終息 2
裏庭の芝生に腰を下ろすと、ようやく緊張がほどけて、身体の重さが一気に押し寄せてきた。ディランも隣に座り込み、肩で息をしている。すぐにレイが駆け寄り、落ち着いた声で言った。
「殿下、傷を見せてください……ひどい打撲です」
「頼む」
ディランは素直に腕を差し出す。
「本当に容赦なくやられましたね」
レイは手際よく包帯を巻きながら、軽く笑った。
「本当にな」
ディランも苦笑する。その横で、ユウリが私の前に膝をついた。
「お嬢様、こちらを。傷の消毒をしますね」
「ありがとう、ユウリ」
ユウリは淡々としているのに、指先はとても優しかった。そんな静かな手当ての横で――仲間たちは、相変わらず騒がしい。
「いや〜〜ほんと死ぬかと思った!!」
レオが大の字になって叫ぶ。
「レオちゃん、まだ終わってないわよ。
あんたの罠踏み報告書、あとでまとめるから」
ルイが容赦なく言い放つ。
「えっ!? なんで俺だけ!?」
レオが跳ね起きる。
「3回も罠にかかったせいで合流が遅れたのよ!
本当に反省して!」
ルイが珍しくキレている。
「罠にかかるとかないわ」
テオが冷静に刺す。
「テオも言う!? ひどくない!?」
レオが涙目になる。そこへアレンとロベルトも加わる。
「お嬢様、本当に大丈夫ですか!?
ああ〜〜やっぱりボロボロじゃないですかぁ!」
アレンが半泣きで騒ぎ、
「アレン、落ち着け。……でも本当に心配した」
ロベルトが真面目に言う。
「2人とも大げさよ」
私は笑って答えた。するとルイが大袈裟に肩を落とす。
「っていうか、ティアナちゃんの綺麗な髪が!!」
「そうだよ!! お嬢さんの髪!!」
レオもムクっと起き上がる。
ユウリも心配そうに見つめた。
「だいぶ短くなってしまいましたね……」
私は短くなった髪をつまみながら言う。
「変……かな?
一応ね、少し整えたんだよ?」
そういう私にテオがへにゃりと笑った。
「お嬢様は、お嬢様だよ。
なんだって可愛いから大丈夫」
「そうそう! お嬢さんは髪が短くても可愛い!!」
レオが力強く頷く。
「短いのもいいわね!
似合ってるわよ、ティアナちゃん。でもあとで毛先は整えさせてね」
ルイが優しく言う。そのやり取りを聞きながら、ディランが小さく笑った。
「……にぎやかだな」
「ええ。……でも、こういうの、好きです」
ディランはレイに包帯を巻かれながら、少し照れたように私を見る。
「ティアナ。……本当にありがとう」
「こちらこそ。
ディランが戻ってきてくれて……よかった」
その言葉に、ディランは静かに微笑んだ。騎士たちの安堵の声、仲間たちのわちゃわちゃした騒ぎ、レイとユウリの優しい手当て。戦いの終わりを、ようやく実感できる時間だった。アラン殿下が一歩前へ出て、場を引き締める。
「さて。まだすべきことはある」
その声に、騎士たちの背筋が一斉に伸びた。
「動ける騎士は負傷者の確認と搬送だ」
「はい!」
アレン、ロベルト、ルーク団長、オリバー副団長、エリックが立ち上がる。
アラン殿下は次々と指示を飛ばす。
「ルーク団長は迷宮周辺の安全確認を。
オリバー副団長は警戒線の構築を。
アレン、ロベルトは負傷者の搬送を手伝え。
エリックは医療班の誘導だ」
「了解!」
「任せてください!」
「すぐに動きます!」
騎士たちはそれぞれの役割へ散っていく。仲間たちもそれに続くように動き始めた。
「ほら動くわよ!」
ルイがレオの腕をつかんで引っ張る。
「えーもう!?」
レオが絶叫しながらも、渋々立ち上がる。テオは肩を回しながら、ルーク団長の後を追う。
「はぁ……結局働くの俺らじゃん」
「文句言わないの」
ルイが呆れたように返す。
ユウリは静かに医療班へ向かい、ロベルトはアレンと共に負傷者の搬送へ走った。その時、セナがディランの前に立つ。
「殿下……」
「セナ」
「その怪我……謝りませんから」
「ちょっ、セナ!!」
私は慌てる。だがディランがふっと微笑んだ。
「ああ、それでいい」
「お嬢様はゆっくりしててください」
その優しい声に、胸が温かくなる。そこへレイが眼鏡を押し上げながら声をかけた。
「セナさん、こっちの通路の確認お願いします」
「了解です」
セナが軽やかに駆けていく。わちゃわちゃと騒がしかった声が、少しずつ遠ざかっていく。
アレンとロベルトの慌てた声も、レオの文句も、ルイの叱責も、テオのため息も、セナとユウリの優しさも――全部、庭の奥へ消えていった。
やがて――庭には、私とディランだけが残った。風が静かに吹き抜け、草の匂いと、戦いの余韻だけがそこにあった。ディランは隣で、ゆっくりと息を吐く。
「……静かになったな」
「ええ」
2人だけの時間が、ようやく訪れた。風がそよぎ、庭の草がかすかに揺れる。その静けさの中で、ディランの手がそっと私の頬へ伸びた。温かい指先が触れた瞬間、胸の奥がじんわりと熱くなる。
「ティアナ……」
ディランの声は、震えるほど優しかった。
「無事で……本当に良かった。
俺が弱いせいで、君を傷つけた」
私は首を横に振る。
「違いますよ。弱いからじゃないです」
「だけど……」
言いかけた唇に、私はそっと指を当てた。
「これ以上言わないで」
ディランは驚いたように瞬きをし、やがて静かに頷いた。
「……わかった」
私は息を吸い、胸の奥に溜めていた想いを吐き出す。
「ディランを失うと思ったら……怖かったです」
あの時の光景が胸を刺す。ディランの顔で、冷たい目を向けられたこと。そのまま、彼を失ってしまうかもしれなかったこと。
「でも……」
私は彼の胸に飛び込むように抱きついた。
「…ここにいる。
生きて、戻ってきてくれた」
ディランの腕が、そっと私の背に回る。
「ティアナ……」
私は彼の胸に顔を埋めたまま、震える声で言った。
「大好きです。
もう離しません」
ディランは小さく笑い、私の髪を優しく撫でる。
「光栄だな。
俺も君を離したりしない。
絶対に」
その言葉のあと、ディランは私の髪に触れる。
「……短いな」
「へへ、イメチェンですね」
「可愛い。似合ってるよ」
そう言うと、額にキスが落ちる。次は、頬に。そして――
ためらいなく、唇へ。触れた瞬間、世界が静かに溶けていくようだった。甘くて、温かくて、ずっと欲しかった、確かなキス。ディランの手が頬を包み、私はその手に自分の手を重ねた。




