取り戻す心 1
セナとテオの連撃が、氷と紅の軌跡を描きながらジョルジュを押し込んでいく。金属がぶつかる音、魔力が弾ける音が鋭く響き渡った。その背中を見つめながら、私は深く息を吸う。
――今しかない。共鳴。
2人が作り出した、この一瞬の隙。逃すわけにはいかない。私はそっと目を閉じた。
「……集中だ」
心臓の鼓動が、世界の喧騒を押し流していく。外の音が遠ざかり、代わりに自分の魔力の流れが鮮明に浮かび上がった。短剣を握りしめ、静かに詠唱する。
「我が想いに応えよ――ラピスラズリ」
蒼い光が刃から溢れ、空気が震えた。その光は、まるで私の心そのもの。――ディラン。胸の奥で、そっと名前を呼ぶ。
「お願い……答えて」
蒼い光が脈打ち、意識が深く沈んでいく。まるで水底へ引き込まれるように、世界がゆっくりと暗転していった。遠くで、セナとテオの声がかすかに届く。
「押し込め、テオ! お嬢様に近づけるな!」
「わかってる!
この身体が砕けようとも、絶対お嬢様に近づかせない!」
金属音が響き、ジョルジュの怒声が混じる。だが、私の意識はもうそこにはなかった。蒼い光に包まれながら――私はディランの内側へと、深く、深く潜っていく。ティアナの意識が深く沈んでいく、その時…ジョルジュが怒声を上げた。
「くそ! 邪魔をするなぁ!!!」
ディランの身体から黒い魔力が噴き上がり、床の影が歪む。そこから魔宝獣が次々と形を成し、牙をむいてティアナへ一直線に迫った。
「お嬢様!!」
セナとテオが同時に叫び、魔宝獣へ飛び込む。氷と紅の斬撃が次々と切り裂くが――数が多すぎる。
「くっ……間に合わない!」
「お嬢様から離れろ!!」
2人が必死に押し返す中、一体がティアナへ跳びかかった。
その瞬間――前へ一歩、静かに影が出る。ユウリだった。
「理を整えよ――フローライト」
剣先が床に触れた。――カン。澄んだ音が戦場に響き、灰色の透明な波紋が床を走る。光は暴走する魔力を絡め取り、乱れた流れを静かに整えていく。空気が一瞬で澄み渡り、魔宝獣が砕け散った。
「ユウリ……!」
「さすが!」
セナとテオが安堵の息を漏らす。ティアナは共鳴の深みに沈んでいる。ユウリは剣を構え直し、静かに言った。
「お嬢様には指一本触れさせません」
だが――まだ終わりではない。ジョルジュが舌打ちし、さらに魔力を放つ。
「ならば……これでも防いでみろ!」
空気が震え、精神を揺らすような衝撃が広がる。その瞬間、もう一つの影が前に出た。レイだ。
「静寂を保て。惑いを断て――アメジスト」
深紫の紋様が刃に浮かび、音のない波紋が地を這う。その波紋は精神を乱す魔力を吸い取り、戦場に“静寂”をもたらした。魔宝獣の咆哮が消え、ジョルジュの魔力の揺らぎが抑え込まれる。
◇
私はそっと目を開ける。霧の中で、少年の姿をしたディランは膝を抱えていた。その背中は小さく、孤独と絶望だけがまとわりついているようだった。私は胸が痛くなった。こんなにも――彼は一人で戦ってきたのだ。
「ディラン」
呼びかけると、少年は怯えたように顔を上げた。その瞳には、自分を信じられない子どもの影があった。近づこうとすると、見えない結界が私を拒むように弾いた。私はそっと手を当て、霧の向こうの彼に声を届ける。
「何してるの? 帰ろうよ」
「できない……」
「どうして?」
「僕は……弱いから」
「違うよ。貴方は強い。
でもね……強さだけじゃない。優しい。誰よりも。
まあ、まどろっこしいと思うこともあるけどね」
私は軽く笑ってみせた。少年の肩が、かすかに震える。
「努力して、傷ついて、それでも前に進もうとしてきたでしょ」
私は一歩踏み出し、結界越しに彼の目をまっすぐ見つめた。
「なのに、なんで飲まれてるの。
私のこと好きだって言ったじゃない。
そばにいるって……
また一緒に踊ろうって……
あれ、嘘だったの?」
少年の唇が震え、声にならない声が漏れた。
「……でも……僕は……
選ばれただけで……兄さんより劣ってて……
誰も……僕を見てくれなくて……
僕のせいで……みんな……」
その言葉は、何年も胸に刺さっていた棘のようだった。私はその棘を抜くように、強く言った。
「違う!」
霧が震え、少年がびくりと顔を上げる。
「私は“貴方”を見てる。
強いところも、弱いところも、
全部ひっくるめて……ディランがいいの!」
私は結界に手を押し当て、必死に届くように叫んだ。
「ねえ……置いていくの?
私を一人にするの?
そんなの、嫌だよ……」
声が震えた。涙がこぼれそうになった。
「私は……貴方がいたから立っていられたの。
貴方がいたから、前を向けたの。
だから――」
私は泣き笑いしながら言った。
「私の手を取って。
ここまで私を連れてきたんだから……責任とってよ」
少年は震える声で問う。
「僕で……いいの……?
君を……不幸にするかもしれないのに……」
「貴方じゃなきゃ、嫌なの。
不幸になんてならない。
幸せになるために、貴方と手を取るの」
その瞬間、結界が音もなく砕けた。私は迷わず彼の手を握った。蒼い光が弾け、霧が裂け、空気が震える。ディランの魔力が目覚めるように溢れ出す。光が収まったとき、そこに立っていたのは――大人のディランだった。いつもの背丈。いつもの温もり。そして、エメラルドの瞳が、涙を浮かべながらも、まっすぐ私を見つめていた。
「……ティアナ。
ごめん……
ずっと……怖かったんだ……」
その声は震えていたけれど、確かに“彼”の声だった。私は笑った。
「ほんとですよ。
戻ってくるの、遅いんですから」
ディランは私の手を握り返し、背後に迫るジョルジュの影を鋭く睨みつけた。
「もう……奪わせない」
精神世界が震え、ディランの魔力が完全に覚醒する。
ティアナの言葉が――彼を救い、取り戻したのだ。




