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夜明けが世界を染めるころ、 悪意の見える伯爵令嬢は王子の執着から逃れられない  作者: 舞響
第五部

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迷宮の罠 3

ルイside

はぐれちゃったわ……。薄暗い迷宮の中、湿った石の匂いが鼻をつく。背後でドタドタと足音がして――


「ごめーーん!ルイ!!俺のせいで!!」

レオが勢いよく頭を下げる。コーラルオレンジの髪がぶんっと揺れた。


「いいのよ、気にしないで」

そう言ってみたものの、内心はちょっと不安。


「でもさ、こっちから出口に行けなかったらどうしよう……」


「平気よ」

私は前を見据えたまま答える。


「この迷宮、昔聞いたことがあるの。

試練を越えるたびに道が変わるって……それに似てるわ」

公爵家にいた頃、同僚の騎士が酒の席で話していた。――あの人、今も元気かしら。そんなことを思った瞬間。

ゴロゴロゴロ……。地鳴りのような音。振り向くと、視界いっぱいに巨大な影。


「ちょっ……やだ!!大きな岩!!走るわよ!!」


「お、おお!!」

私たちは同時に駆け出した。背後で岩が壁を削りながら迫ってくる。


「ていうか、こんな典型的なトラップある!?」


「俺はこういうの分かりやすくて好きだけどな!!」

前方にぽっかり開いた穴。


「そこ、飛び越えるわよ!!」


「おおっ!!」

踏み切り、空中でふわっと浮く。着地と同時に、岩が穴へ落ちていった。――助かった。そう思ったのも束の間。グググッ……。嫌な音。左右の壁が迫ってくる。


「うっそでしょ!?挟まれるやつ!?」


「ちょ、ちょっと待って!!」


「待てない!!走るわよ!!」


「おおおーー!!」

全力疾走。ギリギリで壁の隙間をすり抜け、前へ転がり出た。


「……前言撤回だわ」

肩で息をしながら叫ぶ。


「こっち、不正解よ!不正解!!」


「ええーー!?そんなこと言わないでくれよーー!

俺、こんなとこ住むの絶対嫌だーー!!」


「私だって嫌よ!!」

ギャーギャー言い合っていると――すっと、空気が変わった。肌を撫でるような、鋭く冷たい気配。


「……騒がしいなぁ」

その声。心臓が、嫌な音を立てる。


「……あなたは」

影の中から現れた男は、口元を歪めて笑った。


「あれ、懐かしいな。ルイじゃねぇか。

公爵家の騎士団をやめたと思ったら、今度はデザイナー?

いやぁ、人生って分かんねぇよなぁ」

くつくつ、と喉を鳴らす。


「タキ……」

私は視線を、彼の胸元へ落とした。


「……あんた、それ何よ。その下品なアクセサリー」

胸に嵌め込まれた禍々しい魔宝石。赤黒く脈打ち、見ているだけで頭がくらつく。――間違いない。禁忌の魔宝石、魔女の雫。嫌な予感が、確信へ変わる。


「……ルイ、だれ?」

背後からレオがひょこっと顔を出す。完全に状況が分かっていない声。


「昔の同僚よ」

視線はタキから外さない。


「……でも、見た目はだいぶ変わったわね」

かつての面影はほとんどない。あるのは、歪んだ高揚と、力に溺れた目。


「俺はなぁ――強くなったんだよ」

タキは誇示するように胸を張り、宝石に触れた。どくん、と脈打つたび、空気が濁る。


「この宝石で! 無敵にな!」


「……そんな偽物」

私は一歩、前に出る。


「美しくなんか、ないわ」

その一言で、タキの表情が一瞬で歪んだ。


「それは――勝ってから言えよ!」

鞘鳴りとともに、タキが剣を抜く。刃は黒く霞み、禍々しい魔力を纏っていた。私も腰の剣に手をかける。


「レオ、下がって」


「お、おう……!」

深く息を吸い、剣を引き抜く。


「美しく 酔いしれなさい――ローズクォーツ」

魔力を流し込むと、薔薇色の光が剣を包み、花弁のように舞い散る。一振りごとに、香り立つような魔力が空気を染めていく。


「……相変わらず、気取った剣だな」

タキが吐き捨てる。


「美しさを理解できないなら」

私は剣先を向け、静かに告げた。


「――教えてあげるわ」

薔薇色の光と、赤黒い魔力。相反する2つの輝きが、迷宮の中でぶつかり合おうとしていた。タキが地を蹴った。一瞬で距離を詰め、禍々しい剣が横薙ぎに振るわれる。重く、荒々しい一撃。力任せなのに、魔力だけは異様に濃い。


