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夜明けが世界を染めるころ、 悪意の見える伯爵令嬢は王子の執着から逃れられない  作者: 舞響
第五部

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ぬくもり 2

ティアナside

ディランの部屋に足を踏み入れる。ベッドの上で、彼は穏やかに微笑んでいた。その笑顔を見るだけで、胸の奥がじんわりと温かくなる。


「疲れているのに、呼んですまない」


「いえ……きっとすぐには寝付けなかったので、むしろ良かったです」


「そう言ってくれるなら安心した。……こっちへおいで」


「はい」


ベッドのそばまで歩み寄った瞬間、ディランの腕が伸び、ぐいっと引き寄せられる。


「あ、あの! 怪我してるのに、大丈夫ですか!」


「大丈夫だよ。むしろ……こうしている方が早く治りそうだ」


「そんなはず……」


「ティアナも言っただろう? “もう離しません”って」


「い……言いましたけど」


「だから、一緒にいよう。今夜……いや、もう夜明けだな」


カーテンの隙間から、紫と青とオレンジが混ざる空がのぞく。夜と朝の境目の光が、彼の横顔を柔らかく照らしていた。


「なあ……いいだろう?」


甘くとろけるような声。こんなふうに言われて、断れる人なんているのだろうか。ほんとに……ずるい。


「……仕方ないですね」


「よし。おいで」


その一言で、腕の力が強くなり、私はそのままベッドへ引き込まれた。


「あ、あの……」


「ん? どうした?」


「ち、近いです……」


向かい合うように抱きしめられ、心臓が跳ねる。距離が近すぎて、呼吸の仕方さえ分からなくなる。


「大丈夫。これ以上は何もしないよ。……ああ、でも」


ディランが少しだけ顔を寄せる。


「キスくらいは、いいよね?」


「も、もう……!」


頬が熱くなり、言葉にならない。そんな私を見て、ディランは嬉しそうに目を細めた。


「ティアナ……本当にありがとう」


「はい」


ディランの声は、静かで柔らかかった。


「君が呼んでくれたから、戻ってこられた。

もう俺は……君なしでは生きていけないな」


「そんな大袈裟ですよ」


私は軽く笑って返す。けれど次の瞬間、ディランの腕の力がぐっと強まった。


「大袈裟じゃないよ。

君が大切で……どうしようもなく愛おしいんだ」


「……そんな恥ずかしいことを」


「いいだろう? 今は二人きりだ」


「そうですけど……」


ディランはふと、声の温度を落とした。


「ジョルジュは……俺のことを、孫として、次期王として期待してくれていると思っていた。

違和感に気づきながらも、そう思い込んでいたんだ」


その横顔は、夜の名残を抱えたままのように見えた。


「真実を聞かされて……ティアナの切られた髪を見て……心が折れたんだ」


胸が痛む。あの瞬間のディランの絶望が、今も残っているのだ。


「大切なものが俺を弱く、脆くするんだと……身体を奪われたときに、そう思ってしまった」


「それは……違います!」


思わず顔を上げる。ディランは私を見つめ、ゆっくりと首を振った。


「ああ、違う。

人は……大切なものができるほど強くもなれる。

それを君が教えてくれたんだ」


その言葉は、夜明けの光のように胸に染み込んでいく。


「本当にありがとう」


そっと、額にキスが落ちた。


「ディラン……」


「なんだい?」


「私も……もっと強くなります!」


「これ以上?」


ディランはくすっと笑う。


「さっき、ユウリにも言われました」


「ふふ……なら、一緒に強くなろう。

そして、支え合っていこう」


「はい」


「少し眠ろうか」


「はい」


ディランは私を抱き寄せたまま、優しく囁く。


「次、目が覚めたときも……ずっと一緒だ。

おやすみ」


その声が耳に落ちた瞬間、夜明けの光に包まれるように、瞼が静かに閉じていった。


あったかい。頬に触れる空気も、背中に回された腕も、全部が心地いい。ここは……どこだっけ。まぶたをゆっくり持ち上げると、すぐ目の前で低い声が落ちてきた。


「おはよう。……いや、もう昼か」


寝起きの声なのに、どこか嬉しそうで、胸がくすぐったくなる。


「おはようございます。いつから起きてたんですか?」


「さっきだよ」


「ほんとですか?」


「本当だ。一時間ほど君を見つめてた」


「ながっ!」


思わず声が裏返る。 ディランは肩を揺らして笑った。


「見ていて飽きないんだよ」


「見ないでください、そんなに……」


視線をそらすと、彼の指先がそっと頬に触れた。 触れたところから熱が広がっていく。


「君が可愛すぎるのが悪い」


「……」


言葉が出ない。 胸の奥がじんわり熱くなる。


「ふふ。照れてるね」


「もう、起きますよ」


ディランの腕から抜け出そうと身体を起こした瞬間、 彼が小さく息を呑んだ。


「いってて……」


「大丈夫ですか?」


怪我が痛んだのかと思って振り返ると、 ぐいっと腕を引かれ、そのまま胸元に抱き寄せられた。


「ちょっと……!」


耳元で低く笑う声が落ちる。


「前に君もやっただろう? おあいこだ」


ほんと、ずるい人だ。 心臓が落ち着く暇をくれない。


「……少しだけですよ?」


「――ああ。もう少しだけ」


彼の腕の中は、さっきよりもあたたかかった。

コンコン、と控えめなノックの音がした。あれ……私、また寝てたんだ。まぶたをこすりながら顔を上げると、部屋の空気がほんのり暖かい。


「殿下、お身体の調子はどうですか?」


「大丈夫だ」


低い声が返る。 その横で、レイさんが静かに頭を下げた。


「ティアナ様……おはようございます。よく休めましたか?」


少し驚いたように目を見開いたあと、 すぐにいつもの穏やかな微笑みに戻る。


「あ、はい……」


私は慌てて布団から抜け出し、ちょこんと正座した。


「とりあえず、しばらくはティアナ様もこちらでお過ごし下さい」


「しばらくですか……」


「ええ。身体も休めていただければ」


そう言った瞬間、横から腕が伸びてきて、 ディランが当然のように私の腰を抱き寄せ、頭にディランの顎が乗る。


「それはいい。しばらくとは言わず、ずっといればいいさ」


「お、重い……」


「それに、この怪我……君の騎士にやられたんだ」


「知っています」


「部下の責任を取るのは、主人の役目だ」


「なんてずる賢い……」


「そうだよ?」


悪びれもせず笑うその顔が、ほんとにずるい。


「それに、明日の夜あたりから雪が積もりそうだ」


言われてみれば、窓の外の空気は少し白んで見える。 確かに、寒い。


「…やることもたくさんある。

君の騎士たちもしばらくここにいて、復興の手伝いをしてくれると助かる」


レイさんが静かにうなずく。 その表情には、責任と覚悟がにじんでいた。確かに……やるべきことは山ほどある。私は深く息を吸い、ディランの腕の中で姿勢を正した。


「……わかりました」


そう返事をした。

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