逢引き疑惑
私はセナと並んで歩きながら、足音を殺してディランの背中を追った。……急ぎの案件って、何のこと?通路はやけに静かで、さっきまでの騎士団の喧騒が嘘みたいに遠い。やがてディランが、とある部屋の前で立ち止まる。その瞬間、扉が内側から開いた。
「あれ……ローゼ?」
姿を見せたローゼは迷いもためらいもなくディランに抱きついた。
「……え」
思わず声が漏れそうになる。
「こ、これが急ぎの用ってこと?」
ディランは驚いた様子もなく、ローゼの耳元へ顔を寄せ、低く何かを囁いた。ちょっと、距離近すぎじゃない?
「ねぇ……これ、逢引きじゃないの」
小声でセナに囁くと、彼は即座にため息をついた。
「そんな浮かれた空気じゃありませんよ。
どう見ても」
さすが、冷静。そのとき――鋭い視線を感じた。私は反射的にセナの腕を引き、物陰へ身を潜める。
「やば……」
視線の主が、こちらを一瞬だけ掠めた。
「……レイさんですね」
ディランの側近。気配の読み方が、どう考えても常人じゃない。
「背中に目でもついてるのかな」
「本当に、そんな感じですね」
心臓の鼓動を押さえ込みながら、私たちは息を潜めた。
その直後――
「――楽しそうだな。弟の覗き見か?」
背後から、軽い調子の声が降ってきた。
「っ……!」
息が詰まり、反射的に振り向く。そこに立っていたのは――
「アラン殿下……」
眩しいほどの金髪は一つに縛り、相変わらず余裕をまとった笑みを浮かべている。
「はは。よく似合ってるじゃないか、男装」
「ありがとうございます。アラン殿下のおかげです」
「いやいや。交換条件だっただろ?」
肩をすくめるアラン殿下に、私は思わず視線を逸らした。
「それにしても……」
彼は通路の奥へちらりと目を向ける。
「弟は、他の女性と密会か?」
「……そう見えますよね。ローゼ嬢は少し面倒だって言ってたのに」
「へえ」
「アラン殿下」
セナが静かに口を挟む。
「少なくとも、あれは甘い雰囲気ではありませんでした」
「ほう?」
アラン殿下が興味深そうに目を細める。
「ますます面白いな」
軽い口調とは裏腹に、その視線は鋭い。
「私と少し話さないか」
アラン殿下は軽く顎を上げた。
「何か探っているんだろう? ……力になる」
「ほんとですか?」
思わず前のめりになる。
「ああ」
迷いのない即答。
「ありがとうございます」
素直に礼を言うと、横からセナがそっと耳打ちしてくる。
「……大丈夫ですか? 信用して」
「大丈夫」
小さく笑って返す。
「この人、ブラコンだから」
「……は、はあ」
セナは明らかに納得しきれていない。私は一歩前に出て、アラン殿下と向き合った。
「じゃあ、こっちだ」
踵を返すアラン殿下。その背中を、私は迷わず追った。アラン殿下は、ある部屋の前で足を止めた。周囲を一度だけ確認すると、私たちを中へと招き入れる。
「ここなら誰にも聞かれない。
それで――何を探っているんだ? 男装してまで」
「陛下についてです」
「ああ……あの人か」
あまりにもあっさりとした返事。
「陛下が何か企んでいる気がします。
その証拠を探りに来ました」
「なるほど」
短く頷いたあと、アラン殿下はふと遠くを見るような目をした。
「そういえば……魔宝獣に襲われたそうだな」
「ええ。まあ」
「……陛下のやりそうなことだ」
自嘲めいた笑みが、口元にかすかに浮かぶ。
「あの人は昔からそうだ。
容赦がない。冷徹で――」
一拍置いて、低く続ける。
「使えるものは使う。
そして、不要になれば、すぐ切り捨てる」
胸の奥が、ひやりと冷えた。
「……ただ」
アラン殿下の声が、さらに沈む。
「ディランに対しては、異常だ」
「やっぱり……」
「教育は厳しかった。いや、それだけじゃない」
彼は淡々と語るが、その内容は重い。
「身体づくり、訓練、生活管理……
まるで陛下の都合のいい操り人形だ」
次期国王にするため――その理由だけでは到底説明がつかない。
「そこにあるのは、底知れない暗さだ」
私は無意識に拳を握りしめていた。
「……だけどな」
アラン殿下はふいに真面目な顔つきになり、
「弟は、君と出会ってから明らかに変わった」
力強く断言した。
「人形みたいだった弟がだぞ?
自分で考えて、悩んで、勝手に動き出したんだ」
「それ、普通では?」
思わず口を挟むと、
「いや、全然普通じゃない」
即答。
「今もそうだ。君のことになると――」
急に身振りが大きくなる。
「感情を、これでもかってくらい露わにする!」
胸に手を当てて、さらに熱が入る。
「この前なんてな、
“あっ、今ディランが俺に嫉妬してる”って思って」
「……は?」
「兄としてはな?」
やや大げさに胸を張り、
「私を意識してくれてる!
そして成長していると感じ、正直猛烈にドキドキした!」
その熱量に、私は思わず引き気味になる。横を見ると、セナが小さく頷いた。
「……なるほど」
アラン殿下は満足そうににこにこしている。
「要するに」
セナが淡々とまとめる。
「アラン殿下は――
重度のブラコンということですね」
「何を今さら」
即答。
「俺は誇りを持ってるよ。あんな可愛い弟がいてな」
胸を張るアラン殿下。
(……公言するタイプだった。それ本人に言ってあげてよ)
「それで?」
急に真面目な表情に戻る。
「他に聞きたいことはあるかい?」
私は一拍置いてから、切り出した。
「北側の部屋について、
ご存知はありますか?」
アラン殿下は、肩をすくめた。
「噂程度だな。
私自身、ここには住んでいない」
「今回は式典のために来ただけだし」
「……そうでしたか」
思わず声が沈む。
「ただ……」
アラン殿下は、何気ない調子で続けた。
「北側の部屋に入るつもりなら――正面からはやめておいたほうがいい」
「え?」
「図書館だ。
禁書庫の奥から入るルートがある」
そう言って、机の上に紙を引き寄せ、さらさらと地図を描き始めた。
「この裏に、隠し扉がある」
「……なぜ、それを?」
問い返すと、
「まあ」
アラン殿下は、にやりと笑った。
「これくらいはね」
完全に誤魔化している。
「もし潜入するなら」
声が少し落ちる。
「王国創立記念式典の最中がいいだろう。
警備の目が一番散る」
そして――ふざけた空気が、すっと消えた。
「……これだけは言っておく」
真っ直ぐ、こちらを見る。
「陛下は、ディランに異常なほど執着している。
何か、よからぬことを企んでいるのは間違いない」
一拍置いて、
「弟を、頼んだよ」
その言葉に、私は迷わず頷いた。
「はい」
力強く。横でセナも静かに頷いていた。




