潜入準備
王国創立記念式典――。
各地に散っていた王国騎士団が一堂に集められ、一週間にわたる強化合宿がいよいよ始まる。そして迎える、最終日。王国創立を祝う記念祭パーティーが開かれる。この一週間が、勝負だ。その間に、確実な証拠を掴まなければならない。
敵に回すことになるのは――王国の頂点。
冗談では済まされない相手だ。踏み外せばすべてを失う、危険すぎる橋。それでも。見過ごせば、取り返しのつかない事態になる。だからこそ――本気でいくしかない。
「あの……本当に、その格好で行くんですか?」
セナが盛大なため息をつきながら言った。
「行くよ! バッチリでしょ!」
鏡に映るのは――私……いや、俺だ。
ルイの衣装に茶髪のウィッグ。身長を底上げする厚底のシークレットブーツ。冬用の厚手の服を重ねれば、体のラインも完全に隠れる。
「見た目は……まあ、悪くないですけど」
セナが渋々うなずく。
「よりによって、騎士団員として参加しなくても……」
「だって、せっかくだし参加したいじゃん!」
振り返って胸を張る。
「騎士団のレベル、実際に見てみたいし!」
「はぁぁ……」
セナは頭を抱えた。
「見た目は完全に男の子ですね!」
「確かに」
アレンとロベルトも感心したように言う。
「でも……」
今度のセナの声は、少しだけ真剣だった。
「魔宝剣を発動したら、即バレますよね?」
「まあ、その時は木剣使うでしょ」
軽く肩をすくめる。
「……使いそうになったら、逃げる!」
「計画が雑すぎます!」
セナが即座に突っ込んだ。
……でも。胸の奥が、ほんの少し高鳴っていた。
危険なのは分かってる。それでも――この中に、答えがある気がしてならなかった。
「いや、お嬢様……すっごく素敵! かっこいい!!」
テオが目を輝かせて叫ぶ。
「あ、王子さま……?」
一拍置いて――
「……でも、それもいい!!」
完全にうっとりしている。
「ありがとう」
軽く笑って返す。
「でもさ」
レオが腕を組み、じっとこちらを見つめた。
「見た目は完璧だけど……声でバレない?」
「それはね……」
口角を上げる。
「ふふふ」
「……なんだか悪の親玉みたいですよ、お嬢様」
ユウリが淡々と突っ込む。
「これ!」
首元に手をやり、魔宝石のついたチョーカーを見せる。カチリ、と留め具をはめた。
「声、変わるだろ?」
次の瞬間――
「……す、すごっ!!」
レオが思わず声を張り上げる。
「ちょ、今の……完全に男の声じゃない!!」
ルイも興奮気味に身を乗り出す。
「どうしたんですか、それ」
セナも目を丸くした。
「声帯の魔力振動を調整する魔具。一定時間、性別判別できない音域に固定されるの」
さらっと説明する。
「……そんなの聞いたことないです」
「でしょうね」
にやりと笑う。
「非売品だし」
一同、沈黙。そして――
「……本気すぎません?」
セナがぽつりと漏らす。
「当たり前でしょ」
視線を鏡の中の“俺”に戻す。
「今回は、遊びじゃないもの」
空気が、わずかに引き締まった。
「これ、アラン殿下に頼んで譲ってもらったの」
そう言って、チョーカーを指で弾く。その瞬間、ふと記憶がよみがえった。
――以前、蝶の会に潜入したとき。
ディランはサーフェスになりすましていた。
顔だけじゃない。声まで、完全に別人だった。
(あのときも、同じ違和感を覚えた)
あれは魔法というより……**精密すぎる“調整”**だった。
交換条件と称して聞いてみたら、案の定だった。
知識も、人脈も、手段も持っている人。そういう人にしか扱えない代物。
『ああ、それね』
軽い口調で、でもどこか意味深に笑って。
『声帯に干渉する魔宝石だ。本来は諜報用で、一般には出回らない』
『君が使うなら、問題ないだろう』
……まるで貸し出す本の話でもするみたいに、さらっと。
(ほんと、ディランもすごいけど……アラン殿下も規格外)
「なるほど……」
セナが納得したように息を吐く。
「アラン殿下が絡んでるなら、確かに性能は保証付きですね」
「でしょ?」
私はにっと笑う。
「だから今回は――」
チョーカーに触れながら、低く宣言する。
「完璧に“男”でいく」
その言葉に、一同が静かに頷いた。危険なのは、誰より分かっているつもりだ。
「――作戦確認ね!」
私は視線を一巡させ、全員の顔をしっかりと見渡した。
「期間は一週間。その間に、私とセナ、アレン、ロベルトは王国騎士団員として合宿に参加して、内部から情報を集める」
一度、言葉を区切る。
「そして合間を縫って、ジョルジュの“本当の目的”を突き止める。これが最優先」
空気が、ぴんと張りつめた。
「それから――目星をつけた場所」
指先で机を軽く叩く。
「頃合いを見て、夜中に潜入する。
その際に使うのが、ディランから受け取った城内地図と、見張りの配置情報。入念に確認してから動くわ」
私は視線を向ける。
「その役目は――テオ、ユウリ。お願い」
「2人は城内の使用人として潜入」
「はーい」
テオが軽く手を上げ、
「承知しました」
ユウリが静かに頷く。
「それから――」
私はレオを見る。
「レオは庭師として潜入」
「はい!」
元気よく返事をして胸を張る。
「外から見張ります!」
「お願いね。外の異変に一番気づけるのは、あなたよ」
次に、ルイへ視線を移す。
「ルイは裏方で、私のサポートをお願い」
その瞬間だけ、空気が少しやわらぐ。
「……わかったわ」
短く、しかし迷いのない返事。
「それと――」
声を引き締める。
「アリス、ルーク団長、オリバー副団長、エリックは待機。
流石に、伯爵家をそのまま空けるわけにはいかないから」
「わかりました」
アリスが頷き、
「りょうかい!」
ルーク団長が即答する。
「ただし」
私は念を押す。
「こちらが動く時には、必ず力を貸してほしい」
「わかりました」
オリバー副団長とエリックも、静かに、しかし確かな意志で頷いた。
「……危険な作戦よ」
でも、と小さく笑う。
「だからこそ、一人も欠けずに帰る」
その言葉に、誰も冗談めかすことなく、真剣に頷いた。
――もう、後戻りはできない。




