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夜明けが世界を染めるころ、 悪意の見える伯爵令嬢は王子の執着から逃れられない  作者: 舞響
第五部

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地下潜入 1

地下潜入決行前夜。

王都の喧騒から切り離された、ひっそりとした隠れ家。

机の上には、城の簡易見取り図と地下へ続く推定ルートが広げられている。灯りは最小限。揺れる炎が壁に影を落とし、静寂に緊張だけが濃く積もっていく。


「――いよいよ、明日の夜に決行する」


その一言で、場の空気がぴんと張り詰めた。


「まず、私はディランと踊る」


視線が一斉に私へ向く。


「式典の最中、最も注目が集まる瞬間。

曲が終わったら、迷わず離脱する」


指先で地図をなぞりながら続ける。


「セナ、テオ。

この地点で合流して、私と一緒に禁書庫から北側の部屋へ向かう」


「了解」


セナの返事は短く、揺るぎない。


「隠し扉も確認済みだよ」


テオが軽く笑ってみせるが、その目は鋭い。


「ユウリ、ルイ、レオは、それぞれの定位置から禁書庫で合流して」


「はい」


「わかったわ!」


「了解です!!」


三者三様の声が重なる。


「ルーク団長、アレン、ロベルトは殿下周辺の警戒を。

私が離れたあと、少しでも不審な動きがあれば即対応して」


「了解」


3人の表情は、戦場に立つ者のそれだった。


「そして――」


最後に視線を向ける。


「オリバー副団長、エリック。

外で待機。合図があれば即介入できる距離で。

指示が出来ない状態の場合は、臨機応変に対応してもらう」


「……承知した」


重く、覚悟のこもった返答。一瞬、誰も口を開かない。沈黙が、これから向かう危険の深さを物語っていた。


「この先、何が起きるかわからない。

最悪の場合――合流できない可能性もある」


それでも、誰一人として目を逸らさない。


「でも」


私は顔を上げる。


「必ず戻る。

全員で」


その言葉に、張りつめた空気がわずかに緩んだ。


「生きて帰るのが最優先よ」


「はい」


全員の声が、静かに、しかし確かに重なった。


そして、当日を迎えた。怪しまれないよう、私は合宿の最終日まで参加し、その足で慌ただしく隠れ家へ戻った。ルイに急いで身なりを整えてもらい、息を整える間もなく再び会場へ向かう。


「ふう……間に合った」


「本当に、ギリギリですよ。お嬢様」


セナが呆れたように言いながらも、その表情には安堵が滲んでいた。


「さて、行こうか」


「はい」


差し出されたセナの腕に手を添え、会場へ足を踏み入れる。

――瞬間、視界が光に満たされた。

天井から幾重にも吊るされた巨大なシャンデリア。きらめくドレスと礼装が波のように揺れ、優雅な音楽が空気を満たす。これが、王国創立記念式典その中心。階段の上から、ゆっくりと姿を現す影。

金色の髪。エメラルドの瞳。誰が見ても疑いようのない王子。ほんとに、絵に描いたみたいだな。視線が絡む。ディランが、わずかに微笑んだ。


「ティアナ」


一段ずつ降りてきて、私の前に立つ。


「手を、取ってくれるね」


「ええ」


セナが静かに一礼し、後ろへ下がる。私はディランの手を取った。温かくて、強い手。そのまま2人で進む。玉座の前。ジョルジュ陛下が、冷たい瞳でこちらを見下ろしていた。

――氷のような視線。すべてを値踏みするような、逃がす気のない目。


「よく来たな」


低く、感情の読めない声。


「今日は存分に、楽しんでいくといい」


(……白々しい)


「ええ。ありがとうございます」


形式通りに頭を下げる。その間も、陛下の視線は一瞬たりとも離れない。まるで――獲物が逃げないか確認するように。

ディランの手に、わずかに力がこもる。言葉にしなくても伝わる。――ここからだ。この華やかな夜の裏で、すべてが動き出す。

音楽が、ゆるやかに流れはじめる。自然と、視線が集まった。――王子と、その婚約者。会場の中心で向かい合った瞬間、周囲のざわめきが遠のいていく。決戦前だというのに胸の奥は、不思議なほど静かだった。むしろ、彼の手に触れた瞬間、すべてが落ち着いていく。ディランが、私の手を取る。もう片方の手が、そっと背に添えられた。

優しくて、迷いのない動き。そして、私だけに向けられた微笑み。


「……やっと、君と踊れた」


その声音が、甘くて胸がくすぐったい。


「そうでしたか?」


少しだけ意地悪に返すと、


「だって」


彼は声を落とし、距離をさらに近づける。


「王妃教育の時は、君はすぐレイのところへ行ってしまっただろう」


「あー……」


苦笑しながらも、どこか嬉しい。


「仕方ないじゃないですか。ローゼがいましたし」


「だからこそ、だ」


真面目な顔で言われて、思わず息をのむ。


「かなり、妬いた」


「……そうなんですか?」


「ああ」


迷いなく頷く。


「みんな、君が綺麗だから見ている」


「違いますよ」


くるりとステップを踏みながら、そっと囁く。


「ディランを見ているんです」


「いや」


彼は少しだけ口元を歪めた。


「俺に向けられているのは、殺意だな」


「殺意?」


「ひしひしと、感じる」


そう言って視線を逸らす。つられてそちらを見ると――

……テオ。完全に、睨んでいる。思わず笑いがこぼれた。


「ふふ……」


「ほらな」


ディランが、どこか満足そうに言う。その瞬間、指先がきゅっと絡められた。ほんの少し強く。離さないと言うように。その温度が、胸の奥まで甘く染みていく。


「……このまま、君の手を離したくない」


ディランの声は、音楽に溶けるほど低くて、甘かった。


「なんだか、子どもみたいですね」


くすっと笑って返すと、


「それでもいい」


迷いのない、真っ直ぐな声。


「このままずっと、君とこうしていたい」


「ずっと踊るのは、さすがにきついです」


そう言うと、彼は小さく息を吐いた。


「……そういう意味じゃない」


わかってる。でも、言葉にしないと胸が熱くなりすぎてしまう。一拍、間を置いて。


「ディラン……」


視線を合わせる。


「アラン殿下とは、話しましたか?」


「……今、兄上の話をするのか」


少しだけ苦笑が混じる。


「終わったら」


指先が、ほんの一瞬だけ強く絡む。


「ちゃんと、向き合ってくださいね」


「……わかった」


短く、でも確かな返事。音楽に合わせて、私はターンする。

スカートがふわりと広がり、光を受けて揺れた。再び向き合った瞬間。


「ティアナ……」


その声には、飾りがなかった。


「無事で、戻ってきてくれ」


「もちろん」


そう言って微笑む。その笑みは、自分でも驚くほど自然だった。手が離れる、その瞬間——ディランが迷わず私を引き寄せた。そして、額に優しいキスが落ちる。周囲から、特に令嬢たちの悲鳴が上がった。


「ティアナ、愛してる。

行っておいで」


名残惜しそうに私を見つめるディランの手を、私はそっと離す。離した瞬間、指先に残る温もりが、胸の奥をきゅっと締めつけた。


――戻る。必ず。

その誓いだけを心に刻み、私は彼から一歩、踏み出した。


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