繋ぐ未来 3
「ティアナ」
振り返ると、ディランが立っていた。光の反射を受けて、相変わらず眩しいくらいにキラキラしている。
「ディラン」
「素敵な演奏だったよ。さすがだ」
「ありがとうございます」
短い言葉なのに、胸の奥がじんわり温かくなる。
「アラン殿下は忙しそうですね」
ちらりと視線を向けると、
令嬢たちが花のように群がっていた。
「そうだな。
……君たちもよく来てくれたな」
ディランがユウリたちに視線を向けると、皆が軽く会釈する。
「ティアナ、少し挨拶回りに付き合ってくれるか?」
「はい」
自然と差し出された手に導かれ、私はディランにエスコートされながらアラン殿下の元へ向かった。
「やあ、ティアナ嬢。よく来てくれたね。
素敵な演奏だったよ」
アラン殿下は相変わらず余裕の笑みを浮かべている。
「ありがとうございます。
……大変そうですね」
「まあね。
弟派か私派かで、水面下で揉めていてね。
急に表に出てきて“私が国王です”なんて言えば、そりゃあ反発もあるさ」
軽い調子で笑うけれど、その目の奥はどこか鋭い。
「私も、できることがあれば協力します」
そう言うと、アラン殿下は少し目を細めた。
「おや、それは助かる。
君のまとめてくれた資料、見たよ。
わかりやすくて本当に助かった。
……君を王国に置いておきたくなったよ」
「はは、ご冗談を」
「そう聞こえるかい?」
わりと本気の目だ。こわい。背筋がひやりとする。
「ダメです。ティアナは俺のなので」
ディランがすっと私の腰を引き寄せた。その動きがあまりに自然で、思わず心臓が跳ねる。
「貴方のものでもないけどね」
反射的に突っ込むと、アラン殿下が楽しそうに笑った。
「はは、仲が良いね」
軽く肩をすくめるその姿は、さすが王になる男の余裕があった。
「さて、ティアナ。約束、覚えているか?」
「約束ですか?」
「そうだ。
また踊ろうと言っただろう?」
「ああ……そうでしたね」
ふっと笑みがこぼれる。
「では、お手をどうぞ。お姫様」
「喜んで」
ディランが私の手を取り、そのまま自然に腰へと手を添える。前に踊った時とは違う。戦いの緊張も、迷いも、もうない。ただ甘くて、優しい時間だけが流れていく。ふと、ディランのカフリンクスが目に入った。
「それ、アラン殿下から?」
「ああ。君と選んだと聞いた」
「私はただ、ディランの話をしていただけですよ」
「へぇー。何を話してたか気になるな」
くるりと回され、ドレスの裾がふわりと広がる。
「ディランが可愛いって話ですよ」
「なんだ、それ。
どうせなら“かっこいい”がいいんだけどね」
苦笑しながらも、どこか照れている。
「そうですか?
私はどっちも好きです。
子供みたいに拗ねるディランも、
堂々として頼りになるディランも」
言葉が自然とこぼれた。胸の奥にしまっていた気持ちが、音楽に溶けるようにあふれ出す。目の前のエメラルドの瞳が一瞬驚き、すぐに柔らかく細められた。その微笑みは、今まで見たどんな表情よりも優しかった。
「俺も。
君の全部が愛おしくて、大切で、どうしようもない」
耳元に落ちた低い声が熱くて、一瞬で顔が真っ赤になる。
「や、やめてくださいよ……恥ずかしい」
「その顔も好きだ」
「……」
ほんと、この人は……。音楽が終わり、手を離そうとした瞬間、ディランが指を絡めてきた。
「さて、まだ終わらないよ。
少し付き合ってくれ」
そのまま手を引かれ、王宮内の屋上へと歩き出す。夜の空気はひんやりしていて、遠くの街灯が星みたいに瞬いていた。
「外は冷えるね。これを」
ディランが自然な動作でジャケットを肩にかけてくれる。
「ありがとうございます」
布越しの温もりが、胸の奥まで染みていく。
「ねぇ、ディラン」
「なんだい?」
「その……私の力を公にしないでくれたことも、
王妃にならなくてすむようにしてくれたことも……
全部、本当にありがとうございます」
言葉にすると、胸が少し痛くなる。この人は、私の不安をいつも先回りしてくれる。優しすぎるくらいに。
「それはもう気にするな」
「それでも……私が覚悟を決められなかったからでしょ?」
王妃になる覚悟を、結局最後まで持てなかった。決心する前に、ディランは逃げ道をくれた。
優しさなのか、
甘さなのか、
それとも――。
夜風が少しだけ強く吹き、ディランのジャケットがふわりと揺れた。彼はしばらく黙って、私の言葉を噛みしめるように視線を落とした。その横顔が、どこか切なくて、胸がぎゅっとなる。
「違うよ。俺も同じだよ。
俺はさ、ここに住む大勢の人達よりも……たった一人の君の笑顔の方が大事なんだ」
その言葉は、夜風よりもずっと温かくて、胸の奥にまっすぐ落ちてくる。
「それは……」
「国王としてあるまじきだろ?」
「そうかも」
「だからいいんだ。
俺自身、君を言い訳にして兄に丸投げしたんだから。
やりたくなくてね」
その言い方があまりに自然で、思わず笑ってしまう。
「……だからお互いさまということにしょう」
ほんと、この人は。
その時――パァーン、と夜空に大きな音が響いた。
「花火?」
「ああ。ここからならよく見える」
夜空に咲く光の花。色とりどりの光が、ディランの横顔を照らす。
「綺麗ですね」
「ああ」
その短い返事が、妙に優しい。
「ティアナ」
「はい?」
「この先も……俺と一緒にいてくれるか?
