潜入開始 1
王国創立記念式典。そして、騎士団合宿1日目。私は――男として、ここに潜入している。
「セナ、私じゃなくて……、俺のことは……そうだな。ソラって呼んでくれ」
「それはまた、小説の主人公みたいな名前ですね」
「小説でヒロインとうまくいかなくて病んだ挙げ句、怪物になって討伐される役なんだけどな!」
「……相変わらず物騒ですね」
セナは小さくため息をついた。
「みんなも気をつけて。俺は“ソラ”だからな」
「了解です」
「わかった」
アレンとロベルトも素直に頷く。広場には、各地から集結した騎士団がぎっしりと並んでいた。鎧のきしむ音、号令、剣が風を裂く音――すべてが本気そのもの。
走り込み。筋力訓練。延々と続く素振り。
――これは、すごい。
さすが王国直属の騎士団。どれも実戦を想定した、容赦のないメニューばかりだ。
(これ、本気でうちにも取り入れたいな……)
感心しながら、ふと隣を見る。
「……き、きついです……」
赤銅色の髪が、完全にしおれている。顔色も悪く、今にも倒れそうだ。
「確かに厳しいが……少しだらしないぞ」
ロベルトが苦笑しながら、彼の肩を軽く叩く。
「う、訓練内容が想像以上で……」
「……お。じゃなくて……ソラは、平気ですか?」
言い直しながら、アレンがこちらをうかがう。
「うん。まだまだいけるよ」
「本当に体力お化けですね……」
セナが感心したように呟く横で、
「すごいだろ?」
なぜかロベルトが胸を張った。その瞬間――周囲が、ざわりと揺れた。
「殿下ですね」
「わあ……本当だ」
「なんか他所で見るとオーラあるな……」
ひそひそ声があちこちから漏れ、空気が一気に引き締まる。
セナ、アレン、ロベルトも自然と口をつぐみ、視線の先へ意識を向けた。――まずい。潜入していること自体はディランに伝えてある。けれど、どんな姿で来ているかまでは話していない。(バレたら……面倒、どころじゃ済まない)
でも、見た目も声も変えている。大丈夫。落ち着け。
私は無意識に背筋を伸ばし、周囲の空気に溶け込むように、そっと息を潜めた。
「今日から1週間、強化合宿を行う。
心身ともに鍛え、王国創立記念式典を――大いに盛り上げよう」
ディランはそう告げ、一人ひとりを見渡した。その視線には、王国を背負う者としての重みが宿っている。その後ろに控えているのは……レイさんだ。
(相変わらず、いい筋肉だな……)
思わず視線が吸い寄せられ、慌てて誤魔化す。
――幸いにも。合宿はこの2日間、大きな事件もなく順調に進んだ。潜入が露見することもなく、騎士団の空気にも少しずつ馴染んでいく。
ティアナにも王国のパーティーの招待状が随分前に届いていた。王国近くには、すでに部屋を確保してある。作戦会議を開いたり、情報を整理したりするために、あらかじめ王国の直接的な支配から外れた場所に用意しておいた、いわば“隠れ家”だ。
(こういう時のための保険、ってやつだね)
騎士として潜入する“ソラ”。
貴族として表に立つ“ティアナ”。
その2つを行き来する日々が、静かに――しかし確実に動き始めていた。
騎士団員として食堂を利用しながら、あちこちの噂話に耳を傾ける。だが、特に目新しい情報は――ない。
(今のところは静かすぎるくらいだな)
そう思った、その時。
「なあ、王妃教育の場でさ。
魔宝獣が出たらしいぞ」
「それ、聞いた。
あんな場所に魔宝獣なんて、自然に出てくるわけないだろ?」
「だよな。なんか陰謀めいてるよな」
「でもさ、ティアナ様とその騎士が食い止めたらしいぞ」
「そうそう。
王国騎士団の出る幕じゃなかったって話だ。
正直、すげえよな」
――まさかの、自分の話。
手元の食器を持つ手が、ぴたりと止まる。
「それよりさ。
ティアナ様って、マジでディラン殿下と恋仲なのか?」
「婚約宣言してたしな」
「いや、あれは政治的なやつだろ?」
「じゃあ……ローゼ嬢が濃厚か?」
(……そこまで出回ってるのか)
胸の内で、ひそかにため息をつく。情報を集めていたはずが、いつの間にか自分の評判を集める側になっていた。
「そういえばさ、
君たちラピスラズリ伯爵家の騎士団だよな?」
まさかこちらに話が向けられるとは思わず、少し驚きつつも返事をする。
「はい」
「ティアナ様ってさ、美人で強くて、有名だよな!」
「それな〜!
第2・第3騎士団の統合の話も聞いたぞ!」
「すごいよなー!
何十年も成し得なかったことをだぜ?
平民と貴族の処遇を同じにするって話だろ?」
「すげぇよ!!」
「そうです!」
「俺たちのお嬢様は一味ちがうからな!」
ふふん、とアレンとロベルトが自慢げに胸を張る。――本人いる前でほんとやめてほしい。
「実際どうなんだ?
ティアナ様とディラン殿下って……」
「えっと……」
これは、なんて答えればいいのかわからない。
「俺は……まだ新人なんでわかりません」
しれっと逃げる。
「ふーん。
そっちはセナさんだよな?
強くて有名だぜ。ティアナ様の護衛騎士なんだろ?」
今度はセナに矛先が向く。
「まあ、どうですかね」
セナは淡々とかわしたが、私は“余計なこと言わないでよ”と静かに目で訴えていた。そう思ったのも束の間で…
「そういえばさ、ここだけの話 ジョルジュ陛下、ティアナ様を推してるらしいぞ」
(……それは違う)
胸の奥で、即座に否定する。 あの人は“推している”んじゃない。 利用するつもりなだけだ。
「へぇ……。 でも、あの陛下がなぁ」
「噂はあるよな。 夜な夜な、地下で実験してるとか」
「息子のガイル様の件も、正直よくわからないしな」
さらに声が落ちる。
「北側だったか…… あの辺の部屋に入ったやつ、何人か行方不明になったって話、聞いたことないか?」
「あるある。 あれ、わりと噂じゃ済まない気がするんだよな」
「ああ…… 何か秘密を知られて、口封じとか……」
「……怖い怖い。 やめようぜ、この話」
「そうだな」
「お前たちも気をつけろよ」
「はい」
私達は頷いた。そこで会話は、ぷつりと途切れた。実験、か。内心で、その言葉を反芻する。――あながち、間違ってはいなさそうだ




