繋ぐ未来 2
ディランとレイさんに見送られて、伯爵家に到着した。久しぶりの我が家の門が見えた瞬間、胸の奥がふっと緩む。ここに帰ってきたんだ、と実感する。出迎えてくれた兄・マルクが、私を見るなり目を丸くした。
「どうした、その髪!?
殿下に振られたのか!?」
あまりに直球すぎて、思わず苦笑いが漏れる。
「マルク様……それは失礼すぎます」
ユウリが呆れたように言い、テオとセナが同時に大きくため息をついた。だいたいの事情は、父も兄もすでに知っているらしい。それでも兄は兄で、言いたいことがあるようで――
「なるほどな……まあ大変だったな。
だが俺も大変だったんだ!」
胸を張るように言うが、すぐに肩を落とす。
「やること多すぎて……母も父も厳しいし……」
はあっと深いため息。兄が抱えていた書類の束を手に取ると、思ったよりきちんと整理されていて驚いた。
「でも、どうにかなりました?」
「ぼちぼちだ……ぼちぼち」
ぼちぼちと言いながら、どこか誇らしげだ。意外とやる気を出せばできる人なのかもしれない。
(前に“高級食材をボランティアに使おう”としていた人と同一人物……だよね?)
思わず心の中で突っ込んでしまう。
けれど、家の空気は温かくて、懐かしくて、胸の奥がじんわりと満たされていく。
伯爵家での日常は、驚くほど変わらなかった。朝の空気も、廊下に差し込む光も、庭の花の香りも、以前と同じだ。
ただひとつ違うのは――ジョルジュ陛下が亡くなったという知らせが、王国中に静かに広がったこと。式は身内のみで執り行われたらしく、国全体がどこか沈んだ空気をまとっている。ジョルジュは、散々なことをしていたが国の発展には大きく貢献してきた人物でもある。
次期国王については、アラン殿下派とディラン殿下派で意見が割れているらしい。けれど、あの兄弟ならうまくやるだろう。そう思えるだけの信頼が、いつの間にか私の中に根付いていた。
私はというと、足の怪我もすっかり治り、
ユウリとアリスは相変わらず有能で、
セナはさらに剣の腕に磨きをかけ、
テオはいつも通りゆるりと絡んでくる。
レオの太陽のような明るさも健在で、
ルイは店が忙しいけど、たまに顔を見せにくる。
そんな日常の中――ガーデンで一休みしていると、ユウリが静かに告げた。
「そういえば……もうすぐアラン殿下の王即位式ですね」
「そうだね」
風が花を揺らし、柔らかな香りが漂う。
「ってか、それさ、護衛で任務依頼出てたよね?」
テオが私の髪を勝手にもてあそびながら言う。
「テオ、離れろ」
「いいじゃん。あいついないし」
「でも確かに出てましたね」
セナが真面目に頷く。
「俺も!手伝い担当で依頼されたよ!」
レオが元気よく手を上げる。
「私もです」
アリスも頷く。
「しっかりこき使われてるよねー」
テオが笑いながら肩をすくめる。
「そうすると、ルイも呼ばれるでしょうね」
ユウリが淡々と続ける。
「いや、あいつより兄のほうが人使い荒そう」
テオの一言に、全員が同時にうなずいた。その光景が可笑しくて、思わず笑ってしまう。こうして笑える日常が戻ってきたことが、なんだかとても嬉しかった。
◇
そして――王位即位式 当日。
城中が光に包まれていた。磨かれた大理石の床にシャンデリアの光が反射し、まるで星空の中に立っているような錯覚すら覚える。そんな華やかな空間の中央で、私はフルートを手に舞台へ立った。隣には、ピアノの椅子に腰掛けた兄・マルク。普段は頼りない兄なのに、鍵盤に指を置く姿は妙に様になっている。
その傍らで――
「俺さー、お嬢さんが楽器弾いてるところって見たことないんだけど」
レオがウェイター姿で飲み物を運びながら、ぽつりと漏らす。
「俺もです。正直、剣を持ってる姿しか想像できなくて……なんか違和感が」
セナが真面目な顔で言う。
「私もよ。びっくりね」
ルイが目を丸くする。
「確かに……でもすごい綺麗。可愛い」
テオはうっとりとした声で言い、
その場の空気が一瞬だけ柔らかくなる。
「まあ、見ていればわかりますよ」
ユウリが穏やかに微笑み、
「お嬢様ですからね」
アリスも頷く。
そして、演奏が始まった。
マルクのピアノが静かに流れ出し、その上に私のフルートの音がそっと重なる。音が重なった瞬間、会場のざわめきがすっと消えた。
煌びやかな光の中で、音だけがゆっくりと広がっていく。先ほどまで話していた仲間たちも、気づけば息を呑んでこちらを見つめていた。2人の音が会場を包み込むように響き、その場にいる全員が、ほんの一瞬、時間を忘れていた。演奏が終わり、会場を包む拍手の中を歩いて仲間たちのもとへ向かう。胸の奥にまだフルートの余韻が残っていて、指先がほんのり温かい。
その途中――
「おい、妹!
42小節目から走りすぎだ!
合わせるの大変だっただろうが!」
マルクが怒りをあらわにして詰め寄ってくる。
「少し気分が乗っちゃって。
でもさすがお兄様!ちゃんとついてきてましたね」
「当たり前だ!
置いていかれたらたまったもんじゃないからな!」
ふんすふんすと鼻息荒く文句を言う兄に、思わず笑ってしまう。
「お嬢様、お疲れ様でした」
ユウリが穏やかに微笑む。
「お嬢様、お見事でした」
セナが真面目に言い、
「お嬢さん、すごかったな!!」
レオが目を輝かせ、
「本当綺麗だった」
テオがうっとりと呟き、
「ええ、素敵だったわよ」
ルイが優雅に微笑む。
次々に褒められて、胸がくすぐったくなる。
「ありがとう」
自然と笑みがこぼれた。
「お嬢様……剣だけじゃなくて、お淑やかなこともできたんですね」
セナがぽつりと呟く。
「失礼だなぁ。
一応、伯爵家の令嬢だから」
ふふんと胸を張ってみせると――
「ほんと可愛げないだろ。
なんでもそつなくこなしやがって」
マルクがまだ文句を言っている。でも、その声はどこかやわらかい。フルートを抱えたまま、私はそっと息をつく。剣を握る時とは違う、静かで柔らかな達成感が胸に広がっていた。
「お嬢様素晴らしかったです。
フルートはこちらでお預かりします。」
「ありがとう」
アリスが私のフルートを受け取ってくれた。




