繋ぐ未来 1
ティアナside
ディランが王位を放棄した。――私のためだ。本当に、それでいいのだろうか。胸の奥がざわつく。
「ディラン……ほんとにいいの?」
「なにが?」
「アラン殿下が国王になるので」
「いいに決まってる。むしろ頼んだのは俺だしね」
あっさりと言うその声に、少しだけ肩の力が抜ける。
「そう……ですか」
「ティアナのおかげで兄ともちゃんと話せた。ありがとう」
そう言って、そっと頭を撫でてくる。その優しさが、逆に胸に刺さる。
「そもそも、俺は王位に興味ないしな」
「それは知ってます」
「ならいいだろ? お互い、城でじっとしてるタイプじゃないし」
「……それも、そうですね」
思わず笑みがこぼれた。ディランの言葉は、いつだって私の不安を軽くしてしまう。その後、後片付けや処理がどんどん進められていく中で――
「ティアナ様、こちら確認いただけますか?」
「はい。では……ここは、こうでよろしいですか?」
「ええ、助かります」
「ティアナ嬢、これなんですが」
「オーウェン団長、お疲れ様です。見せてもらっても?
……あ、ここ計算が違っていますね」
「本当だ。ありがとうございます」
次々と人がやってきて、私はその都度対応していく。気づけば、周囲の視線が集まっていた。
「なあ、ティアナ」
ディランが呆れたように声をかけてきた。
「なんです?」
「君は……何をしてる?」
「仕事です」
「なぜ?」
「暇だから?」
首を傾げると、ディランは深くため息をついた。
「はあ……君はほんと働き者だな」
困ったように笑うその顔が、どこか嬉しそうで。胸の奥が、じんわりと温かくなる。
「こちらは大助かりですよ。
やはりティアナ様に王妃になっていただけたら、皆喜びますよ」
レイがさらりと言う。その横でオーウェン団長たちが、まるで当然のように力強く頷いた。
「それはさせない」
即答するディランの声が、妙に真剣で思わず笑ってしまう。
「とりあえず、ここにいさせてもらっているので……できることをしようと思っただけですよ」
そう言うと、ディランが当然のように私の隣のソファへ腰を下ろした。
「なんですか?」
「近くで見てようと思ってね」
にやりと笑うその顔が、なんとも言えずずるい。
「なら、これとこれ確認してください。あと、これもです!」
バサッと書類を積んで渡すと、ディランは肩をすくめた。
「はいはい」
そのやり取りを見ていた周囲から、ひそひそ声が聞こえてくる。
「なんかお似合いですね」
「殿下が尻に敷かれているな……」
オーウェン団長たちがこそこそ話し、レイが口元に笑みを浮かべる。ディランは聞こえているのかいないのか、ただ静かに書類をめくりながら、時折こちらをちらりと見る。その視線が、なんだかくすぐったい。
◇
1ヶ月後。
「では、お世話になりました」
深く頭を下げると、胸の奥がじんわりと熱くなる。長かったようで、あっという間だった。片付けも落ち着き、城の空気もようやく平穏を取り戻しつつある。ただ、王位継承の準備だけはまだ慌ただしく、正式な発表はこれからだ。
「本当に帰るのか?」
腕を組んだディランが、わかりやすく不満そうに眉を寄せる。その表情が、少しだけ愛おしい。
「伯爵家の方も心配なので」
「そうそう、俺たちも暇じゃないんだよー」
テオがゆるく笑う。
「すぐ会いに行く」
ディランが当然のように言うので、思わず笑ってしまった。
「来なくていいよ」
テオが即座に突っ込む。
「テオには言ってないが」
「はいはい、そうですか」
2人が軽く睨み合う。……本当に、いつも通り。そんな中で。
「ティアナ」
名前を呼ばれた瞬間、ディランの手がすっと伸びてきて、気づけばその腕の中にいた。
「あ、あのっ!」
驚きで声が裏返る。周囲の視線が一斉にこちらへ向くのがわかる。
「また会いに行く」
低く、落ち着いた声。耳元で響いて、心臓が跳ねる。
「……はい」
「愛してる」
「はいっ!? い、今ここで言うことですか!?」
顔が一気に熱くなる。よりによって、みんなの前で……!慌ててディランから離れると――
「あらあら〜お熱いわね」
ルイが頬に手をあてながら笑う。
「全くさ」
テオが呆れたように言い、セナが肩をすくめる。
「仲良しだな!!」
レオの明るい声が響き、場が一気に賑やかになる。アレンとロベルトは、気まずそうにそっぽを向いていた。
「お嬢様、帰りましょう」
ユウリが穏やかに微笑み、アリスも静かに頷く。私は深呼吸して、元気に返事をした。
「うん」
胸の奥が少しだけ寂しい。でも――また会える。そう思えるだけで、足取りは軽くなる。




