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夜明けが世界を染めるころ、 悪意の見える伯爵令嬢は王子の執着から逃れられない  作者: 舞響
第五部

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迷宮へ 1

ティアナside

……落とされた。ジョルジュ陛下の手で。この高さ――このままでは、床に叩きつけられる。両隣には、セナとテオ。3人まとめて、真っ逆さま。胸が強く跳ねた瞬間。


「蒼き風よ――導け。ラピスラズリ!」


剣が震え、蒼い光が一気に広がる。次の瞬間、落下の速度がふっと緩んだ。蒼い風が3人を包み込み、身体がふわりと浮き上がる。衝撃が削がれ、私たちは静かに地面へと降り立った。


「……助かりました」

セナがひらりと着地する。


「お嬢様、ありがとう」

テオはいつもの調子でへにゃりと笑う。


「大丈夫? 2人とも怪我はない?」


「ええ」

「問題なし!」

2人の声を聞いて、胸の強張りが少しほどける。けれど――


「……でも、正直に言うとね」

私は2人を見て、苦笑した。


「私がやらなくても……2人なら余裕だったんじゃない?」

テオが首を傾げる。


「俺の場合?

全員まとめてぐるぐる拘束して、そのまま落下防止かな」


「それ、絶対酔いそう…」


「でしょ?」

テオが満面の笑みで頷く。セナは淡々と続けた。


「俺なら…落下地点を凍らせて衝撃を吸収するか、

途中で足場を作るか……」


一拍置いて、小さく付け足す。


「……まあどっちにしろ、寒くなりますが」


「それはそれでつらいね」


思わず笑うと、テオが「だねー」とゆるりと笑う。落下の恐怖で張り詰めていた胸の奥が、ようやく温かくほどけていく。セナがふと、上を見上げた。


「……随分、落とされましたね」


「ほんとにね」


テオも同じように天井を仰ぐ。


「それにしても……

ユウリたち、大丈夫かな」


胸の奥に、不安がひと筋走る。完全に分断されてしまった。


「んー、大丈夫でしょ」


テオが軽く肩をすくめた。


「あっちは“大人チーム”だし。

そう簡単にやられないって」


その言葉に、少しだけ救われる。だが次の瞬間――


「それよりも!」


テオが突然、声を張り上げた。


「お嬢様の……お嬢様の綺麗な髪!!

切られた!!」


「ほんとですね。許せません」


セナも静かに頷く。


「……うーん」


私は指先で髪をつまみ、首を傾げた。


「長さ、バラバラだよね」


そして、ふと思い出したように言う。


「ねえ、セナ。鏡ある?」


「……小さいものなら」


差し出された携帯用の鏡を受け取る。


「さすが〜」


「少し、持っててもらえる?」


「はい」


私はドレスの裾をたくし上げた。


「お、お嬢様!?

ちょっ、セクシーだよ!?」


テオが慌てて顔を覆う。……のに、指の隙間からしっかり見ている。


「見るな」


セナの即ツッコミが飛ぶ。


「お嬢様、何をなさっているんですか」


「まあまあ」


私は太ももに隠していたナイフを取り出した。


「それは……」


「騎士団のみんながくれたナイフだね」


ナイフを軽く回し、ためらいなく刃を入れる。――しゃり。

――ばさっ。菫色と桃色の髪が、床に落ちた。鏡を見ながら、肩のあたりで揃えていく。


「……うん。こんなもんかな」

満足して息をつく。


「……」

「……」


テオが膝をつき、崩れ落ちた。


「お、お嬢様の……髪が……

尊いものが……!」


セナは一瞬言葉を探し、小さく息を吐いた。


「……とても、お似合いです」


その声は、いつもより少しだけ柔らかかった。


「ねえ、お嬢様」


突然、テオが真剣な顔で言った。


「その髪、俺もらっていい?」


「……え?」


足元に散らばる、切られた髪を指さす。


「いいよね!?

絶対いいよね!?」


「え、いるの?」


「いる!!

絶対いる!!

家宝にするから!!」


「……す、好きにして」


私がそう言うと、テオは目を輝かせてしゃがみ込み、バラバラに落ちた髪を丁寧に、せっせと集め始めた。


「……本気ですね」

セナがぽつりと呟く。


「ほんとにね」

思わず苦笑が漏れる。セナがふと、私の顔をじっと見つめた。


「ん?」


首を傾げると、少し困ったように視線を逸らしながら言った。


「髪を切られて……

一番ダメージを受けているのは……」

ちらりと、床に座り込んで髪を集めているテオを見る。


「……我々の方ですね」


「ほんとだよ!!」


テオが珍しくセナの意見に全力同意した。3人の間に、妙な沈黙が落ちる。……でも、不思議と、怖くはなかった。この状況でも、こうして笑える人たちがいる。


「なんか……セナとテオ、2人がいると心強いね」


そう言って笑うと、


「当たり前でしょ」

テオが胸を張る。


「はい。頼ってください」

セナも静かに頷いた。


その言葉に、胸の奥がじんわりと温かくなる。――それだけで、少しだけ心が軽くなった。


「さて、とりあえず行きますか」


私がそう言うと、


「そうだね〜」

「はい」

テオとセナも頷き、3人で歩き出した。――その瞬間。ぎ……り。足元で、何かが軋む音がした。


「……止まって」


セナの声が、低く鋭くなる。次の瞬間、背後でズン、と鈍い音。さっきまで立っていた床が、音もなく沈み込んだ。


「え、今の――」


テオが振り返る。そこにはもう、道はなかった。床が消え、壁が蠢き、石と石の継ぎ目が歪んでいく。まるで巨大な生き物が、ゆっくりと呼吸しながら形を変えているようだった。

――拒絶。ここは、進ませないと告げている。


「……迷宮、動いてますね」

セナが周囲を見渡しながら呟く。


「しかもさ、これ」

テオが乾いた笑いを漏らす。


「俺たちを“選んで”邪魔してない?」


その言葉に応えるように、空気がひやりと冷えた。奥の闇から、低い唸り声が響く。迷宮は、生きている。

そして――私たちを、歓迎していなかった。

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