はじまり7
子どもたちに何度も手を振られながら、家を後にした。
名残惜しそうにこちらを見るセナの母に軽く頭を下げ、私たちは馬車へ戻る。
扉が閉まり、馬車が走り出すまで、セナは一言も発しなかった。
——あ、これは。
「……お嬢様」
低く、抑えた声。
「はい?」
わざと何も気づいていないふりをすると、セナは小さく息を吐いた。
「どうして、あんな高価なものを子どもたちに?靴に、ドレスに、図鑑まで……」
視線は前を向いたまま。
けれど声色には、明らかな動揺があった。
「怒ってる?」
「……怒ってます」
即答だった。
「あなたは、身分というものをもう少し自覚してください。俺の家族に、ああいう贈り物をする意味が、どう受け取られるか……」
珍しく言葉が多い。
それだけ、本気なのだろう。
「重すぎる?」
私がそう返すと、セナは一瞬言葉に詰まった。
「……優しすぎるんです。あなたは、簡単に人の人生に残ることをする」
その言葉に、思わず笑ってしまう。
「それ、褒めてる?」
「褒めてません」
きっぱり否定される。
「……でも」
少し間を置いて、声が和らいだ。
「母も、子どもたちも……本当に喜んでいました。ありがとうございました」
そう言って、深く頭を下げる。
「なら、いいじゃない」
私は窓の外に目を向けた。
「セナが守ってきたものを、私も大事にしただけだよ」
「そこまでしなくても。俺が選んだ道です。」
「それでもだよ」
再びの沈黙。
セナには感謝している。私を選んで支えてくれてること。
専属騎士は主人のために命をかけなくてはいけない。
そうならないように私は…
「……次からは、事前に言ってください」
「えー、サプライズの意味なくなるじゃん」
「なくなってください」
即答だった。
馬車は日が完全に落ち、街路の灯りがぽつぽつと道を照らし始めたころ、馬車はゆっくりと帰路にむかう。
車輪が石畳を転がる音だけが、夜の静けさに溶けていく。
ふと向かいに座るセナは、背筋を伸ばしたまま外を警戒している。窓に映る横顔は、先程見せた兄の顔ではなく、いつもの専属騎士のそれだった。
「ねぇ、騎士団は宝石事件どこまで把握してるの?」
その問いにゆっくり私の方をみる。
「パン屋の奥さんの話ですが、錯乱した奥さんを取り押さえ、何とか宝石を取り上げましたが並の騎士では宝石を破壊することが出来なかったそうです。
腕の立つ騎士が破壊し王国騎士団に引き継いだとの話です」
「それで奥さんの状況は?」
「錯乱状態に陥っていましたが、宝石が破壊された後は症状が落ち着いているようです」
「……実物の宝石、見られないかな」
ぽつりと漏らすと、セナはすぐに首を横に振った。
「もう無理です」
即答だった。
「事件性が確定した時点で、証拠品は王国騎士団へ引き継がれました。破壊された欠片も、すべて」
「えー……」
思わず声が伸びる。
「危険なものだって分かってるけど、見ないと分からないこともあるのに」
「それは、騎士団も同じ判断でしょう」
セナは少し言いづらそうに続ける。
「……今回の件、王都直轄です」
——ああ。
嫌な予感が、はっきり形になる。
「ってことは」
「はい」
セナは一度だけ、視線を逸らした。
「殿下が、直接関与されています」
「……ディラン殿下ね」
自然と眉がひそむ。
あの人苦手なんだよなぁ。容姿端麗 頭脳明晰 、おまけに身体能力も高い。どこをとっても非の打ち所がない完璧な王子。
ただ軽薄で計算高く何を考えているかわからない。
「危険物の調査は、王国主導になります。あなたが関わる理由を、殿下に納得させるのは……」
「難しい?」
「……かなり」
ため息が出る。
こっちはこっちでもう少し調べみるか。
ラピスラズリの領地で好き勝手やらせはしない。




