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夜明けが世界を染めるころ、 悪意の見える伯爵令嬢は王子の執着から逃れられない  作者: 舞響
第五部

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ルイと思い出のマカロン 4

この任務が終われば―私はまた、公爵家の騎士として戻る。

そう自分に言い聞かせながら、私は会場の警備に立っていた。今日はパーティーの護衛。華やかな会場の中で、私はただの影のように立つだけだ。

……まさか、とは思うけど。彼女はいない、よね。

そんな淡い期待と不安が胸をよぎった瞬間だった。


「わあ……きれい」


「ティアナ様よ」


ざわり、と会場が波立つ。視線が一斉に向けられた先―

そこにいたのは、私が作ったドレスを身にまとい、微笑むティアナ様だった。

……ああ。綺麗だ。本当に、息を呑むほど。


「ドレス、どうされたのですか?」


「とても素敵なデザインですね」


次々にかけられる賛辞に、私は胸を撫で下ろした。よかった。ちゃんと通用してる。


「内緒です」


彼女は少し悪戯っぽく笑う。


「いま、口説き中なので」


―その視線が、まっすぐこちらを捉えた。

どきり、と胸が鳴る。少女のはずなのに、その一瞬だけひどく大人びて見えた。


「ルイ!」


軽やかに近づいてきて、くるりと一回転。


「じゃじゃーん。素敵でしょ?」


「……ええ。とても」


心からの言葉だった。


「ねぇ」


「なんですか?」


彼女は少し声を落とし、真剣な瞳で見つめてきた。


「私の、専属デザイナーにならない?」


「……へ?」


心臓が跳ねた。


「あのお店。あなたが、始めてくれない?」


―やりたい。喉まで言葉が出かかる。でも。

脳裏に浮かぶのは、借金の帳簿。幼い双子の妹たち。酒に溺れ、何もかも投げ出した父の背中。今の仕事は安定している。確実に家族を養える。ここでデザイナーになったとして…本当にやっていける?


「……無理です」


絞り出すように言った。


「やりたい。でも……」


視線を伏せる。


「借金があります。幼い妹たちもいる」


夢だけで生きられる立場じゃない。その現実が、胸に重くのしかかる。ティアナ様の前で、こんなにも弱い。


「……そっか」


少しだけ間を置いて、ティアナ様は静かに頷いた。その仕草は受け入れたというより、次の一手を考えたような落ち着きがあった。


「じゃあ、借金、代わりに払うのでいいかな?」


「……え?」


言葉は聞こえたのに、意味がまったく頭に入ってこない。


「前投資、ってことで」


「……え?」


「それに、あそこのブティックなら寝る部屋もキッチンもあるし。住めるでしょ?」


「……え?」


理解が追いつく前に、彼女の提案だけが軽やかに先へ進んでいく。


「だめ?」


上目遣いで、こてんと首をかしげる。


「い、いや……だめでは、ないですけど……」


返事を探す隙すら与えられない。


「あとね」


まだ続くのか、と息を呑む。


「ルイのお父さんの仕事も紹介するよ。元々、庭師として働いていたんでしょ?」


「……そうですけど……」


思わず聞き返してしまう。


「……どうして、それを?」


「んー?」


にこっと笑う。その笑顔は無邪気なのに、言っていることは容赦がない。


「他に、不満ある?」


……この子は。

ただの伯爵家のご令嬢じゃない。完全に、逃げ道を塞ぎにきている。言葉を失っていると、横に控えていた執事――ユウリさんが静かに口を開いた。


「お嬢様は、一度決めたらしつこい方です」


ふわりと穏やかな笑みを浮かべながら、淡々と告げる。


「ですので……早めにお考えいただけると、助かります」


……これは。“考える余地”があるように見せかけて、実質もう答えは決まっているのでは?胸の奥がざわざわと騒ぎ出す。


「……じゃあ。お願いします」


気づけば、そう言って手を差し出していた。一瞬の迷いもなく、ティアナ様はその手をぎゅっと握り返す。


「うん! よろしくね」


その温もりが、掌にしっかりと残った。そこからの日々は、驚くほど早く、そして確かに変わっていった。父の借金は肩代わりしてもらい、父は庭師として再び働き始めた。

前を向くようになり、酒の量も少しずつ減っていった。

エマとサラと過ごす時間も増え、2人は店で楽しそうに手伝ってくれている。

――そして。

新しく生まれた店、ブティック・グロウ。

“グロウ”は、輝くという意味。

私が作るドレスで、たくさんの人を輝かせたい。

そして何より――たった一人、私に居場所をくれた人。

私を見つけて、引っ張り出して、手を離さなかった人。

ティアナちゃん。あなたが誰よりも輝くためのドレスを。

私は、これからも作り続けていく。

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