闇へ走る 3
ユウリside
「……お嬢様」
胸の奥がざわりと震えた。蒼い気配——お嬢様の共鳴が、いつもよりずっと強く、荒く脈打っている。必死に走っている。迷いもためらいもない。その“焦り”が、痛いほど伝わってきた。
「場所は……遠くない」
息を整えながら周囲の気配を探る。その瞬間、もうひとつの存在が鋭く胸を刺した。
「殿下の気配も……こちらだ」
レイも同じ方向を見据え、表情を引き締める。普段は冷静な彼の瞳に、焦りが滲んでいた。
「殿下……」
「急ぎましょう!」
言葉を終えるより早く、私たちは地を蹴った。風を裂く音が耳を打つ。お嬢様の蒼い粒子が、かすかに通路に残り、道を示すように揺れている。
「こっちです!」
「ええ!」
私の声にレイが即座に頷く。仲間たちの気配が次々と同じ方向へ向かっているのが分かる。皆、お嬢様の共鳴に気付いたのだ。蒼い光が、まるで必死に“助けを求めている”かのように震えている。その先に——殿下と、お嬢様がいる。胸が強く締め付けられる。嫌な予感が、背中を押すようにどんどん膨らんでいく。迷いは一切ない。ただ前へ。ただ、間に合うために。私たちは息を切らしながら、全力で走り続けた。
すると——魔宝獣の群れが、進路を塞ぐように地の底から湧き出した。低い唸り声が重なり、空気が一気に張り詰める。肌が粟立つほどの殺気が、通路を満たした。レイは一歩前に出て、静かに息を整える。その瞳は、獲物を逃さぬ刃のように鋭い。
「静寂を保て。惑いを断て——アメジスト」
紫水晶の紋様が刃に浮かび上がり、振り下ろされた瞬間、音のない波紋が地を這うように広がった。触れた魔宝獣の動きが一瞬止まり——次の瞬間、内部から紫の衝撃が炸裂し、肉体を内側から吹き飛ばす。
「ユウリさん、そっちにも行きました!」
「任せてください」
魔宝獣がこちらへ殺到する。私は剣を逆手に構え、床へとそっと刃先を触れさせた。魔力が一点に集まり、空気が震える。
「理を整えよ——フローライト」
——カン。澄んだ音が響き、灰色の透明な波紋が地面を走る。暴れ狂う魔力の流れが一気に整えられ、魔宝獣たちの脚がもつれ、崩れ落ちていく。
「さすがですね」
レイの声が飛ぶ。
「いえ……まだ来ます!」
「はい!」
魔宝獣が飛びかかると同時に、レイが踏み込み、アメジストの刃が閃いた。私は整えた魔力の道を滑るように動き、2人の攻撃は魔宝獣の群れを次々と切り裂いていく。蒼い粒子が前方へ流れていく。お嬢様の共鳴だ。その光は、焦りと必死さを帯びて震えている。
「お嬢様……」
「行きましょう!」
2人は魔宝獣を蹴散らしながら、蒼い光の残滓を追って駆け出した。その光は——まるでお嬢様が震える手で残した、必死の道しるべのように揺れていた。
◇
ルイ side
この気配……間違いない。
「お嬢さんだ!」
レオも同時に顔を上げた。
「感じた! でもこれ……上の方だ!」
右奥の岩壁に、ぽっかりと窪んだ穴がある。その奥には、上層へ続く細い通路が伸びていた。
「じゃあ、あそこから行くわよ!」
「おう!!」
だが通路の前には、魔宝獣の群れが壁のように立ちはだかっている。私は舌打ちし、指先に薔薇色の紋様を描いた。
「美しく酔いしれなさい――ローズクォーツ!」
淡い桃色の光が広がり、魔獣たちの意識がふらつく。足元が揺れ、動きが鈍った。
「レオちゃん、行くわよ!」
「任せろ!」
レオは大剣を構え、吠えるように叫ぶ。
「燃えあがれ――ペリドット!」
大剣が赤熱し、爆ぜる火花が緑炎へと変わる。振り下ろされた一撃は炎の奔流となり、魔宝獣をまとめて吹き飛ばした。通路前が一瞬だけ開く。
「飛ぶわよ!」
「は!? お、おいルイ!?」
返事を待たず、私はレオの襟首をがっしり掴む。
「ほらっ、行けぇぇぇ!!」
――ぶんっ。豪快で力任せ。レオの身体が弧を描き、上の通路へと放り込まれる。
「うおおおおおおおっ!? 着地ッ……成功ッ!!」
レオが転がりながらも通路に着地したのを確認し、私は軽く助走をつけて壁を蹴った。
「ふんっ!」
跳躍と同時にローズクォーツの光が足元を押し上げ、ひらりと通路へ飛び乗る。
「よし、行くわよレオちゃん!」
「お、おう……! すごい力技だな……!」
息を合わせ、私たちはティアナちゃんの気配が強まる上層へと駆け出した。




