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夜明けが世界を染めるころ、 悪意の見える伯爵令嬢は王子の執着から逃れられない  作者: 舞響
第五部

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潜入開始 3

セナside

俺は、試合を見ながらその場に立ち尽くしていた。

…やった。いや、違う。やってしまった

視線の先では、ソラ――いや、ティアナが、何食わぬ顔で呼吸を整えている。

殿下の剣、流したよな…一瞬とはいえ、完全に……。思わず、両手で顔を覆った。

ああもう……頭がじわじわと痛くなってくる。


潜入、正体隠して、目立たず、無難にやり過ごす――

全部、逆行ってる……!周囲では、まだざわめきが収まらない。


「新人、何者だよ……」


「殿下が本気出したぞ……」


そんな声が、容赦なく耳に刺さる。


(聞こえてる、聞こえてるから……!)


俺は、がしっと頭を抱えた。


(あとで絶対、説教……)


ちらりとティアナを見る。本人が楽しそうなのが一番の問題なんだよな。深く、長いため息が漏れる。

無事に合宿も潜入も終わる気がしない……。



ティアナside


「……ソラ」


セナが、何か言いたげに手を伸ばしてきた。


「ありがとう……ございます」


その手を掴んで起き上がり、私は砂埃を払う。


「では……そうだな。

 セナ、一戦どうだ?」


ディランが、今度はセナへと向き直った。周囲の騎士団員たちが、息をのむ。


「俺でよければ。よろしくお願いします」


一礼して、セナは前に出た。


「よし、来い」


ディランが木剣を構え――次の瞬間、2人は激しく打ち合いを始めた。――レベルが、違う。それがはっきりとわかった。……今の、私の時より速い。

剣筋も、踏み込みも、間合いの詰め方も。さっきとはまるで別物だ。

ああ……。ディランは、明らかに――私の時は手を抜いていた。悔しさが、胸の奥にじわりと広がる。

くっ……それでも、セナの動きは素晴らしい。鋭く、無駄がなく、セナ、また強くなってる。逞しくて、頼もしい。

けれど――それでも、圧倒されている。

剣が弾かれ、間合いを制され、一歩、また一歩と追い詰められていく。


(やっぱり……すごいな)

ディランの強さを、改めて見せつけられた。セナは、食らいついていた。弾かれても、すぐに間合いを詰め直し、一歩も引かずに剣を振るう。さっきまで圧倒されていたはずなのに、今は――十分に渡り合っている。木剣がぶつかり合い、乾いた音が連続して響く。


「おい……」


「殿下に、あそこまで――」


周囲の騎士団員たちも、完全に息を呑んでいた。ディランの表情が、ほんのわずかに楽しげに緩む。認めてる……そう確信した、その瞬間。


「――殿下」


低く、しかし切迫した声。側近のレイさんが、訓練場へと歩み出てきた。ディランの動きが、ぴたりと止まる。


「どうした?」


「急ぎの案件です。

 今すぐ、ご確認を」


レイさんの表情は硬い。ただ事ではない。ディランは短く息を吐き、木剣を下ろした。


「……そうか」


そしてセナへ向き直る。


「セナ、すまない」


「いえ」


セナもまた、深く頭を下げる。


「次は――邪魔の入らない場所で、だな」


「そうですね」


ほんの一瞬。ディランの視線が、こちらへ流れた気がした。

(……気のせい?)

けれど、その目は何も語らない。


「では」


それだけを残し、ディランはレイさんと共に颯爽と去っていった。残された訓練場には、ざわめきと、言葉にできない緊張だけが残る。


(……嫌な予感しかしない)


「……セナ、すごかったね」


人のいない方へ移動しながら、私は小声で言った。


「いえ。

 あのまま続いていたら、正直……危なかったです」


「そうかな?」


「はい。殿下、完全にギアを上げてました」


少しだけ、間が空く。


「……私、バレてないかな」


ぽつりと漏らすと、セナはちらりとこちらを見て、肩をすくめた。


「どうでしょうね」


(即否定しないあたりが怖い)


「あと」


低い声。


「次からは、もう少し自重してください」


「えー……」


「“えー”じゃありません」


完全に説教モードだ。


「潜入してるのに目立ってどうするんですか!」


「ごめん」


「まったく……」


2人して顔を近づけ、周囲に聞こえないよう、こそこそ話す。


「それよりさ……

 “急ぎの案件”って、何だろうね」


「嫌な予感しかしません」


「だよね」


短く頷き合う。


「……追いますか?」


セナの問いに、私は迷わず答えた。


「うん」


2人で視線を合わせ、気づかれないように歩き出す。――まだ、合宿は折り返しですらない。

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