「――っ!」

私は半歩引き、剣を流す。ローズクォーツの光が弧を描き、衝突の瞬間、薔薇色と赤黒い魔力が火花を散らした。


「相変わらず、細けぇ剣だなぁ!」


「……無駄がないのよ!」

踏み込み、連撃。花弁のような斬撃が舞い、迷宮の空間に淡い残像を刻む。だが――


「効かねぇ!!」

タキの胸の魔宝石が、どくん、と大きく脈打った。赤黒い光が爆発的に噴き出し、床の石が砕け散る。魔力の暴風が渦を巻き、私は思わず後退した。


「くっ……!」


「ははっ! 見ろよルイ!

この力! これが――」


魔宝石が、悲鳴のような高音を発する。


「……あ?」

光が不規則に明滅し始めた。血管のような亀裂が宝石に走り、タキの体に黒い紋様が広がっていく。


「……タキ、やめなさい!」


「うるせぇ!!

俺は、まだ……もっと……!!」

制御を失った魔力が、タキ自身を蝕んでいく。動きは荒いが速く、膨大な魔力の攻撃。


「……っ、間に合わない!」


そのとき。


「ルイ!! どけ!!」

後方から、迷いのない声が響いた。


「燃えあがれ! ペリドット!!」

――轟。レオの大剣が、瞬時に赤熱した。爆ぜる火花が弾け、炎が刀身を包み込む。熱波が迷宮を駆け抜け、壁の湿気すら一瞬で蒸発する。


「レオ……ちゃん……!」


「援護する! 一気に決めようぜ!!」

タキが振り向いた瞬間――


「邪魔すんなぁぁぁ!!」

暴走した魔力が、黒い塊となって飛んでくる。


「――今よ!」

私は前へ踏み込んだ。


「美しさは、力じゃない」

薔薇色の光を、限界まで解き放つ。


「誇りよ!!」

舞い散る光が一点に収束し、鋭い一閃となる。


「うおおおおっ!!」

同時に、レオが踏み込む。炎を纏った大剣が、唸りを上げて振り下ろされた。薔薇色と炎。2つの力が重なり――砕けた。魔宝石が、悲鳴を上げながら粉々に弾け飛ぶ。


「……あ……」

力を失ったタキの体が、崩れ落ちる。禍々しい紋様は消え、残ったのは――疲れ切った、元の彼だった。私は剣を下ろし、静かに息を吐く。


「……終わりよ、タキ」

レオが大剣を肩に担ぎ、ぽつりと呟く。


「……強かったな。でも」

炎が消え、赤熱していた刀身が元に戻る。


「間違った強さだった」

迷宮に、静寂が戻った。薔薇色の光が、ゆっくりと消えていく。私は剣を収め、目を閉じた。――これで、よかったのよね。


「あれ、なんか道、変わった!」

レオが目を丸くして先を指さす。さっきまで崩れて塞がれていたはずの壁が、まるで最初から存在しなかったかのように開け、柔らかな光の通路が現れていた。


「……なるほどね」

私は一歩踏み出し、空気を確かめる。さっきまでまとわりついていた重苦しい魔力は消え、迷宮そのものが静かに息をついているようだった。


「試練、突破ってことみたい」

剣を完全に収め、レオの方へ振り返る。


「進みましょう」


「おう!」

レオが元気よく応じ、私たちは並んで歩き出す。その背後で、かすかに石が動く音がした。振り返るまでもなく、来た道は静かに閉ざされていく。まるで迷宮が、“もう戻る必要はない”と告げているようだった。

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