それぞれの役割 2
「……はあ」
ディランが、深く、長く息を吐いた。その仕草ひとつで、空気が凍りつく。
「さて。どう落とし前をつけるか」
声は低く、冷え切っている。怒りすら感じられない――だからこそ恐ろしい。ひぇ……これ、本気で怒ってるやつ……。
ローゼとスーザの肩が、ガタガタと震えた。殿下が一歩踏み出すだけで、2人の呼吸が詰まる。
「も、申し訳……ありません……」
スーザが、喉をひきつらせながら言う。
「わ、わたくしは関係ありませんわ!」
ローゼが必死に否定する。だが――。
「関係ない? 言葉を選べ」
ディランの声が、刃物のように鋭く落ちた。
「君がティアナにしてきた嫌がらせは、すべて把握している。渋いお茶、陰口、教科書のイタズラ……」
一拍置いて、さらに冷たく。
「そして――ティアナの指を傷つけた。
花びらにガラス片を混ぜてな」
ローゼの体がビクッと跳ねる。
「俺が気づかないとでも思ったのか」
その声音は、底なしの冷たさだった。…と、とりあえず浮気じゃなかったー!!心の中で思わずガッツポーズ。よかった!ほんとによかった!!
「……そして」
ディランの視線が、刺客へと向く。空気が一段と重く沈む。
「お前だ」
「ひぃっ……!」
刺客の喉が鳴る音が聞こえるほどの沈黙。
「誰に命じられた?」
逃げ場のない声。拒否も嘘も許さない声音。刺客はしばし黙り――ついに折れた。
「……ジョルジュ陛下だ」
その名が出た瞬間。
「やはりな」
ディランは微動だにしない。驚きも怒りも見せない。ただ、事実を確認しただけのように淡々としている。うわぁ……お嬢さんの言ってた通りじゃん……。背筋がぞわりと冷える。
これ…俺、聞いちゃいけないやつ…めちゃくちゃ聞いてない?息を殺し、俺はベランダの影にさらに身を沈めた。
……やっば。完全に、逃げるタイミングを失った。
ローゼとスーザは立ち尽くし、刺客は拘束されたまま動けない。今さら動いたら、絶対気づかれる。ベランダの影に身を沈め、息を限界まで殺す。心臓の音が、耳の中で暴れている。頼むから……誰も外を見ないで……!
その時。
「……誰かいますね」
低い。静か。なのに、背骨を掴まれるような声。――レイさんだ。うそでしょ……なんでバレるの……?
「…そうか」
ディランが、ゆっくりと視線を上げる。見るな見るな見るな……!指先がじわりと汗ばむ。
「そこにいますね」
レイさんの声が、空気を切り裂く。
「隠れても無駄です。
……はっきりと“気配”があります。」
その言い方は、逃げ道を完全に断ち切るものだった。終わった。もう、完全に詰んだ。飛び降りれば音が出る。戻れば見つかる。動かなくても、もうバレてる。
(庭師、詰みました)
一歩。レイさんの足音が、こちらへ向かってくる。その一歩だけで、心臓が跳ねた。
「――出てきなさい」
低く、拒否を許さない声。命令というより“宣告”に近い。ひょこっと顔を出した。
「……なんだ。レオか」
ディランが、こちらを見る。その目は冷静で、状況をすべて見透かしているようだった。
「聞いていたのか?」
「す、すみません……!」
慌てて頭を下げる。
「別に、聞かれて困ることではないさ」
淡々とした声。責める気配はない――だが、温度もない。
「それで」
殿下の視線が、ローゼとスーザ、そして拘束された刺客へ向く。
「ローゼはティアナへ嫌がらせをしていたし、刺客への依頼も把握していた。
スーザは刺客にティアナを脅すよう依頼し、
刺客はそれを実行した」
まるで罪状を読み上げるように、淡々と。
そして――。
「刺客についてだが……レオ。お前はどうしたい?」
「え……?」
「大事なティアナの命を狙った者だ」
一拍。
「……殺すべきか?」
「へっ!?」
素っ頓狂な声が出た。
(い、いきなり重っ!?)
「い、いや……!」
慌てて首を振る。
「お嬢さん、そんなこと望んでません!」
「この人も……」
刺客を見る。
「殺す気はなかったって、言ってましたし!」
必死で言い募ると、ディランはしばし黙り込んだ。その沈黙が、やけに重い。呼吸すらためらうほどの圧がある。
(……間違ったこと、言ってないよな?)
やがて。
「……そうか」
短く息を吐く。その表情は冷静で――どこか、深い疲労を滲ませていた。
「確かに、ティアナは命を奪うことを良しとはしない」
そう言ってから、もう一度、刺客に視線を向ける。
「だが」
声が、わずかに低くなる。
「それで済む話かどうかは、別だ」
(……あ。この人、やっぱり覚悟が違う)
軽い気持ちで首を突っ込んだわけじゃない。その覚悟の重さが、ひしひしと伝わってきた。




