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夜明けが世界を染めるころ、 悪意の見える伯爵令嬢は王子の執着から逃れられない  作者: 舞響
第五部

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取り戻す心 1

セナとテオの連撃が、氷と紅の軌跡を描きながらジョルジュを押し込んでいく。金属がぶつかる音、魔力が弾ける音が鋭く響き渡った。その背中を見つめながら、私は深く息を吸う。

――今しかない。共鳴。

2人が作り出した、この一瞬の隙。逃すわけにはいかない。私はそっと目を閉じた。


「……集中だ」


心臓の鼓動が、世界の喧騒を押し流していく。外の音が遠ざかり、代わりに自分の魔力の流れが鮮明に浮かび上がった。短剣を握りしめ、静かに詠唱する。


「我が想いに応えよ――ラピスラズリ」


蒼い光が刃から溢れ、空気が震えた。その光は、まるで私の心そのもの。――ディラン。胸の奥で、そっと名前を呼ぶ。


「お願い……答えて」


蒼い光が脈打ち、意識が深く沈んでいく。まるで水底へ引き込まれるように、世界がゆっくりと暗転していった。遠くで、セナとテオの声がかすかに届く。


「押し込め、テオ! お嬢様に近づけるな!」


「わかってる!

この身体が砕けようとも、絶対お嬢様に近づかせない!」


金属音が響き、ジョルジュの怒声が混じる。だが、私の意識はもうそこにはなかった。蒼い光に包まれながら――私はディランの内側へと、深く、深く潜っていく。ティアナの意識が深く沈んでいく、その時…ジョルジュが怒声を上げた。


「くそ! 邪魔をするなぁ!!!」


ディランの身体から黒い魔力が噴き上がり、床の影が歪む。そこから魔宝獣が次々と形を成し、牙をむいてティアナへ一直線に迫った。


「お嬢様!!」


セナとテオが同時に叫び、魔宝獣へ飛び込む。氷と紅の斬撃が次々と切り裂くが――数が多すぎる。


「くっ……間に合わない!」


「お嬢様から離れろ!!」


2人が必死に押し返す中、一体がティアナへ跳びかかった。

その瞬間――前へ一歩、静かに影が出る。ユウリだった。


「理を整えよ――フローライト」


剣先が床に触れた。――カン。澄んだ音が戦場に響き、灰色の透明な波紋が床を走る。光は暴走する魔力を絡め取り、乱れた流れを静かに整えていく。空気が一瞬で澄み渡り、魔宝獣が砕け散った。


「ユウリ……!」


「さすが!」


セナとテオが安堵の息を漏らす。ティアナは共鳴の深みに沈んでいる。ユウリは剣を構え直し、静かに言った。


「お嬢様には指一本触れさせません」


だが――まだ終わりではない。ジョルジュが舌打ちし、さらに魔力を放つ。


「ならば……これでも防いでみろ!」


空気が震え、精神を揺らすような衝撃が広がる。その瞬間、もう一つの影が前に出た。レイだ。


「静寂を保て。惑いを断て――アメジスト」


深紫の紋様が刃に浮かび、音のない波紋が地を這う。その波紋は精神を乱す魔力を吸い取り、戦場に“静寂”をもたらした。魔宝獣の咆哮が消え、ジョルジュの魔力の揺らぎが抑え込まれる。


私はそっと目を開ける。霧の中で、少年の姿をしたディランは膝を抱えていた。その背中は小さく、孤独と絶望だけがまとわりついているようだった。私は胸が痛くなった。こんなにも――彼は一人で戦ってきたのだ。


「ディラン」


呼びかけると、少年は怯えたように顔を上げた。その瞳には、自分を信じられない子どもの影があった。近づこうとすると、見えない結界が私を拒むように弾いた。私はそっと手を当て、霧の向こうの彼に声を届ける。


「何してるの? 帰ろうよ」


「できない……」


「どうして?」


「僕は……弱いから」


「違うよ。貴方は強い。

でもね……強さだけじゃない。優しい。誰よりも。

まあ、まどろっこしいと思うこともあるけどね」


私は軽く笑ってみせた。少年の肩が、かすかに震える。


「努力して、傷ついて、それでも前に進もうとしてきたでしょ」


私は一歩踏み出し、結界越しに彼の目をまっすぐ見つめた。


「なのに、なんで飲まれてるの。

私のこと好きだって言ったじゃない。

そばにいるって……

また一緒に踊ろうって……

あれ、嘘だったの?」


少年の唇が震え、声にならない声が漏れた。


「……でも……僕は……

選ばれただけで……兄さんより劣ってて……

誰も……僕を見てくれなくて……

僕のせいで……みんな……」


その言葉は、何年も胸に刺さっていた棘のようだった。私はその棘を抜くように、強く言った。


「違う!」


霧が震え、少年がびくりと顔を上げる。


「私は“貴方”を見てる。

強いところも、弱いところも、

全部ひっくるめて……ディランがいいの!」


私は結界に手を押し当て、必死に届くように叫んだ。


「ねえ……置いていくの?

私を一人にするの?

そんなの、嫌だよ……」


声が震えた。涙がこぼれそうになった。


「私は……貴方がいたから立っていられたの。

貴方がいたから、前を向けたの。

だから――」


私は泣き笑いしながら言った。


「私の手を取って。

ここまで私を連れてきたんだから……責任とってよ」


少年は震える声で問う。


「僕で……いいの……?

君を……不幸にするかもしれないのに……」


「貴方じゃなきゃ、嫌なの。

不幸になんてならない。

幸せになるために、貴方と手を取るの」


その瞬間、結界が音もなく砕けた。私は迷わず彼の手を握った。蒼い光が弾け、霧が裂け、空気が震える。ディランの魔力が目覚めるように溢れ出す。光が収まったとき、そこに立っていたのは――大人のディランだった。いつもの背丈。いつもの温もり。そして、エメラルドの瞳が、涙を浮かべながらも、まっすぐ私を見つめていた。


「……ティアナ。

ごめん……

ずっと……怖かったんだ……」


その声は震えていたけれど、確かに“彼”の声だった。私は笑った。


「ほんとですよ。

戻ってくるの、遅いんですから」


ディランは私の手を握り返し、背後に迫るジョルジュの影を鋭く睨みつけた。


「もう……奪わせない」


精神世界が震え、ディランの魔力が完全に覚醒する。

ティアナの言葉が――彼を救い、取り戻したのだ。

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