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夜明けが世界を染めるころ、 悪意の見える伯爵令嬢は王子の執着から逃れられない  作者: 舞響
第五部

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終息 2

裏庭の芝生に腰を下ろすと、ようやく緊張がほどけて、身体の重さが一気に押し寄せてきた。ディランも隣に座り込み、肩で息をしている。すぐにレイが駆け寄り、落ち着いた声で言った。


「殿下、傷を見せてください……ひどい打撲です」


「頼む」

ディランは素直に腕を差し出す。


「本当に容赦なくやられましたね」

レイは手際よく包帯を巻きながら、軽く笑った。


「本当にな」

ディランも苦笑する。その横で、ユウリが私の前に膝をついた。


「お嬢様、こちらを。傷の消毒をしますね」


「ありがとう、ユウリ」


ユウリは淡々としているのに、指先はとても優しかった。そんな静かな手当ての横で――仲間たちは、相変わらず騒がしい。


「いや〜〜ほんと死ぬかと思った!!」

レオが大の字になって叫ぶ。


「レオちゃん、まだ終わってないわよ。

あんたの罠踏み報告書、あとでまとめるから」

ルイが容赦なく言い放つ。


「えっ!? なんで俺だけ!?」

レオが跳ね起きる。


「3回も罠にかかったせいで合流が遅れたのよ!

本当に反省して!」

ルイが珍しくキレている。


「罠にかかるとかないわ」

テオが冷静に刺す。


「テオも言う!? ひどくない!?」

レオが涙目になる。そこへアレンとロベルトも加わる。


「お嬢様、本当に大丈夫ですか!?

ああ〜〜やっぱりボロボロじゃないですかぁ!」

アレンが半泣きで騒ぎ、


「アレン、落ち着け。……でも本当に心配した」

ロベルトが真面目に言う。


「2人とも大げさよ」

私は笑って答えた。するとルイが大袈裟に肩を落とす。


「っていうか、ティアナちゃんの綺麗な髪が!!」


「そうだよ!! お嬢さんの髪!!」

レオもムクっと起き上がる。


ユウリも心配そうに見つめた。


「だいぶ短くなってしまいましたね……」


私は短くなった髪をつまみながら言う。


「変……かな?

一応ね、少し整えたんだよ?」


そういう私にテオがへにゃりと笑った。


「お嬢様は、お嬢様だよ。

なんだって可愛いから大丈夫」


「そうそう! お嬢さんは髪が短くても可愛い!!」

レオが力強く頷く。


「短いのもいいわね!

似合ってるわよ、ティアナちゃん。でもあとで毛先は整えさせてね」

ルイが優しく言う。そのやり取りを聞きながら、ディランが小さく笑った。


「……にぎやかだな」


「ええ。……でも、こういうの、好きです」


ディランはレイに包帯を巻かれながら、少し照れたように私を見る。


「ティアナ。……本当にありがとう」


「こちらこそ。

ディランが戻ってきてくれて……よかった」


その言葉に、ディランは静かに微笑んだ。騎士たちの安堵の声、仲間たちのわちゃわちゃした騒ぎ、レイとユウリの優しい手当て。戦いの終わりを、ようやく実感できる時間だった。アラン殿下が一歩前へ出て、場を引き締める。


「さて。まだすべきことはある」


その声に、騎士たちの背筋が一斉に伸びた。


「動ける騎士は負傷者の確認と搬送だ」


「はい!」

アレン、ロベルト、ルーク団長、オリバー副団長、エリックが立ち上がる。


アラン殿下は次々と指示を飛ばす。


「ルーク団長は迷宮周辺の安全確認を。

オリバー副団長は警戒線の構築を。

アレン、ロベルトは負傷者の搬送を手伝え。

エリックは医療班の誘導だ」


「了解!」

「任せてください!」

「すぐに動きます!」


騎士たちはそれぞれの役割へ散っていく。仲間たちもそれに続くように動き始めた。


「ほら動くわよ!」

ルイがレオの腕をつかんで引っ張る。


「えーもう!?」

レオが絶叫しながらも、渋々立ち上がる。テオは肩を回しながら、ルーク団長の後を追う。


「はぁ……結局働くの俺らじゃん」


「文句言わないの」

ルイが呆れたように返す。


ユウリは静かに医療班へ向かい、ロベルトはアレンと共に負傷者の搬送へ走った。その時、セナがディランの前に立つ。


「殿下……」


「セナ」


「その怪我……謝りませんから」


「ちょっ、セナ!!」

私は慌てる。だがディランがふっと微笑んだ。


「ああ、それでいい」


「お嬢様はゆっくりしててください」


その優しい声に、胸が温かくなる。そこへレイが眼鏡を押し上げながら声をかけた。


「セナさん、こっちの通路の確認お願いします」


「了解です」

セナが軽やかに駆けていく。わちゃわちゃと騒がしかった声が、少しずつ遠ざかっていく。

アレンとロベルトの慌てた声も、レオの文句も、ルイの叱責も、テオのため息も、セナとユウリの優しさも――全部、庭の奥へ消えていった。

やがて――庭には、私とディランだけが残った。風が静かに吹き抜け、草の匂いと、戦いの余韻だけがそこにあった。ディランは隣で、ゆっくりと息を吐く。


「……静かになったな」


「ええ」


2人だけの時間が、ようやく訪れた。風がそよぎ、庭の草がかすかに揺れる。その静けさの中で、ディランの手がそっと私の頬へ伸びた。温かい指先が触れた瞬間、胸の奥がじんわりと熱くなる。


「ティアナ……」


ディランの声は、震えるほど優しかった。


「無事で……本当に良かった。

俺が弱いせいで、君を傷つけた」


私は首を横に振る。


「違いますよ。弱いからじゃないです」


「だけど……」


言いかけた唇に、私はそっと指を当てた。


「これ以上言わないで」


ディランは驚いたように瞬きをし、やがて静かに頷いた。


「……わかった」


私は息を吸い、胸の奥に溜めていた想いを吐き出す。


「ディランを失うと思ったら……怖かったです」


あの時の光景が胸を刺す。ディランの顔で、冷たい目を向けられたこと。そのまま、彼を失ってしまうかもしれなかったこと。


「でも……」


私は彼の胸に飛び込むように抱きついた。


「…ここにいる。

生きて、戻ってきてくれた」


ディランの腕が、そっと私の背に回る。


「ティアナ……」


私は彼の胸に顔を埋めたまま、震える声で言った。


「大好きです。

もう離しません」


ディランは小さく笑い、私の髪を優しく撫でる。


「光栄だな。

俺も君を離したりしない。

絶対に」


その言葉のあと、ディランは私の髪に触れる。


「……短いな」


「へへ、イメチェンですね」


「可愛い。似合ってるよ」


そう言うと、額にキスが落ちる。次は、頬に。そして――

ためらいなく、唇へ。触れた瞬間、世界が静かに溶けていくようだった。甘くて、温かくて、ずっと欲しかった、確かなキス。ディランの手が頬を包み、私はその手に自分の手を重ねた。

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