取り戻す心 2
私はゆっくりと目を開けた。視界に映ったのは――必死に立ち続けるディランの姿。その背後では、ジョルジュの影が頭を抱え、苦しげに呻いていた。
「や……やめろ……!!!」
影がディランの身体にまとわりつき、黒い腕を伸ばして彼を再び闇へ引きずり戻そうとしている。その度に、ディランの身体が小さく震えた。胸が締めつけられた。――まだ、戦っている。私は一歩、前へ踏み出した。
その瞬間、戦っていた仲間たち――ユウリ、レイ、セナ、テオが、まるで合図を受けたかのように動きを止めた。
「お嬢様」
ユウリが静かに告げる。
「殿下を頼みます」
レイは剣を下げ、深く頭を垂れる。
「行け、ティアナ」
セナは氷の剣を引き、ティアナの背中を守るように下がった。
「最後は…お嬢様の番だ」
テオは紅い魔力を収め、にやりと笑う。4人の視線が、私の決意を押し出す。胸が熱くなった。――みんな、信じてくれている。私は剣を構え、ディランへ向けて歩み出た。
「ディランは返してもらう」
蒼い光が刀身に宿り、空気が震える。私の想いが、刃に乗って脈打つ。深く息を吸い、詠唱を紡ぐ。
「蒼き想いよ――
切り離せ、ラピスラズリ!」
蒼い風が渦を巻き、私の想いが刃となって放たれる。その一閃は、影だけを正確に断ち、ジョルジュの魔の手をディランから引き剥がした。影が悲鳴を上げ、霧のように散っていく。ディランの身体がふらりと揺れ、私は駆け寄ってその身体を抱きとめた。
「……もう、大丈夫だから」
腕の中の温もりが、確かに“彼”のものだった。蒼い光が静かに消えていく。私はその胸に顔を寄せ、震える声で囁いた。
「おかえり、ディラン」
ディランが私の腕の中で、ゆっくりと目を開けた。
「……ティアナ」
弱々しい声。けれど、エメラルドのその瞳はもう迷っていない。
「ありがとう、ティアナ。
まるで君が王子様みたいだな」
私は軽く笑い返す。
「そうだね。
では――お姫様、まだ終わってませんよ」
手を差し出すと、ディランは苦笑しながらその手を取った。
「その言い方は勘弁してくれ」
2人が立ち上がった、その瞬間――床の影が再び伸び、ディランの足元へ絡みつこうとする。ジョルジュが苦悶の声を上げた。
「や……やめろ……!
まだ……終わって……ない……!」
影がうねり、再びディランを引きずり込もうと迫る。
その時――
「待ってぇぇぇ!!
俺たち完全出遅れ組だよ!!」
「レオちゃんのせいでしょ!
罠にかかりまくるんだから!!」
レオとルイが、息を切らしながら駆け込んできた。レオは大剣を肩に担ぎ、叫ぶ。
「いやいや! あれは罠が悪い!
俺じゃない!」
ルイが容赦なくツッコむ。
「罠に3回も引っかかる人が悪いに決まってるでしょ!」
セナとテオが同時にため息をつく。
「……まあ、来てくれただけありがたいですが」
ユウリは静かに呟きレイも頷く。
影が再び私たちへ迫る。レオが大剣を構え、叫ぶ。
「燃えあがれ!ペリドット!」
大剣が赤熱し、爆ぜる火花が炎となって刀身を包む。熱気が戦場を揺らし、影を焼き払うように押し返した。続いてルイが優雅に剣を掲げる。
「美しく、酔いしれなさい――ローズクォーツ」
淡い薔薇色の光が剣を包み、舞う光の粒が幻想的な残像を描く。その軌跡は影を惑わせ、動きを鈍らせた。レオの炎とルイの光が重なり、影の進行を完全に止める。私は剣を握り直し、前へ踏み出した。
「ディランは……もう渡さない」
蒼い光が刀身に宿る。ジョルジュの影が、足元の魔宝獣を次々と吸い込み始めた。
――ズズズ……ッ!黒い泥のような質量が膨れ上がり、赤黒い宝石が脈打つようにゆらめく。影は形を変え、巨大なドラゴンのような化け物へと変貌していく。その圧に、風が荒れ狂った。
「すご!! ドラゴン!?」
場違いなほど明るいレオの声が響く。
「なんか迷宮にドラゴンってお決まり展開ね」
ルイが肩をすくめる。
「とりあえず、これどうにかしないとじゃない?」
テオがゆるりと笑った。
「そうだな」
セナも頷く。
「もう一踏ん張りですね」
「はい」
ユウリとレイも静かに構え直した。私は剣を握り、仲間たちを見渡す。
「みんな……倒すよ!
