびり歩いてきたセナのもとへ、子どもたちが一斉に群がった。

弟や妹たちだ。


「もう、帰ってくるなら早く言いなさい」


少し呆れた口調に、セナは肩をすくめる。


「お嬢様が急に立ち寄ったから。すぐ帰るよ」


「セナ、帰ってきたのいつ以来?」


私がそう聞くと、セナは少し考えるように首を傾げた。


「三ヶ月? ……いや、半年……」


「八ヶ月ぶりよ」


母親が即座に突っ込む。


そして、ふと私の手元——さきほど包んだドーナツの袋に視線を落とし、少し声を潜めた。


「……最近、宝石のことで物騒な噂があるでしょう?」


唐突な一言に、セナの動きがわずかに止まる。


「近所でもね、宝石を買ってから様子がおかしくなった人がいるんです」

「急に怒りっぽくなったり、夜も眠らなくなったり……まるで別人みたいで」


子どもたちが不思議そうに母を見上げる。


「まるで宝石に魂を売ってしまったようだって…聞くものですから」


「母さん」


セナの声が、きっぱりと割って入った。

低く、けれど強い調子だった。


「その話は、ここですることじゃない」


一瞬、空気が止まる。


「……そうね」


母親はすぐに察したようで、軽く笑って話題を切り替える。


「さあ、せっかく来たんだもの。お茶にする?

子どもたちも、セナに見せたいものがあるみたいだし」


「ありがとう。でも長居はできない」


そう言いながらも、セナは子どもたちの頭を一人ずつ撫でた。

さきほどまでの硬さが、少しだけ和らぐ。


「これなあに?」


「なに入ってるのー?」


子どもたちが、私が持っていたドーナツの袋を指さす。


「おい、こら」


セナが珍しく声を荒げ、慌てた様子で子ども達を制止しようとする。


「どうぞ。みんなで食べてね」


私がそう言うと、子どもたちは一瞬きょとんとしてから、ぱっと顔を輝かせた。


「ありがとうー! お姉ちゃん!」


「……お姉ちゃんじゃない。お嬢様だ」


そう訂正しながらも、逃げ出した子どもたちをセナが追いかけ回す。

いつもの堅物な騎士の姿はそこにはなく、完全に“兄”の顔だった。


その様子を横目に見ながら、私はセナの母親に向き直る。


「あまり時間はないのですが、近くに来たので立ち寄らせてもらいました。突然で、すみません」


「いいんですよ」


柔らかく微笑み、私を見上げる。


「お嬢様も、ずいぶん立派になられて……お綺麗になりましたね。セナは、よくやっていますか?」


仕送りと簡単な手紙は届いているらしいが、詳しい近況までは分からないのだろう。その声音には、母親らしい不安がにじんでいた。


「セナは、とてもよくやってくれています。

彼がいるから、私は安心して背中を任せられます。ラピスラズリの専属騎士という立場上、長期の休暇を与えられず申し訳ありません。ですが……たまには帰るよう、本人には言っておきます」


そう言うと、母親は少し驚いたように目を見開き、深く頭を下げた。


「ありがとうございます……」


その視線の先では、弟や妹たちに囲まれながら、セナが逃げたり捕まえたりと、相変わらず追いかけっこをしている。


剣を握る手とは思えないほど、優しい仕草だった。


子どもたちが再びセナのもとへ駆けていくのを見届けてから、私はセナのお母さんにそっと声をかけた。


「先ほどの……宝石のお話ですがもう少し、詳しく聞いてもいいですか?」


一瞬、迷うように視線を伏せてから、彼女は小さくうなずいた。


「ええ……実は、噂というより、身近な話でして」


家の中へ招かれ、簡素な椅子に腰を下ろす。

窓から差し込む午後の光が、少しだけ埃を照らしていた。


「ご近所に、パン屋をやっているご夫婦がいるんです。

奥さんがね、少し前に“運が良くなる宝石”だと言われて、ネックレスを買ったそうで」


「運が……」


「ええ。最初は本当に調子がよかったみたいです。売り上げも伸びて、元気で、よく笑う方だったのに……」


そこで言葉を切り、手を握りしめる。


「だんだん、怒りっぽくなって、周りの言うことを聞かなくなって……夜中でもネックレスを外さないって」


——宝石を“手放さない”。


昼食会で聞いた噂と、ぴたりと重なる。


「ご主人が心配して、外すように言ったら……まるで別人のように怒鳴り散らしたそうです」


「……その後は?」


「騎士団の方が話を聞きに来てました。奥さんは、部屋に閉じこもっている状態です。詳しいことは教えてもらえませんでしたけど……似た話が、いくつもあるようで」


私は静かに息を吸った。


「その宝石は、どこで?」


「行商人だそうです。ちゃんとした商会ではないらしいです」


「石の色や形は覚えていますか?」


「ルビーのように赤みがかっていて……妙に、光が強かったとしか」


その言葉に、無意識にセナのほうを見る。

子どもたちに囲まれ、今は穏やかに笑っている。


「……変な話でしょう?」


「いいえ」


私は首を横に振った。

セナの母親に向き合う。


「教えてくださって、ありがとうございます」


「セナもこの事件に関わっているのですか?」


騎士団員であるセナも事件については調べてもらっている。


「詳しくは話せますが…」


曖昧に言葉を濁す私に、ハッとしたような表情をする。


「ごめんなさい、出過ぎた真似を…」

セナと子どもたちに目をやる。



「トウマくん、ユイちゃん、コトくん」


名前を呼ぶと、セナと遊んでいた3人の子どもたちが、ぴたりと足を止めた。


「え、なんで名前知ってるのー?」

「あ、もしかしてセナにぃちゃんの彼女?」

「そうなのー? いつから?」


矢継ぎ早に飛んでくる言葉に、私は思わず笑みを浮かべる。


「ふふっ、私は物知りなの。なんでも知ってるぞー」


そう言って、トウマくんの鼻先にちょん、と指を当てる。


「はい、どうぞ」


それぞれに用意していた包みを差し出した。


トウマくんには新しい靴。

ユイちゃんには、少し背伸びした可愛らしいドレス。

コトくんには、分厚いけれど絵の多い図鑑。


「なんで欲しいもの、わかったのー?」

「すごーい……!」

「ありがとう」


3人とも、宝物を抱えるように胸に抱きしめ、きらきらした目でこちらを見上げてくる。


「セナお兄ちゃんはね、みんなにとって大切な人だと思うけど私にとっても大切な人なの。カッコ良くて強くて優しいよね」


私はゆっくり言葉を選びながら、3人の顔をみる。

子どもたちは、真剣な顔で聞いている。


「だからね。みんなもお母さんの言うことをちゃんと聞いて

セナお兄ちゃんに誇れるような人になってね」


そう伝えると、3人は顔を見合わせ、


「わかった!」


と、力強く声をそろえて返事をした。


その背後で、少し離れた場所に立つセナが、何も言わずこちらを見ていた。

けれど、その表情は、いつもよりずっと柔らかかった。



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