迷宮の罠 3
ルイside
はぐれちゃったわ……。薄暗い迷宮の中、湿った石の匂いが鼻をつく。背後でドタドタと足音がして――
「ごめーーん!ルイ!!俺のせいで!!」
レオが勢いよく頭を下げる。コーラルオレンジの髪がぶんっと揺れた。
「いいのよ、気にしないで」
そう言ってみたものの、内心はちょっと不安。
「でもさ、こっちから出口に行けなかったらどうしよう……」
「平気よ」
私は前を見据えたまま答える。
「この迷宮、昔聞いたことがあるの。
試練を越えるたびに道が変わるって……それに似てるわ」
公爵家にいた頃、同僚の騎士が酒の席で話していた。――あの人、今も元気かしら。そんなことを思った瞬間。
ゴロゴロゴロ……。地鳴りのような音。振り向くと、視界いっぱいに巨大な影。
「ちょっ……やだ!!大きな岩!!走るわよ!!」
「お、おお!!」
私たちは同時に駆け出した。背後で岩が壁を削りながら迫ってくる。
「ていうか、こんな典型的なトラップある!?」
「俺はこういうの分かりやすくて好きだけどな!!」
前方にぽっかり開いた穴。
「そこ、飛び越えるわよ!!」
「おおっ!!」
踏み切り、空中でふわっと浮く。着地と同時に、岩が穴へ落ちていった。――助かった。そう思ったのも束の間。グググッ……。嫌な音。左右の壁が迫ってくる。
「うっそでしょ!?挟まれるやつ!?」
「ちょ、ちょっと待って!!」
「待てない!!走るわよ!!」
「おおおーー!!」
全力疾走。ギリギリで壁の隙間をすり抜け、前へ転がり出た。
「……前言撤回だわ」
肩で息をしながら叫ぶ。
「こっち、不正解よ!不正解!!」
「ええーー!?そんなこと言わないでくれよーー!
俺、こんなとこ住むの絶対嫌だーー!!」
「私だって嫌よ!!」
ギャーギャー言い合っていると――すっと、空気が変わった。肌を撫でるような、鋭く冷たい気配。
「……騒がしいなぁ」
その声。心臓が、嫌な音を立てる。
「……あなたは」
影の中から現れた男は、口元を歪めて笑った。
「あれ、懐かしいな。ルイじゃねぇか。
公爵家の騎士団をやめたと思ったら、今度はデザイナー?
いやぁ、人生って分かんねぇよなぁ」
くつくつ、と喉を鳴らす。
「タキ……」
私は視線を、彼の胸元へ落とした。
「……あんた、それ何よ。その下品なアクセサリー」
胸に嵌め込まれた禍々しい魔宝石。赤黒く脈打ち、見ているだけで頭がくらつく。――間違いない。禁忌の魔宝石、魔女の雫。嫌な予感が、確信へ変わる。
「……ルイ、だれ?」
背後からレオがひょこっと顔を出す。完全に状況が分かっていない声。
「昔の同僚よ」
視線はタキから外さない。
「……でも、見た目はだいぶ変わったわね」
かつての面影はほとんどない。あるのは、歪んだ高揚と、力に溺れた目。
「俺はなぁ――強くなったんだよ」
タキは誇示するように胸を張り、宝石に触れた。どくん、と脈打つたび、空気が濁る。
「この宝石で! 無敵にな!」
「……そんな偽物」
私は一歩、前に出る。
「美しくなんか、ないわ」
その一言で、タキの表情が一瞬で歪んだ。
「それは――勝ってから言えよ!」
鞘鳴りとともに、タキが剣を抜く。刃は黒く霞み、禍々しい魔力を纏っていた。私も腰の剣に手をかける。
「レオ、下がって」
「お、おう……!」
深く息を吸い、剣を引き抜く。
「美しく 酔いしれなさい――ローズクォーツ」
魔力を流し込むと、薔薇色の光が剣を包み、花弁のように舞い散る。一振りごとに、香り立つような魔力が空気を染めていく。
「……相変わらず、気取った剣だな」
タキが吐き捨てる。
「美しさを理解できないなら」
私は剣先を向け、静かに告げた。
「――教えてあげるわ」
薔薇色の光と、赤黒い魔力。相反する2つの輝きが、迷宮の中でぶつかり合おうとしていた。タキが地を蹴った。一瞬で距離を詰め、禍々しい剣が横薙ぎに振るわれる。重く、荒々しい一撃。力任せなのに、魔力だけは異様に濃い。
「――っ!」
私は半歩引き、剣を流す。ローズクォーツの光が弧を描き、衝突の瞬間、薔薇色と赤黒い魔力が火花を散らした。
「相変わらず、細けぇ剣だなぁ!」
「……無駄がないのよ!」
踏み込み、連撃。花弁のような斬撃が舞い、迷宮の空間に淡い残像を刻む。だが――
「効かねぇ!!」
タキの胸の魔宝石が、どくん、と大きく脈打った。赤黒い光が爆発的に噴き出し、床の石が砕け散る。魔力の暴風が渦を巻き、私は思わず後退した。
「くっ……!」
「ははっ! 見ろよルイ!
