潜入開始 2
合宿3日目。
訓練場に、ざわりとどよめきが走った。ディランが――木剣を手に、直々に姿を現したのだ。
「せっかくだ。今日は私が、皆の相手をしよう」
その一言で、場の空気が一段と引き締まる。
(これは……!)
私は勢いよく前に出ようとしたが、セナが慌てて腕をつかんだ。
「ちょ、怪我しますって!」
「えー! いいじゃん、やりたい!!」
「ダメですって!」
「だってさ、私が相手だと、あの人絶対本気出さないじゃん。
こういう時しかできないんだって!」
「だからって……!」
小声で押し問答していると――
「……何をしている?」
低く落ち着いた声が、すぐ近くから降ってきた。
(――まずい)
反射的に背筋が伸びる。ディランが、いつの間にか目の前に立っていた。
「やあ、セナ。アレンに、ロベルトも」
3人は一斉に姿勢を正し、深く頭を下げる。そして、彼の視線が私に向いた。
「……君は、見かけない顔だな」
(来た……)
「期待の新人、ソラです。私の遠い親戚になります」
セナが、何でもないことのようにさらっと言う。
(そういう設定ね……了解)
「はい。ソラといいます。よろしくお願いします」
声色も変え、深く頭を下げる。“親戚”という設定なら、まず怪しまれないはず。
「そうか……」
ディランは一瞬だけ私を見つめ、ふっと柔らかく笑った。
「では、どうだい? 私と軽く手合わせでも」
「い、いえ、それは――」
セナが慌てて前に出ようとした、その瞬間。
「やります! ぜひ、やらせてください!」
自分でも驚くほど、元気よく声が出た。今しかないでしょ!視界の端で、アレンとロベルトがそろって「あー……」という顔をしている。その反応、やめて。
「さて。王国直属騎士団の訓練メニューは、相当きついだろう?」
ディランが穏やかに続けた。
「それでも、ここまでついてきている。――立派だ」
「ありがとうございます」
自然と、騎士としての返答が口をつく。
「では、一勝負といこう。木剣でね」
「はい。お願いします」
短く礼を交わした瞬間――
「――始め」
その声と同時に、私は迷わず踏み込んだ。木剣がぶつかり合い、乾いた音が訓練場に響く。
「……いいね」
ディランは余裕の笑みを浮かべている。
こうしてディランと木剣を合わせるのは……いつぶりだろう。懐かしさが、一瞬だけ胸をかすめた。さすがだ。剣筋は的確で、動きに一切の無駄がない。本当に、変わらない。
いや――以前より、さらに洗練されている。ディランの剣は、これまで何度も近くで見てきた。けれど、こうして真正面から向き合うのは初めてかもしれない。
正確で、容赦がない。こちらの癖を読むように、嫌なところばかりを突いてくる。
……押されてる。間合いを詰められ、木剣が鋭く伸びてきた。一瞬。直感に任せて、ひらりと身をかわす。
「……ほう」
ディランが、わずかに目を細めた。再び剣が来る。受けて、流して、下がる。じりじりと後退を強いられる。
足元の土を踏みしめる感覚。呼吸が浅くなり、木剣を握る手に力がこもる。
その時――
「……え?」
「今の、避けたよな?」
「新人、じゃないだろ……」
周囲から、ざわりとした声が広がった。空気が、明らかに変わる。
ディランもまた、最初の余裕を消し、こちらを “一人の剣士” として見据えていた。
…まずい。このままいけば、実力を出しすぎる。――けれど。ここで下がるのも、難しい。ディランの気配が、はっきりと変わった。
……来る。次の一歩。踏み込みの質が、これまでとはまるで違う。木剣が一直線に――こちらの芯を貫きに来た。
試してる……!考えるより先に、体が動く。踏み込み、剣を弾き、角度を変え――
「……っ」
一瞬、ディランの体勢がわずかに崩れた。ざわっ、と訓練場が揺れる。
「今の……」
「見たか?」
「殿下の剣、流した……?」
(しまった)
完全に、反応してしまった。次の瞬間。
「――なるほど」
低く、静かな声。ディランの表情から、余裕の笑みが消える。やば……本気!
重い一撃が来た。木剣同士がぶつかり合い、手元に衝撃が走る。受けきれない。踏ん張る間もなく、剣を弾き飛ばされ――
「くっ……!」
体勢が崩れ、背中から地面に倒れ込んだ。喉元に、木剣がぴたりと止まる。
「……ここまでだ」
訓練場が、静まり返った。
「参りました」
息を整えながら告げる。
ディランはしばらく私を見下ろし――ふっと、口元を緩めた。
「面白い。新人とは思えない動きだった」
(やめて、褒めないで……)
周囲の騎士たちが、ざわつきを抑えきれずにいる。
「……何者だよ」
「新人ってレベルじゃないだろ」
(聞こえてる、聞こえてるから)
私は苦笑いしつつ身体を起こす。バレてないよね?けれど確実に、目をつけられたかも。




