地下潜入 2
そして私は、後ろを振り向かずにセナとテオへ合流した。
……けれど、胸の奥に、先ほどのディランの体温が一瞬だけよぎる。
「まったくさぁ……あんなに見せつけなくてもいいよね」
テオが小声でぶつぶつと文句をこぼす。
「ふふ」
思わず笑みがこぼれた。その笑みが消える前に――
「ほら、テオ。気を引き締めろ」
セナの低く鋭い声が落ちる。
「はーい」
その一言で、空気がぴんと張りつめた。テオが先導し、私たちは図書室の前へと向かう。
「こっちよ!」
ルイが手招きする。ユウリとレオも、すでに待機していた。
「ティアナちゃん、こっち来て」
ルイに呼ばれ、私はそっと近寄る。
「ほら男共は後ろ向きなさい!」
そう言われた面々はさっと後ろを向く。
「いや、ルイも男じゃん」
テオのツッコミがはいる。
「私はいいのよ」
みんなが後ろ向いたのを確認し、ルイはすぐに私のドレスの裾へ手を伸ばした。指先が器用に縫い目へ触れると――カチ、カチッ。隠しホックが外れる小さな音がした。ロング丈だったドレスは、するりと膝下までの長さに。
「はい、これで踏まないし、走れるわ」
ルイは淡々と言いながら、スカートの内側に隠されていたスリットも確認する。
「それと……冬だし、冷えるからね」
そう言って、ルイはドレスと同じ色味のジャケットを肩にかけてくれた。内側には薄いウールが仕込まれていて、羽織った瞬間、ふわりと温かい。
「これ……軽いのに暖かい」
「特注よ。
見た目もいいし、でも中はしっかり防寒。
動くときに邪魔にならないよう、丈も短めにしてあるわ」
ルイは誇らしげに微笑む。
「ありがとう、ルイ。本当に助かる」
「当然でしょ。ティアナちゃんが動けないと困るもの」
軽くウインクして、ルイは私の背中を押した。――準備完了。
図書室の奥、人目につかない壁の前で私たちは立ち止まった。そこには、普段は誰も気づかない――禁書庫へと続く隠し扉がある。
「……ここか」
思わず声が低くなる。空気がひやりと冷たく、ゾッとする。長い年月、誰にも触れられてこなかったのだろう。
「よいしょっと」
テオが隠し扉に手をかける。ぎ、と嫌な音が響き、壁がわずかに開いた。奥から流れ出してきたのは――紙と埃、そして得体の知れない何かが混じった、古い匂い。
「……順番に入るよ」
テオの声は、いつもより少し低い。その緊張が、こちらにも伝わってくる。私たちは息を潜め、一人、また一人と、禁書庫の闇へ足を踏み入れた。背後で、式典の音楽が遠ざかっていく。光の世界から切り離されるように、静寂がゆっくりと私たちを包み込んだ。
――ここから先は、もう戻れない。そんな予感が、胸の奥でひっそりと鳴った。
「……ここは?」
隠し扉の先は、本が壁一面に並ぶ密室だった。逃げ場のない空間に、重く澱んだ空気が満ちている。――黒い靄の気配。
間違いない。探しているものは、この先にある。
「……あれを見て」
部屋の奥。石造りの壁に、宝石を嵌めるためのくぼみがあった。
「仕掛け扉、ですか……」
ユウリが低く呟く。
「ここにあるのを、一つ嵌めればいいのか?」
レオが足元に置かれた宝石へ視線を落とす。紅、翠、蒼――いくつもの宝石が無造作に並んでいた。私は近づき、そっと宝石に視線を向ける。
「……黒い靄」
どの宝石にも、濃い執着と欲望が絡みついている。
「ここにあるのは、だめ」
思わず、声が漏れた。
「じゃあ、どれを嵌めるの?」
ルイの問いに、私は棚の奥を指さす。埃を被った台座の上。
そこにあったのは、ほとんど透明に近い、小さな宝石。触れた瞬間――靄は、ない。
「……無垢。これだ」
その宝石を、残りのくぼみにそっと嵌める。――カチリ。低い音とともに、宝石が淡く光り出した。
「……来るよ」
次の瞬間、壁が静かに割れ、仕掛け扉が開く。
「さすがお嬢様〜」
テオが緩く笑う。
「なんだか……不気味だな」
レオが小さく呟いた。
「行きましょう」
セナの声は低く、しかし迷いがない。
「うん」
私たちは光の消えた奥へと足を踏み入れた。
そして、その先には――
空気が変わった。冷たさではなく、重さ。まるで“何か”がこちらを待っていたかのような、静かな圧。暗闇の奥で、かすかに何かが動いた気がした。
「……なに、これ……」
壁一面に貼られていたのは、幼い頃から現在に至るまでの――ディランの肖像画や写真、そして無数の資料だった。執拗なほど、びっしりと。ユウリが素早く一枚の書類を抜き取る。
「……やはり」
「どうしたの?」
ルイが不安そうに尋ねる。
「ディラン殿下のご両親は、事故で亡くなったのではありません」
その声は、ひどく冷静だった。
「ジョルジュ陛下によって、殺されています」
「……ど、どうして……?」
ルイの唇が、わずかに震える。テオが壁に貼られた資料の一つを指差した。
「ここに書いてある。
“ディランが、器として最適”ってさ……」
私は、胸の奥が締めつけられるのを感じながら、口を開いた。
「……きっと、気づいたんだよ」
全員の視線が、私に向く。
「ディランのご両親は、
ジョルジュ陛下が……ディランを“器”にしようとしていることに」
言葉を選ぶ余裕なんてなかった。
「だから……殺された。
事故に見せかけて」
しん、と静まり返る室内。その沈黙の中で、私は自分の唇が小さく震えていることに気づいた。
「……アラン殿下が、言っていたわ」
喉の奥が、ひりつく。
「ジョルジュ陛下は……ディランに、異常なほど執着しているって。
きっと最初から、“器”として育ててきたんだ…」
声が、かすかに掠れる。
「……それだけじゃありません」
低く、重い声でセナが言った。
「お嬢様」
その呼びかけに、胸が嫌な予感で締めつけられる。セナは一枚の資料を取り上げ、無表情のまま告げる。
「ここには、はっきりと記されています。
――お嬢様の力も、利用するつもりだったと」
「……え……?」
「ガイルでは成し得なかった“完全な器”。
それをディラン殿下で完成させ、
さらに――不老不死を実現するために」
セナの視線が、まっすぐに私を射抜く。
「そのための“鍵”として、
お嬢様を使う計画だったのでしょう」
言葉が、胸の奥に突き刺さる。私の力。ディランの存在。
すべてが――最初から、歪んだ目的のために用意されていた。




