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夜明けが世界を染めるころ、 悪意の見える伯爵令嬢は王子の執着から逃れられない  作者: 舞響
第五部

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迷宮へ 2

ユウリside

――お嬢様!声にならない叫びが、胸の奥で弾けた。私たちは別の方向へ落とされた。けれど、セナとテオが即座に動いたのは見えた。……大丈夫。あの2人が一緒なら、きっと。問題は、こちらだ。落下しているのは、私と――レオ、そしてルイ。


「理を整えよ――フローライト」

低く、静かに紡いだ詠唱。灰色の透明な光が波紋のように広がり、私たちの身体を包み込む。衝撃はやわらぎ、どうにか地面へと着地した。


「ありがとう〜、ユウリちゃん」

ルイが、いつもの調子で笑う。


「び、びっくりしたー!」

レオも大きく息を吐いた。


「それより……」

私は周囲を見渡しながら口を開く。


「お嬢様とは、はぐれてしまいましたね」


「……そうね」

ルイも、わずかに表情を引き締める。


「困ったなあ」

レオが頭を掻いた、その時――迷宮の奥で、何かが軋んだ。静寂の中に、不穏な気配が滲み出す。ここは、じっとしていていい場所ではない。


「お嬢さんには、セナとテオがいる。

だから……大丈夫だよな!」

レオが、どこか自分に言い聞かせるように言った。


「そうね」

ルイも静かに頷く。


「とにかく、今はお嬢様と合流することを最優先にしましょう」


私がそう告げると、


「そうね」


「はい!」

2人もすぐに応じた。


「なんかさ」

レオがふっと笑い、肩の力を抜く。


「こっちは“大人チーム”って感じだな!」


「あら、いいわね」

ルイが楽しげに返す。


「じゃあ、あっちは……」

レオが首を傾げる。


「姫と、それを守るナイトチーム、かしら?」

ルイのその言葉に、3人の間へ小さな笑いが落ちた。――軽口は、恐怖を押し流すためのもの。“大人チーム”は、しっかりと前を向き、迷宮の奥へ歩き出した。


ティアナside

一応、ディランに連絡が取れないか、コンパクト型の通信型魔宝具で呼びかけてみた。けれど返ってきたのは、冷たい沈黙だけ。


「……ダメね」

手のひらの魔宝具はかすかに震えるだけで、反応はまったくない。横から覗き込んだセナが眉を寄せた。


「阻害されていますね。完全に遮断されてます」

その言葉に、胸の奥がざわつく。


「それにしたって、王国の下にこんな迷宮って……とんだ無駄遣いよね」

思わずため息まじりに言うと、テオが肩をすくめた。


「確かに……。管理費だけで破産しそうだよねーこれ」

彼は壁を軽く叩き、響く音に目を丸くする。どうやら相当な強度らしい。


「伯爵家にはないの? こういうの?」

と、テオがこちらを向く。


「うーん、多分ないと思うけど……」

少し考えてから、私は苦笑した。


「今度、屋敷の地下を探してみるかな」


「そのときは俺もおともする!」

テオが勢いよく手を上げる。あまりに楽しそうな顔に、思わず笑ってしまった。


「ありがとう。頼りにしてるわ」

胸を張るテオと、呆れたように微笑むセナ。不安な状況のはずなのに、3人のやり取りが少しだけ心を軽くしてくれる。


迷宮の通路は、王城の地下とは思えないほど静かだった。足音が石床に吸い込まれていくようで、歩くたびに胸の奥がざわつく。そして――薄暗い部屋に足を踏み入れた瞬間、思わず足が止まった。壁際から中央にかけて、猫のような獣の石像がずらりと並んでいる。


「……多くない?」

数えようとして、途中で諦めた。10体以上。下手すると20はある。


「とりあえず壊してみる?」

テオが軽く言い、剣を抜く。


「紅く鋭く、我が想いに応えよ――スピネル」

赤い光が刃を包み、一閃。石像の一体が両断され、砕けた石が床に崩れ落ちた。だが次の瞬間。砕けたはずの破片が、ぎしりと軋む音を立てて動き出す。石が引き寄せられるように集まり、元の形へと戻り始めた。


「ありゃ」

テオの間の抜けた声。しかも――増えている。嫌な予感が背中を這った。


「……これ、もしかして」


私は喉を鳴らす。


「正解を一つだけ選ばないとダメなやつ?」


「まあ、動かないだけマシだよね」

テオがそう言った、その瞬間。ゴリ……と、石が擦れる音が四方から響いた。


「……え?」

石像たちが、一斉にこちらを向く。重たい足音。逃げ道を塞ぐように、ゆっくりと距離を詰めてくる。


「動くじゃん、それ!」


「でも、無闇に斬るわけにはいかないですよね」


セナが静かに言った。


「魔宝石が使われているはず!

悪意のある個体を見つけないと」

私は、スッと息を吐き、集中する。どこだ…ほんのわずかな違和感。他より、わずかに濁った気配。――黒い靄。見えた!


「セナ、右から3番目!」


「任せてください」

セナが一歩、前に出る。その瞬間――猫の石像たちが一斉に動き出した。


「まずい、もう分かんないです!」


「俺も!」


セナとテオが叫ぶ。


「ほら、あの……目つき悪いやつ!」


私が慌てて指さす。


「全部同じです!」


「今度は左から4番目!」


「えー、どれ!?」


ダメだ。完全に混戦だ。


「あ、やば。切っちゃった」

テオがそう言った瞬間、石像の数がさらに増えた。――そのとき。


「お嬢様、下がってください」


「わかった」


「テオも」


「はいはーい」

私たちの返答を聞くと、セナは静かに剣を構え、低く詠唱を始めた。


「我が剣に従え――アクアマリン」

淡い蒼光が刃を包み、冷気が部屋を満たす。次の瞬間、剣から氷の矢のような斬撃が放たれた。――ズドン。ズドン。ズドン。正確無比。囲んでいた石像の頭部を、寸分違わず撃ち抜いていく。砕け散った石片が床を転がり、部屋に静寂が戻った。


「……全部同時に壊せば、関係ないですね」


「まあ、そうね」

思っていたのとは違うけど……結果オーライ?


「さすが、セナ!」

私がそう言うと、テオも笑った。


「へぇー、やるじゃん」

セナは剣を下ろし、静かに息を整える。


「ありがとうございます」

淡々とした声。氷の矢が消え、アクアマリンの宝石も元の姿に戻った。


「それにしても……」

床に散らばる石片を見渡す。


「こんな罠を仕込むなんて」


「相当、奥まで来られたくないんだろうな」

テオが肩をすくめる。


「――あのタヌキジジイ」

名前を出さずとも、全員が同じ相手を思い浮かべていた。


「行きましょう」

セナが前を見据える。


「うん」

私は頷き、迷宮の奥へ視線を向けた。まだ、こんなもんじゃ終わらない。


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