あたたかな絆 1
ディランの腕からようやく離れられた私は、自室へ戻った。部屋に入ると――
「お嬢様!」
「アリス?」
アリスが迷わず私を抱きしめてきた。
「大変でしたね」
「うん。でも、終わったよ」
「はい。お疲れ様でした。……髪、短いですね」
心配そうに私の髪を見つめる。
「そうだね。アリスとおそろいだよ」
アリスの肩まで揃えられた髪を見ながら笑う。
「それは光栄ですね」
アリスもほっとしたように微笑んだ。
「着替えとか色々持ってきましたので、とりあえず身支度しましょうか」
「うん、お願い」
アリスは手際よくバッグから着替えを取り出し、私を手伝ってくれる。椅子に腰掛けると、アリスがそっと髪をとかし始めた。
「少し毛先がバラバラですね」
「私が何となく揃えたんだけどね」
「そうでしたか」
そんな会話をしていると――コンコン、と扉が叩かれた。
「ティアナちゃーん、入っていいかしら?」
「どうぞ」
扉が開き、ルイがひらりと手を振って入ってきた。
「あら、アリスちゃんも来てたのね」
「はい、昼頃到着しまして」
「ちょうどよかったわ! ティアナちゃん、毛先整えてもいいかしら?」
ルイがウィンクする。
「お願い!」
「よし、まっかせなさい」
そう言うと、ルイは慣れた手つきで道具を取り出し、パサリ、パサリと迷いなく髪を整えていく。
「さすが、上手だね〜」
「ふふ、ありがとう。エマとサラの髪も私が切ってるのよ」
「そうなんだ」
「これ、迷宮内で切ったのよね? 何で切ったの?」
「あー、これこれ」
私はサッとナイフを取り出して見せる。
「それって、騎士団のみんなからもらったやつ?」
「そう! 切れ味抜群だった」
「ふふ、ほんと、うちのお姫様は頼もしいわね」
「そうですね」
ルイとアリスが顔を見合わせて笑った。
「はい、できたわよ!」
肩にポン、とルイの手が置かれる。鏡に映る髪は、綺麗に肩の上で切り揃えられていた。
「ありがとう」
そう言った瞬間、ルイがふわりと後ろから私を抱きしめてきた。
「ルイ?」
「ほんとに……無事でよかったわ」
「うん」
「心配したのよ」
「うん」
「来るの、遅くなっちゃってごめんね」
抱きしめる腕にぎゅっと力がこもる。
「大丈夫だよ。来てくれてありがとう」
そう言った瞬間、その声色がわずかに沈んだ。
「……女の子の髪を切るなんて、最低よ。あのジジイ」
優しさの奥に、押し殺した怒りが混じっている。私の髪にそっと触れながら、悔しさを噛みしめるような声音だった。
「ふふ」
「でも、よく似合ってる」
「ありがとう」
コンコン、とノックが一瞬きこえ、すぐにガチャッと扉が開く。
「お嬢さーん!! ……って、あ!! ルイ、なにやってるの!?」
勢いよくレオが飛び込んできた。
「ちょっとレオちゃん、返事聞いてから入りなさいよ!!」
「わ! ごめーん! お嬢さん!!」
「入り口で騒がないでよ」
「ちょ、テオ押さないで!」
「――あ、お嬢様!! おはよう……って、ルイ、マジでなにやってるの!? 離れて?」
抱きしめられたままの私を見て、テオがドスの効いた声を出す。
「もう、お邪魔がいっぱい来たわね」
ルイはやれやれと肩をすくめ、私から離れた。
「お嬢様、身体大丈夫?? よく眠れた?? あいつに変なことされてないよね!!?」
テオがぐいぐい距離を詰めてくる。
「大丈夫だよ」
苦笑いしながら答えた。
「ねぇ、お嬢様。しばらくここにいるって聞いたけど、そうなの?」
椅子に座る私の前で、テオがしゃがみ込み、見上げるようにして問いかけてくる。
「うん、そのつもり。雪も降りそうだし、復興も手伝わないとね」
魔宝獣が暴れた跡も残っている。ジョルジュの後処理だって山ほどある。やらなきゃいけないことは、まだまだ多い。
「ふーん」
短く返事をするテオ。
「協力してくれる?」
「それはもちろん。お嬢様のお願いだからね」
迷いのない声に、思わず笑みがこぼれる。
「ありがとう、テオ」
するとひょこっとレオがでてくる。
「ねぇ! お嬢さん!
ご飯まだでしょ!? みんなで食べようと思って呼びに来たんだ!」
相変わらず声が大きい。部屋の空気が一気に明るくなる。
「そうだったんだ!」
そういえば朝方寝て、起きたのは昼すぎ。というか、15時くらいだ。
「キッチンと食事する部屋も借りてるから行こ!!」
レオが嬉しそうに私の手をつかむ。その手は温かくて、引っ張る力も容赦ない。
「ちょっとレオちゃん!
ティアナちゃん怪我してるんだから、無理させないでよ」
ルイが慌てて近づき。眉をひそめて、私の足元を心配そうに見つめた。
「――あっ、そうだった! ごめん!
俺、おんぶする??」
レオが慌てて手を離し、今度は背中を向けてしゃがみ込む。
その動きがあまりに急で、思わず笑いそうになる。
「はあ!? それするのは俺だから」
テオがレオの肩をつかんで引き戻す。真剣な顔なのに、どこか子どもっぽい。
「いや、テオはヒョロいから」
「はあ!? 誰がヒョロいって!?」
テオの声が一段高くなる。二人の言い合いが始まると、部屋の空気が一気に騒がしくなる。でも、そのやり取りがどこか心地よくて、胸の奥が少し温かくなった。
「だって、テオあんまり食べないじゃん!
腕も細いし!」
レオがテオの腕をつまんで揺らす。けれど、実際には細いというより、無駄のない引き締まった腕だ。
「はあ? 食べてるし。
これでも筋肉ついてるし!!」
テオはむっとしながら袖をまくる。浮き上がった筋が、しなやかな力を秘めているのがわかる。細いけれど、触れたら硬そうな、いわゆる細マッチョ体型だ。
「全くもう」
ルイが呆れたように笑い、アリスは小さく首を振る。2人とも、このやり取りに慣れきっている。
「歩けるから大丈夫だよ!
ほら、いこいこ!」
私はゆっくり立ち上がる。足に少し力が入らなくて、体がふらついた。
「お嬢様、
せめて腕! 腕支えるから!!」
テオがすぐに駆け寄り、私の右腕をそっと取る。その手は温かくて、思ったよりしっかりしていた。細いのに、支えられると安心感がある。
「俺も俺も!!」
レオが反対側の腕をつかむ。こちらは相変わらず勢いが強い。
「ねぇ、これなんか私、囚われた人みたいじゃない?」
「お嬢さん確保ーだ!」
レオが楽しそうに言う。テオは横で真剣な顔のまま。
「ちょっとさ、俺は本気で心配してるんだけど!!」
テオの声は本気で、胸の奥に響く。その真面目さが、逆に可笑しくて少し笑ってしまう。
「ねぇー歩きにくいって。」
2人に挟まれたまま、ガヤガヤと歩き出す。まるで護衛されているみたいで、少し照れくさい。その後ろからルイとアリスがやれやれという顔でついてくる。




