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夜明けが世界を染めるころ、 悪意の見える伯爵令嬢は王子の執着から逃れられない  作者: 舞響
第五部

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潜入開始 2

合宿3日目。

訓練場に、ざわりとどよめきが走った。ディランが――木剣を手に、直々に姿を現したのだ。


「せっかくだ。今日は私が、皆の相手をしよう」


その一言で、場の空気が一段と引き締まる。


(これは……!)

私は勢いよく前に出ようとしたが、セナが慌てて腕をつかんだ。


「ちょ、怪我しますって!」


「えー! いいじゃん、やりたい!!」


「ダメですって!」


「だってさ、私が相手だと、あの人絶対本気出さないじゃん。

 こういう時しかできないんだって!」


「だからって……!」


小声で押し問答していると――


「……何をしている?」


低く落ち着いた声が、すぐ近くから降ってきた。

(――まずい)

反射的に背筋が伸びる。ディランが、いつの間にか目の前に立っていた。


「やあ、セナ。アレンに、ロベルトも」


3人は一斉に姿勢を正し、深く頭を下げる。そして、彼の視線が私に向いた。


「……君は、見かけない顔だな」


(来た……)


「期待の新人、ソラです。私の遠い親戚になります」


セナが、何でもないことのようにさらっと言う。


(そういう設定ね……了解)


「はい。ソラといいます。よろしくお願いします」


声色も変え、深く頭を下げる。“親戚”という設定なら、まず怪しまれないはず。


「そうか……」


ディランは一瞬だけ私を見つめ、ふっと柔らかく笑った。


「では、どうだい? 私と軽く手合わせでも」


「い、いえ、それは――」


セナが慌てて前に出ようとした、その瞬間。


「やります! ぜひ、やらせてください!」


自分でも驚くほど、元気よく声が出た。今しかないでしょ!視界の端で、アレンとロベルトがそろって「あー……」という顔をしている。その反応、やめて。


「さて。王国直属騎士団の訓練メニューは、相当きついだろう?」


ディランが穏やかに続けた。


「それでも、ここまでついてきている。――立派だ」


「ありがとうございます」


自然と、騎士としての返答が口をつく。


「では、一勝負といこう。木剣でね」


「はい。お願いします」


短く礼を交わした瞬間――


「――始め」


その声と同時に、私は迷わず踏み込んだ。木剣がぶつかり合い、乾いた音が訓練場に響く。


「……いいね」


ディランは余裕の笑みを浮かべている。

こうしてディランと木剣を合わせるのは……いつぶりだろう。懐かしさが、一瞬だけ胸をかすめた。さすがだ。剣筋は的確で、動きに一切の無駄がない。本当に、変わらない。

いや――以前より、さらに洗練されている。ディランの剣は、これまで何度も近くで見てきた。けれど、こうして真正面から向き合うのは初めてかもしれない。

正確で、容赦がない。こちらの癖を読むように、嫌なところばかりを突いてくる。

……押されてる。間合いを詰められ、木剣が鋭く伸びてきた。一瞬。直感に任せて、ひらりと身をかわす。


「……ほう」


ディランが、わずかに目を細めた。再び剣が来る。受けて、流して、下がる。じりじりと後退を強いられる。

足元の土を踏みしめる感覚。呼吸が浅くなり、木剣を握る手に力がこもる。

その時――


「……え?」


「今の、避けたよな?」


「新人、じゃないだろ……」


周囲から、ざわりとした声が広がった。空気が、明らかに変わる。

ディランもまた、最初の余裕を消し、こちらを “一人の剣士” として見据えていた。

…まずい。このままいけば、実力を出しすぎる。――けれど。ここで下がるのも、難しい。ディランの気配が、はっきりと変わった。

……来る。次の一歩。踏み込みの質が、これまでとはまるで違う。木剣が一直線に――こちらの芯を貫きに来た。

試してる……!考えるより先に、体が動く。踏み込み、剣を弾き、角度を変え――


「……っ」


一瞬、ディランの体勢がわずかに崩れた。ざわっ、と訓練場が揺れる。


「今の……」


「見たか?」


「殿下の剣、流した……?」


(しまった)

完全に、反応してしまった。次の瞬間。


「――なるほど」


低く、静かな声。ディランの表情から、余裕の笑みが消える。やば……本気!

重い一撃が来た。木剣同士がぶつかり合い、手元に衝撃が走る。受けきれない。踏ん張る間もなく、剣を弾き飛ばされ――


「くっ……!」


体勢が崩れ、背中から地面に倒れ込んだ。喉元に、木剣がぴたりと止まる。


「……ここまでだ」


訓練場が、静まり返った。


「参りました」


息を整えながら告げる。

ディランはしばらく私を見下ろし――ふっと、口元を緩めた。


「面白い。新人とは思えない動きだった」


(やめて、褒めないで……)


周囲の騎士たちが、ざわつきを抑えきれずにいる。


「……何者だよ」


「新人ってレベルじゃないだろ」


(聞こえてる、聞こえてるから)


私は苦笑いしつつ身体を起こす。バレてないよね?けれど確実に、目をつけられたかも。

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