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夜明けが世界を染めるころ、 悪意の見える伯爵令嬢は王子の執着から逃れられない  作者: 舞響
第五部

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逢引き疑惑

私はセナと並んで歩きながら、足音を殺してディランの背中を追った。……急ぎの案件って、何のこと?通路はやけに静かで、さっきまでの騎士団の喧騒が嘘みたいに遠い。やがてディランが、とある部屋の前で立ち止まる。その瞬間、扉が内側から開いた。


「あれ……ローゼ?」


姿を見せたローゼは迷いもためらいもなくディランに抱きついた。


「……え」


思わず声が漏れそうになる。


「こ、これが急ぎの用ってこと?」


ディランは驚いた様子もなく、ローゼの耳元へ顔を寄せ、低く何かを囁いた。ちょっと、距離近すぎじゃない?


「ねぇ……これ、逢引きじゃないの」


小声でセナに囁くと、彼は即座にため息をついた。


「そんな浮かれた空気じゃありませんよ。

 どう見ても」


さすが、冷静。そのとき――鋭い視線を感じた。私は反射的にセナの腕を引き、物陰へ身を潜める。


「やば……」


視線の主が、こちらを一瞬だけ掠めた。


「……レイさんですね」


ディランの側近。気配の読み方が、どう考えても常人じゃない。


「背中に目でもついてるのかな」


「本当に、そんな感じですね」


心臓の鼓動を押さえ込みながら、私たちは息を潜めた。

その直後――


「――楽しそうだな。弟の覗き見か?」


背後から、軽い調子の声が降ってきた。


「っ……!」


息が詰まり、反射的に振り向く。そこに立っていたのは――


「アラン殿下……」


眩しいほどの金髪は一つに縛り、相変わらず余裕をまとった笑みを浮かべている。


「はは。よく似合ってるじゃないか、男装」


「ありがとうございます。アラン殿下のおかげです」


「いやいや。交換条件だっただろ?」


肩をすくめるアラン殿下に、私は思わず視線を逸らした。


「それにしても……」


彼は通路の奥へちらりと目を向ける。


「弟は、他の女性と密会か?」


「……そう見えますよね。ローゼ嬢は少し面倒だって言ってたのに」


「へえ」


「アラン殿下」


セナが静かに口を挟む。


「少なくとも、あれは甘い雰囲気ではありませんでした」


「ほう?」


アラン殿下が興味深そうに目を細める。


「ますます面白いな」


軽い口調とは裏腹に、その視線は鋭い。


「私と少し話さないか」


アラン殿下は軽く顎を上げた。


「何か探っているんだろう? ……力になる」


「ほんとですか?」


思わず前のめりになる。


「ああ」


迷いのない即答。


「ありがとうございます」


素直に礼を言うと、横からセナがそっと耳打ちしてくる。


「……大丈夫ですか? 信用して」


「大丈夫」


小さく笑って返す。


「この人、ブラコンだから」


「……は、はあ」


セナは明らかに納得しきれていない。私は一歩前に出て、アラン殿下と向き合った。


「じゃあ、こっちだ」


踵を返すアラン殿下。その背中を、私は迷わず追った。アラン殿下は、ある部屋の前で足を止めた。周囲を一度だけ確認すると、私たちを中へと招き入れる。


「ここなら誰にも聞かれない。

 それで――何を探っているんだ? 男装してまで」


「陛下についてです」


「ああ……あの人か」


あまりにもあっさりとした返事。


「陛下が何か企んでいる気がします。

 その証拠を探りに来ました」


「なるほど」


短く頷いたあと、アラン殿下はふと遠くを見るような目をした。


「そういえば……魔宝獣に襲われたそうだな」


「ええ。まあ」


「……陛下のやりそうなことだ」


自嘲めいた笑みが、口元にかすかに浮かぶ。


「あの人は昔からそうだ。

 容赦がない。冷徹で――」


一拍置いて、低く続ける。


「使えるものは使う。

 そして、不要になれば、すぐ切り捨てる」


胸の奥が、ひやりと冷えた。


「……ただ」


アラン殿下の声が、さらに沈む。


「ディランに対しては、異常だ」


「やっぱり……」


「教育は厳しかった。いや、それだけじゃない」


彼は淡々と語るが、その内容は重い。


「身体づくり、訓練、生活管理……

 まるで陛下の都合のいい操り人形だ」


次期国王にするため――その理由だけでは到底説明がつかない。


「そこにあるのは、底知れない暗さだ」


私は無意識に拳を握りしめていた。


「……だけどな」


アラン殿下はふいに真面目な顔つきになり、


「弟は、君と出会ってから明らかに変わった」


力強く断言した。


「人形みたいだった弟がだぞ?

 自分で考えて、悩んで、勝手に動き出したんだ」


「それ、普通では?」


思わず口を挟むと、


「いや、全然普通じゃない」


即答。


「今もそうだ。君のことになると――」


急に身振りが大きくなる。


「感情を、これでもかってくらい露わにする!」


胸に手を当てて、さらに熱が入る。


「この前なんてな、

 “あっ、今ディランが俺に嫉妬してる”って思って」


「……は?」


「兄としてはな?」


やや大げさに胸を張り、


「私を意識してくれてる!

 そして成長していると感じ、正直猛烈にドキドキした!」


その熱量に、私は思わず引き気味になる。横を見ると、セナが小さく頷いた。


「……なるほど」


アラン殿下は満足そうににこにこしている。


「要するに」


セナが淡々とまとめる。


「アラン殿下は――

 重度のブラコンということですね」


「何を今さら」


即答。


「俺は誇りを持ってるよ。あんな可愛い弟がいてな」


胸を張るアラン殿下。

(……公言するタイプだった。それ本人に言ってあげてよ)


「それで?」


急に真面目な表情に戻る。


「他に聞きたいことはあるかい?」


私は一拍置いてから、切り出した。


「北側の部屋について、

 ご存知はありますか?」


アラン殿下は、肩をすくめた。


「噂程度だな。

 私自身、ここには住んでいない」


「今回は式典のために来ただけだし」


「……そうでしたか」


思わず声が沈む。


「ただ……」


アラン殿下は、何気ない調子で続けた。


「北側の部屋に入るつもりなら――正面からはやめておいたほうがいい」


「え?」


「図書館だ。

 禁書庫の奥から入るルートがある」


そう言って、机の上に紙を引き寄せ、さらさらと地図を描き始めた。


「この裏に、隠し扉がある」


「……なぜ、それを?」


問い返すと、


「まあ」


アラン殿下は、にやりと笑った。


「これくらいはね」


完全に誤魔化している。


「もし潜入するなら」


声が少し落ちる。


「王国創立記念式典の最中がいいだろう。

 警備の目が一番散る」


そして――ふざけた空気が、すっと消えた。


「……これだけは言っておく」


真っ直ぐ、こちらを見る。


「陛下は、ディランに異常なほど執着している。

何か、よからぬことを企んでいるのは間違いない」


一拍置いて、


「弟を、頼んだよ」


その言葉に、私は迷わず頷いた。


「はい」


力強く。横でセナも静かに頷いていた。


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