ぬくもり 2
ティアナside
ディランの部屋に足を踏み入れる。ベッドの上で、彼は穏やかに微笑んでいた。その笑顔を見るだけで、胸の奥がじんわりと温かくなる。
「疲れているのに、呼んですまない」
「いえ……きっとすぐには寝付けなかったので、むしろ良かったです」
「そう言ってくれるなら安心した。……こっちへおいで」
「はい」
ベッドのそばまで歩み寄った瞬間、ディランの腕が伸び、ぐいっと引き寄せられる。
「あ、あの! 怪我してるのに、大丈夫ですか!」
「大丈夫だよ。むしろ……こうしている方が早く治りそうだ」
「そんなはず……」
「ティアナも言っただろう? “もう離しません”って」
「い……言いましたけど」
「だから、一緒にいよう。今夜……いや、もう夜明けだな」
カーテンの隙間から、紫と青とオレンジが混ざる空がのぞく。夜と朝の境目の光が、彼の横顔を柔らかく照らしていた。
「なあ……いいだろう?」
甘くとろけるような声。こんなふうに言われて、断れる人なんているのだろうか。ほんとに……ずるい。
「……仕方ないですね」
「よし。おいで」
その一言で、腕の力が強くなり、私はそのままベッドへ引き込まれた。
「あ、あの……」
「ん? どうした?」
「ち、近いです……」
向かい合うように抱きしめられ、心臓が跳ねる。距離が近すぎて、呼吸の仕方さえ分からなくなる。
「大丈夫。これ以上は何もしないよ。……ああ、でも」
ディランが少しだけ顔を寄せる。
「キスくらいは、いいよね?」
「も、もう……!」
頬が熱くなり、言葉にならない。そんな私を見て、ディランは嬉しそうに目を細めた。
「ティアナ……本当にありがとう」
「はい」
ディランの声は、静かで柔らかかった。
「君が呼んでくれたから、戻ってこられた。
もう俺は……君なしでは生きていけないな」
「そんな大袈裟ですよ」
私は軽く笑って返す。けれど次の瞬間、ディランの腕の力がぐっと強まった。
「大袈裟じゃないよ。
君が大切で……どうしようもなく愛おしいんだ」
「……そんな恥ずかしいことを」
「いいだろう? 今は二人きりだ」
「そうですけど……」
ディランはふと、声の温度を落とした。
「ジョルジュは……俺のことを、孫として、次期王として期待してくれていると思っていた。
違和感に気づきながらも、そう思い込んでいたんだ」
その横顔は、夜の名残を抱えたままのように見えた。
「真実を聞かされて……ティアナの切られた髪を見て……心が折れたんだ」
胸が痛む。あの瞬間のディランの絶望が、今も残っているのだ。
「大切なものが俺を弱く、脆くするんだと……身体を奪われたときに、そう思ってしまった」
「それは……違います!」
思わず顔を上げる。ディランは私を見つめ、ゆっくりと首を振った。
「ああ、違う。
人は……大切なものができるほど強くもなれる。
それを君が教えてくれたんだ」
その言葉は、夜明けの光のように胸に染み込んでいく。
「本当にありがとう」
そっと、額にキスが落ちた。
「ディラン……」
「なんだい?」
「私も……もっと強くなります!」
「これ以上?」
ディランはくすっと笑う。
「さっき、ユウリにも言われました」
「ふふ……なら、一緒に強くなろう。
そして、支え合っていこう」
「はい」
「少し眠ろうか」
「はい」
ディランは私を抱き寄せたまま、優しく囁く。
「次、目が覚めたときも……ずっと一緒だ。
おやすみ」
その声が耳に落ちた瞬間、夜明けの光に包まれるように、瞼が静かに閉じていった。
あったかい。頬に触れる空気も、背中に回された腕も、全部が心地いい。ここは……どこだっけ。まぶたをゆっくり持ち上げると、すぐ目の前で低い声が落ちてきた。
「おはよう。……いや、もう昼か」
寝起きの声なのに、どこか嬉しそうで、胸がくすぐったくなる。
「おはようございます。いつから起きてたんですか?」
「さっきだよ」
「ほんとですか?」
「本当だ。一時間ほど君を見つめてた」
「ながっ!」
思わず声が裏返る。 ディランは肩を揺らして笑った。
「見ていて飽きないんだよ」
「見ないでください、そんなに……」
視線をそらすと、彼の指先がそっと頬に触れた。 触れたところから熱が広がっていく。
「君が可愛すぎるのが悪い」
「……」
言葉が出ない。 胸の奥がじんわり熱くなる。
「ふふ。照れてるね」
「もう、起きますよ」
ディランの腕から抜け出そうと身体を起こした瞬間、 彼が小さく息を呑んだ。
「いってて……」
「大丈夫ですか?」
怪我が痛んだのかと思って振り返ると、 ぐいっと腕を引かれ、そのまま胸元に抱き寄せられた。
「ちょっと……!」
耳元で低く笑う声が落ちる。
「前に君もやっただろう? おあいこだ」
ほんと、ずるい人だ。 心臓が落ち着く暇をくれない。
「……少しだけですよ?」
「――ああ。もう少しだけ」
彼の腕の中は、さっきよりもあたたかかった。
コンコン、と控えめなノックの音がした。あれ……私、また寝てたんだ。まぶたをこすりながら顔を上げると、部屋の空気がほんのり暖かい。
「殿下、お身体の調子はどうですか?」
「大丈夫だ」
低い声が返る。 その横で、レイさんが静かに頭を下げた。
「ティアナ様……おはようございます。よく休めましたか?」
少し驚いたように目を見開いたあと、 すぐにいつもの穏やかな微笑みに戻る。
「あ、はい……」
私は慌てて布団から抜け出し、ちょこんと正座した。
「とりあえず、しばらくはティアナ様もこちらでお過ごし下さい」
「しばらくですか……」
「ええ。身体も休めていただければ」
そう言った瞬間、横から腕が伸びてきて、 ディランが当然のように私の腰を抱き寄せ、頭にディランの顎が乗る。
「それはいい。しばらくとは言わず、ずっといればいいさ」
「お、重い……」
「それに、この怪我……君の騎士にやられたんだ」
「知っています」
「部下の責任を取るのは、主人の役目だ」
「なんてずる賢い……」
「そうだよ?」
悪びれもせず笑うその顔が、ほんとにずるい。
「それに、明日の夜あたりから雪が積もりそうだ」
言われてみれば、窓の外の空気は少し白んで見える。 確かに、寒い。
「…やることもたくさんある。
君の騎士たちもしばらくここにいて、復興の手伝いをしてくれると助かる」
レイさんが静かにうなずく。 その表情には、責任と覚悟がにじんでいた。確かに……やるべきことは山ほどある。私は深く息を吸い、ディランの腕の中で姿勢を正した。
「……わかりました」
そう返事をした。




