闇へ走る 2
ティアナside
薄暗い部屋を抜け、さらに奥へ進もうとしたその瞬間——
胸の奥が、ひゅっと冷たくなった。思わず足が止まる。
「お嬢様、どうされました」
セナが心配そうに覗き込む。その声が遠くに聞こえるほど、私は“何か”に意識を奪われていた。
「……ディランの魔力が、変なの」
自分でも驚くほど、声が震えていた。いつもなら温かくて、まっすぐで、触れれば安心できるはずの魔力が——今は、どこか濁っている。深い闇に引きずられていくような、嫌な気配。
「なにか……嫌な感じがするの」
テオも眉間に皺を寄せ、周囲を警戒する。
「危ないってこと?」
私は答えず、目を閉じて魔力を研ぎ澄ませた。意識を細く、細く伸ばし、遠くにあるはずのディランの気配を探る。
——ディラン。どこにいるの。胸の奥がざわつく。彼の魔力が、まるで誰かに乱暴に触れられているように揺れていた。
「……こっちだわ」
目を開いた瞬間、迷いは消えていた。身体が勝手に走り出す。
「お嬢様、走るのは危険です!」
セナの声が背後から追いかけてくる。テオも慌ててついてくる気配がした。
「急がなきゃ……間に合わなくなる!」
自分でも信じられないほどの速さで通路を駆け抜ける。魔力の流れが示す方向へ、ただひたすらに。胸が痛いほど脈打つ。嫌な予感が、背中を押すように強くなる。
——ディラン、待ってて。絶対に、助けるから。その想いだけが、足をさらに速くさせた。だが——角を曲がった瞬間、空気がざらりと震えた。
「っ……来る!」
警告と同時に、通路の影が裂けるように揺れ、複数の魔宝獣が飛びかかってきた。黒い毛並みを逆立て、赤い瞳が獲物を捉えている。
「お嬢様、下がって!」
セナが反射的に前へ飛び出す。その動きは鋭く、迷いが一切ない。
「我が剣に従え——アクアマリン!」
淡い水色の光が剣を包み、氷の刃が閃いた。魔宝獣の動きが一瞬で凍りつき、砕け散る音が通路に響く。だが、息をつく暇などなかった。反対側の通路から、さらに別の魔宝獣が飛び出す。
「紅く鋭く——我が想いに応えよ、スピネル!」
テオの剣が紅く燃え上がり、弧を描く斬撃が空気を裂く。紅い光が魔獣の身体を切り裂き、火花のように散った。
「ありがとう、2人とも!」
言い終える前に、地鳴りのような唸り声が奥から響いた。先ほどのものより明らかに巨大な魔宝獣が、壁を揺らす勢いで突進してくる。胸が強く脈打つ。時間がない。私は深く息を吸い、魔力を一気に解き放った。
「蒼き風よ——導け、ラピスラズリ!」
足元から蒼い風が爆ぜるように巻き上がり、私の周囲を駆け抜ける。風は鋭い刃へと変わり、迫る魔宝獣へ一直線に突き進んだ。
「どきなさい!」
蒼い斬撃が魔宝獣を切り裂き、蒼い光の粒が通路に散る。風の余韻がまだ残る中、私は前を睨みつけた。
「……ディランの気配が、もっと弱くなってる。急ぐよ!」
「はい」
「わかった!」
セナとテオが、緊張に満ちた表情で力強く返事をした。ディラン……お願い、無事でいて。
前へ進む。もうすぐだ。確かに感じる——ディランの気配が、弱々しく揺れている。なのに。また魔宝獣が現れた。通路を埋め尽くすほどの数。まるで“行かせまい”とでも言うように、牙を剥いて迫ってくる。
「お嬢様、先に行ってください!」
「俺たちもすぐ追いつく!」
セナとテオの声が、焦りを帯びて響く。
「ありがとう!」
私は息を吸い込み、震える指先に魔力を集中させた。
「蒼き想いよ、応えて——ラピスラズリ!」
共鳴が発動する。光の粒子が指先から溢れ、セナとテオへと流れ込んでいく。蒼い輝きが2人の身体を包み、その動きに鋭さと速度を与えた。息が荒い。胸が痛いほど脈打つ。焦りが燃えるように身体を突き動かす。
——ディランが待ってる。その想いだけが、足を前へと押し出す。だが、進む先にまた魔宝獣が飛び出した。牙を剥き、通路を塞ぐように群れを成して迫ってくる。
「どいて……!」
迷いはない。踏み込み、剣を振り抜く。蒼い風が爆ぜ、斬撃のように魔宝獣を薙ぎ払った。それでも足は止まらない。止めてはいけない。必死で、ただ前へ。共鳴する魔力が、走るたびに強く脈打ち、胸の奥で警鐘のように響いていた。
——急がなきゃ。本当に、もう時間がない。




