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夜明けが世界を染めるころ、 悪意の見える伯爵令嬢は王子の執着から逃れられない  作者: 舞響
第五部

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奪われた王子 2


「それで……ガイルのことも利用してたの?」


声が震え、怒りと恐怖が喉の奥で絡みつく。ディランの姿をした“それ”は、まるで退屈な雑談でもされたかのように、気だるげに肩をすくめた。


「ああ。実験材料にはなったな」


あまりにも軽い口調だった。胸の奥がきゅっと痛む。


「ガイルは……貴方の息子でしょ。

それを……駒みたいに扱って……」


「“あれ”は出来損ないだ」


その瞬間、空気がひやりと凍りついた。ジョルジュ陛下の声には、親としての情など一片もない。ただ、失敗作を切り捨てる研究者の冷たさだけがあった。そして、ゆっくりと続ける。


「そうそう。私のもう一人の息子は、なかなかの逸材だったよ。

だが……瞳の色がダメだった」


心臓が跳ねる。――ディランの父親。その答えが、喉の奥で重く沈んだ。


「……気づかれたんだよ。

自分の息子が“利用される”ことをね」


ディランの身体が、愉悦を含んだように微かに笑う。その笑みは、皮膚の下で別の何かが動いているような、不自然な歪みを帯びていた。


「だから、事故に見せかけて殺したんだ」


視界が揺れた。膝が崩れそうになるのを、必死にこらえる。


「……最低。」


声が震え、涙が滲む。目の前の存在は、ただの暴君ではない。自分の子どもを“素材”として扱い、そして今――孫であるディランの身体まで奪っている。こいつは……自分の子どもにまで手をかけた。それだけじゃない。今まさに、孫のディランまで――。


「よくもそんなことを…!」


言葉が途切れた。胸の奥が張り裂けそうだった。ディランの身体を使った“怪物”は、その反応を味わうように、ゆっくりと私へ歩み寄る。


「私の血筋は、すべて“王”を完成させるための素材だ。

息子も、孫も――そして君も」


その声は甘く、底なしの闇を孕んでいた。耳の奥にまとわりつき、逃げ場を奪う。


「ディランは……貴方の器のために生きてきたんじゃない!」


声は震えているのに、芯だけは折れなかった。怒りで胸が熱くなり、涙がにじむほど震えているのに、足は一歩も引かない。むしろ、地面を踏みしめる力が強くなる。


「誰よりも努力して、傷ついて……

それでも前を向いて、生きてきたの!」


言葉は止まらない。心の奥に積もっていた想いが、あふれ出す。それは怒りでも悲しみでもない――ディランを守りたいという、揺るぎない願い。拳を握りしめる。爪が掌に食い込んでも、痛みは感じない。


「ディランは……貴方なんかに渡さない!」


叫びは震えながらも鋭く、闇を切り裂く光のように響いた。ディランの身体を使う“怪物”が、わずかに目を細める。

その反応が、逆に決意を固める。私は一歩、前へ踏み出した。ディランの顔で、そんな冷たい表情を向けられている。その瞳に宿る悪意は、彼のものじゃない。それが何より許せなかった。胸の奥が熱く燃え上がり、腰の剣を抜く。


「おいおい……愛する男に剣を向けられるのか」


ディランの姿をした“怪物”が、喉の奥でくつくつと笑う。だがもう、その声に怯える心はなかった。剣先をまっすぐ向ける。胸の奥で燃えているのは、恐怖ではない。ディランを奪われたくないという、強くて真っ直ぐな想い。その想いが、身体の隅々まで熱を灯す。


「――蒼き風よ、導け。ラピスラズリ」


詠唱とともに、短剣が蒼い光を帯びる。刃が風をまとい、蒼い軌跡を描いた。私は地を蹴った。踏み込みは鋭く、迷いの欠片もない。その一歩は、恐怖を断ち切る覚悟そのものだった。同時に、ディラン――いや、ジョルジュが剣を構える。若い肉体の反応速度は本物のディランと変わらない。その事実が胸を刺すように痛む。

カンッ、カンッ!蒼い刃と銀の剣がぶつかり合い、火花が散る。衝撃が腕に響くが、歯を食いしばり、押し返した。


「軽い、軽い……!

すごいな、若い身体は」


ジョルジュの声は愉悦に満ちていた。ディランの身体を使って戦うことすら、楽しんでいる。その笑みが、怒りにさらに油を注ぐ。

――絶対に、取り戻す。

剣先がディランの頬をかすめ、薄く血が滲む。赤い線が肌を伝い落ちる。その瞬間、胸が強く締めつけられた。――中身は違う。――でも、この身体はディラン。分かっているのに、腕が震える。ほんの一瞬、刃が止まった。その迷いを、ジョルジュは逃さない。


「どうした?

愛しい男の顔を傷つけるのは、そんなに辛いか」


ディランの声で、冷たく嘲るように笑う。その笑みが胸をえぐる。ディラン…優しい顔で、優しい声で、名前を呼んでくれた。あの温もりが、今はどこにもない。

――戻ってきてよ。

――なんで飲まれてるのよ。

心の叫びが胸の奥で渦巻く。だが、返ってくるのは容赦ない剣撃だった。ガンッ!ガンッ!重い衝撃が腕に響く。ジョルジュの剣は、迷いのない、殺意だけを帯びた一撃。


「ほら、どうした。

そんな迷いで私に勝てると思うのか」


私は歯を食いしばる。涙がにじむほど悔しくて、苦しくて――それでも剣を握り直した。迷っている場合じゃない。このままじゃ、ディランが完全に奪われる。

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