私たちの共鳴を――!」
その声に応えるように、中央に立つティアナの剣先へ淡い蒼の光が集まり始める。ディランが低く告げた。
「……ああ」
次の瞬間、仲間たちが動いた。
「我が剣に従え――アクアマリン。
流れを凍てつかせ、暴走を鎮めよ」
セナの刀身が氷水の輝きを帯び、空気そのものが冷却されていく。荒れ狂っていた魔力の流速が、確かに鈍った。
「紅く、鋭く――我が想いに応えよ、スピネル!
迷いを断ち、前を切り拓け!」
テオの刃が深紅に燃え上がる。意志そのものが炎となり、前線を押し返した。
「燃えあがれ――ペリドット!
恐れを焼き払い、道を拓け!」
レオの大剣が爆炎を纏い、轟音とともに魔力の壁を打ち砕く。
「美しく、惑わせ――ローズクォーツ。
その心、甘き夢に沈めなさい」
薔薇色の光が舞い散り、幻想の花弁が宙を満たす。敵の視界が歪み、動きが鈍る。
「理を整えよ――フローライト。
混沌を律へ、歪みを円環へ」
淡紫の光が円を描き、暴走する魔力の流れを強制的に整えていく。
「静寂を保て。惑いを断て――アメジスト。
恐怖も雑音も、ここには要らない」
レイの剣が静かに振るわれ、音も、恐慌も、戦場から削ぎ落とされていく。
そして――ディランが私の隣に立つ。
剣先に集まった蒼い光が、まるで星々の記憶を呼び覚ますように脈打つ。私は深く息を吸い、仲間たちの想いを背に受けながら、静かに詠唱を紡いだ。
「蒼き想いよ――
星の記憶を継ぎ、
交わした誓いを導に」
ラピスラズリが夜空のように輝き、蒼い光が輪の中心へと収束していく。
「想いを……一つに」
私は剣を前へ突き出した。
「――ディランに、つなげ!」
蒼い奔流がディランへと流れ込み、彼の剣のアレキサンドライトが強く脈動する。ディランの身体が光に包まれた。
「……ティアナ……受け取った」
低く、確かな声。
次の瞬間――ディランの瞳が、エメラルドからルビーに鮮烈の輝きを放った。
「変化を統べる光――
アレキサンドライト・レグルス!」
その名を叫んだ瞬間、ディランの剣が7色の光を帯び、星のような輝きが戦場を照らす。ジョルジュの影が、赤黒い宝石を脈打たせながら咆哮した。
「グアアアアアアア!!」
だが、もう遅い。ティアナが託した“想い”と、仲間たちの共鳴がすべてディランへと集まり、彼の剣を――“王の刃”へと昇華させていた。ディランは一歩、前へ踏み出す。
「これは……俺だけの力じゃない。
みんなの想いが――俺を立たせてくれた」
そして、剣を振りかぶる。
「だから……終わらせる!」
アレキサンドライトの光が奔り、星の軌跡を描きながら化け物と化した影を貫いた。赤黒い宝石が砕け散り、影は悲鳴を上げながら光に溶けていく。
蒼。
氷、紅。
炎、薔薇。
整、静。
そして――ディランの変化。すべてがひとつの光となり、影を完全に浄化した。戦場に、静寂が戻る。




