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夜明けが世界を染めるころ、 悪意の見える伯爵令嬢は王子の執着から逃れられない  作者: 舞響
第五部

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潜入開始 1

王国創立記念式典。そして、騎士団合宿1日目。私は――男として、ここに潜入している。


「セナ、私じゃなくて……、俺のことは……そうだな。ソラって呼んでくれ」


「それはまた、小説の主人公みたいな名前ですね」


「小説でヒロインとうまくいかなくて病んだ挙げ句、怪物になって討伐される役なんだけどな!」


「……相変わらず物騒ですね」


セナは小さくため息をついた。


「みんなも気をつけて。俺は“ソラ”だからな」


「了解です」


「わかった」


アレンとロベルトも素直に頷く。広場には、各地から集結した騎士団がぎっしりと並んでいた。鎧のきしむ音、号令、剣が風を裂く音――すべてが本気そのもの。

走り込み。筋力訓練。延々と続く素振り。

――これは、すごい。

さすが王国直属の騎士団。どれも実戦を想定した、容赦のないメニューばかりだ。

(これ、本気でうちにも取り入れたいな……)

感心しながら、ふと隣を見る。


「……き、きついです……」


赤銅色の髪が、完全にしおれている。顔色も悪く、今にも倒れそうだ。


「確かに厳しいが……少しだらしないぞ」


ロベルトが苦笑しながら、彼の肩を軽く叩く。


「う、訓練内容が想像以上で……」


「……お。じゃなくて……ソラは、平気ですか?」


言い直しながら、アレンがこちらをうかがう。


「うん。まだまだいけるよ」


「本当に体力お化けですね……」


セナが感心したように呟く横で、


「すごいだろ?」


なぜかロベルトが胸を張った。その瞬間――周囲が、ざわりと揺れた。


「殿下ですね」


「わあ……本当だ」


「なんか他所で見るとオーラあるな……」


ひそひそ声があちこちから漏れ、空気が一気に引き締まる。

セナ、アレン、ロベルトも自然と口をつぐみ、視線の先へ意識を向けた。――まずい。潜入していること自体はディランに伝えてある。けれど、どんな姿で来ているかまでは話していない。(バレたら……面倒、どころじゃ済まない)

でも、見た目も声も変えている。大丈夫。落ち着け。

私は無意識に背筋を伸ばし、周囲の空気に溶け込むように、そっと息を潜めた。


「今日から1週間、強化合宿を行う。

 心身ともに鍛え、王国創立記念式典を――大いに盛り上げよう」


ディランはそう告げ、一人ひとりを見渡した。その視線には、王国を背負う者としての重みが宿っている。その後ろに控えているのは……レイさんだ。

(相変わらず、いい筋肉だな……)

思わず視線が吸い寄せられ、慌てて誤魔化す。


――幸いにも。合宿はこの2日間、大きな事件もなく順調に進んだ。潜入が露見することもなく、騎士団の空気にも少しずつ馴染んでいく。


ティアナにも王国のパーティーの招待状が随分前に届いていた。王国近くには、すでに部屋を確保してある。作戦会議を開いたり、情報を整理したりするために、あらかじめ王国の直接的な支配から外れた場所に用意しておいた、いわば“隠れ家”だ。

(こういう時のための保険、ってやつだね)

騎士として潜入する“ソラ”。

貴族として表に立つ“ティアナ”。

その2つを行き来する日々が、静かに――しかし確実に動き始めていた。


騎士団員として食堂を利用しながら、あちこちの噂話に耳を傾ける。だが、特に目新しい情報は――ない。


(今のところは静かすぎるくらいだな)


そう思った、その時。


「なあ、王妃教育の場でさ。

 魔宝獣が出たらしいぞ」


「それ、聞いた。

 あんな場所に魔宝獣なんて、自然に出てくるわけないだろ?」


「だよな。なんか陰謀めいてるよな」


「でもさ、ティアナ様とその騎士が食い止めたらしいぞ」


「そうそう。

 王国騎士団の出る幕じゃなかったって話だ。

 正直、すげえよな」


――まさかの、自分の話。

手元の食器を持つ手が、ぴたりと止まる。


「それよりさ。

 ティアナ様って、マジでディラン殿下と恋仲なのか?」


「婚約宣言してたしな」


「いや、あれは政治的なやつだろ?」


「じゃあ……ローゼ嬢が濃厚か?」


(……そこまで出回ってるのか)


胸の内で、ひそかにため息をつく。情報を集めていたはずが、いつの間にか自分の評判を集める側になっていた。


「そういえばさ、

君たちラピスラズリ伯爵家の騎士団だよな?」


まさかこちらに話が向けられるとは思わず、少し驚きつつも返事をする。


「はい」


「ティアナ様ってさ、美人で強くて、有名だよな!」


「それな〜!

 第2・第3騎士団の統合の話も聞いたぞ!」


「すごいよなー!

 何十年も成し得なかったことをだぜ?

 平民と貴族の処遇を同じにするって話だろ?」


「すげぇよ!!」


「そうです!」


「俺たちのお嬢様は一味ちがうからな!」


ふふん、とアレンとロベルトが自慢げに胸を張る。――本人いる前でほんとやめてほしい。


「実際どうなんだ?

 ティアナ様とディラン殿下って……」


「えっと……」


これは、なんて答えればいいのかわからない。


「俺は……まだ新人なんでわかりません」


しれっと逃げる。


「ふーん。

 そっちはセナさんだよな?

 強くて有名だぜ。ティアナ様の護衛騎士なんだろ?」


今度はセナに矛先が向く。


「まあ、どうですかね」


セナは淡々とかわしたが、私は“余計なこと言わないでよ”と静かに目で訴えていた。そう思ったのも束の間で…


「そういえばさ、ここだけの話 ジョルジュ陛下、ティアナ様を推してるらしいぞ」


(……それは違う)


胸の奥で、即座に否定する。 あの人は“推している”んじゃない。 利用するつもりなだけだ。


「へぇ……。 でも、あの陛下がなぁ」


「噂はあるよな。  夜な夜な、地下で実験してるとか」


「息子のガイル様の件も、正直よくわからないしな」


さらに声が落ちる。


「北側だったか……  あの辺の部屋に入ったやつ、何人か行方不明になったって話、聞いたことないか?」


「あるある。 あれ、わりと噂じゃ済まない気がするんだよな」


「ああ…… 何か秘密を知られて、口封じとか……」


「……怖い怖い。 やめようぜ、この話」


「そうだな」


「お前たちも気をつけろよ」


「はい」


私達は頷いた。そこで会話は、ぷつりと途切れた。実験、か。内心で、その言葉を反芻する。――あながち、間違ってはいなさそうだ

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