奪われた王子 3
カンッ――!火花が散った瞬間、頬に鋭い痛みが走った。細い切り傷から温かい血が一筋、肌を伝う。
「っ……!」
ほんの一瞬の迷い。その一瞬が、また傷を生む。ディランなのにディランじゃない――その事実が胸を締めつけ、腕を鈍らせる。息が詰まりそうなほど苦しい。ジョルジュは、その揺らぎを楽しむように目を細めた。
「いいねぇ……その迷い。
愛する男を傷つけられないだろう?」
ディランの声で、冷たく嘲るように笑う。次の瞬間――シュッ!銀の刃が鋭く振り下ろされ、私は咄嗟に身をひねった。だが完全には避けきれず、太ももに熱い痛みが走る。布が裂け、血が滲む。
「くっ……!」
痛みが走るたび、迷いが胸を締めつける。重い衝撃が腕に響き、足が後ろへ滑る。ジョルジュは若い身体の反応速度を完全に使いこなし、まるで遊ぶように攻撃を重ねてくる。
「ほら、もっと見せてみろ。
その“迷い”が、私には最高の隙だ」
重い衝撃が腕に響き、足が後ろへ滑る。呼吸が荒くなり、視界が揺れる。――まずい。迷いがまだ消えない。その一瞬の揺らぎが、また傷を生む。シュッ!
「っ……!」
銀の刃が腕をかすめ、血が滲む。わずかに震える指先。
「ほら、また迷った」
――負けない。
――負けるわけにはいかない。
――ディランを取り戻すまでは、絶対に倒れない。
そう思うのに、身体が追いつかない。剣が重く感じる。胸が苦しくて、息が浅い。ジョルジュの剣が振り下ろされる。
「終わりだよ、ティアナ」
その瞬間――
氷の冷気と、紅い閃光が私の前に飛び込んだ。
「「お嬢様!!」」
セナとテオだ。2人は迷いなく私の間合いに滑り込み、同時にジョルジュへ蹴りを叩き込んだ。ドッ!
「ぐっ……!」
ディランの身体が吹っ飛び、床を転がる。よろめきながら立ち上がる姿を見て、胸がざわつく。――見た目がディランだから……複雑。血をぺっと吐き捨てながら、ジョルジュが笑う。
「おいおい……
王子に容赦なく蹴りを入れる騎士がどこにいる」
セナが冷たく言い放つ。
「ここにいる」
テオも肩をすくめる。
「うん、いるね」
2人の声は揺るがない。その姿に、胸が熱くなる。
「セナ、テオ……!」
セナが振り返り、優しく微笑む。
「お待たせしました、お嬢様。大丈夫ですか?」
テオは剣を構えながら言う。
「あとは任せて……お嬢様」
2人が前に立つ。その背中は頼もしく、強く、揺るぎない。私は息を荒げながら、セナとテオに叫んだ。
「中身がジョルジュ陛下なの!
でも……ディランは、まだ飲まれきってないと思う!」
声は震えていた。けれど、その奥には確かな確信があった。
私の視線は、ジョルジュが握る剣へ向く。アレキサンドライトの宝石が、迷うように揺れている。
「証拠に……あの剣。
ディランの剣なの。
あの宝石、迷ってる……主人が誰なのか。
まだディランは中にいる!」
セナとテオが一瞬だけ目を見交わす。そして――
「だったら、俺たちが」
「時間を稼ぐ」
2人の声が重なった。ジョルジュが鼻で笑う。
「ほう……王子に剣を向ける覚悟があるのか?」
テオが肩を回しながら、軽く笑った。
「正直さ、こうやってあいつに剣を向けられるなんて……
貴重だねー」
セナが呆れたように眉をひそめる。
「なんか少し楽しんでないか、テオ」
「だってさ、お嬢様をとったのは事実だし。
腹いせ? ってやつ」
テオの目が鋭く光る。
「そうだな。それに……お嬢様にこんな不安な顔させてる。
許せないな」
セナも静かに頷く。
「うん。許せない」
その瞬間、2人の気配が変わった。迷いが一切ない、騎士としての覚悟。
「よし――」
セナが剣を構え、氷の気配が広がる。テオは紅い魔力を纏い、足元の空気が揺らめく。2人は迷わず、前へ踏み込んだ。その背中は頼もしく、強く、揺るぎない。
――守られてばかりじゃ、だめ。胸の奥で、再び熱が灯る。
ディランを取り戻す。そのために、私も戦う。セナが静かに剣を掲げた。その動きは、冷たく澄んだ水面をなぞるように滑らかだ。
「我が剣に従え――アクアマリン」
淡い青白い光が刀身を包み、空気が一瞬で凍りつく。氷の魔力が剣先から溢れ、斬撃の軌跡に白い霧が舞った。その凍気は、確実にジョルジュの動きを奪っていく。続いて、テオが地を蹴り、前へと躍り出た。
「紅く、鋭く――我が想いに応えよ、スピネル」
深紅の魔力が刀身を染め上げ、黒に近い紅が空気を揺らす。
その刃は、怒りと決意そのものだった。テオの一撃は迷いを断ち切るように鋭く、セナの氷の軌跡をなぞるように走る。
――普段は喧嘩ばかりの2人なのに。今は驚くほど息が合っている。セナが凍気で動きを鈍らせ、テオがその隙を逃さず叩き込む。テオの紅が道を切り開き、セナの氷がその道を固める。まるで長年の相棒のように、互いの動きを読み合い、補い合っていた。ガンッ!ドッ!
「ぐっ……!」
ジョルジュの身体が吹っ飛び、壁に叩きつけられて床に膝をつく。ディランの顔が歪むのを見るたび、胸が少し痛む。
けれど――2人は迷わない。セナが冷たく言い放つ。
「動きが鈍ったな」
テオが笑う。
「そりゃそうだよ。俺たち、容赦しないからね」
2人は再び構えた。氷と紅――相反する魔力が、今はひとつの目的のために重なり合う。
「行くよ、セナ」
「呼び捨てするな」
「今ぐらいいいでしょ?」
「……仕方ないな。合わせろよ、テオ」
「はいはい」
迷いなく、前へ踏み込んだ。




