地下潜入 4
オーウェン団長がゆっくりと剣を構えた。苦しそうに目を伏せる。
「私は……なんと愚かなことを」
ずっと信じていた。ディランを守っていると。けれど実際は、ジョルジュ陛下に利用されていただけだった。オーウェン団長は、覚悟を決めたように顔を上げる。そして静かに呟いた。
「不動の意志よ――我が力となれ。オニキス」
黒い魔宝石が淡く輝き、剣を黒く染め上げる。空気が重く張りつめる。
「……ほう」
ジョルジュ陛下が目を細めた。
次の瞬間、陛下の騎士たちが一斉に襲いかかる。鋭い剣が次々と振るわれるが、オーウェン団長は冷静に受け流していく。剣を弾き、かわし、素早く反撃する。迷いのない動きだった。
「すごい……」
思わず声が漏れる。さすが王国騎士団団長。その実力は圧倒的だった。けれど――一瞬だけ。騎士の剣先が、オーウェン団長の腕をかすめた。赤い傷が浅く走る。
「オーウェン団長!」
私は思わず声を上げる。だが本人は、気にした様子もなく言った。
「この程度……
大した怪我では――」
その瞬間だった。ぐらり、と。オーウェン団長の身体が大きく揺れる。
「っ……!?」
膝が崩れ、剣が床に落ちた。ガラン、と重い音が響く。
「まさか……」
嫌な予感が胸をよぎる。
「毒ですか!?」
私が叫んだ瞬間、後ろから強く腕を掴まれた。
「っ!」
動きを封じられる。ジョルジュ陛下が、愉快そうに笑った。
「毒ではないよ」
ゆっくりとした声が響く。
「しびれ薬だ。
オーウェンの実力は把握している。
これくらい使わないとな」
オーウェン団長は、なんとか立ち上がろうとしている。けれど、身体がうまく動かない。指先がかすかに震えるだけだ。
「強力な薬だ。
もう声も満足に出せないだろう」
「……じょ、……」
掠れた声が漏れる。悔しそうに、オーウェン団長が床を睨む。それでも身体は動かず、ついにそのまま倒れ込んだ。近寄ろうとしたがさらに、強い力で腕を掴まれた。
「――っ!」
抵抗する間もなく、私は陛下の部隊に引きずられ、無理やり前へ突き出される。
「お嬢様!」
セナが動こうとした瞬間――
「動くな」
冷え切った声が、空気を裂いた。
「これ以上動けば……
お嬢様の顔に、傷がつくぞ」
長い剣が、私の頬すれすれに突きつけられる。ひやりとした殺気が肌を刺し、喉がかすかに鳴った。セナも、テオも、皆が動きを止める。私は息を整え、顔を上げた。
「……やっぱり、そうだったのね」
ジョルジュ陛下の眉がわずかに動く。
「ガイルの件も、ディランのご両親の件も。
全部、あなたの計画の一部だった」
「最初から……そのつもりだったのでしょう?」
にらみつけると、陛下はゆっくりと笑った。
「そうだ」
私は自分の手がわずかに震えているのを感じた。でも、握りしめて押しとどめる。
「あなたの計画に、私たちは屈しない」
陛下の笑みが深くなる。
「強いな。ディランが執着するのもわかる。
だからこそ“鍵”として相応しい」
胸の奥が冷たくなる。でも、私は一歩も引かない。
「……あなたの思い通りにはならない。
ディランも、私も」
「……残念だよ」
ジョルジュ陛下が、愉しげに言う。
「何も知らなければ、
こんな怖い思いをせずに済んだものを」
「……うるさい」
震えた声だった。でも、逃げる震えじゃない。
「大丈夫だ。
まだ、殺しはしない」
陛下は、私を値踏みするように見下ろした。
「だが……これは、もらっておこう」
合図もなく、剣が伸びた。押さえつけられ、身動きが取れない。仲間たちが剣を構えようとするが、すぐに部隊に取り押さえられる。
次の瞬間――バサッ。軽い音とともに、何かが落ちた。はらはらと、床に散るのは、スミレと桃色の髪。切られたと理解した瞬間、胸の奥が、ひどく冷えた。それでも私は、顔を上げ笑って見せる。
「……それで、満足?」
「実にいい。
…さあ」
陛下は、淡々と告げた。
「迷宮へ」
その言葉と同時に、掴まれていた体が、乱暴に突き飛ばされる。視界が傾き、私は闇の奥へ――奈落の、底……?そう思った瞬間だった。迷うことなく、セナとテオが私の落ちた穴へと身を投げる。
「お嬢様――!」
「ティアナ!」
その声が、闇に吸い込まれていく。
「待って!」
ルイの叫びと同時に、ユウリも、レオも、慌てて後を追った。だが――床が、再び音を立てて割れる。
「――っ!」
ルイ、ユウリ、レオの足元が崩れ、3人は、私たちとは別の穴へと落とされた。伸ばした手は、届かない。声も、重ならない。闇が、すべてを分け隔てる。
こうして――私たちは、完全に引き裂かれた。落下の風が、耳元を切り裂く。胸の奥が、ひどく冷えた。でも――私は、目を閉じなかった。
「……絶対に、負けない」
震えた声だった。けれど、その言葉は闇に飲まれず、まっすぐ落ちていった。
◇
レイside
ティアナ様たちが動き出した。少し遅れて、陛下も席を立つ。殿下から言われている。**「陛下から目を離すな」**と。私は任務として、気配を殺してついていった。禁書庫――そう思われる場所に陛下の騎士たちが集っている。
ティアナ様たちが見つかったのかと胸がざわつき、剣を握りしめた。こっそり中を覗き、息を呑む。殿下の写真、資料の山。ディラン殿下が“器”……?理解した瞬間、背筋が冷える。すぐに殿下へ伝えなければ。踵を返そうとしたその時。
「動くな」
陛下の騎士。しまった――。
「レイか」
陛下がこちらを見据える。なんで冷えた目だ。
「……はい、陛下」
「気づいたようだな」
「はじめから、殿下を利用するつもりだったのですか!」
「ああ。よくディランに仕えてくれた。感謝しているよ。
だが――それも今日までだ」
ティアナ様の髪が床に落ちている。スミレ色と桃色。
「なんてことを…
ティアナ様はどこにいるのですか?」
「そんなに心配なら、同じ場所へ行けばいい」
「……は?」
「迷宮だ。そこの下だ」
指さされた先は、奈落。
「大丈夫だ、レイ。お前も“そこ”へ行かせてやる」
強い力で背を押される。抵抗して剣を振るうが、遅い。
落ちていく。殿下――。




