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夜明けが世界を染めるころ、 悪意の見える伯爵令嬢は王子の執着から逃れられない  作者: 舞響
第五部

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地下潜入 2

そして私は、後ろを振り向かずにセナとテオへ合流した。

……けれど、胸の奥に、先ほどのディランの体温が一瞬だけよぎる。


「まったくさぁ……あんなに見せつけなくてもいいよね」


テオが小声でぶつぶつと文句をこぼす。


「ふふ」


思わず笑みがこぼれた。その笑みが消える前に――


「ほら、テオ。気を引き締めろ」


セナの低く鋭い声が落ちる。


「はーい」


その一言で、空気がぴんと張りつめた。テオが先導し、私たちは図書室の前へと向かう。


「こっちよ!」


ルイが手招きする。ユウリとレオも、すでに待機していた。


「ティアナちゃん、こっち来て」


ルイに呼ばれ、私はそっと近寄る。


「ほら男共は後ろ向きなさい!」


そう言われた面々はさっと後ろを向く。


「いや、ルイも男じゃん」


テオのツッコミがはいる。


「私はいいのよ」


みんなが後ろ向いたのを確認し、ルイはすぐに私のドレスの裾へ手を伸ばした。指先が器用に縫い目へ触れると――カチ、カチッ。隠しホックが外れる小さな音がした。ロング丈だったドレスは、するりと膝下までの長さに。


「はい、これで踏まないし、走れるわ」


ルイは淡々と言いながら、スカートの内側に隠されていたスリットも確認する。


「それと……冬だし、冷えるからね」


そう言って、ルイはドレスと同じ色味のジャケットを肩にかけてくれた。内側には薄いウールが仕込まれていて、羽織った瞬間、ふわりと温かい。


「これ……軽いのに暖かい」


「特注よ。

 見た目もいいし、でも中はしっかり防寒。

 動くときに邪魔にならないよう、丈も短めにしてあるわ」


ルイは誇らしげに微笑む。


「ありがとう、ルイ。本当に助かる」


「当然でしょ。ティアナちゃんが動けないと困るもの」


軽くウインクして、ルイは私の背中を押した。――準備完了。

図書室の奥、人目につかない壁の前で私たちは立ち止まった。そこには、普段は誰も気づかない――禁書庫へと続く隠し扉がある。


「……ここか」


思わず声が低くなる。空気がひやりと冷たく、ゾッとする。長い年月、誰にも触れられてこなかったのだろう。


「よいしょっと」


テオが隠し扉に手をかける。ぎ、と嫌な音が響き、壁がわずかに開いた。奥から流れ出してきたのは――紙と埃、そして得体の知れない何かが混じった、古い匂い。


「……順番に入るよ」


テオの声は、いつもより少し低い。その緊張が、こちらにも伝わってくる。私たちは息を潜め、一人、また一人と、禁書庫の闇へ足を踏み入れた。背後で、式典の音楽が遠ざかっていく。光の世界から切り離されるように、静寂がゆっくりと私たちを包み込んだ。

――ここから先は、もう戻れない。そんな予感が、胸の奥でひっそりと鳴った。


「……ここは?」


隠し扉の先は、本が壁一面に並ぶ密室だった。逃げ場のない空間に、重く澱んだ空気が満ちている。――黒い靄の気配。

間違いない。探しているものは、この先にある。


「……あれを見て」


部屋の奥。石造りの壁に、宝石を嵌めるためのくぼみがあった。


「仕掛け扉、ですか……」


ユウリが低く呟く。


「ここにあるのを、一つ嵌めればいいのか?」


レオが足元に置かれた宝石へ視線を落とす。紅、翠、蒼――いくつもの宝石が無造作に並んでいた。私は近づき、そっと宝石に視線を向ける。


「……黒い靄」


どの宝石にも、濃い執着と欲望が絡みついている。


「ここにあるのは、だめ」


思わず、声が漏れた。


「じゃあ、どれを嵌めるの?」


ルイの問いに、私は棚の奥を指さす。埃を被った台座の上。

そこにあったのは、ほとんど透明に近い、小さな宝石。触れた瞬間――靄は、ない。


「……無垢。これだ」


その宝石を、残りのくぼみにそっと嵌める。――カチリ。低い音とともに、宝石が淡く光り出した。


「……来るよ」


次の瞬間、壁が静かに割れ、仕掛け扉が開く。


「さすがお嬢様〜」


テオが緩く笑う。


「なんだか……不気味だな」


レオが小さく呟いた。


「行きましょう」


セナの声は低く、しかし迷いがない。


「うん」


私たちは光の消えた奥へと足を踏み入れた。


そして、その先には――

空気が変わった。冷たさではなく、重さ。まるで“何か”がこちらを待っていたかのような、静かな圧。暗闇の奥で、かすかに何かが動いた気がした。


「……なに、これ……」


壁一面に貼られていたのは、幼い頃から現在に至るまでの――ディランの肖像画や写真、そして無数の資料だった。執拗なほど、びっしりと。ユウリが素早く一枚の書類を抜き取る。


「……やはり」


「どうしたの?」

ルイが不安そうに尋ねる。


「ディラン殿下のご両親は、事故で亡くなったのではありません」


その声は、ひどく冷静だった。


「ジョルジュ陛下によって、殺されています」


「……ど、どうして……?」


ルイの唇が、わずかに震える。テオが壁に貼られた資料の一つを指差した。


「ここに書いてある。

“ディランが、器として最適”ってさ……」


私は、胸の奥が締めつけられるのを感じながら、口を開いた。


「……きっと、気づいたんだよ」


全員の視線が、私に向く。


「ディランのご両親は、

ジョルジュ陛下が……ディランを“器”にしようとしていることに」


言葉を選ぶ余裕なんてなかった。


「だから……殺された。

事故に見せかけて」


しん、と静まり返る室内。その沈黙の中で、私は自分の唇が小さく震えていることに気づいた。


「……アラン殿下が、言っていたわ」


喉の奥が、ひりつく。


「ジョルジュ陛下は……ディランに、異常なほど執着しているって。

きっと最初から、“器”として育ててきたんだ…」


声が、かすかに掠れる。


「……それだけじゃありません」


低く、重い声でセナが言った。


「お嬢様」


その呼びかけに、胸が嫌な予感で締めつけられる。セナは一枚の資料を取り上げ、無表情のまま告げる。


「ここには、はっきりと記されています。

――お嬢様の力も、利用するつもりだったと」


「……え……?」


「ガイルでは成し得なかった“完全な器”。

それをディラン殿下で完成させ、

さらに――不老不死を実現するために」


セナの視線が、まっすぐに私を射抜く。


「そのための“鍵”として、

お嬢様を使う計画だったのでしょう」


言葉が、胸の奥に突き刺さる。私の力。ディランの存在。

すべてが――最初から、歪んだ目的のために用意されていた。

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