ルイと思い出のマカロン 5
―そこで、回想はふっと途切れた。
「失礼します」
ノックと同時に扉が開き、ユウリが静かに入ってくる。手には、見覚えのある小さな箱。
「わあ……!」
思わず声が弾んだ。
「それ、あそこのカフェのマカロンじゃない!」
懐かしい香りがふわりと広がり、胸の奥がきゅっと締めつけられる。
「はい。お嬢様が、休憩にと」
ユウリは柔らかく微笑み、箱をテーブルにそっと置いた。
……あの頃と、変わらない。ふと視線を上げると、ティアナちゃんがこちらを見ていた。
「懐かしいよね。久々に食べたくなっちゃって」
昔と同じ、穏やかな笑み。
「ほんと……あの時、ティアナちゃんに会えてよかった」
しみじみと言うと、彼女はくすっと笑った。
「でも最初、すごく渋ってたよねー」
「そりゃあ、そうよ。あんな小さな子が急に“ドレス作って”なんて言うんだもの」
思い出して、私も笑う。けれどティアナちゃんは、ふっと表情をやわらげた。
「でもね。変わらないわ」
真っ直ぐに私を見つめる。
「貴女が一番……私のドレスを輝かせてくれる人」
胸の奥がじんわりと熱くなる。過去と現在が、静かにひとつにつながった気がした。私はマカロンをひとつつまみ、サクッとした食感を楽しむ。指先についたカスをぺろりと舐めた瞬間、ティアナちゃんと視線がぶつかった。その瞳が、ほんの少しだけ揺れた気がした。
「ティアナちゃん」
声を落とす。冗談も飾りもいらない、まっすぐな声音。
「わたしね……あなたに出会ってから、人生が全部変わったの」
一歩、近づく。逃げ場のない距離だと分かっていながら。
「夢も、居場所も、家族の未来も。全部、あなたがくれた」
そっと指先が、彼女の手に触れる。その小さな震えが、はっきり伝わってくる。
「だから――」
視線を逸らさず、言い切る。
「あなたがどんな道を選んでも、わたしは隣にいる」
ふっと微笑む。
「守るとか、支えるとか……そんな生易しい話じゃないわ」
声をさらに落とす。
「あなたの人生に、わたしを巻き込んでちょうだい」
……一瞬の沈黙。ティアナちゃんの頬が、みるみる赤く染まっていく。
「……ル、ルイ……」
視線は泳ぎ、言葉を失っている。わたしはそこで、一歩だけ止まった。それ以上は詰めない。
「ねぇ、ティアナちゃん」
囁くように、でも確実に届く声で。
「あなたが、わたしを選ばなくてもいい」
その一言に、彼女の瞳が揺れる。
「それでも、わたしはあなたを選ぶわ」
穏やかに、でも断言する。
「奪うつもりはないし、あなたの大切な人を否定もしない」
そっと距離を保ったまま、柔らかく続ける。
「ただね」
微笑んで。
「あなたが笑う場所が、わたしの居場所なの」
軽く、冗談めかして――それでいて本気で。
「……覚悟しなさい」
唇の端を上げる。
「一生分、味方でいるつもりだから」
……そのとき。
「……こほん」
わざとらしい咳払いが、静寂を破った。視線を向けると、ユウリは困ったように口元を押さえ、アリスは露骨に目を逸らしている。……あら。完全に、見られてたわね。
その空気をさらに切り裂くように、低く冷えた声が響いた。
「――何をしている」
振り向いた瞬間、そこに立っていたのはディランだった。
「……ディ、ディラン」
ティアナちゃんがはっとして声を上げる。彼の視線が、私の手と、赤く染まったティアナちゃんの頬を捉えた。
一瞬で、空気が凍りつく。
「随分と……距離が近いようだな」
笑っていない。むしろ、笑っていないことを強調するような声音。
……ああ。これは、完全に地雷を踏んだわ。私は肩をすくめ、わざと余裕の笑みを浮かべる。
「誤解しないでちょうだい、殿下」
ちらりとティアナちゃんを見る。
「可愛がってただけよ」
――火に油。
ユウリは深いため息をつき、アリスは視線を逸らし、ティアナちゃんは真っ赤になって固まっている。ディランのこめかみが、ぴくりと動いた。
「いやぁね。そんなに余裕のない男は、愛想つかされるわよ」
軽く笑いながら、私はディランへ歩み寄る。
「……」
無言のまま、彼の視線がこちらを射抜く。その冷たさすら、どこか子どもっぽい。そっと肩に手を置き、耳元へ顔を寄せる。
「ティアナちゃんに、仲直りのアドバイスしたの、私よ」
囁くと同時にウインクすると、ディランの顔が露骨に歪んだ。あら、わかりやすい。
「それには、感謝しよう。だが、それとこれとは別だよ?」
低く、抑えた声。嫉妬を隠しきれていない。
「あら、手厳しいわね」
私は肩をすくめて笑った。
「王子様、ティアナちゃんをあまり困らせないでよ?」
軽く笑いながら言うと、ディランは眉をひそめた。
「わかってる」
「なら、そのこわ〜い顔はやめて。甘い顔にしなさいな」
「……こうかい?」
にこり、と笑った……つもりなのだろう。だがその笑顔は、むしろ怖い。
「……こわいわね」
「……」
ディランが黙り込んだところで――
「あ、あの、2人とも……落ち着いて。と、とりあえずマカロン食べない?」
ティアナちゃんが慌てて間に入り、マカロンを差し出す。
「ありがとう」
ディランはそのまま、ティアナちゃんの手から直接パクッと食べた。
「あ、あの……」
ティアナちゃんの顔が一瞬で真っ赤になる。
「美味しいね」
満足げに言うディラン。
「あら、見せつけちゃって」
私はくすっと笑った。
ティアナちゃんはさらに赤くなり、ディランはどこか得意げで、ユウリとアリスは静かにため息をついている。
こんな賑やかな時間も悪くない。




