潜入開始 3
セナside
俺は、試合を見ながらその場に立ち尽くしていた。
…やった。いや、違う。やってしまった
視線の先では、ソラ――いや、ティアナが、何食わぬ顔で呼吸を整えている。
殿下の剣、流したよな…一瞬とはいえ、完全に……。思わず、両手で顔を覆った。
ああもう……頭がじわじわと痛くなってくる。
潜入、正体隠して、目立たず、無難にやり過ごす――
全部、逆行ってる……!周囲では、まだざわめきが収まらない。
「新人、何者だよ……」
「殿下が本気出したぞ……」
そんな声が、容赦なく耳に刺さる。
(聞こえてる、聞こえてるから……!)
俺は、がしっと頭を抱えた。
(あとで絶対、説教……)
ちらりとティアナを見る。本人が楽しそうなのが一番の問題なんだよな。深く、長いため息が漏れる。
無事に合宿も潜入も終わる気がしない……。
◇
ティアナside
「……ソラ」
セナが、何か言いたげに手を伸ばしてきた。
「ありがとう……ございます」
その手を掴んで起き上がり、私は砂埃を払う。
「では……そうだな。
セナ、一戦どうだ?」
ディランが、今度はセナへと向き直った。周囲の騎士団員たちが、息をのむ。
「俺でよければ。よろしくお願いします」
一礼して、セナは前に出た。
「よし、来い」
ディランが木剣を構え――次の瞬間、2人は激しく打ち合いを始めた。――レベルが、違う。それがはっきりとわかった。……今の、私の時より速い。
剣筋も、踏み込みも、間合いの詰め方も。さっきとはまるで別物だ。
ああ……。ディランは、明らかに――私の時は手を抜いていた。悔しさが、胸の奥にじわりと広がる。
くっ……それでも、セナの動きは素晴らしい。鋭く、無駄がなく、セナ、また強くなってる。逞しくて、頼もしい。
けれど――それでも、圧倒されている。
剣が弾かれ、間合いを制され、一歩、また一歩と追い詰められていく。
(やっぱり……すごいな)
ディランの強さを、改めて見せつけられた。セナは、食らいついていた。弾かれても、すぐに間合いを詰め直し、一歩も引かずに剣を振るう。さっきまで圧倒されていたはずなのに、今は――十分に渡り合っている。木剣がぶつかり合い、乾いた音が連続して響く。
「おい……」
「殿下に、あそこまで――」
周囲の騎士団員たちも、完全に息を呑んでいた。ディランの表情が、ほんのわずかに楽しげに緩む。認めてる……そう確信した、その瞬間。
「――殿下」
低く、しかし切迫した声。側近のレイさんが、訓練場へと歩み出てきた。ディランの動きが、ぴたりと止まる。
「どうした?」
「急ぎの案件です。
今すぐ、ご確認を」
レイさんの表情は硬い。ただ事ではない。ディランは短く息を吐き、木剣を下ろした。
「……そうか」
そしてセナへ向き直る。
「セナ、すまない」
「いえ」
セナもまた、深く頭を下げる。
「次は――邪魔の入らない場所で、だな」
「そうですね」
ほんの一瞬。ディランの視線が、こちらへ流れた気がした。
(……気のせい?)
けれど、その目は何も語らない。
「では」
それだけを残し、ディランはレイさんと共に颯爽と去っていった。残された訓練場には、ざわめきと、言葉にできない緊張だけが残る。
(……嫌な予感しかしない)
「……セナ、すごかったね」
人のいない方へ移動しながら、私は小声で言った。
「いえ。
あのまま続いていたら、正直……危なかったです」
「そうかな?」
「はい。殿下、完全にギアを上げてました」
少しだけ、間が空く。
「……私、バレてないかな」
ぽつりと漏らすと、セナはちらりとこちらを見て、肩をすくめた。
「どうでしょうね」
(即否定しないあたりが怖い)
「あと」
低い声。
「次からは、もう少し自重してください」
「えー……」
「“えー”じゃありません」
完全に説教モードだ。
「潜入してるのに目立ってどうするんですか!」
「ごめん」
「まったく……」
2人して顔を近づけ、周囲に聞こえないよう、こそこそ話す。
「それよりさ……
“急ぎの案件”って、何だろうね」
「嫌な予感しかしません」
「だよね」
短く頷き合う。
「……追いますか?」
セナの問いに、私は迷わず答えた。
「うん」
2人で視線を合わせ、気づかれないように歩き出す。――まだ、合宿は折り返しですらない。




