はじまり5
「それでは、その方向で進めましょう。ただし、宝石のカット面や輝きに妥協せず。形は単純に、でも品質は最高級を維持する――これが絶対条件です」
加工班の一人が腕組みをして、少し渋い顔をする。
「…いや、女の子にここまで細かく指示されるとは思わなかったな。正直やれるかどうか不安だ」
「おい、ティアナお嬢様に失礼だろ」
代表のジョナが加工班の一人を叱責するが、私はそれを手で阻止する。
私は軽く微笑みながら、冷静に言う。
「市民向けの価格でも美しいジュエリーを完成させるには皆さんの力が必要です。私は皆さんの仕事を信頼しているんです」
男性たちはしばらく黙って私を見つめるが、やがて渋々頷く。
「…わかった。やってみるか」
私は宝石を手に取り、ひとつひとつの形や角度を確認しながら、加工班に具体的な指示を出していく。
まだ完全に信頼されたわけではないが、少なくとも「女だから甘く見ていた」という壁を少しずつ超え始めたことが、手の動きや表情から伝わってくる。
一通り話がまとまった。
「ティアナお嬢様、今日は本当にありがとうございました。お嬢様に対して失礼な態度をとるものもいまして、誠に申し訳ありませんでした」
深々と頭を下げるラルクル商会の代表のジョナ。
「いえ、気にしないでください、実際女だからと甘く見られるのは慣れておりますので」
ジョナは、仕事を学び始めた頃からお世話になっていて、私の宝石鑑定士としての実力も認めてくれている人だ。
「いえ、アドルフ様もティアナお嬢様がこんなにご立派に成長されさぞ嬉しいことでしょう」
その言葉に苦笑いを浮かべつつ、曖昧に頷く。
父は私をそんな風に思っていない、ただ’使える’か’使えない‘かで判断してる。父はそういう冷淡で合理的な人だ。
ラルクル商会を後にし、馬車に乗り込むとセナがふと私を見た。
「お嬢様さすがですね」
「そう?」
軽く答える。
セナは真剣な目で言った。
「頑固な職人達を納得させたんです。すごいことです」
「そんなことないよ。でも目指す先は一緒だったから…うまく話がまとまって良かったけどね」
肩をすくめて笑う。
もし彼らが、市民向けのジュエリーに品質を落とした素材や偽物を使い、利益だけを優先するような販売をするつもりなら——その時点で助言は撤回していたし、販売の停止すら考えていた。
「素敵なものを作って、きちんと販売できるといいですね。そうなったら、俺も購入したいです」
専属騎士であるセナの給料は決して低くない。けれど、家族に仕送りをしているらしく、今日見たような価格帯の品を気軽に買うのは難しいだろう。
「そうだね。素敵な恋人に贈ってあげて」
そう言って、私は口元をゆるめてにやりと笑う。
「……そんな人はいません」
セナは感情の読めない無表情に戻った。
「知ってるよ〜。モテモテで、ファンクラブまであるってこと。私には隠さなくてもいいのにさ」
ラピスラズリ伯爵家 第三騎士団 副団長 そして私の専属騎士。剣の腕は一流で、整った顔立ち。どう考えても恋人に困るはずがない。
「別に隠していません。それに……昔から、贈る相手は変わらない」
珍しく、真剣な声音だった。その言葉に思わず目を見ひらく。
「え!? そうなの?」
問い返した瞬間、
「着きましたよ。昼食会に行きましょう」
話を打ち切るように、セナは颯爽と馬車を降りていく。外気が流れ込み、現実に引き戻された。
——教えてくれないのね。
まあ、別にいいけど。
アルフレッド家の昼食会に到着した。
ドレスの仕立てや宝飾の話、形だけの政治談義がひと通り交わされたあと、話題は自然と最近の噂話へ移っていく。
「最近、怪しい宝石が出回ってるって話聞きました?」
そう切り出した令嬢に、周囲が一斉に頷いた。
「ええ。買ってから、人が変わったようになるんですって」
「急に気が荒くなったり、別人みたいに冷たくなったり……」
「中には、同じ宝石を手放そうとしなくなる方もいるとか」
ひそひそと声が重なり、空気がわずかに冷える。
「ただの偽物、というより……何か施されている石だと聞きましたわ」
「鑑定士も首をかしげているそうです。普通の宝石ではない、と」
——なるほど。
品質の問題だけでは説明がつかない、というわけね。
「騎士団が内々に調べている、なんて噂もありますわ」
「商会が関わっている可能性も……」
情報は断片的だが、どれも無視できない。
しかしその緊張も長くは続かず、話題はあっさり殿方の噂へと移り、昼食会はあっという間にお開きとなった。
——もう午後3時か。
「セナ、ちょっとお茶してから帰ろう」
「いいですが……あまり召し上がれなかったのですか?」
ご令嬢同士の集まりだったため、セナは少し離れた場所で控えていた。私の様子までは見えていなかったのだろう。
「淑女たちは、食事より殿方に興味があるみたい」
宝石の不穏な噂よりも、政治の話よりも。
私が連れてきたセナの存在のほうが、よほど注目を集めていた。
カフェの前に到着し、軽食をとったあと、ドーナツを3袋に分けて包んでもらう。
それを見たセナが口を開いた。
「そんなに食べたら、お嬢様でも太りますよ」
「誰が全部食べるって言ったの。そんなわけないでしょうが」
1袋はトムおじさんに。
さらに、こっそり忍ばせていたにんじんを取り出し、リントとランにも手渡した。