ティアナのこともティアナの大切な人達も大事にする。
これからもっと強くなるよ」
胸がぎゅっとなる。真っ直ぐすぎる言葉。
「はい」
その瞬間、ディランがふっと笑った。
「まあ、嫌だと言っても、離す気はさらさらないがな」
しれっと言うその声に、思わず肩が震える。スッと手が伸びてきて、花火の音とともに、唇が重なった。夜空の光が弾けるたびに、ディランの温度が近くなる。
「ティアナ……愛してる。
俺は、君を逃さないから……そこは覚悟してくれ」
その言葉は、花火よりも眩しくて、胸の奥に深く刻まれた。
「…もうとっくに覚悟できてますよ」
そういうと、ディランは嬉しそうに目を細める。私だって同じ気持ちだ。そっとディランが私を抱き寄せる。触れた唇から、深く、甘く、痺れるような口づけが伝わってくる。やがて離れた唇。目が合うと、ディランは愛おしそうに微笑んだ。そして、もう一度。今度は優しく、確かめるように唇を重ねる。
「ディラン……愛してます」
そう告げると、ディランは嬉しそうに微笑んだ。見つめ合っていると――
「あーほら、やっぱり」
テオの声が聞こえた。
「やだーここ良いところじゃない!花火よく見えそう!」
ルイが嬉しそうに言い、
「でっか!今の見た!?すごくね!」
レオが空を指さしてはしゃぐ。
「レオ、うるさいです」
セナが冷静に突っ込む。
「お嬢様、すみません。お邪魔しちゃって」
ユウリが申し訳なさそうに微笑む。
「お嬢様失礼します」
アリスもスッと現れる。
「殿下……すぐパーティから抜け出さないでください」
レイがメガネをくいっと上げる。
「……なんでいるんだ」
ディランが苦笑した。
「狼にお嬢様が食べられたら大変だからねー。
お嬢様、ほら花火見よ!」
テオがしれっと私の横に入り込む。
「あ、おい」
ディランが私の手を取ろうとすると――今度はセナがすっと間に入った。
「ほら。綺麗ですね。
一緒に見ましょう」
棒読みだ。絶対わざとだ。
「しれっと間に入るな。全く」
ディランが小さくため息をつく。
「見て見て!お嬢さん!
今のあれ、ドラゴンかなぁ!」
レオがこちらを振り返る。
「ドラゴンって……思い出したくないわね」
ルイが肩をすくめる。
「ほんとに賑やかですね」
ユウリが言い、アリスもレイも静かに頷いた。花火の音と、みんなの笑い声が夜空に響く。その光景が、胸にじんわりと広がった。ふとディランを見つめる。私の視線に気づき、優しい笑顔を向ける。
――この先も、ずっと。みんなと一緒にいられますように。
そっと願いを込めて、夜空に咲く光を見上げた。
『夜明けが世界を染めるころ 、悪意の見える伯爵令嬢は王子の執着から逃れられない』第5部 完結
「夜明けが世界を染めるころ、悪意の見える伯爵令嬢は王子の執着から逃れられない」第5部、完結です。
ここまで読み進めてくださった皆さま、本当にありがとうございます。過酷な運命を共に歩む中で、彼らの絆と愛がさらに深まっていく章になったのではないかと思っています。
ティアナもディランも…誰もが完璧ではなく、弱さも強さも抱えながら、それを補い合っていく関係はとても素敵だなと思いながら紡ぎました。
私の大好きを詰め込んだこの物語が、あなたの心にそっと寄り添う瞬間になっていたら幸いです。
舞響