この力! これが――」
魔宝石が、悲鳴のような高音を発する。
「……あ?」
光が不規則に明滅し始めた。血管のような亀裂が宝石に走り、タキの体に黒い紋様が広がっていく。
「……タキ、やめなさい!」
「うるせぇ!!
俺は、まだ……もっと……!!」
制御を失った魔力が、タキ自身を蝕んでいく。動きは荒いが速く、膨大な魔力の攻撃。
「……っ、間に合わない!」
そのとき。
「ルイ!! どけ!!」
後方から、迷いのない声が響いた。
「燃えあがれ! ペリドット!!」
――轟。レオの大剣が、瞬時に赤熱した。爆ぜる火花が弾け、炎が刀身を包み込む。熱波が迷宮を駆け抜け、壁の湿気すら一瞬で蒸発する。
「レオ……ちゃん……!」
「援護する! 一気に決めようぜ!!」
タキが振り向いた瞬間――
「邪魔すんなぁぁぁ!!」
暴走した魔力が、黒い塊となって飛んでくる。
「――今よ!」
私は前へ踏み込んだ。
「美しさは、力じゃない」
薔薇色の光を、限界まで解き放つ。
「誇りよ!!」
舞い散る光が一点に収束し、鋭い一閃となる。
「うおおおおっ!!」
同時に、レオが踏み込む。炎を纏った大剣が、唸りを上げて振り下ろされた。薔薇色と炎。2つの力が重なり――砕けた。魔宝石が、悲鳴を上げながら粉々に弾け飛ぶ。
「……あ……」
力を失ったタキの体が、崩れ落ちる。禍々しい紋様は消え、残ったのは――疲れ切った、元の彼だった。私は剣を下ろし、静かに息を吐く。
「……終わりよ、タキ」
レオが大剣を肩に担ぎ、ぽつりと呟く。
「……強かったな。でも」
炎が消え、赤熱していた刀身が元に戻る。
「間違った強さだった」
迷宮に、静寂が戻った。薔薇色の光が、ゆっくりと消えていく。私は剣を収め、目を閉じた。――これで、よかったのよね。
「あれ、なんか道、変わった!」
レオが目を丸くして先を指さす。さっきまで崩れて塞がれていたはずの壁が、まるで最初から存在しなかったかのように開け、柔らかな光の通路が現れていた。
「……なるほどね」
私は一歩踏み出し、空気を確かめる。さっきまでまとわりついていた重苦しい魔力は消え、迷宮そのものが静かに息をついているようだった。
「試練、突破ってことみたい」
剣を完全に収め、レオの方へ振り返る。
「進みましょう」
「おう!」
レオが元気よく応じ、私たちは並んで歩き出す。その背後で、かすかに石が動く音がした。振り返るまでもなく、来た道は静かに閉ざされていく。まるで迷宮が、“もう戻る必要はない”と告げているようだった。




