迷宮へ 1
ティアナside
……落とされた。ジョルジュ陛下の手で。この高さ――このままでは、床に叩きつけられる。両隣には、セナとテオ。3人まとめて、真っ逆さま。胸が強く跳ねた瞬間。
「蒼き風よ――導け。ラピスラズリ!」
剣が震え、蒼い光が一気に広がる。次の瞬間、落下の速度がふっと緩んだ。蒼い風が3人を包み込み、身体がふわりと浮き上がる。衝撃が削がれ、私たちは静かに地面へと降り立った。
「……助かりました」
セナがひらりと着地する。
「お嬢様、ありがとう」
テオはいつもの調子でへにゃりと笑う。
「大丈夫? 2人とも怪我はない?」
「ええ」
「問題なし!」
2人の声を聞いて、胸の強張りが少しほどける。けれど――
「……でも、正直に言うとね」
私は2人を見て、苦笑した。
「私がやらなくても……2人なら余裕だったんじゃない?」
テオが首を傾げる。
「俺の場合?
全員まとめてぐるぐる拘束して、そのまま落下防止かな」
「それ、絶対酔いそう…」
「でしょ?」
テオが満面の笑みで頷く。セナは淡々と続けた。
「俺なら…落下地点を凍らせて衝撃を吸収するか、
途中で足場を作るか……」
一拍置いて、小さく付け足す。
「……まあどっちにしろ、寒くなりますが」
「それはそれでつらいね」
思わず笑うと、テオが「だねー」とゆるりと笑う。落下の恐怖で張り詰めていた胸の奥が、ようやく温かくほどけていく。セナがふと、上を見上げた。
「……随分、落とされましたね」
「ほんとにね」
テオも同じように天井を仰ぐ。
「それにしても……
ユウリたち、大丈夫かな」
胸の奥に、不安がひと筋走る。完全に分断されてしまった。
「んー、大丈夫でしょ」
テオが軽く肩をすくめた。
「あっちは“大人チーム”だし。
そう簡単にやられないって」
その言葉に、少しだけ救われる。だが次の瞬間――
「それよりも!」
テオが突然、声を張り上げた。
「お嬢様の……お嬢様の綺麗な髪!!
切られた!!」
「ほんとですね。許せません」
セナも静かに頷く。
「……うーん」
私は指先で髪をつまみ、首を傾げた。
「長さ、バラバラだよね」
そして、ふと思い出したように言う。
「ねえ、セナ。鏡ある?」
「……小さいものなら」
差し出された携帯用の鏡を受け取る。
「さすが〜」
「少し、持っててもらえる?」
「はい」
私はドレスの裾をたくし上げた。
「お、お嬢様!?
ちょっ、セクシーだよ!?」
テオが慌てて顔を覆う。……のに、指の隙間からしっかり見ている。
「見るな」
セナの即ツッコミが飛ぶ。
「お嬢様、何をなさっているんですか」
「まあまあ」
私は太ももに隠していたナイフを取り出した。
「それは……」
「騎士団のみんながくれたナイフだね」
ナイフを軽く回し、ためらいなく刃を入れる。――しゃり。
――ばさっ。菫色と桃色の髪が、床に落ちた。鏡を見ながら、肩のあたりで揃えていく。
「……うん。こんなもんかな」
満足して息をつく。
「……」
「……」
テオが膝をつき、崩れ落ちた。
「お、お嬢様の……髪が……
尊いものが……!」
セナは一瞬言葉を探し、小さく息を吐いた。
「……とても、お似合いです」
その声は、いつもより少しだけ柔らかかった。
「ねえ、お嬢様」
突然、テオが真剣な顔で言った。
「その髪、俺もらっていい?」
「……え?」
足元に散らばる、切られた髪を指さす。
「いいよね!?
絶対いいよね!?」
「え、いるの?」
「いる!!
絶対いる!!
家宝にするから!!」
「……す、好きにして」
私がそう言うと、テオは目を輝かせてしゃがみ込み、バラバラに落ちた髪を丁寧に、せっせと集め始めた。
「……本気ですね」
セナがぽつりと呟く。
「ほんとにね」
思わず苦笑が漏れる。セナがふと、私の顔をじっと見つめた。
「ん?」
首を傾げると、少し困ったように視線を逸らしながら言った。
「髪を切られて……
一番ダメージを受けているのは……」
ちらりと、床に座り込んで髪を集めているテオを見る。
「……我々の方ですね」
「ほんとだよ!!」
テオが珍しくセナの意見に全力同意した。3人の間に、妙な沈黙が落ちる。……でも、不思議と、怖くはなかった。この状況でも、こうして笑える人たちがいる。
「なんか……セナとテオ、2人がいると心強いね」
そう言って笑うと、
「当たり前でしょ」
テオが胸を張る。
「はい。頼ってください」
セナも静かに頷いた。
その言葉に、胸の奥がじんわりと温かくなる。――それだけで、少しだけ心が軽くなった。
「さて、とりあえず行きますか」
私がそう言うと、
「そうだね〜」
「はい」
テオとセナも頷き、3人で歩き出した。――その瞬間。ぎ……り。足元で、何かが軋む音がした。
「……止まって」
セナの声が、低く鋭くなる。次の瞬間、背後でズン、と鈍い音。さっきまで立っていた床が、音もなく沈み込んだ。
「え、今の――」
テオが振り返る。そこにはもう、道はなかった。床が消え、壁が蠢き、石と石の継ぎ目が歪んでいく。まるで巨大な生き物が、ゆっくりと呼吸しながら形を変えているようだった。
――拒絶。ここは、進ませないと告げている。
「……迷宮、動いてますね」
セナが周囲を見渡しながら呟く。
「しかもさ、これ」
テオが乾いた笑いを漏らす。
「俺たちを“選んで”邪魔してない?」
その言葉に応えるように、空気がひやりと冷えた。奥の闇から、低い唸り声が響く。迷宮は、生きている。
そして――私たちを、歓迎していなかった。




