ルイと思い出のマカロン 4
この任務が終われば―私はまた、公爵家の騎士として戻る。
そう自分に言い聞かせながら、私は会場の警備に立っていた。今日はパーティーの護衛。華やかな会場の中で、私はただの影のように立つだけだ。
……まさか、とは思うけど。彼女はいない、よね。
そんな淡い期待と不安が胸をよぎった瞬間だった。
「わあ……きれい」
「ティアナ様よ」
ざわり、と会場が波立つ。視線が一斉に向けられた先―
そこにいたのは、私が作ったドレスを身にまとい、微笑むティアナ様だった。
……ああ。綺麗だ。本当に、息を呑むほど。
「ドレス、どうされたのですか?」
「とても素敵なデザインですね」
次々にかけられる賛辞に、私は胸を撫で下ろした。よかった。ちゃんと通用してる。
「内緒です」
彼女は少し悪戯っぽく笑う。
「いま、口説き中なので」
―その視線が、まっすぐこちらを捉えた。
どきり、と胸が鳴る。少女のはずなのに、その一瞬だけひどく大人びて見えた。
「ルイ!」
軽やかに近づいてきて、くるりと一回転。
「じゃじゃーん。素敵でしょ?」
「……ええ。とても」
心からの言葉だった。
「ねぇ」
「なんですか?」
彼女は少し声を落とし、真剣な瞳で見つめてきた。
「私の、専属デザイナーにならない?」
「……へ?」
心臓が跳ねた。
「あのお店。あなたが、始めてくれない?」
―やりたい。喉まで言葉が出かかる。でも。
脳裏に浮かぶのは、借金の帳簿。幼い双子の妹たち。酒に溺れ、何もかも投げ出した父の背中。今の仕事は安定している。確実に家族を養える。ここでデザイナーになったとして…本当にやっていける?
「……無理です」
絞り出すように言った。
「やりたい。でも……」
視線を伏せる。
「借金があります。幼い妹たちもいる」
夢だけで生きられる立場じゃない。その現実が、胸に重くのしかかる。ティアナ様の前で、こんなにも弱い。
「……そっか」
少しだけ間を置いて、ティアナ様は静かに頷いた。その仕草は受け入れたというより、次の一手を考えたような落ち着きがあった。
「じゃあ、借金、代わりに払うのでいいかな?」
「……え?」
言葉は聞こえたのに、意味がまったく頭に入ってこない。
「前投資、ってことで」
「……え?」
「それに、あそこのブティックなら寝る部屋もキッチンもあるし。住めるでしょ?」
「……え?」
理解が追いつく前に、彼女の提案だけが軽やかに先へ進んでいく。
「だめ?」
上目遣いで、こてんと首をかしげる。
「い、いや……だめでは、ないですけど……」
返事を探す隙すら与えられない。
「あとね」
まだ続くのか、と息を呑む。
「ルイのお父さんの仕事も紹介するよ。元々、庭師として働いていたんでしょ?」
「……そうですけど……」
思わず聞き返してしまう。
「……どうして、それを?」
「んー?」
にこっと笑う。その笑顔は無邪気なのに、言っていることは容赦がない。
「他に、不満ある?」
……この子は。
ただの伯爵家のご令嬢じゃない。完全に、逃げ道を塞ぎにきている。言葉を失っていると、横に控えていた執事――ユウリさんが静かに口を開いた。
「お嬢様は、一度決めたらしつこい方です」
ふわりと穏やかな笑みを浮かべながら、淡々と告げる。
「ですので……早めにお考えいただけると、助かります」
……これは。“考える余地”があるように見せかけて、実質もう答えは決まっているのでは?胸の奥がざわざわと騒ぎ出す。
「……じゃあ。お願いします」
気づけば、そう言って手を差し出していた。一瞬の迷いもなく、ティアナ様はその手をぎゅっと握り返す。
「うん! よろしくね」
その温もりが、掌にしっかりと残った。そこからの日々は、驚くほど早く、そして確かに変わっていった。父の借金は肩代わりしてもらい、父は庭師として再び働き始めた。
前を向くようになり、酒の量も少しずつ減っていった。
エマとサラと過ごす時間も増え、2人は店で楽しそうに手伝ってくれている。
――そして。
新しく生まれた店、ブティック・グロウ。
“グロウ”は、輝くという意味。
私が作るドレスで、たくさんの人を輝かせたい。
そして何より――たった一人、私に居場所をくれた人。
私を見つけて、引っ張り出して、手を離さなかった人。
ティアナちゃん。あなたが誰よりも輝くためのドレスを。
私は、これからも作り続けていく。




