取り戻す心 3
アレキサンドライトの光に貫かれ、化け物と化した影が悲鳴を上げながら崩れ落ちていく。赤黒い宝石が砕け、黒い泥のような質量が地に溶けていく。その中心で――ジョルジュ陛下の影が、ゆっくりと形を失っていった。
「……あ……あぁ……」
かつて王であった男の面影が、崩れ落ちる砂のように消えていく。ディランはその姿を、ただ静かに見つめていた。そして――冷たく、凍てつくような声で告げる。
「貴方を……俺は絶対に許さない」
影が震えた。
「両親を殺したことも。
ティアナを利用しようとしたことも。
俺たちの人生を踏みにじったことも――全部だ」
その声音には怒りではなく、静かな決別だけがあった。
「俺は……二度と貴方を祖父とは思わない」
ジョルジュの影が、最後の形を保てず崩れ落ちる。
「や……め……ろ……ディ……ラ……」
その声が消えた瞬間、影は完全に霧散した。静寂が訪れる。ディランは剣を下ろし、深く息を吐いた。その横顔は、少年ではなく――王としての覚悟を宿した青年のものだった。私はそっと彼に近づく。ディランは私へ視線を向け、ほんの少しだけ、柔らかく微笑んだ。
「……終わったよ、ティアナ。
ありがとう」
影が完全に霧散し、戦場に静寂が戻った。私とディランが立ち尽くすその前へ、仲間たちが一斉に駆け寄ってくる。レオが真っ先に声を上げた。
「お嬢さんもボロボロじゃん! どうしたのそれ!」
私は苦笑しながら肩をすくめる。
「これはね……」
曖昧に濁していると――
「そこの王子が身体乗っ取られてやったの。最低でしょ」
テオが容赦なく言い放つ。ディランは罰が悪そうに視線を落とした。
「……本当にすまない」
私は首を振る。
「いえ、大丈夫です。
むしろ……戻ってきてくれてよかった」
その言葉に、ディランはほんの少しだけ息を吐いた。そこへルイが、私とディランを交互に見て言う。
「でも王子様もボロボロね。
顔色、ひどいわよ?」
その瞬間、セナとテオが同時に視線をそらした。
「それは不可抗力です」
「そうそう、不可抗力」
私は思わず吹き出しそうになる。ユウリが穏やかに微笑んだ。
「……ともあれ、終わりましたね。
お嬢様……本当によく頑張りました」
レイも眼鏡の奥で瞳を揺らしながら、静かに言葉を添える。
「ティアナ様、ありがとうございます。
殿下も……よかったです。本当に……」
仲間たちの声が、温かく私とディランを包み込む。戦いは終わった。そして――彼らは、また一緒に立っていた。
ジョルジュの影が消えた直後――地下迷宮全体が、ぐにゃりと歪んだ。壁が波打ち、天井が軋む。
「……まずいな。このままだと潰される」
ディランが険しい顔で言い放つ。
「なにその! お決まり展開!」
レオが叫びながら頭を抱えた。
「とりあえず逃げるわよ!」
ルイも声を張り上げる。
みんなが一斉に駆け出す。私も走り出そうとした――その瞬間。太ももの傷が鋭く痛んだ。
「っ……!」
足がもつれかけたその時、ふわりと身体が持ち上げられる。
「えっ……ディラン?」
ディランが私を抱き上げ、軽く笑った。
「王子の役目を果たさせてくれ。お姫様」
その言い方に、思わず顔が熱くなる。だがすぐ後ろからテオが声を上げた。
「殿下もボロボロでしょ。俺、代わるよ!」
「いやだ。絶対代わらない」
ディランが即答する。
「あーそう」
テオは呆れたように肩をすくめた。
「ほら、行きますよ!」
セナが先頭で駆け出す。
ユウリとレイも頷き、後に続いた。崩れゆく迷宮の中、私たちは全員で出口へ向かって走り出した。迷宮が悲鳴を上げるように揺れ、壁が波打ち、天井が崩れ始めた。
「こっちです!」
セナが叫ぶ。
ディランは私を抱えたまま走り続ける。その姿を見て、レオが慌てて叫んだ。
「ねぇやっぱりさ! 殿下もその状態でお嬢さん抱えたら危なくない!?」
「大丈夫だ」
ディランは即答する。
「レオちゃんは黙って走りなさい!」
ルイが容赦なく怒鳴る。
「あと絶対罠にかからないでよね!
今度かかったら、まじで置いていくからね!!」
「ひどくない!?」
レオが涙目で抗議する。その横でレイが冷静に眼鏡を押し上げた。
「セナさん、そこ左です」
「了解です!」
セナが鋭く曲がる。そのタイミングで、ディランが私に小声で言った。
「ティアナ、重くないから安心して」
「それ言わなくていいから!!」
「仲良いな! 2人とも!」
レオが笑いながら叫ぶ。
「今それ言う!? 真面目に走れ!!」
テオが全力でツッコむ。崩れゆく迷宮の中、私たちは叫び合いながら、それでも息を合わせて出口へ向かって駆け抜けた。崩れゆく迷宮を全力で駆け抜け、最後の角を曲がった瞬間――ぱあっと光が差し込んだ。
「これ……ここに繋がってたんだ!」
レオが目を丸くする。私たちが飛び出したのは、王城の裏庭――静かな緑が広がる庭園だった。地上の空気が一気に肺へ流れ込み、胸の奥がじんわりと温かくなる。
「外……だ」
ディランが息を吐く。
「助かった……!」
テオがその場に手をつく。
「まさか庭に出るとはね。
地下迷宮って、ほんと何でもありだわ」
ルイが裾を払ってため息をつく。
セナは周囲を確認しながら頷いた。
「安全です。崩落もここまでは来ません」
ユウリが静かに言葉を添える。
「……皆さん、本当に無事でよかった」
「はい」
レイも強く頷く。ディランは私をそっと降ろし、まだ少し震える手で支えてくれた。
「ティアナ、大丈夫か?」
「うん……ありがとう。
ディランが抱えてくれたおかげで助かったよ」
「そ、そう言われると……悪くないな」
ディランが微笑む。すかさずレオが叫ぶ。
「ほら出た! 逃走中もイチャイチャしてた2人!」
「それ言わなくていいから!」
テオが全力でツッコむ。
「まあまあ。
でも本当に……終わったのね」
ルイが呆れたように肩をすくめた。レイが穏やかに微笑む。
「ええ。皆さんのおかげで」
風が静かに庭を撫で、戦いの余韻を優しく包み込んだ。




