迷宮へ 2
ユウリside
――お嬢様!声にならない叫びが、胸の奥で弾けた。私たちは別の方向へ落とされた。けれど、セナとテオが即座に動いたのは見えた。……大丈夫。あの2人が一緒なら、きっと。問題は、こちらだ。落下しているのは、私と――レオ、そしてルイ。
「理を整えよ――フローライト」
低く、静かに紡いだ詠唱。灰色の透明な光が波紋のように広がり、私たちの身体を包み込む。衝撃はやわらぎ、どうにか地面へと着地した。
「ありがとう〜、ユウリちゃん」
ルイが、いつもの調子で笑う。
「び、びっくりしたー!」
レオも大きく息を吐いた。
「それより……」
私は周囲を見渡しながら口を開く。
「お嬢様とは、はぐれてしまいましたね」
「……そうね」
ルイも、わずかに表情を引き締める。
「困ったなあ」
レオが頭を掻いた、その時――迷宮の奥で、何かが軋んだ。静寂の中に、不穏な気配が滲み出す。ここは、じっとしていていい場所ではない。
「お嬢さんには、セナとテオがいる。
だから……大丈夫だよな!」
レオが、どこか自分に言い聞かせるように言った。
「そうね」
ルイも静かに頷く。
「とにかく、今はお嬢様と合流することを最優先にしましょう」
私がそう告げると、
「そうね」
「はい!」
2人もすぐに応じた。
「なんかさ」
レオがふっと笑い、肩の力を抜く。
「こっちは“大人チーム”って感じだな!」
「あら、いいわね」
ルイが楽しげに返す。
「じゃあ、あっちは……」
レオが首を傾げる。
「姫と、それを守るナイトチーム、かしら?」
ルイのその言葉に、3人の間へ小さな笑いが落ちた。――軽口は、恐怖を押し流すためのもの。“大人チーム”は、しっかりと前を向き、迷宮の奥へ歩き出した。
◇
ティアナside
一応、ディランに連絡が取れないか、コンパクト型の通信型魔宝具で呼びかけてみた。けれど返ってきたのは、冷たい沈黙だけ。
「……ダメね」
手のひらの魔宝具はかすかに震えるだけで、反応はまったくない。横から覗き込んだセナが眉を寄せた。
「阻害されていますね。完全に遮断されてます」
その言葉に、胸の奥がざわつく。
「それにしたって、王国の下にこんな迷宮って……とんだ無駄遣いよね」
思わずため息まじりに言うと、テオが肩をすくめた。
「確かに……。管理費だけで破産しそうだよねーこれ」
彼は壁を軽く叩き、響く音に目を丸くする。どうやら相当な強度らしい。
「伯爵家にはないの? こういうの?」
と、テオがこちらを向く。
「うーん、多分ないと思うけど……」
少し考えてから、私は苦笑した。
「今度、屋敷の地下を探してみるかな」
「そのときは俺もおともする!」
テオが勢いよく手を上げる。あまりに楽しそうな顔に、思わず笑ってしまった。
「ありがとう。頼りにしてるわ」
胸を張るテオと、呆れたように微笑むセナ。不安な状況のはずなのに、3人のやり取りが少しだけ心を軽くしてくれる。
迷宮の通路は、王城の地下とは思えないほど静かだった。足音が石床に吸い込まれていくようで、歩くたびに胸の奥がざわつく。そして――薄暗い部屋に足を踏み入れた瞬間、思わず足が止まった。壁際から中央にかけて、猫のような獣の石像がずらりと並んでいる。
「……多くない?」
数えようとして、途中で諦めた。10体以上。下手すると20はある。
「とりあえず壊してみる?」
テオが軽く言い、剣を抜く。
「紅く鋭く、我が想いに応えよ――スピネル」
赤い光が刃を包み、一閃。石像の一体が両断され、砕けた石が床に崩れ落ちた。だが次の瞬間。砕けたはずの破片が、ぎしりと軋む音を立てて動き出す。石が引き寄せられるように集まり、元の形へと戻り始めた。
「ありゃ」
テオの間の抜けた声。しかも――増えている。嫌な予感が背中を這った。
「……これ、もしかして」
私は喉を鳴らす。
「正解を一つだけ選ばないとダメなやつ?」
「まあ、動かないだけマシだよね」
テオがそう言った、その瞬間。ゴリ……と、石が擦れる音が四方から響いた。
「……え?」
石像たちが、一斉にこちらを向く。重たい足音。逃げ道を塞ぐように、ゆっくりと距離を詰めてくる。
「動くじゃん、それ!」
「でも、無闇に斬るわけにはいかないですよね」
セナが静かに言った。
「魔宝石が使われているはず!
悪意のある個体を見つけないと」
私は、スッと息を吐き、集中する。どこだ…ほんのわずかな違和感。他より、わずかに濁った気配。――黒い靄。見えた!
「セナ、右から3番目!」
「任せてください」
セナが一歩、前に出る。その瞬間――猫の石像たちが一斉に動き出した。
「まずい、もう分かんないです!」
「俺も!」
セナとテオが叫ぶ。
「ほら、あの……目つき悪いやつ!」
私が慌てて指さす。
「全部同じです!」
「今度は左から4番目!」
「えー、どれ!?」
ダメだ。完全に混戦だ。
「あ、やば。切っちゃった」
テオがそう言った瞬間、石像の数がさらに増えた。――そのとき。
「お嬢様、下がってください」
「わかった」
「テオも」
「はいはーい」
私たちの返答を聞くと、セナは静かに剣を構え、低く詠唱を始めた。
「我が剣に従え――アクアマリン」
淡い蒼光が刃を包み、冷気が部屋を満たす。次の瞬間、剣から氷の矢のような斬撃が放たれた。――ズドン。ズドン。ズドン。正確無比。囲んでいた石像の頭部を、寸分違わず撃ち抜いていく。砕け散った石片が床を転がり、部屋に静寂が戻った。
「……全部同時に壊せば、関係ないですね」
「まあ、そうね」
思っていたのとは違うけど……結果オーライ?
「さすが、セナ!」
私がそう言うと、テオも笑った。
「へぇー、やるじゃん」
セナは剣を下ろし、静かに息を整える。
「ありがとうございます」
淡々とした声。氷の矢が消え、アクアマリンの宝石も元の姿に戻った。
「それにしても……」
床に散らばる石片を見渡す。
「こんな罠を仕込むなんて」
「相当、奥まで来られたくないんだろうな」
テオが肩をすくめる。
「――あのタヌキジジイ」
名前を出さずとも、全員が同じ相手を思い浮かべていた。
「行きましょう」
セナが前を見据える。
「うん」
私は頷き、迷宮の奥へ視線を向けた。まだ、こんなもんじゃ終わらない。




